第42話 鼠狩りの箱庭の完成

【華の死都】エリア4


『マル様方はまだお見えにないならないのか』


 腐王の力により不死の力をえた元赤竜王のゾンビ――レッドレドは配下のドラゴンゾンビたちに尋ねるが、


『娘を捕えたとの報告があったきりです』


 即答してくる。


『まあ、あの御方たちなら心配はないか』


 マル様、サンカク様、ホシ様、シカク様全員が悪神、腐王様の四柱の側近。その御力は想像を絶する。この地で生きる生物ではたとえ竜種や魔王でも太刀打ちはできぬ。唯一の例外は同じく理の外におり、この世界を実質管理支配している聖武神アレスの勢力のみ。そして、今この場にアレスの使徒がいるという報告はない。

 何より――。


『この軍勢には例えアレスとて迂闊には手を出せぬはず』


 竜種、幻獣種、精霊、魔物に、巨人族のゾンビ。腐王様にかつて挑みそして敗北し、忠誠を誓う代わりに不死の肉体を手に入れた一体一体が万夫不当の強さを有する怪物揃い。抗えるものがいるとしたら、それは――。


『レッドレド様、頭上に黒色の霧が……』


 僅かな緊張を含む部下のドランゴンゾンビの言葉に上を見上げると、丁度この【華の死都】全体を覆うように黒色の霧がドーム状に広がっていく。


『あれは結界か? いや、そんな馬鹿なッ』


 この場所は腐王様の腐敗領域。いわば神域だ。魔法、特殊な恩恵、加護、あらゆる奇跡がここでは無効になる。その神域に結界を張るなどできようはずがないのだ。いや、そもそも、広大な【華の死都】全体を覆う結界など存在するはずが――。


『レッドレド様ッ!』


部下であるドラゴンゾンビの呼び声に思考を現実に戻される。


『どうした?』

『あれ……』


 茫然と部下の凝視する先を視界にいれて、思わず息を飲む。当然だ。そこには巨大な七つの頭部を有する黄金の竜が荘厳に存在していたのだから。そして――同時に至る所から上がる驚愕の声。


『い、いつの間にッ!』


 周囲空中、廃墟の上、地面、枯れ木の頂点に、無数の異形たちがまるでレッドレド達を包囲するかのように定位置で佇立していた。

 数自体は数百たらずであり、腐王軍からすれば取るに足らぬ存在にすぎない。しかし、辛うじて残存していたレッドレドの危機意識が、あれらは危険であり、今すぐこの場から逃げるべきだと、五月蠅いくらい警笛を鳴らしていたのだ。

 七つ頭部を持つ黄金の竜は圧倒的な数を有する腐王軍に対し、


『運がなかったな』


虫けらにでも向けるような視線でそう吐き捨てた。


『貴様らは――』


口にしようとするレッドレドの疑問は、


『ぬしらは我らが至高の御方おんかたを不快にさせた。それは万死に値する大罪だ。よって、近衛たる我ら神竜軍の代表たる儂が貴様らに神罰下す!』


 傲慢不遜な声色の台詞によって遮られる。


『まてぇ、ラドーン、貴様、何勝手に近衛を名乗ってんのじゃっ!』

『そうよ! 御方様の近衛は私たち、女神連合よッ!』

『こらこら、てめぇらもどさくさに紛れてんじゃねぇッ!」


 周囲から巻き起こる嵐のようなブーイング。奴らの大気すらも歪ませる怒りの咆哮に、大気はミシリッと軋み、烈風が幾度も同心円状に走り抜ける。

 その強大な魔力を含有した陣風により、腐王軍の十数体の兵隊が大地を転がり、遺跡に衝突し粉々に弾け飛ぶ。


『……』

 

 己の頬がヒクつくのを自覚する。あれは仮にも腐王軍。この世界では絶対的強者のはず。それが凡そ攻撃にも当たらぬただの咆哮により、消滅する? そんな現実あるはずがない。いや、ありえてはならぬ。ならばこれは幻術か何かか? しかし、それにしては実際に腐王軍に損害が――。


『たかが虫けら数百匹にビビってんのかぁ。オメェらマジでだらしねぇなぁ! レッドレド、オメェが行かねぇんなら俺が蹴散らしてやんよ!』


 巨人不死隊を率いるデッカデカが金棒を担ぐと地響きを上げつつ、前線に出ていく。巨人不死隊は、腐王軍の中でも最精鋭。デッカデカはその部隊長。強さだけならレッドレドにすらも匹敵する。

 

