第7話 懐かしのマインドゼロ
気が付くと僕は生い茂る森の中をさ迷い歩いていた。
頭上を覆い隠すほどの高木により、周囲は薄暗くたびたび聞こえてくる獣の声に本能的な恐怖が呼び覚まされる。立ち止まりたいが、一度そうすれば二度と恐怖により前には進めない。そんな気がしてただ足を動かした。
ここはどこなんだろう? 僕はどうしてこんな場所をさ迷っている? いや、そもそも、僕は誰だ? 頭の中はすべて真っ白で何も思い出すことができない。
ただ一つ確かなことは、こんな密林の中で蹲れば待つのは確実なる死だけ。それが十分すぎるほどわかっていたから、ひたすら僕は足を動かし続けた。
一日、二日、もしかした数時間に過ぎなかったかもしれない。時間の感覚はとうの昔になくなっており、ただ疲労と空腹で視界すらもぼやけてきていた。
(このままじゃまずい)
このままでは遅かれ早かれ、僕は歩けなくなる。そうなれば、待つのは確実なる死。
(いやだ!)
こんな見知らぬ場所で、わけのわからない理由でさ迷い死ぬなど絶対にごめんだ。死ぬにしてもせめて、僕がこんな目にあっている理由が知りたい。でなければ、到底納得などできないのだから。
「く?」
大木の根に躓き、顔面から無様に転がる。仰向けに寝そべって見える大木からわずかに覗く月は笑ってしまうほど美しかった。
丁度月に向けて右手を伸ばしたとき、遠方から争うような物音が聞こえてきた。
「誰かいる……」
悲鳴のようなものが聞こえることからもきっと人だろう。そう認識したとたん、光に引き付けられる虫のごとく、僕の足は自然に音の源へと向かっていく。この終わりのない森の海原を歩くのにもう心身ともに限界だったのだと思う。
破れかぶれの心地で向かった先では、尻もちをつく少女と大型の狼のような獣が視界に入る。獣は唾液を垂らしながら、少女に向かって近づいていた。
その景色が過去に見た何かと重なり、視界が真っ赤に染まる。
「ぐっ⁉」
ぐもった声をあげつつ左手で頭を押さえつつ、咄嗟に重心を低くして、右の掌を大型の狼に向けていた。そして、口から自然に紡がれるいくつかの言語。地面が炎上に発光し、幾何学模様に染まっていく。
その光景を僕はどこか懐かしく感じ、そして反吐が出るほど嫌悪していたのだ。
『
僕の言霊が完成し、右の指先からいくつもの炎の塊が高速で射出され、大型の狼のような生物にぶち当たり、その全身を吹き飛ばし炎滅させる。
あーあ、そうだ。この吐き気がするほど嫌な感覚。覚えている。これはだけは覚えているんだ。僕はこの魔法という術を死ぬほど憎んでおり、そして皮肉なことにこの魔法がこの上なく得意だってことを。
少女に顔だけ向けようとしたとき、視界が歪み真っ白に染め上げられていく。
これは感覚でわかる。過去に幾度となく味わった感覚。
(そうか、これはマインドゼロ)
このまま意識を失う。それを確信したとき、僕の意識は暗い闇の中に落ちていった。
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