第29話 騎士としての最後の誇り ソムニ

「……起……!」


 頭頂部に生じる痛みにソムニは顔を顰める。


「起き……!」


 その痛みは次第に強くなっていき、


「起きろ!」


 瞼を上げると、そこは所々が痛んでいる石造りの廃墟の建物の天井。そして、横たわるソムニを不快な表情で見降ろしている真っ白な鎧を身に纏った金髪の青年。


「守護騎士タムリさん?」


 彼はギルバート殿下の守護騎士。ソムニの先輩であり、若いながら相当な使い手との紹介を受けている。同時に、新人イビリが酷く、他の守護騎士からは確かな実力は認められながらも、敬遠されている人物でもある。


「ようやく起きたか、出来損ない」

「どうも……」


 あまりに失礼なタムリの言い分に、ムッとして上半身を起こして辺りを窺う。同時にボンヤリとした意識が妙にはっきりとしてきて、あの悪夢のような現実を鮮明に思い出し、


「エッグとライラは⁉」


 同じチームの仲間たちの名を叫んでいた。


「エッグという小僧なら、ほれ、そこにいるぜぇ」


 タムリの背後の壁に寄りかかっていた頭部に髑髏の入れ墨をしたスキンヘッドの男が、意地の悪い笑みを浮かべつつも、親指の先を部屋の片隅に向ける。

 その先には己の首を無事な左腕で抱えているエッグの姿。


「――ッ!?」


 声にならない悲鳴を上げて、立ち上がろうとするが、タムリに髪を掴まれて顔面から床に叩きつけられる。

 眼前に火花が飛び散り、焼けるような熱くも鈍い痛みが鼻付近に生じる。

 混乱する頭で、


「な、なんでッ!?」


 そう叫んでいた。いや、叫ばずにはいられなかった。

だって、エッグが死ぬなんて考えもしなかったし、何より、この状況でギルバート殿下の守護騎士であるタムリに冷たい床石に押さえつけられている理由に検討がつかない。


「決まっている。貴様のせいだよ」

「僕の……せい?」


 オウム返しに尋ねる。どうしてもこの状況が理解できない、信じられない。

 だってそうだろう? 守護騎士とは、王族の中でもロイヤルガードに次ぐ誇り高き騎士。非道とはもっと遠い存在。タムリの言動は、その守護騎士がまるでエッグの死の片棒を担いでいるようなのだから!


「そうだ。貴様が巻き込んだんだ。貴様と同じチームなったばっかりにこいつは死んだ」


 淡々とそう宣言するタムリに、


「訳が分からないよッ! どうつもりだっ!?」


 その意を尋ねるべく声を荒げる。


「それが目上の者に尋ねる態度かっ!」


 眉根を寄せてタムリを地面に叩きつけると、立ち上がって蹴り始めた。

溶岩のような熱さが全身を駆け巡る中、歯を食いしばって、


「どういうつもりだっ!?」


再度確認の言葉を繰り返す。


「だから、貴様のせいだと言っている。貴様があまりに弱すぎるから殿下は心を痛めながらも処分の決定を下された。ああ……心優しい殿下が、どれほど悲痛な決断だったか、目に浮かぶようだ」


 陶酔するかのように、右拳を己の胸にあてて天井を見上げる。


「おかしいよ……」


 そのソムニの言葉など意にも返さず、


「故に、そこの哀れな子供は、若くして命を散らせたのだ」


 絶望の言葉を吐く。


「なぜ、僕が処分対象なんだ!? 僕は今まで騎士道に反するような行為などしてはいないし、なんら王子殿下に対し、不敬となるようなこともしてはいない!」


 ギルバート殿下がソムニを処分する? 理由など微塵も思いつかないし、納得もいかない。


「不敬はしたさ。弱いにもかかわらず、守護騎士になるという特大の不敬をな! だから、殿下は私にお命じなられたのさ。守護騎士としては失格の弱者は、処分しろとな」


 その答えに頭が真っ白となり、


「出鱈目をいうなっ! 殿下がそんなこと仰るわけがない!」


 喉が潰れんばかりに、声を張り上げていた。あのお優しい殿下が、そんなことをいうわけがないから。


「まったく、貴様のその自信、一体、どこからくるんだ?」


 タムリの見下ろすその蔑むような、そして心底呆れたような視線を向けられ、ソムニの中にいくつもの感情が混じり合い、


「僕は神聖武道会ベスト4だっ!」


 再度、己の強さの依拠とするところを叫ぶ。タムリに容易に押さえつけられている状況で、叫ぶ内容としては滑稽なのは百も承知。それでも、これだけは折れるわけにはいかなかったのだ。だって、もし、認めたら、本当に弱いソムニのせいでエッグは死んでしまったことになるから。


