第17話 矛盾した挙動
「いわれてみればそれは奇妙な話じゃな……」
僕の説明が終わって猫顔の老婆がボソリとそんな感想を述べる。
「確かにシャルム様だけ攫った時点でこのケット・ニャーは無防備。混乱している今一番の好機なのに、攻め込んでくる様子はありません。もしかしたら、シャルム様を攫ったものと、その斥候は別とか?」
「そう考えれば、一応の説明は付くが、しかし――」
年配の太った猫顔の男が、視線を天井に向けて言い淀む。
「そうだ。それはここが人間の勢力二つに同時に責められていることと同義。そんな偶然そうあるものでもあるまい。それにそれならなぜ、我が娘だけを狙ったのかもよくわからんしな。それに疑問はまだある」
「あーあ、シャルム様に言い聞かせたあの制約ですね?」
黒髪をおかっぱにした猫の頭部の青年が思いついたようにキージに尋ねる。
「そうだ。娘には当分間、このケット・ニャーから一切でないように厳命していた。娘の許可がなければ何人たりともこの結界内に入れん。もし強引にでも入れるとしたら、それはもはや我らの手に負える相手ではない」
キージの指摘に、一同からゴクリと喉のなる音が聞こえる。
「そんな絶対的強者ならシャルを攫うなんてことをしなくても、力づくで侵入して目的を果たしているはず。それがない以上、シャルを攫った目的は別にあるとみていい」
僕のこのセリフに両腕を組んで考え込んでいたキージが、
「ギル、お前はどう考えている?」
厳粛した表情で尋ねてくる。
「シャルを攫ったものとその斥候は別だと思う。攫った手際の良さと、斥候の稚拙さがあまりに合致しないし。だとすれば、今は斥候の本体である賊を撃退。シャルの捜索はそれからするしかない」
そうはいったが、この絶妙なタイミングだ。シャルの誘拐と賊の襲撃が全くの無関係とも思えない。これは僕の勘だが、今もこの里を狙っている賊よりも、シャルを誘拐したもの方が遥かに厄介で質が悪い。
だからこそ、ある意味救いがあるのだ。もし、シャルを攫ったものがこの里の滅亡を望んでいるならこんな回りくどいことはせずに、とっくの昔に滅ぼしているはずだから。
まあ、その目的が不明な点は変わらないわけだけど、この集落の滅亡ではない。そんな気がする。
「キージ様、それしか方法はないのですかの?」
老婆が思いつめた表情でキージに尋ねる。
「ああ、もしかすると、これは我らが守り神、ケット・シー様からの試練やもしれん。いずれにせよ、このケット・ニャーが狙われている以上、我らに選択肢などない。やるしかないんだ」
よし。上手くキージが守り神の話に落とし込んでくれた。同席者たちから迷いが消えている。これでどうにか話を先に進める。
「ギージ様、わしらはどうすればええ?」
皆を代表した老婆の疑問に、
「今から策の全貌を告げる。各自、手分けしてやってくれ」
ギージは予め話しておいた賊を撃滅するべき策を口にする。
このとき、シャルを攫ったものに対する僕の感想は見事に的中する。そして、それを知るのはこれから数か月後のことだった。
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