第46話 お前はここで死ぬんだよ

 あれから直ぐドーム状の黒色の靄が展開される。

 この感覚、ギリメカラの呪界だな。姿を見せぬと思っていたが、やはり介入してきたか。まあ、あいつが姿を見せない方がよほど異常事態だ。それに奴の呪界はそう簡単に破れる代物ではない。こちらの情報も遮断できるし、おあつらえ向きといえる。

 もっとも多少の不都合はある。呪界の形成により、せっかくベルゼの知らせてきた位置関係が出鱈目になってしまったと言う事。それでも私がこうして落ち着いていられるのは、先ほどライラがデイモスにより無事無傷で保護されたという情報が入ってきたから。説明では呪界の外の廃墟を探索中のデイモスがそこで血色の良い顔で熟睡しているライラを発見したらしい。

 もちろん、このタイミングだ。間違いなく裏はある。というか、この身もふたもないやり口、おそらく奴らが攫ったのは化けた私の配下の者たちだろう。とすれば、もはやこれ以上の闘争に害虫駆除以外の価値はない。

 しかし、奴らは私の身内を攫おうとした。ならば、潰し、捻り、壊してやる。雑草一本残らないくらい徹底的にな。


『至高の御方ちゃま。見つけたでちゅ』


 頭に響くベルゼの声。同時に複雑な呪界内の地図と映像が鮮明に映し出される。

どうでもいいが、ギリメカラの奴、凝りすぎだ。だがここまで徹底してれば確かに一匹たりとも逃げることは叶わないだろう。ライラが無事な以上、それはそれで構わんがね。

 示された地図通りに疾駆すると御大層な脈動する真っ赤な肉の巨大な建築物に行き当たる。

 この趣味の悪い建造物の中にこの度、ライラを攫おうとした奴がいるんだろう。この建造物の悪趣味具合からいって人ではあるまい。大方、知性を持ったアンデッドが生まれ、暴れ出したってところか。


「くだらんな」


 この強者が溢れる世界でよくもまあ恥ずかしげもなくこんな建物を建てる気になるものだ。これでは駆除してくださいといっているようなものではないか。

 私は【神眼】により内部構造を把握する。大皿の上に布一枚の状態で乗せられている二人の男女に、ベルゼ、そして風船のような真ん丸体系にサングラスという異世界の眼鏡をしている魔物。そして、血色の悪いコックと執事。どうやらあの真ん丸体系のサングラスの男が此度の首謀者か。

 それにしても、あの皿の上で涙を流しているのは私のチームメイトの二人だな。うーん、脅したからてっきり諦めて帰ったのかと思ったが、このクズアンデッドどもに捕らえられていたようだ。助けないのも寝覚めが悪い。さっさと終わらせるとしよう。

 私は背中から【村雨】を抜き放ち、上段に構える。この構造物の破壊ならあの技が一番適している。

 【神眼】により、人はあのチームメイトの二人以外いないことを確認した上で、ベルゼと二人の男女、風船のような男以外の全てを特定する。


「真戒流剣術一刀流、しちノ型――世壊せかい――改」


 黒色のオーラを纏った【村雨】を建築物に振り下ろす。無造作に振り下ろされた刀身が建物に触れるやいなや黒色の崩壊の波が建物を駆け巡れ、その一切を破壊しつくす。

 あっという間に広大な更地が出来上がる。

 私に跪く蠅男に、テーブルがポツン立ち、風船のような男が甲高い悲鳴の声を上げる。

そんなシュールな光景の中、グルリと取り囲んでいる討伐図鑑の戦闘狂どもは、一斉に私に跪く。


「ご苦労だった」


 労いの言葉を賭けると、全員深く首を垂れる。

 

「さて、あとはお前の処理だけだな」


 私が視線を向けただけで、震え出すサングラスをした風船のような体系の男。


『お許し――ぐぎゃあぁぁッーーーー!!』


 私は懇願の言葉を吐き出そうとする奴に接近して右腕を切断する。

劈くような悲鳴が更地となったエリア5に響き渡る。


「許せ? 何言っているのだ? お前は私の大切なものを奪おうとした。例えとるに足らぬ力しか有しなくても、その報いは是が非でも受けてもらう」


 そこらで徘徊しているゴブリン程度の力しか感じぬ。この程度の雑魚アンデッドなど、放っておいても何れバベルかハンターギルドにより駆除される。だが、こいつは私の大切なものに危害を与えようとしたのだ。そんな害虫をこのまま見逃すほど私はおめでたくはない。


