第24話 老紳士の参戦


  バベル北部の【華の死都】エリア1 


 バベルは学院都市となってはいるが、その実情は学園というよりは巨大職業訓練所に近い。そしてこのバベルを卒業するという事は高いプレミアムを生む。特にバベルの中枢たる塔の卒業生ともなれば、その将来はまさに約束されたようなものだ。そしてバベルも、力のある者は来るものは拒まずという方針を取っている。まあ、一般に名を知られたクリミナルが合格できるかはまた別問題だろうけども。

 何を言いたいかというと、この試験は成人をとっくに過ぎた裏の住人が受験すること自体に制限などないということである。


「うわぁぁっ!」


 木々の隙間から突然現れた右手に湾曲した長剣を持つ全身傷だらけの巨漢に金髪の少年の一人は悲鳴を上げながら矢を放つ。矢は巨漢の男のスキンヘッドの頭部に衝突するが、金属が弾ける音とともに、傷一つつけることなく地面に転がる。


「くそぉっ!」


 きっとやぶれかぶれだろう。今も放心状態の矢を放った少年の脇で剣を構えていた少女と少女が全身傷だらけの巨漢に切りつけるが、やはり強靭な皮膚に弾かれる。そして、まるで鬱陶しい虫でも振り払うかのように払われた左腕により、少年少女は木々に叩きつけられてピクリとも動かなくなる。

 首が折れ曲がっている少年少女を眺めて、


「死んじまったか……これだから餓鬼は脆くて困る」


 全身傷だらけの巨漢は舌打ちをすると、そう独り言ちりなら、矢をつがえていた少年に視線を向ける。


「いひぃっ!」


 腰を抜かしたのだろう。地面に尻餅をついて悲鳴を上げる少年まで一歩踏み込むと、


「悪いな。色々鬱陶しいんで、見たお前には消えてもらう」


 曲刀で泣き叫ぶ少年の首を落として、その躯となったポケットからバッヂを取ると指ではじく。


「は! 最初は餓鬼どもを誘い込むだけの怠い依頼だと思ったが、マジでいい稼ぎになるよなぁ」


 スキンヘッドに巨躯の男――Bランククリミナル、狂犬マッドハウンドは、バッヂを眺めながらもそうほくそ笑んだ。

 特に今回の依頼はバベルの上層部からの依頼。いくら殺そうと失格にはならず、試験終了後に獲得点数がオールとして支払われれる。さらに、特定の餓鬼どもを所定の位置まで連行するという依頼を完遂すれば狂犬マッドハウンドには莫大な依頼料は支払われる。

 当初の予定とは異なり、カイ・ハイネマンとかいう無能と別のチームになったときは、依頼主のバベル上層部には殺意すら覚えたが、今は逆に感謝すらしている。

 何より、事前に取り決めていた《マッドハウンド》がいくら殺しても失格にはならないというルールだけは守られているようだし、何ら問題なく依頼を遂行できる。


「さーて、そろそろ、ターゲットも見つけて依頼を完遂しておきたいものだな」


 意気揚々と森の中を進もうとしたとき、

 

「ん?」


 突然上空から放たれる三つの炎の槍。その一本につき上半身を捻って躱すと、右手に持つ曲刀でもう一本を両断。さらに最後の一本を左手で掴み投げつける。炎の槍は生い茂る枝の中へと消えていき、ガサっと地面に落下する緑ローブの男。


「雑魚がっ!」


 どうやら、学院側からは別の同業者クリミナルが雇われているようで、このように遭遇する度に攻撃を受けている。

 依頼内容がかち合ったときは、力づく。これが狂犬マッドハウンドたち、裏に生きる者たちの掟。これも、当然の結果なわけだが。

 

(まだ、終わっちゃいないってか)


 森の奥から漂う威圧感たっぷりの危険な香り。どうやら、相手は隠す気が全くないらしい。


「出て来いよッ!」


 全身傷だらけの男の声に、森の奥の暗闇から姿を現す黒色の長い髪に軽装の男性剣士。


「ほう。お前は少しはやりそうだな」

「……」


 黒髪の剣士もそれに口端を上げて答え、長剣を構える。そして両者は激突した。


 狂犬マッドハウンドと黒髪の剣士の実力は完全に拮抗していた。

 数十回、剣を交えたとき、狂犬マッドハウンドの左の脛に走る鋭い痛み。脛には一匹の炎の蛇が食いついていた。一呼吸遅れて、視界が歪み、地面に片膝を突く。


「脳筋ゴリラぁ、それはオーガさえも動けなくする麻痺毒だぁ。オイラらちの勝さぁ」


 さっきまで地面に倒れていたはずの緑色のローブの男が、勝ち誇ってそう叫ぶ。

 麻痺毒か。狂犬マッドハウンドの所持ギフトにより、この手の毒系の力には耐性がある。だが、解毒するまで数分は必要となり、その間の行動は著しく制限されるだろう。雑魚ならともかく、目の前の剣士はそれを許すほどお人よしではあるまい。


