第18話 破滅の契機

 バベルの塔の絢爛豪華な一室。


 椅子に踏ん反り返っている緑色のローブを着用した巨体の老人が、


「で? 計画はどうじゃ?」


 今も頭を深く下げている同じく緑色のローブの目つきのキツイ男に尋ねる。


「槍王とあの哀れな少女は、毒蜂どくばちと同じチームしました」

「Aランクのクリミナルか。そんなもので、本当に槍王を殺せるのか?」


 胡散臭そうに問う巨体の老人に、目つきのキツイ男は両腕を広げて、


「槍王は強いです。あくまで真正面からぶつかれば、ですがね」


 断言する。


「実戦経験の差か?」

「はい。今の槍王は凡そ死線を超えた経験がないまったくの素人。毒蜂どくばちならば容易に殺せるでしょうし、ルミネという少女は猶更です」


 老人は満足そうに頷くと顔を雪のように真っ白な髪に白色の司祭服を着た美女に向けると、


「枢機卿殿、これでよろしいかな?」


 端的に尋ねた。


「ええ、ご協力いただき、副学院長様には心から感謝いたしますわぁ」


 枢機卿は口端を吊り上げて、深く頭を下げた。


「槍王、本当に排除してもよろしいのかな? 槍王を排除すれば、間違いなく勇者の勢力は減少し、魔族との戦争に支障をきたす。儂にはそう思えるんじゃが?」

「ご心配には及びません~。槍王などいなくても、このままぶつかれば、十中八九勇者様が勝利しぃ、魔族は根絶しますわぁ。わたくしたちはそのあとの事を考えねばならないのですぅ」

「槍王は聊か戦力として過剰。戦後に勇者が我ら人類に害をなすと?」


 訝しげに尋ねる副学院長に枢機卿は大きく頷き、


「魔族や魔物という存在を失った勇者はただの力の塊ですぅ。下手をすれば、第二の魔王となりかねません。我らによって適切な管理がなされなければならないのですぅ。それゆえにぃ――」


 透き通るような声色で得々と歌うように口にする。

 

「勇者が離反した際に、槍王の力は聊か過剰だというわけじゃな?」

「はぃ。その通りですわぁ。もっともぉ、もうじきぃ勇者などに気を使う必要はなくなりますぅ。この度の件もぉ、あくまで用心にすぎません。ですからぁ、もし失敗しても別に構いませんよぉ。むしろぉ、ルミネという少女だけは必ず消してくださいねぇ」


 今まで柔和な枢機卿の口調に初めて棘が混じり、隣の目つきの悪い緑色のローブの男がごくりと喉を鳴らした。


「わからんな。あの槍王がおまけじゃと? 【てんらくじんせい】とかいうよくわからんクズギフトホルダーに天下の中央教会がなぜそこまで目くじらを立てる?」

わたくしたちの教義に合致しない。ただそれだけですわぁ」


 誰が見てもわかる作り笑いを浮かべ、枢機卿はそう言い切る。


「教義に合わぬというなら、【この世で一番の無能】とかいう冗談のようなギフトホルダーの方がよほど背信者だろう。あの娘ばかりを敵視する理由にはならん。違うかの?」

「それ以上の詮索は、我らの父への冒涜となりますが、よろしいですかぁ?」


 枢機卿はただ、笑顔でそう念を押す。


「はっ! この儂に殺意を向けるか! かまわんぞっ! 喧嘩か戦争だろうが、徹底的にやってやるぞい!」


 副学院長は野獣のような笑みをうかべて席を立ちあり、脱力気味に枢機卿を睥睨する。


「決裂ですかぁ、それも仕方ないですねぇ」


 枢機卿の目が紅に染まり、足元から真っ白な煙のようなものが湧き出してくる。

 

「まあまあ、パンドラ様ぁ、今日ここに来た目的は諍いではないでしょう?」


 豪奢な白服を着た白髪の青年が髪をかき上げながら、くるくると回りながら二人の間に割って入る。

 パンドラの眼球が元の金色に戻り、当初の人形の笑みを浮かべる。

副学院長も鼻を鳴らして椅子に座り直した。


「それでは私はこれでぇ」

「バハハーイ」


 それ以来一言も発せず、枢機卿と白髪に白服の青年が退出していく。


「ふん! 女狐がっ!」

 

 副学院長はそう吐き捨てると、しばしイライラと人差し指で机を叩いていたが、


「あの無能の件はどうなった?」

 

 眼付のキツイ緑色ローブの男に尋ねる。


「その件も順調です。ソムニ・バレルのチームとともに所定の位置へと誘い出す手はずとなっております」

「あの馬鹿王子にも困ったものだ。だが、あの国の貴族どもからは多額寄付を受けているからな。無下にもできぬさ」


 黒色の机の引き出しを開けると一枚の紙を取りだし、眺め観る。


「哀れなものですね。王子に不敬を働いた無能はともかく、まさか仮にも自身の守護騎士を実力が十分ではなかったとの理由であっさり廃棄処分とするとは……」


 左右に首を振って肩を竦める目つきの悪い緑色のローブ男に、


「そうじゃな。じゃが、弱者に存在価値などない。騎士としてなど猶更、足手纏いなのは間違いあるまい。その点では、あの王子は別に間違っておらんよ」


 副学院長は小さく頷くと、そう断言する。


「この世は弱肉強食……ということですか」

「そうじゃ。そのソムニという小僧がこの度、この世を去るのも今まで微温湯に浸ってきたツケじゃろ」

「違いない」


 机に書類を放り込むと興味を失かったかのように、塔の政につき話始める。



 遥かに大きな山が近くにあるとかえってどれほど大きいかを知覚できない。そんな経験はないだろうか?

 これも同じ。自分たちがこれから何の逆鱗に触れようとしているのか、哀れで悲運な子羊たち彼らはまだ知らない。

 この世界でも屈指の力を持つバベルの塔、中央教会、そして彼らを上手く操り高みの見物を決めこもうとしている謎の存在Xは、揃いも揃ってこのとき、最も危険で、決して敵対してはならぬ悍ましき怪物に真っ向からドヤ顔で殴り掛かったのである。


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