第30話 お前たちは選択を誤った


 ――【華の死都】前広場

 

 気を失ったルミネとローマンを担いで、【華の死都】前広場へ到着すると教官らしきもの数人に囲まれる。全員武器を向けていることからすると、好意的なものでは断じてないんだろうけども。


「貴様がなぜ、ここにいる⁉」


 青色の髪を角刈りにした長身の教官が動揺気味に私に叫ぶ。こいつらの言動からして私という人間を知っている。そして、ここにいてはならないと考えているのだろうな。

 確か試験のルールではリタイアは当然、一時的な休憩や態勢の立て直しのためこの場所に戻ること事態はありだったはずだ。何より、武器を向けてまで警戒する理由など一つだけだろうがね。つまり、狙われていたのは私も同じってわけか。

 

「私がここにいてはいけないのかね?」


 私を取り囲む教官どもをグルリと眺めまわしつつ、逆に問い返す。


「その二人と貴様はチームメイトではあるまい! もう一人の受験生はどうした? まさか、襲ったのか!?」


 やはり、こいつらはあのクズ茶坊主の事を知っている。十中八九、ルミネとローマンを殺そうとしたのはこいつらバベルの連中だろうな。


「さあな、今頃良い夢でも見ているだろうよ」


現在、ベルゼバブの奴が尋問をしているから、直ぐにこいつらの裏は取れる。実際に動くのはそれからで十分だ。今はバベルこいつらがどこまで関わっているかを知りたい。


「それはどういう意味だっ!?」


 角刈り長身の試験官が、私の鼻先に剣をさらに突き出してくる。


「想像に任せるね」

「ふざけるなっ! その二人を渡せ!」


 怒号を浴びせてくる角刈り長身の試験官。


「騒々しい。喚けば大人しく従うのは、お前たちが今まで喰い潰してきた純真無垢な若者だけだぞ?」

「なんだとっ! 我らを侮辱するのか!」


 角刈り長身の教官は、さらに首スジに長剣の刃を当てて威圧してくる。

 立ち振る舞いからいって、剣の腕は他の受験生と大差ない。まったくとるに足らない相手だ。一応、腐ってもバベルの教官なんだし、剣術には疎い魔導士か何かなんだろうがね。


「それ以外に聞こえたのなら、お前たちの理解力を疑うな」


 もういいだろう。こいつらの底は見えた。これ以上付き合う価値を見出せん。

それに、どうも嫌な胸騒ぎがする。まだこの試験にはライラが参加しているのだ。デイモスはまだまだ未熟。強者には太刀打ちできまい。現時点で私が動く必要がある。

 ルミネとローマンは一時、ローゼたちに預けるとするか。ローゼの近くにはアスタがいる。仮にもイージーダンジョンのラスボスだし、アスタなら逃げるくらいできるだろう。

 まさに動き出そうとしたとき、同じく試験官らしき緑色のローブを着た男がこちらに駆けてくると、角刈り長身の男に耳打ちする。途端、角刈り男は顔を醜悪に歪めて、私に近づくと、


(ライラ・へルナーが今窮地らしい。賊の希望はお前が我らの指示に従い、その二人を引き渡し、奴らの指示に従う事だそうだ)


 弾むのような、そして私にのみ聞こえるような小声で耳打ちしてくる。

 胸騒ぎは当たったか。どうやら、バベルという組織は私と正面切ってのドンパチをご所望らしい。


「それは脅しかね?」


 だとしたら実に滑稽だ。過去ならともかく、今の私に脅しなど無意味。弱者の脅しに屈するなど、そんな甘ったるい感情はあのイージーダンジョンに残さず廃棄してきている。


(いや、ただの賊からの伝言だ。儂らは試験官、そんな輩どもと関わりなどあろうはずもない)

