第17話 楽勝な実技試験 ソムニ・バレル


『アーアー』


 おぼつかない足取りで寄ってくる全身がぐずぐずに腐食した人型の魔物ゾンビ。

 ゾンビの歯や牙には強力な呪が付与されており、嚙まれたまま解呪せずにいると何れ死に至る。そして死んだ死体はそのまま新たなゾンビとしてこの世を彷徨うことになる。そんな危険極まりないアンデッドがゾンビだ。

 そのゾンビの懐に飛び込むと、


「ハッ!」


 ソムニ・バレルは右手に持つ長剣でその首を跳ねる。頭部を切断されたゾンビは、地面に崩れ落ちてドロドロに溶けてしまう。

 次いで右の掌を今もこちらにゆっくりと歩いてくるゾンビに向けると、詠唱していた火炎魔法を放つ。


炎球ファイアーボール!」


 炎の球体がゾンビに衝突し、忽ち淡い橙色の炎が包み塵となった。


「流石はソムニさんっ! ゾンビ二体を一撃とは、ギルバート王子殿下の最年少の守護騎士になられた人物だけはあるっ!」


 パチパチと両手を叩いてソムニの勝利を褒め称える体格の良い黒髪の少年、エッグ。エッグは同じ王国騎士学院出身の同級生だ。同じくバベルの試験を受けていたのだが、偶然同じチームになったのだ。


「まあな、正直張り合いがない」


 動きも鈍いし、接近するときだけ気を付けておけば大した脅威ではない。これが難関で有名なバベルの試験か? どんな無理難題を受験生に吹っかけてくるのかと身構えていたが、拍子抜けもいいところだ。


「俺は火炎魔法なんて使えないし、一匹一匹倒すのがやっとです。ソムニさんのように一撃で屠るなんてとてもとても」


 大きく首を左右に振るエッグ。ソムニほどではないが、エッグはかなりの剣の使い手だ。だが、エッグのギフトは剣術に特化しており、魔法の才能はない。

 やはり、高度な剣技を有し、魔法も使えるソムニにとって難関とうわさの高いバベルの試験など障害にすらならぬ。もう、塔への入学は決まったようなものだ。


「それより、あの女中々良くないですか?」


 この試験の同じチームメイトであるウエーブのかかった長いブロンドの髪の美しい少女ライラ・ヘルナーに視線を固定しながら、エッグがソムニの耳元で囁いてくる。

 

「まあ、かなりの美人だと思うが……」


 確かに美人だとは思う。だが、他の女性たちとは異なり、終始彼女はソムニに対しそっけない態度をとっている。何より、あのカイ・ハイネマンの友人のようだ。

 カイ・ハイネマン、ソムニと同じ神聖武道会決勝トーナメント出場者。世間の評価は一般に卑怯者の無能者だ。だが、一部の剣士たちの評価はそれとは完全に乖離していた。

 ソムニに勝利した剣士と試合終了後に将来の展望を尋ねたとき、いつか、ザックのようにカイ・ハイネマンと戦えるような剣士になりたい。そう熱く語っていた。剣を交えたばかりのソムニなど凡そ眼中になどなくだ。

 彼だけではない。いつもソムニと夜の街へ遊びに行っていた貴族の友人の一人は、カイ・ハイネマンとザックの試合に涙した後、故郷に引き籠り、寡黙に剣を振るようになってしまった。彼はソムニの世代で10年に一度の剣の才があると言われていた人物。一度も練習という練習をしたことがなかった彼が、一心不乱に剣の修行にのめり込んでいるのだ。カイ・ハイネマンとザックの試合が原因なのは間違いない。

 カイ・ハイネマンの恩恵ギフトは、【この世で一番の無能】。強いはずがない。ならば、父ルンパ・バレルの言う通り、不正により勝ち上がったにすぎないのは明らか。

 まったく、他者の実力も見分けられないとは愚かな連中だ。やはり、彼らはソムニのような選ばれた人間ではなく凡人にすぎない。

 カイ・ハイネマンは不正をした特大級の背信者。もっと誰からも責められるべきなのだ。

 だからこそ、ライラたちのようにカイ・ハイネマンに無駄に好意的な態度をとる愚者など、いくら美人でも魅力など感じない。むしろ、あまりの人の見る目のなさに、哀れみすら覚えるくらいだ。