「てめえ……」


 黒髪の剣士は、ふらつきながらも立ち上がる狂犬マッドハウンドと緑色のローブの男を、しばし眺めていたが、


「君ら、私と手を組まないか」


 そんな意外極まりない台詞を吐く。


「はあ? 手を組むぅ?」


 そんなことをすれば、依頼料は三等分。無能餓鬼とボンボンの餓鬼を所定の位置まで連れて行くという極めて楽な依頼。手を組む理由はない。


「神聖武道会ベスト4のソムニ・バレルがいるからかぁ?」


 緑色のローブの男が空中に炎の槍を顕現させつつ、尋ねると、


「あれが勝ち上がったのは、親の七光り。本人は気付いていまいがな。私たちが手を組む理由にはならない」


 目を細めて黒色長髪の剣士は首を左右に振ってそれを否定する。


「おいおい、まさか無能の餓鬼一匹のために手を組もうというつもりか?」


 ターゲットの一人、カイ・ハイネマンは『この世で一番の無能』とかいう哀れなギフトホルダー。強いわけがない。


「そうだ。奴は神聖武道会でザック・パウアーと互角の戦いを演じたらしい」

「ああ、あのデマ情報か。まず、ありねぇな」


 ザックの強さは、表はもちろん、裏社会でも有名だ。過去に大量発生したゴブリン将軍の率いる軍勢を皆殺しにしたなど、いくつもの逸話を残している男だ。最弱のギフトを有するものが、互角の戦いを演じられるわけがない。


「デマじゃなく真実。それは間違いならいしい」


 黒色長髪の剣士のそんな断言に、


「はっ! それはオイラも聞いたことがあるな。なんでもぉ、不正のマジックアイテムを使って決勝トーナメントに進出したと――」

「馬鹿かお前。マジックアイテムをいくら装備したとしても、あのザックと真面に戦えるわけねぇだろ!」


 吐き捨てるように叫ぶ狂犬マッドハウンドに、


「あんだとぉっ!」

 

 緑色ローブの男も怒号を上げる。


「いんや、私もマジックアイテムを装備した程度で、ザックと互角に戦えはしないと思う。一度奴の闘争を見たことがあるが、ザックはそんな生易しい男ではないからな」


黒髪の剣士もすかさず狂犬マッドハウンドに同意した。


「……」


 緑色のローブの男も噓偽りがないと判断しただろう。無言で顕現していた炎の槍を消失させる。


「要するにお前は、この依頼の難易度は俺たちの想像以上に高い。そう言いたいのか?」

「そうとも。少なくとも君らが考えているよりはずっと。そして、おそらくこの依頼主と対立関係にあるバベル学院長派もそう考えている」


 依頼主と対立関係にあるバベル上層部ね。ようやく、狂犬マッドハウンドにも黒髪の男が言いたいことがわかってきた。


「俺が今回、カイ・ハイネマンのチームから外されたのは、統括学院長派の意向ってわけか?」


 黒髪の男はにぃと口角を上げると、


「やはり、君ら二人はカイ・ハイネマンと同じチームにする。そう聞かされていたんだね?」


 緑色のローブの男に視線を移して問いかけると、


「ああ」

 

 感情を消して顎を小さく引く。


「私の勘が正しければ、今のカイ・ハイネマンのチームの二人は統括学院長が選定した者たちのはず」

 

 辻褄は会う。いや、これほどというほどあってしまう。そして、カイ・ハイネマンがバベルさえも警戒するほどの強者なら、単独で挑むのはこの上なく危険だ。


「オイラは構わねぇよ」


 案の定、緑色のローブの男も同意し、


「俺もお前の提案、受けるぜ」


狂犬マッドハウンドも顎を引く。

 この稼業で長生きするコツは決して敵を侮らないこと。仮に敵がスライムのように弱くても、不穏な要素があるなら、全力で叩き潰す必要がある。

 カイ・ハイネマンの存在は今この時、狂犬マッドハウンドたちにとって無視し得ないほど危険な存在になりつつあった。


「よかった。報酬は私たちできっかり三等分。それで構わないな?」

「オイラはそれでいい」

「俺もだ」


 満足そうに黒髪の剣士は頷くと、


「では束の間の間、よろしく頼む」


 右手を上げてそう口にしたのだった。



 狂犬マッドハウンドの解毒が済み、緑色のローブの男とともに森の奥へ姿を消したとき、黒髪の男はさも不快そうに顔を歪め、


(単細胞の相手は殊の外、疲れますねぇ)


 吐き捨てるように小さく呟き、右手をパチンと鳴らすと、黒髪の男の足者から黒色の炎が当たり一帯を同心円状に走り抜ける。

 漆黒の炎は三人の受験生たちのむくろを一瞬で塵と変え、黒髪の男の姿を形の良い髭を生やした白髪の老紳士へと変える。

 そして、地面には先ほど狂犬マッドハウンドにより殺されたはずの少年少女が血色の良い顔で横たわっていた。


(踊らされていることすら気付かぬマリオネットごときが幾千万束になろうと、あの御方に傷一つつけられるわけがないでしょうに)


 白髪の老紳士は両手をパンッと合わせると三つの黒色の炎の塊が出現、人の形をなしていく。


(その子供たちを広場付近まで運びなさい)


 黒炎でできた三体の人型の何かは、各々小さく頷き、少年少女たちを抱きかかえると広場の方角へ向けて凄まじい速度で走り去ってしまう。


(計画に不要なゴミは粗方片づけましたし、そろそろ大詰めですかねぇ)


 白髪の老紳士は顔を恍惚に染め、両手を組み、


(ああ、偉大にして崇敬の我がしゅよ! 我が絶対の忠誠に誓い、必ずや貴方様のお役に立ってご覧にいれますッ!)


 そう熱く誓う。その熱の籠った顔は、討伐図鑑の住人たち同様、いや、それ以上のまさに狂信者そのものだったのだ。

 

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