第45話 腐りきった欲望の破綻


【華の死都】エリア5――腐王御殿


『糞♪ 糞♪ 糞、糞♪ 糞ふんフーーーーNNN』


 今後訪れるであろう己の最高に腐った身体と、腐りきった世界を夢想し、腐王はその腐ったベッドの真ん中でゴロゴロと寝返りを打ちながら鼻歌を口遊む。

腐王にとって警戒すべきはこの世界を実質上管理する聖武神アレス、ただ一柱ひとり。奴を滅ぼせば、いや、この世界で好き勝手に動けなくするだけで、腐王に抗えるものはいなくなる。

 四大魔王? 竜種? 幻獣種? そのような神格すら有さぬ、とるに足らない存在に、この腐王が止められるものか。これは悪と善との長きに渡る爭い。そんな有象無象の雑草ごときが入り込む余地などないのだ。

 マルから腐王の最高の肉体となる器を確保した旨の連絡は既に受けている。あとは、ここで待つだけで腐王の望む腐りきった世界が訪れる。


『そろそろ、おやつの時間DEATH。連れてくるのDEATHッ!!』


1000年ぶりに起きて腹が減った。メインディッシュの前につまみ食いとでも洒落こもう。


『はい!』


 執事服を着たゾンビが恭しく一礼すると、部屋から退出する。


『糞♪ 糞♪ 糞、糞♪』


 鼻歌を口遊みつつ、ベッドから浮遊し豪奢な円形のテーブルの前の椅子に腰を下ろすと、ゾンビメイドの一人がナプキンを胸につけてくる。


『お待たせいたしました』


 数分後、執事とコック風ゾンビが大きな二つの皿を運んでくる。その皿には釣鐘型のクロシュがされており、ガタガタと動いていた。


『本日は捕らえたばかりの新鮮な人間をこの場で調理したいと存じます』

 

 コックが右手を胸に手を当てて一礼する。


『新鮮な肉DEATHかぁ。いいDEATHッ! 今はそんな気分DEATHッ!』


 ナイフを左手にフォーク右手に持ってクロシュを叩く。

 さらに一礼し、コックがクロシュを開けるとそれぞれのさらには金属の拘束具を嵌められた二人の男女。

 一人は、坊ちゃん刈にした小柄な男と、もう一人は長い金髪をおさげにした大人しそうな女。両者は両眼から涙を流しながら、懸命に叫ぼうとするが猿轡をされており、上手くいかない。両者の全身には血のような真っ赤な液体がまんべんなく纏わりついていた。


『この家畜たちWA?』

『偵察に出ていた者が捕らえました。踊り食いもできるよう洗浄した後、秘蔵のタレにつけていますれば、腐王様もお喜び頂けるのではないかと』


 腐王は風船のような顔を醜悪に緩ませて、


『それは良いDEATHッ! 泣き叫ぶ家畜人間を嚙みちぎRUuu!  その絶望にまみれた舌ざわりが最高に固くてぇ、とーーーても、腐った美味さなのDEATHッ!』


 得々と叫ぶ。

 益々大きくなる二人の悲鳴じみた声に、


『それではさっそく、一番味の良い頭から――』


 腐王は大口を開ける。胴体の数倍にも及ぶほど不自然に広がる口に、鋭い牙。それらが、金髪をおさげにした女にかぶりつこうとした、まさにその瞬間――。


『ベルゼバブデブー♪ ベルゼバブデブー♪』


 奇妙な音調の鼻歌が頭上から振ってきた。

 先ほどまでとは一転、腐王はもはや原型すら留めていない大口を元に戻すと立ち上がり、


『誰DEATHッ!?』


 周囲を注意深く観察しながらも、そう問いかける。それもそうだろう。ここは腐王の創り出した守護領域。まさに神が創り出した神域だ。この世界のものに破られるはずなどあるはずない。あり得るとすれば同じく神格を有するもののみ。

 だとすると、アレスの使徒だろうか? いや、アレスの使徒には特に気を使っていたし、侵入されれば気付きくらいする。そもそも、ここの造りは特に頑丈な秘匿領域にしておいた。いくらやつの使徒でもこうも易々と侵入できるはずがない。あり得るとすれば、アレス自身が乗り込んできたか、それとも他神の――。

 腐王の思考は、


『至高の御方ちゃま。見つけたでちゅ』


 忽然と出現する二足歩行の蠅により妨げられる。


『ーーッ!!?』


 その蠅を一目見て、今まで一度も覚えたことのない強烈な感情が全身を駆け巡り、背後にバックステップして臨戦態勢を取る。


『な、なんだ、あれWAぁぁぁぁっ!!』


 あれは違う! あまりに違いすぎる! 腐王とは存在の格自体が違いすぎる! こうして相対してみればわかる。あれは神! しかも、各神話体系の頂点に位置するほど強力なッ!


(ふざけるNAっ! こんな名もない世界になぜこんなものが出てくるんDEATHッ!)


 暗黙の掟により、神話体系の頂点に位置する大神には強力な制限が付いて回る。そもそも現界などできやしないのだ。


『ま、ま、ま、あ、まさかぁ……』


 絶望の声を上げる。あの戦争がこの世界を箱庭として始まってしまっていたとしたら全ての辻褄があう。あってしまう!


(じょ、冗談ではないDEATHッ!)


 もしこの腐王の予想が正しければ、古からある善と悪の大神たちの争いに巻き込まれてしまっていることを意味する。あれはまさに神々の死戦デスゲーム。そんなものに関与すれば、一介の悪神にすぎぬ腐王など一たまりもない。

 唯一救いがあるとすれば、この蠅の神は善には見えない。悪側だとすれば、まだ腐王にもチャンスがある。


『貴方様は――』


 腐王が語り掛けたとき、一か所を向いて蠅の神は跪く。刹那、周囲が黒色の光りにつつまれる。そして高速に腐王御殿を黒色の波が広がり、塵と化していく。


『ーーッ!?』


慌てて宙に浮きあがり、


『いったい何GA?』


 周囲を確認するとまっさらの巨大な更地のみ。腐王御殿も、その内部にいた眷属たちも、核としていた遺跡も綺麗さっぱり消滅し、残っているのはあの家畜二匹の皿がのるテーブルと、跪く蠅の大神のみ。


『HIっ!?』


 そして気付く。腐王をグルリと取り囲む数百にも及ぶ神々たちに。その一柱、一柱が腐王とは比較対象にすらならぬ神力を感じる。


『あり得NAI……こんなのあり得るはずがないDEATHッ!』


 このメンツを腐王一柱、排除するためだけに投入するなど、どうかしている。本来、あの蠅の神一柱で十分足りるはずだから。だとすれば、多分、腐王の行為の何かがこの者たちの逆鱗に触れてしまったのだろう。

 風船のような頬に両手をあてて、無様に悲鳴を上げる腐王を尻目に、周囲を取り囲んでいる神々は一斉に跪く。

 その跪いた中心にはまったく強そうにも見えない人間と思しき少年が長剣を片手に佇んでいたのだった。


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