「くだらん」


 馬鹿馬鹿しい。賊から伝言を受ける立場の時点で、関係者と自白しているものだろうに。


「老婆心ながら貴様に教えておこう」


 私を屈服させたと思ったのだろう。にぃと口角を吊り上げて剣先で私の頬をピタピタと叩いて勝ち誇ったようにそう宣う。


「なんだね?」

「この世界には絶対不可侵な秩序がある。それらは一介の無能剣士ごときが抗えるものではない。諦めて黙って従え。それが世の正しい流れというものだ」


 既存の秩序に従えね。今の私が一番嫌悪する思想だな。この状況でこの私にその程度の実力でその台詞を吐くとは、よほどこの者たちは破滅願望でもあるのだろう。

いいさ。もうどの道、このくだらん茶番にはうんざりしていたところだった。

 ローマンとルミネを地面にそっと置くと、


「一つ尋ねていいか?」


 角刈り長身の男を見据えて静かに問いかける。


「うん? 何だ?」


 やはり、余裕の表情で尋ねてくる角刈り長身の男に、


「これはバベルの総意、そう思っていいんだな?」


 私からの組織存続の最終確認をする。


「当然だ! さっきも言っただろう? 貴様のような無能は我らにただ従い、首を垂れていれば良いのよ!」


 私は大きなため息を吐くと、


「お前たちは選択を誤った」


 ただそれだけを低い声で告げると、私の鼻先にある刀身を左の人差し指と親指で掴むと捩じり上げる。


「へ?」


 グニャリと圧し折れる刀身に間の抜けた声を上げる職員。

 私はさらに長剣の刀身を両手で握りつぶし、こねて球状の鉄塊へと変える。


「……」


 ついさっきまで長剣だったものを茫然と眺める青髪を角刈りにした男など歯牙にもかけず、右手に討伐図鑑を顕現させる。

 都合よく眼前にはテントが複数あるにすぎず、背後は誰もいない大きな平地が広がっている。ここなら呼び出すのに十分な空間があるだろう。

 人のいない背後の広場を向くと、パラパラと図鑑の該当箇所を開く。そのページのタイトルは、『対人集団戦軍』と記載されいていた。

 これはあのアジ・ダハーカとかいう駄竜討伐後しばらくして生じていたページだ。あの駄竜討伐後、討伐図鑑の表紙に『level2』と新たに記載され、このページが生じていたのだ。

 何でも『対人戦闘』に特化しており、対人という条件付きではあるが、戦力指定された各魔物の身体能力は跳ね上がり、一時的に討伐図鑑の愉快な仲間たちの中でも最上位の幹部たちの加護が与えられるという特殊効果があるらしい。

 「らしい」、というのは実際に検証しようとはしたが、『対人条件を満たしません』のみ表示され呼びだすことはできなかった。要するにこれが初見えというわけだ。


「出てこい」


 私の声に、図鑑が発光して広場を埋め尽くす数千のバッタ男。


『グガッ!』


 バッタマンたちは、全員規則正しく整列し、姿勢を正す。


御前ごぜん御前おんまえだ! 総員、敬礼!』


 先頭で荘厳に佇む獅子顏の獣人ネメアの号令により、


『ギギッ!(ハッ!)』


 数千のバッタマンたちは、左の掌に右拳をあてると一礼してくる。

 どうやら、対人戦闘ではバッタマンたちがでてくるってわけか。しかも、全員、特殊なコスチュームにマントをしている。ネメアも金色の鎧姿だ。きっとこれが本のいう特殊効果なのだと思う。

 しかし、討伐図鑑最弱のバッタマンでこのバベルの制圧、大丈夫だろうか? 私はこんなクズどものために、部下を失うのだけは絶対に御免被るんだが。

 ま、実際に対人戦闘でのブースト効果もあるし、ネメアもいる。危険になったら退避くらいさせるだろう。


「ひぃぃぃっ!」


 不自然なくらい静まりかえった広場内でネメアと無数のバッタマンたちに射殺すような視線を向けられた角刈り長身の男は、顔を恐怖一色に染め上げて怪鳥のような甲高い声を張り上げる。

 その無様な姿を一瞥し、私は両腕を広げると、


「諸君、この都市バベルは私の敵となった。速やかにバベルの塔を制圧せよ。

学生や受験生には危害を一切加えるな。お前たちが死ぬことは絶対に許さん。その二つが条件だ。あとは好きにしていい。徹底的に暴れろ」


 バッタマンたちに指示を出す。


『ギガッ(ハッ) !!』』


 地鳴りのような咆哮を上げ、足を踏み鳴らし答えるバッタマンたち。

 まさに地鳴りが同心円状に吹き抜けていく中、角刈り長身の男は地面に尻餅をついて遂に失禁する。他の私を取り囲んでいた職員たちも身を寄せ合い、ガタガタと震えあがってしまう。

