第59話 最低野郎の記憶の残滓(2)

……討伐図鑑からの通告――ギルバート・ロト・アメリアと主人、カイ・ハイネマンとの魂の連結度の上昇のため、封印中の記憶の一部が解放されます。


――記憶解放10%


 気が付くと僕は、煌びやかな装飾のなされた一室にいた。そこの趣味の悪いゴテゴテした椅子に僕はふんぞり返っていた。


「で? 帝国は約定に合意したんだろうな?」


 僕の口から飛び出す疑問に、樽のような体躯の男が右手を胸にあてると、


「はい。グリトニル帝国はローゼ王女と帝国第三皇子との婚姻と、我が国と講和を約束しました。道中の騎士は全てこちらの子飼いにしましたし、計画はすこぶる順調です」


 得々と計画進行の報告をしてくる。


「そうか! フラクトンッ! 期待してるぞっ!」

「殿下のご期待に添えるよう必ず成功させますっ!」


 フラクトンと呼ばれた黒の上下に真っ白なジャボを胸に付けたおかっぱ頭の男が感無量な面持ちで、右拳で胸を叩くと頭を深く下げる。


「頼む。この祖国の命運はお前の働きにかかっている!」

「は、はいぃぃっ! 必ずやっ!」


 フラクトンは涙ぐみながら、そう叫ぶと再度深く一礼すると部屋を退出していく。


「もし、奴が失敗したら、わかるな?」

「ぬかりなく。全てはフラクトンが祖国を慮って行動を起こした。そういうことです」

「ならいいさ。だが、これであの忌々しい女をこの国から排除できる!」


 僕はテーブルの上に置いてあったグラスを持って勝利の美酒を口に含む。


「……」


これは高位貴族から献上された最高級の果実酒。その味は一般の貴族が飲んだこともないような美々な味がするはず。なのに、このとき、この酒が溝水のように不味く感じていたんだ。


 景色が移り変わる。


 あの絢爛豪華な一室の扉が開かれて、筋肉質の武官と思しき若い青年が部屋に入ってくると、僕の眼前のテーブルを両手の掌で叩きつけて、


「王子、なぜ、姉君をあんなクズ豚に売り渡したのですっ?」

 

 怒号を張り上げる。その悪鬼のごとき形相に同席していた文官は頬を引き攣らせた。


「姉? あの女はこの国の秩序の破壊を目論む我ら王侯貴族の敵だ。敵を排除するのは当然だろう。違うか?」

「貴方は自分が何をしたのかご存じか? 一歩間違えば、殿下の姉君はあのおぞましい外道の玩具になっていたんですよ!」

「ふんっ! 大罪人には当然の報いだ!」


 若い武官は瞼を固く閉じると首を左右に振り、


「今はっきりわかった。貴方は王の器ではない。いや、人として一番大切なものが欠落している」


 哀れむような、蔑むような目を向けつつ僕にそう吐き捨てた。


「貴様、この僕に――」


 当然のごとく激怒して勢いよく椅子から立ち上がって胸倉を掴んで声を張り上げるが、武官の青年はその両手を乱暴に振り払い、


「もう貴方にはついていけない。どうぞ御一人でお山の大将を気取っていなさい!」

 

 僕に背を向けると部屋を出て行ってしまった。

 昔から信頼していた部下の突然の離反に、煮えくり返るような思いが沸き上がり、


「くそがっ!」


悪態をつきながら、床に倒れた椅子を僕は何度も何度も蹴り続けた。


 突然、鮮明だった景色がぼやけ、視界が歪んでいく。

 まただ。これはあの夢の続き。己こそが理想の王になれると信じて疑わない大馬鹿野郎の記憶の残滓。王を目指した初心さえも忘れた最低最悪のクズ野郎が行き着いた先。

 笑えてくる。武官の青年が去ったのは当然だ。なにせ、こいつには王どころか、人の心すら持ち合わせちゃいなかったんだから。



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