「哀れだな。お前が勝ち進んだのは、お前の父たるルンパ卿のお陰だ。相当な金を積んだんだろうな。見事に全員、買収されて自ら敗者の道を選んだんだろうよ」

「嘘だっ!」


 認められない! そんなふざけた出まかせ、認めるわけにはいかない! 同時に、父ルンパ・バレルならばやりかねない。そう考えてしまっている自分がいた。


「真実だ。というか、知らぬ者は殿下の守護騎士ではいない。貴様一人を除いてはな。というか、お前の剣技を一目見れば、勝ち進めるはずがないことは騎士なら断言できる」

「嘘……だ」

「別に同情はせんが、ある意味、貴様は被害者なのだろうよ。お前のためを思って良かれと思ってやった父親の行為があだとなり死ぬわけだしな」

「……」


 もう、反論の言葉一つ出てこない。

 なぜそもそも、ソムニたちが賊どもに狙われたのか。あの殺された少女たちの最後の言葉。そして、タムリの異常ともいえるこの度の言動。否定しようとも、思い返すだけでまるで無秩序だった割れた壺の欠片のピースが埋まっていくように、次々に肯定する要素だけが積み重なっていく。


「心配するな。貴様の死は無駄にはならん。殿下のお望みのままに、あの無能小僧に背負ってもらう手はずとなっている。貴様を殺した奴を私が誅殺すれば、ルンパ侯爵も納得するだろうし、無難な落としどろってところだ」


 崩れていく。タムリの身勝手極まりない言葉が紡がれるたびに、ソムニが今まで信じてきたものがガラガラと音を立てて崩れ落ちていく。

 ――自身の剣への誇りと自信が消えていく。

 ――父への尊敬の念と己を信じ支えてくれているという信頼が消えていく。

 ――あれほど生涯命に代えても守護しようと誓ちかったギルバート殿下への忠誠が綺麗さっぱり、消えていく。

 そんなソムニの内心などお構えなしに、


「私はお前とは違う。こんなところでは終わらん! 必ずや、あの無能小僧に生きていることを後悔するような地獄を見せて、殿下の屈辱に報いて見せる!」


 右拳を握りしめ熱く語る。


「そうそう。そのお陰で、俺には役得があるしなぁ」


 タムリの背後の頭に髑髏の入れ墨のあるスキンヘッドの男が、石造りのベッドに横たわる美しい金髪の少女に視線を固定すると、顔を欲望一杯に醜悪に歪めて舌なめずりをする。


「貴様、彼女に何をしたッ!?」

「まだ、何もしちゃいねぇさ。その女は今回のターゲットの無能小僧の女らしいからな。奴の前で純潔を散らして、思う存分嬲ってやるのが俺の今回の仕事ってわけだぁ」

「トウコツ、わかっているかと思うが――」

「ああ、証拠は残さず、女もろともきちんと処分するさ。心配すんな」

「下種がっ! 貴様ら本当に人間かっ!」


 激昂するソムニに、頭に髑髏の入れ墨のあるスキンヘッドの男トウコツは右手に持つ杖を掲げると、


「クハハハハ! それは俺に対する最高の褒め言葉だぜぇ。なぜなら――」


 顔一面に薄気味の悪い笑みを浮かべつつ、数語呪文のようなものを詠唱する。


 ――ドゴォッ!


 刹那、脇の石壁が粉々に砕かれ、2メートルもある皮膚がドロドロに溶けた長身の赤肌の青年が姿を現す。


「俺は、もはや人を超えた存在だからなぁ!」


 その怪物を満足げに眺めながら、得意げに宣う。

 頭部の角に、長く伸びた犬歯。これはまさか――。


「オ、オーガのアンデッドか? いや、違う、これは……」


 震え声でどうにか声にする。オーガは鬼系の魔物の上位種族。しかもあれは――。


「へー、お前のような雑魚餓鬼がこいつを知ってるとは意外だなぁ。そうだ。こいつは、オーガのさらに上位種――ハイオーガだ! いやー、こいつを殺すには苦労したぜぇ。何せ、Aランクのハンターチームでも敵対したら、即死コースだからなぁ」


 顔を醜悪に一杯の声を上げる。


「くっ!」


 ハイオーガ――敵対した中隊規模の王国軍を壊滅させたとか、Aクラスのハンターチームを全滅させた、などの曰くのある魔物。


「やっぱり、魔物の分際で知性がある奴は扱いやすい。娘を人質にとったら簡単に戦意を喪失するくらいだしなぁ」


 トウコツはまるでお気に入りのコレクションを獲得したときの状況を自慢するかのごとき、声を弾ませて悪行を独白する。


「クサレぇ――外道め!」


 その状況が鮮明に思い描き、額の血管が切れるほどの憤怒が湧き上がる。


「それも褒め言葉だぜぇ。まだまだ、外にはお気に入りのコレクションがわんさかいる。これはまさに神話の軍隊。バベルはおろか、人間で所有するのは初だろうさ。つまり、俺は人を超えた存在ってわけだ!」