 まったく、実につまらん連中だ。だが、賽は投げられた。外ならぬ、こ奴ら自身の手でな。ならば、私も妥協は一切すまい。


「ちょ、ちょっと待った! 待ってくれ!」


 頭に真っ赤なバンダナをした剣士風の男が、テントの方から慌てふためいて転がるように私の前まで来ると制止の声を上げる。


「ブライ・スタンプ、君も私の敵か。ならば容赦はせんぞ」


 背中の鞘から【村雨】を抜き放ち、構えを取る。

 未熟とはいえ、この男は剣士。ならば全力で叩き潰させてもらう。何より、ライラが襲われた時点で、もう私に自重の文字はない。敵が組織だろうと、個人だろうと跡形も残らぬほど粉々に砕くだけ。


「そんなわけないでしょう! 少なくても我らバベルは貴方の敵じゃない!」

「はっ! 私の幼馴染、ライラ・へルナーを攫った馬鹿どもとこいつらは通謀しているようだがな。そして、そこの私の身内の二人も処分しようとしている」


 そう言い放って今も尻餅をついて口をパクパクさせている角刈り長身の男を見下ろすと、ビクンッと身体を硬直化させる。

 ブライは当初、目を白黒させてルミネとローマンに、次いで私の顔をしばし凝視していたが、直ぐに憤怒の表情を同僚の角刈り長身の男たちに向けて、


「お前ら、それは本当か?」


 声を震わせて尋ねるが、


『真実ですよ』


 その疑問に答えたのは透き通るような女の声。眼球だけ動かすと、真っ白のローブを着た美女を先頭にした集団がこちらにやってきていた。

 まだかなり距離がある。普通に考えれば声が届くはずがない。魔法か何かだろうな。さっきからずっと覗き見られているような気がしていたのだが、多分奴らだろう。

 ともかく、あの女がたった今、真実と自白した。つまり、


「そうか、そうか、お前が黒幕か」


 自然に口端が吊り上がるのがわかる。こいつは、バベルの学院長イネア。つまり、名実ともに実力主義であるバベルのトップ。つまり、バベル最強の女ってわけだ。さらに、背後にいる赤色のローブに身を包んだ小柄だが筋肉質な男は、バルセのハンターギルドのマスター、ラルフ・エクセルか。人界最強クラスの英雄様たちの御到着ってか。

 なるほど、わざわざ私達の前に顔を見せたのは、強者の余裕というわけだな。

 英雄二人が相手なら、確かにバッタマンたちでは分が悪いだろう。私が直々にやらねばならん。


「くはっ! 面白い。お前ら、面白いよ!」


 最近、雑魚処理ばかりで、強者と一度もやり合っていない。何せ真面に逃げずに立ち向かってきたものは、あの身ほど知らずの三頭の巨大蜥蜴くらいだったしな。

 バベル最強の学院長と、ハンターの英雄ラルフ・エクセルか。相手としては申し分ない。


「起きろ、【村雨】」


 私はそう命じ【村雨】に魔力を全力で込めると、数度脈動し周囲に悪質極まりないオーラをばら撒き始める。久方ぶりに【村雨】を目覚めさせた。一度起きるとこの妖刀、とことんまでじゃじゃ馬になる。考えなしに振るえば、四方八方が更地なんてことになりかねん。気を付けて扱わねばな。

 私は重心を低くし、精神を戦闘に特化させていく。


「勘違いしないでください。私が出向いたのは反逆者の粛清です」

「あ?」


 イネアはクスリと笑うと片手を上げて、


「捕らえなさい!」

 

 目の細い黒ローブの男を始めとするバベル職員たちが、必死の形相で先ほど私を取り囲んでいた者たちに駆けより、両腕を金属による拘束する。あれは束縛系の呪具か。

 

