第18話 夢見草
――盗賊集団――サドテーラ突入からおよそ40分前
「作業は終わったぜ」
チャトが里長の屋敷に入ってくると作業完了の報告をしてくる。
「なんとか間に合ったか……」
キージの言葉に皆から安堵のため息が漏れる。
僕もこちらの指示の4割できれば万々歳と思っていたが、予想以上にシープキャット族は手先が器用な種族らしい。キージの指揮のもと手分けして実施した結果、たった数時間で僕が指示したすべて仕込み作業を完了してしまう。
「里の者たちの一時的な避難は済んだか?」
「はい。すべて近隣の洞窟へ移動させました。あそこなら防衛にも用意かと」
キージは大きく深呼吸をすると、
「あとは、それを熱して指定の位置に置くだけか」
チャットの右手に握る草に視線を固定してそう口にする。
「奴らをおびき寄せて、一網打尽にする……そんなもので可能なのかの?」
老婆が誰に言うでもなしに疑問を口にする。
「ああ、それは俺も聞きたいねぇ?」
チャトの右手に持つ草を掲げつつも、僕に問いかけてくる。
「それを目にしなければ僕もこんな無謀な計画を立てなかった。それは僕ら人にとって、いや、君らシープキャット族以外、猛毒のような草だ。きっと上手くいくよ」
そうだ。今チャトが握りしめている草の一房が偶然、僕の牢の前に落ちていた。おそらく門番が僕の監視の際に手持ち無沙汰のため持ってきて嗜好していたのだろう。それを精査したところ、その草が【夢見草】という特殊な草であることを思い出したのだ。
シャルに色々尋ねたところ、【夢見草】はシープキャット族にとっては人が酒を飲んで酔っ払ったような症状を示す嗜好品らしい。
「だが、あんたなんともないじゃない?」
赤髪をショートカットにした猫顔の女性が疑念たっぷりの視線を向けつつも、しごく最もなことを口にする。
「そのままでは無害なのさ。そのままではね」
そう。その草は一定の熱を加えると殻から悪質極まりない花粉をまき散らす。それが人にはある種の猛毒なのだ。
「だから熱するってわけだな?」
「そうさ。上手くいけばこちらは血を一滴すら流さず賊どもを皆殺しにできる」
上手くいくんじゃないかと思っている。どうにも僕はこの手の姑息な手を考えることがこの上なく好きで得意みたいだ。
「殺す相手はお前と同じ人間だぞ? なぜ、そんな平然としていられる?」
チャトが若干引き気味に当たり前のことを尋ねてくる。
「そりゃあ、僕の敵になったからに決まってるだろう」
状況からいって奴らを殺せばシャルが戻ってくる可能性が高い。ならば、一切の躊躇はすまい。今の僕にとって命の恩人であるシャルの生存が何事よりも優先されるのだから。
「あいつの言った通り、人間ってやつは本当に業が深いのかもな」
キージが目を細めて僕を眺めながら、そうボソリと呟いた。
「誰の言葉かしらないけど、僕も同感だね」
まあ、特にこんな残忍で卑劣な方法を思いつくんだ。記憶を失う前の僕はさぞかし、性根が腐っていたのだろう。だから業が深いのは人間というより、僕の方かもしれないが。
「ともかく、もう後戻りは聞かねぇ。俺たちはやるしかねぇんだ」
チャトがグルリと見渡すと一同、眉の辺りに決意の色を浮かべながら頷く。
次いでチャトは僕に視線を向けて、
「おい、ギル、俺はお前をまだ信用してねぇ。もし、この計画が失敗すれば――」
「わかってる。煮るなり焼くなり好きにしなよ」
どのみち、この計画が失敗すればシャルは二度と戻らない。それだけは絶対に許すつもりはない。なんとしても成功させる。
それに、仕込みの全工程が完了した今、僕にはこの計画が失敗するとは微塵も思えなかったんだ。
「お前、本当に……いや、なんでもねぇ」
チャトは言い淀むと口を閉じて、キージに向くと一礼する。
キージも頷き、
「では、皆の者、行動開始だ!」
キージの言葉に皆掛け声を上げる。
強烈な不安を誤魔化すような皆の咆哮は建物を震わせ、夜の闇に溶けていった。
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