 うっとりした目でハイオーガのアンデッドを眺めつつ宣うトウコツ。

 この外道どもは、エッグを殺した。もちろん、エッグは子供じみたところがあるし、決していい奴ではなかった。だが、ソムニが試合で負けて落ち込んでいるときに飲みに誘ってくれたりしたことがあったのだ。殺されるほどの非道など犯してはいない。そのエッグを殺し、しかも、魔物とはいえ家族の絆を利用し殺すなど、到底許されない。騎士として、いや、人としてこいつらはクソだ! 魔物以上に邪悪で生きている価値もないクズ野郎どもだ。


「くくっ! はははあはははっ!」


 本当に滑稽で笑えてくる。あれほど輝いて見えた世界は、こんなクズの様な奴らが跋扈する汚らしいものだったのか。


「笑うな、貴様今どんな立場かわかっているのか?」


 腹を蹴られ、一瞬息が詰まるが、それでも笑いは止まらなかった。


「やめとけよぉ。どうせ、恐怖で狂ったんだろうさぁ」


 トウコツが左手をプラプラ振って小馬鹿にしたような口調で頓珍漢な台詞を吐く。

 恐怖で狂う? 逆だ。今まであった恐怖は嘘のように消えている。代わりにあるのは、肥溜めのような奴らへの凄まじい憤りのみ。

 ヨロメキがならも立ち上がり、奴らを睨みつけて、


「お前らはただの卑怯ものだ! 何が、守護騎士だ! 何が、ギルバート殿下だ! 

 卑怯な手を使わなければ、無能のギフトを持つカイ・ハイネマンとすら戦えない、臆病者の集団じゃないか!」


 捲し立てる。


「貴様、殿下に対する侮辱、不敬である! 撤回しろ!」


 顔を真っ赤に蒸気させて、タムリはソムニを蹴り、殴る。守護騎士の手加減抜きの折檻だ。何度も意識を失いそうになるが、それでも二人を睨みつけ、


「何度も言ってやる。お前らはただの卑怯ものだ! 何がお優しいだ! 本当に優しい人は、こんな簡単に人を切ったりしない! 無関係なものを犠牲にしない! 

 人の心を持たないクサレ王子が王位につくようなら、アメリア王国はどの道、終わりだ!」

「貴様ぁ……」


 腰の剣を抜くタムリ。目が据わっている。どうやら、ソムニもここまだ。それはいい。もうソムニの身など知ったことじゃない。

 だが、心残りはある。ソムニたちのせいで、巻き込んでしまったライラだ。彼女だけは助けたい。いや、騎士としての最後の誇りにかけて命をかけて助けなければならない。たとえ、それがソムニよりも強く誇り高き少女だったとしても。

 意を決して、重心を低くして右拳を強く、強く握る。

 握る拳が震えるのを自覚する。正直怖い。だってこれからしようとしているのはただの無謀な特攻。ただの子供じみた意地だ。きっと、ソムニは死ぬ。

 そういえば、喧嘩すらろくにしたことすらなかったな。そんなんで、よくもまあ、一流の騎士などと本気で自称していたものだ。

 

「死ね!」


 剣を振り上げるタムリに近くの瓦礫を掴んで投げつけると、全力で奴に向けて突進する。


「ちっ!」

 

 タムリは剣で器用にも瓦礫を弾くとソムニの脳天に長剣を振り下ろしてくる。それから身を捻って躱そうとするが、長剣はソムニの左肩から切断する。

 背骨に杭が打ち込まれたような激痛に歯を食いしばりながら、堅く握った右拳その頬を殴りつける。吹き飛ぶタムリを尻目に、ライラへ向けて走り出す。


(とどけぇ!)


 ソムニの右手がライラにまさに触れようとしたとき、


「残念でしたぁ」


 トウコツのいやらしい声が響き、横っぱらに凄まじい衝撃が生じ、視界が天井と床を巡り、壁に叩きつかれる。


「この雑魚餓鬼がぁ!」


 朦朧とする意識の中で、悪鬼の表情で近づいてくるタムリが見える。

 そして、突如眼前に生じる黒色ローブの後姿。


『少年、貴様はよくやった。傍観するにはこ奴らはやりすぎた。貴様の無念、私が引き攣ごう。だから、貴様はゆっくりと寝ていろ』


 頭の中に反響する男の声を契機にソムリの意識は暗い闇へと落ちていく。



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