「ですよねぇ? どうです、試合後あの女、誘いませんか? ソムニさんが誘えば一発ですよ?」


 舐めまわすような視線をライラに向けるエッグに、


「やだよ。お前、僕を餌に彼女と一晩過ごしたいだけだろ?」


 強い拒絶の言葉を吐く。エッグの女癖の悪さは有名であり、いつもとっかえひっかえ別の女性と一緒にいる。誘った女性に酒を飲ませ泥酔させて一方的に関係を持つという悪い噂もあるくらいだ。もちろん、それは悪質なデマだと思うが、ソムニはギルバート殿下の守護騎士。誤解される行為は慎むべきだろう。

 何より、カイ・ハイネマンに好意的なこの女とはたとえ頼まれても、一緒に酒など飲みたくない。


「そうですかぁ。じゃあ、自分で誘うしかないかなぁ」


 断れてることがわかっていたのか、さして残念な様子もなく、やはり、欲望たっぷりな表情を浮かべるエッグ。多分、夜の街に誘う算段でも練っているんだろう。


「エッグ、騎士道に反する行いだけはするなよ」

「わかってますってぇ」


 ヘラヘラとした態度で右手をプラプラ振る。



 それから、エッグがライラにしつこく纏わりついて試験後に飲みに行こうと誘い始める。

 最初は丁重に断っていた彼女も今や相当イラついているのが、ソムニにもみてわかった。流石にこれ以上はチーム行動が困難になると判断し、エッグに注意喚起しようとしたとき――。


「いい加減してくださいまし!」


 ライラが叫ぶと、その右腕を掴んで捩じり上げて、あっさりエッグを制圧してしまった。


「イタダダッ! 痛いって! 離せよ!」


 ライラがパッと手を離すとエッグは地面に無様に転倒する。


「このクソアマぁッ!!」

 

 立ち上がり、ライラの胸倉を掴もうとするが、再度投げ飛ばされる。


「最後通告ですわ。いい加減にしてくださいまし」


 ライラにただそう凄まれただけで、エッグは悔しそうに歯ぎしりをするだけで、それ以来、彼女に関わらなくなる。



 それから、ゾンビ数体に囲まれている女性チームを見つけ、エッグの提案で助けに入る。

 ゾンビは首を落とせば死ぬ。おまけに炎に弱いし、元々火炎系の魔法が得意なソムニの敵ではなかった。

 剣に纏わりついたゾンビの肉片を振って落としていると、


「ソムニ様、助けてくださってありがとうッ!」


  加勢に入って手を貸した少女たちが、黄色い声を上げて興奮で顏を赤らめながらソムニに駆け寄り、歓声を上げる。


「ああ、無事でよかった」


 いつものように爽やかな笑顔を作ってその安否をねぎらうと、さらに少女たちはきゃーきゃーと叫ぶ。そうだ。これが普通のソムニに対する態度というもの。


「ソムニさん、チーム通し協力しちゃいけないというルールもないようだし、彼女たち一緒に同行してもらいませんか?」


 エッグのこの提案に、


「え? マジマジ? ソムニ様が協力してくるの!?」

「ぜひぜひ、お願いします!」

「私たち、とっても怖かったんですぅ」


 すり寄ってくる少女たち。確かにこの試験はチーム同士潰し合う事も許されている。それは言い換えれば、チーム同士組むことも可能ということ。

 この周辺に放たれているアンデッドたちは学園側が用意した特殊な処置を施されている者ばかり。実際に討伐してみて分かったことだが、アンデッドを一匹倒すごとにその者が本来所持するバッヂに点数が加算されていくというシステムのようだ。チーム戦とは言っているが、あくまで試験であり、個人戦ということだろう。

 このシステムなら、確かにチームを組んでもさして困らない。むしろ、人では多い方が有利だ。


「僕は構わない。ライラもいいかい?」

「ええ」


 彼女も顎を引いて端的に了承する。


「なーら、話が早い。ねぇねぇ、君たちどこからきたのぉ?」


 エッグが三人の女性受験生に近づくといつもの馴れ馴れしいスキンシップを開始する。

 

 ソムニはこの時忘れてしまっていたんだ。これは試験ではあるが実戦。敵は自分たちに配慮も遠慮も一切してくれない無慈悲な存在だということを。そして、相手はアンデッドだけではないという事実に。

 しかし、このときのピクニックに行くようなお気楽なソムニたちには微塵も想定することができず、直ぐに絶望のどん底に引き落とされることになるのである。

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