第6話 栄光と破滅の物語の開幕

 イーストエンド――新都市ケット・グィー


 夜遅くまで飲み食いして、再度、アスタさんの不思議な力で新都市ケット・グィーに戻って一泊したソムニとテトルは、次の日の早朝、師父の配下で自らをギリメカラと名乗る鼻の長い怪物に連れられて、ソムニとテトルは都市の外へ出る。


「へ?」

「え?」


 一歩町の外に足を踏み出した途端、景色が歪み荒野のような場所へと変わる。

 そこにいたのは、幾多もの異形たち。その異形たちはぐるりとソムニとテトルを取り囲みつつも厳粛した顔でこちらを眺めていた。


「あ、あの……」


 あまりの異様な様子にギリメカラに説明を願うも、腕を大きく広げて天を仰ぐと、


『我らが至上の御方おんかたからの正式な神言かむごとを伝ぇぇぇーーーるッ!

 この者どもを御方様の修行に耐えられるだけの強さまで引き上げよッ! 我らの加護などという小手先を与えた模造品ではなく、真の強者にまでだっ!』


 大気を震わせんばかりの大声を張り上げる。

ギリメカラの言葉に、一斉にざわめく異形たち。その顔には皆例外なく、驚愕の表情が張り付いていた。


『ギリメカラ、本当にそれって御方様のご指示なんか?』


 困惑気味に尋ねる額に角を生やした三白眼の男の問にギリメカラは、


『無論ッ! 御方様は厳しい修行に耐えられるまで一切の妥協なく鍛え上げよと仰られた!』


 ギリメカラは再度、鼓膜が破れるほどの音量で叫ぶ。


『一切の妥協なくか。そんなご命令、初めてやもしれぬな』


 竜の顔に金色の異国の服を着た男が両腕を組みながらも、そう独り言ちる。


『で? かの怖ろししい御方様がそんな無茶を我らにご命じになられる理由は?』


 朱色の翼を有する青年の疑問に、ギリメカラは口角を大きく吊り上げてその顔を邪悪に歪めると、


『我の斥候から、ここから北の大地で今、魔族と呼ばれる人種がある儀式を行っているとの報告を受けた』


 歌うように得々と言葉を紡ぐギリメカラに、


『だから、その回りくどい言い回しはやめろ! つまり、どういうことじゃ⁉』


竜の顔をした男が苛立ち気に声を張り上げる。


『悪軍六大将の一角を呼び出す儀式だ』


 ギリメカラの言葉に先ほどとは比にならぬ騒めきが巻き起こる。


『悪軍の六大将だとぉッ⁉ まさか、この地が天魔ゲームの開催地というわけか⁉』


 竜の顔をした男の問に、ギリメカラは大きく頷き、その三つの目を赤く血走らせる。


『ああ、状況から言って間違いない! あの悪質極まりないゲームがぁ、この地で開かれようとしているッ! そう。この御方様の治める地でだ! もうじき、天軍、悪軍双方により、この地は火の海と化すだろう! 貴様ら、これを許してよいと思うかっ⁉』


 ギリメカラの疑問に、異形たちから凄まじい憤怒が爆発する。


『許せるわけがないじゃろうッ! 御方様に牙をむくものは例えどこの誰だろうと、粉々に砕くっ! そうじゃっ! どこの誰だろうともじゃっ!』


 竜の頭部を有する男の叫びに、


『甘く見られたものだ……確かに俺っちたちは御方様に比べればすべからく弱者だ。だがなぁ――悪軍? 天軍? そんなクズカスどもに負けるほど今の俺っちは安くはねぇッ!』


 角を生やした三白眼の男は額に太い青筋を漲らせながら声を震わせた。

 異形たちからの地鳴りのような怒号の中、ギリメカラは両腕を上下し押さえるようなジェスチャーをすると、


『そうだ! 我らは御方様を不快にさせる一切を許容せん。それは我らが共通にして絶対の法則。奴らとの衝突は避けられん。だが、御方様は我らゴミムシどもの愚見など端からご考慮のうち。現在、奴らを絶望のどん底に落とすご計画が進行中だ。そして――』


 ソムニとテトルに視線を落とす。実に自然に他の異形たちの視線がソムニ達に集中する。

 蛇に睨まれた蛙。それが今のソムニ達の偽りのない心境だ。


『この人間たちを鍛えることが、奴らを粉々に砕く道。そう御方様は考えていると?』


 角を生やした三白眼の青年の疑問に、


『そのとおりぃぃ‼ 奴らのとびっきりの玩具どもがたかがムシケラ人間に蹂躙される。その景色が見たい。そう御方様は仰っておる!』


 歓喜と興奮の大爆発。ボキャブラリー乏しいソムニが言葉で表すとしたら、まさにそれ。

 異形たちのあるものは飛び上がり、あるものは踊り狂い、そして、天へと咆哮する。

 どう考えても異常極まりない雰囲気の中、


『ならば、御方様の一番弟子のザックやルーカス、オボロたちには奴らの配下をくださせるとしよう!』

『この者たちの魔術の師のデイモスは特に鍛える必要がありますぅ。彼には魔導の深淵を覗く、いいえ、足を踏み入れてもらいますわぁ!』

『儂もとびっきりの強化法を教えるぞいっ!』

『うむうむ、神格を取らせるのは最低条件として、さぁて、あとはどこまでやれるかよ!』

『そもそも、元が貧弱すぎるからな。少々、無茶をしてもかまうまい』


 異形たちは顔を興奮に蒸気させつつも、次々に不吉以外の何ものでもない宣言をしていく。


「ちょ、ちょっと待ってください!」


 悲鳴のようなソムニの制止の声は、


『貴様ら、いいか、現実時間で半年の猶予しかない! ノルンを始めとするものどもの力を効率よく使い、我らが怪物を創り上げようぞっ!』 


 ギリメカラのまさに獣のごとき叫びによりかき消される。


 このとき、最悪のダンジョンの最悪の怪物たちは至高のあるじの思惑を完全に取り違えてしまう。結果、人間、魔族、魔物、悪の軍勢――哀れな子羊たちはすべからくこの世で最も恐ろしい化け物と同じ列車に強制乗車させられる。その列車の向かう終着駅は天国と地獄の二者択一。まさに、このとき栄光と破滅の物語の幕はゆっくりと上がっていったのである。



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