「よりにもよって受験生に対する非道行為。許しがたい大罪です。貴方たちに命じた者も含め、厳罰に処しますから、覚悟しておきなさい」


 まるで虫けらに向けるような冷たい目で見つめつつも、イネアは静かな口調で宣言する。


「そんな、何の証拠があって!」

 

 角刈りに長身の男がたまらず、反論しようとするが、


「貴方はこの状況で証拠が必要と思いですか?」


 イネアに告げられ、恐る恐る私を見ると顔をとびっきりの恐怖で歪ませた上で、項垂れてしまう。

 イネアは私に向き直ると深く頭を下げて、


「これは一部の愚者が暴走した結果で、私たちバベルの総意ではりません。矛を収めていただけませんか?」


 懇願の台詞を吐く。


「見え透いた冗談だな。この状況でお前たちを信頼しろと?」

「はい。私たちには危険を冒してまで貴方と敵対するメリットがありません。それに今は貴方も敵を新たに作りたくはない事情があるはずです」


 この女、今の私の置かれている状況を見透かしている。確かに、ライラが攫われている以上、私はこんなところで足止めを食っている場合ではない。

 しかし、この女を信用できるかといったら、それはまた別の話だ。


「お前らは信用できん。ここで潰しておくのが最良。そんな気がする」


 村雨の剣先をイネアに向けると、上段に構える。

 確かに私はできる限り早く、ライラの保護に向かいたい。だが、このまま向かえばルミネとローマンを人質に取られかねん。この手の裏で企むやからはそのくらい平気でやるだろう。

 ネメアは私よりも弱い以上、人類の英雄クラスの二人に必ず勝てるという保障はない。何より、この女はすこぶる危険な臭いがする。信頼していい部類の者ではない。故に、ここで私が消しておくのが最善にして最良だ。


「お、お待ちください!」


 先ほどまでの余裕たっぷりの態度から一転、強い焦燥の含有した制止の声を上げるイネアに、私のとびっきりの奥の手を繰り出そうとしたとき――。


「カイ!」


 見知った三人の男女が私とイネア達に割って入るように忽然と姿を現した。

 ローゼ、アスタ、ザックか。気配自体が突然生じたことからも、おそらく、アスタあたりの空間転移系の能力でこの場に来たんだろうさ。アスタの奴、見かけによらず、多才だからな。

 とにかくこのタイミングでのローゼたちの登場だ。誰かに仲裁でも頼まれたとみるべきか。普通に考えればバベル側だが、だとすると、イネア達は本当に無関係ということか? いや、バベルの職員の一部の暴走にしては手が込んでいるし、何よりそうするメリットがない。どうにも、ややこしい事になったものだ。


「ローゼ殿下! カイ様を説得してください! 我らは本当に無関係なんです!」


 泣きそうな、いや、実際に泣きべそをかきつつ、目の細い男シグマが懇願の言葉を吐く。

 ローゼは私と数千のバッタマン、次いで傍に横になるルミネとローマンを相互に見ると、深いため息を吐いて、


「カイの危惧はその二人でしょう。ならば、私たちがその二人を保護します」


 請け負う旨を宣言する。そのあきれ果てたような様子、すこぶる気に入らんが、 元々ローゼたちに二人は預けようと思っていたんだ。都合が良いのは確かだし、空間転移が使えるアスタがいるなら、最悪の事態だけは免れるだろうしな。


「わかった。任せる」


 転移が使えるアスタがこの場に来た以上、ルミネとローマンの安全は確保された。それにバベル側もアメリア王国の王女のローゼに危害を加えられやしないだろうしな。ならば、一時の休戦くらいなら乗ってやるさ。

 ただ、現在のイネアの動きを封じる観点からも、矛を収めるというジェスチャーは必要かもな。

 まあ、あくまでこの件が終わるまでの保留になるだけだ。ならば別に構うまい。


「呼び出してすまんなが、今は戻っていてくれ」

『ハッ!』


 一礼するとネメアを始め、バッタマンの大軍は討伐図鑑の中には帰っていく。

 

「ではお前たち、頼むぞ!」


 私は仲間たちにルミネとローマンを託すと、再び森の中へ駆けていく。




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