第50話 決戦前騒動
二日後、僕ら魔物連合軍は南下してくる青の大竜――ケトゥスに対する包囲殲滅戦を実行に移すべく、湿地帯へと来ている。この湿地帯は何もないだだっ広い空間である。
ただこの湿地帯には巨大な沼がある。その沼の位置はリザードマン達以外に判別が不可能である。もし、仮に足を踏み入れれば青の大竜――ケトゥスといえどもおいそれと脱出はできなくなる。その隙を狙って一斉攻撃をするというもの。単純な作戦だが、いくつかの条件を満たせば確かにこちらに損害をほとんどなく討伐可能だろう。
その条件1、ケトゥスが上手く沼地にはまってくれること。
条件2、そもそも、ケトゥスに僕らの攻撃が通じること。
条件3、沼地からケトゥスが脱出する方法ないこと。
全て当然のことだが、一つでも欠ければ青の大竜――ケトゥスの討伐は叶わない。
もっとも、条件2は僕らにはルーさんがいるし、条件1と条件3も僕には策がある。何とかなるんじゃないかと思っている。
湿地帯の予定の位置に配置しようとしたとき――。
『なぜ、人間がこの作戦に参加してんだよっ⁉』
クロコダスが僕に二又の槍先を向けながら、ドスのきいた声を上げてくる。
『クロコダス様、こんなときに止めときましょうよっ!』
配下と思しき、ワニ頭の魔物が制止の声を上げるが、槍の石突がもろに鳩尾に入り、悶絶してしまう。
『俺様に指図をするなっ!』
血走った目で泡を吹いているワニ頭の配下に唾を吐くと、再度僕に槍の先端を向けてくる。
マズイな。こいつの血走った目と雰囲気。本気だ。本気でここで僕を殺そうとしている戦闘前から一触即発の状況になってしまったか。
端から嫌な予感はしていたんだ。この作戦に最も必要なのは連携。これなら、たとえルーさんの指示であってもこの作戦にだけは参加するべきではなかった。
「テメェ――」
隣にいたチャトが憤怒の形相で腰の短剣の柄に手を触れようとするが、
「どこの世界にも愚者はいるものだな」
傍にいたルーさんがそのチャトの柄を押し込めると、ため息交じりに口にする。
『あー!? 今なんつったぁっ⁉』
青筋を張らせつつ、ルーさんを睥睨しつつも槍先をむけるクロコダスに、こんなときいつもなら止めに入るキージが頬を引き攣らせていた。
『馬鹿が……』
ブーも首を左右に振って、ボソリと口にする。多分、ルーさんを知るものなら、こんな馬鹿なことは絶対にしない。
クロコダスは以前ブー達の一族と交戦状態となり、こっぴどくやらされたという過去がある。だから、クロコダスはブーの恐ろしさは知っているが、ルーさんの怖さを知らない。
ルーさんは一見温和で理性的に見えるが、それは戦闘以外での話。一度闘争になれば、この
だからこそ、あの三大戦闘部族の長サイクロンでさえもルーさんには一目置いている。いや、心の底から恐れている。
「すまん。すまん。私の辞書では己の身の程を知らぬものを愚者と呼ぶものでな」
『この俺様が弱いとぬかすかっ⁉』
「ああ、弱い。世界は強者で溢れている。今のお前はこの世界からすれば明らかな弱者だ。このまま己を顧みず突き進めば、自身はおろか、大切な仲間まで巻き込み命を落とすぞ?」
『気に入らねぇ……気に入らねぇぞぉっ! 前々から気に入らなったんだ。たかが、犬っころ風情が偉そうにしやがってッ!』
クロコダスはルーさんに槍先を向けて吠える。
幸か不幸か、クロコダスはまだルーさんの戦闘を見てない。彼もルーさんの闘争を一度目にしていれば、犬ッころ風情などという台詞は口が裂けてもでてきやしなかっただろう。
『やめろ、クロコダス!』
サイクロンが焦燥たっぷりの制止の声を上げるが、
『サイクロンさん、止めないでくだせぇ! この犬風情に実力ってやつを思い知らせてやりますよッ!』
怒声を上げてクロコダスが槍を持つ柄に力を加えたとき、ルーさんが小さな舌打ちをして明後日の方に視線を向ける。
(もう来たのか……)
ボソリと小さく呟くと長剣抜いて肩に担ぐとその視線の方に向き直る。
『てめえ、どこをみて――ひっ⁉』
クロコダスはルーさんの肩を掴んで叫ぶが、そのルーさんの視線の先を目にして小さな悲鳴を上げて尻もちをつく。
無理もない。視線の先には真っ白な仮面をした人型の何かが、大気を歪ませるほどのどす黒いオーラを纏って佇んでいた。
(ヤバイ! あれは絶対にヤバイ!)
オーラだけで湿地帯の水分や地面が浮き上がって宙に舞っているのだ。あれはヤバすぎる! 以前の青髪の優男など比較にならない絶対的強者の威風。
なぜこんなタイミングで、あんな怪物に遭遇する? 下手をすれば此度の討伐対象である青の大竜――ケトゥス以上の可能性も――。
「いいか、あれの処理はお前たちには無理だ。私があれの相手をする。ケトゥスはお前たちだけで対処して見せろ」
ルーさんは長剣を肩に担ぎつつ黒色のオーラをまき散らす怪物までゆっくりと歩いていく。
次の瞬間、二者は激突した。
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