『ノーちゃんがやるでしゅ』


 顔のほとんどを真っ白な髪で隠された人族の少女が軽く右手を上げて進み出る。

 先ほどとは一転、周囲を取り囲む正体不明の集団から騒めきが起こる。


『おいおい、あのノルンがやる気になってるぜぃ?』

『ええ、あの食べるのさえ億劫になって直ぐに寝落ちするノルンがよっ!』

『騒然に不吉すぎんぞ。何か悪い事が――まあ、このメンツで起こりようねぇか』 



 好き勝手宣う正体不明の集団。


(何かがおかしい)


 あの少女がデッカデカに勝てるはずがない。なのに白髪の少女の心配をしている者など一体すらいない。ただ、白髪の少女がやる気を出している。その一点につき驚愕しているようだった。その事実に言い表しようのない悪寒が全身を走り抜け――。


『おい、デッカデカ、その女、明らかに変だ! 気を抜くな!』


 咄嗟に助言を叫ぶも、


『はぁ? こんなチビガキがこの俺様の鋼の肉体に傷一つつけられるわけねぇだろうが!』


 デッカデカは右目を細めて少女を小馬鹿にしたように観察しながら、巨大な金棒でポンポンと己の肩を叩く。


『こいつらやっつけて、マスターにナデナデしてもらうでしゅ。主にノーちゃんだけが』


 輪から離れて進み出た少女はデッカデカの前に立ち、形のよい眉の辺りに決意の色を浮かべながら、そう宣言する。

 しばしの静寂の後、


『ざけんな!』

『抜け駆けすんなですわっ!』


爆風のような怒号が過ぎ去っていく。そして、そのどの発言も白髪の少女の勝利を微塵も疑っていない。


(やはり、これは変だ)


 デッカデカは、マル様方を覗けば腐王軍の中でも五指に入る実力者。膂力だけなら、頭一つ飛び抜けている。いや、常識からしても体格差がありすぎる。どう頑張ってみても勝負になりそうすらない。なのに、この少女の余裕は違和感を通りこして強烈な不気味さを覚えていた。


『デッカデカ――』


 再度、警告を発しようとするが、デッカデカは屈辱に身を震わせつつ、額に無数の太い青筋を張らせながら、


『なめやがってぇっ!』


 怒声をあげて白髪の少女に金棒を振り下ろす。デッカデカのあの金棒は腐王様から賜った火炎の効果を有する魔法の武器。あのようなか弱い少女など金棒で潰され、骨も残さず燃え尽きてしまう――はずだった。


『は?』


 間の抜けた声を上げるデッカデカ。さもありなん。溶解された地面の中心には白髪の少女が傷一つ負わずに、右手で金棒を軽々と受けとめていたのだから。

 しばらく、デッカデカはこの非常識な現象が飲み込めないのか、茫然と立ち尽くしていたが、直ぐに態勢を整えるべく金棒を持ち上げようとする。しかし――。


『う、動かねぇ』


 息を拭けば壊れそうな華奢な白髪の少女が握る金棒は、デッカデカの膂力をもってしても微動だにしない。そして次第に軋み音を上げる魔法の金棒。


『嘘だろっ!』


 強烈な不安に急き立てられるように、必死に金棒を動かそうとするデッカデカ。だが、やはりびくともしない。そして遂に破砕音とともに砕け散る。


『ば、ばけもの……』


 白髪の少女を見下ろしつつ、デッカデカはそう声を震わせる。刹那、少女の姿が霞み、デッカデカの懐で右肘を引き絞っていた。


『ちょ、ちょっと待――』


 それが事実上デッカデカの最後の言葉となる。

 

 ――グシャリッ!


 肉が千切れ、骨が潰れる音。吹き抜ける爆風。デッカデカの上半身は見事に砕け散り、地響きを上げながらも地面に倒れる。


『えーい、このままノルンに先を越されてたまるかよ! 早い者勝ちだっ!』


 正体不明の集団の一柱ひとりからそんな不吉極まりない言葉が飛ぶ。

 身体の奥底からとっくの昔に忘れ去ったはずの途轍もない恐怖が這いあがってくる。


『逃げねば――』


 必死だった。本能に従い上空に浮遊するが――。


『ッ!?』


 突如、眼前に生じる紅の輪のような武器を背負った黒色ののっぺらぼうの存在に、声にならない悲鳴を上げる。

 次の瞬間、頸部に衝撃が走り、レッドレドの視界は超高速で回転し、そして枯れ木をなぎ倒し、遺跡を破壊しながらも驀進。そして、高速で近づく腐王御殿に悲鳴を上げる暇もなく激突し、レッドレドの意識は永遠にプツリと途切れる。

 


 こうして、鼠狩りの箱には完成し、【華の死都】エリア4は地獄と化す。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る