『なぜDEATHッ?』

「あ?」

『なぜなぜなぜなぜ私に痛みがあるのDEATHッ!? 私は不死のはず! 痛みなどあり得ずはずが――』

 

 そううんちくを垂れる奴の左腕も切り飛ばす。地面をゴロゴロと転がり、苦痛に悶えるサングラスをした風船のような男。


「ごちゃごちゃ五月蠅い。お前のそのけったくそな体質など知ったことか。不死だろうがなんだろうが、私を怒らせた以上、確実に死んでもらう」

『あってはならない……DEATH……』


 奴はヨロメキながらも後退りつつ、恐怖に引き攣らせた顔を左右に振る。


「あ?」

『この私が滅びるなどあってはならないDEATHッ!』


 金切り声を上げて背後に跳躍しようとする、奴の両足を根本から切断する。再度響き渡る絶叫。

 私は奴を見据えて、


「お前はここで死ぬんだよ。無様に、哀れに、一人寂しく死ぬんだよ。だが――ここで、お前にとって残念な報告がある」


 最後通告をしてやる。


『残念な報告?』


オウム返しに聞き返してくる奴に、


「私はお前を無難にただ殺そうとは微塵も思っちゃいないってことだ」


 死刑執行の宣告をすると、私は重心を低くして【村雨】の剣先を背後へ向ける。そして刀身に魔力を込め始めた。

 この技は魂を直接攻撃する外法の技。あのイージーダンジョンでも使用したのは数回にすぎぬ。主に私が真に不要な存在だと判断した時だけに使用していた。このサングラスの風船のような男も、私にとっていらぬ存在。それに下手にここで逃してライラを襲われてはたまらんしな。ここで永久に駆除しておくことにする。


『い、いやDAぁぁぁぁっ!!』


 両手両足を切断された状態で私に背中を向けて空中に浮遊し逃亡しようとするサングラスをした風船のような男に、


「真戒流剣術はちノ型――不知火しらぬい


 【村雨】が一線し、奴を頭頂部から綺麗に垂直に輪切りにする。そしてその傷口は忽ち広がりサングラスのような風船の男を飲み込んでしまった。

 あっさりしてはいるが、これははちノ型――不知火しらぬい。魂を直接攻撃するという危険極まりない技だ。これも討伐図鑑の者たちの登録をしているうちに獲得した技。色々厳格な制限があり、おそらく真の強者には効果はないが、この程度の雑魚なら問題なく使用できる。

 やれやれ、これでようやくこのくだらん試験茶番も終幕か。


「お前たち、よくやってくれた。感謝する。あとで宴会でもしよう」


 礼を述べると、討伐図鑑の者たちは再度一斉に頭を下げると図鑑の中に帰っていく。

 私は今も跪く蠅男に視線を向けると、


「ベルゼ、あとは頼んだぞ? 裏でほくそ笑んでいる屑どもに最高のもてなしをしてやれ」


 奴らにとって破滅に直結する指示を出す。


『御意でちゅ』


 大きく頷くとベルゼも煙のように姿を消す。

 私も皿の上で震えている二人に近づき、【村雨】で拘束具を切断すると、アイテムボックスから衣服を取り出すと放り投げる。


「さてさて、戻るとしようか」


 流石の私も戦意喪失状態の二人をこの場に残すほど非道にはなれぬ。広場まで連れて行くことにしよう。

 

「……」

「……」


 無言で微動だにしない二人に、


「どうした? ついてこないのか? 二人だけでここから帰りたいならそれでもかまわんぞ?」


「い、行きます!」

「私も!」


 改めて問いかけると、服を着ると必死の形相でついてくる。

 私も肩を竦めるとローゼたちのいる広場へ向けて歩き出す。



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