第7話 バベルの事情


世界魔導院バベル】の最上階


「改めてみても、徹底的にイカレている」


 バベルの塔の最上階の学園長室で、バベルの統括学院長イネア・レンレン・ローレライは資料に目を通しつつ、もう何度目かになる感想を口にしていた。

 カイ・ハイネマンは今後、この世界のキーマンとなり得る人物だ。強さはもちろん、その性格など、人物の詳細につき可能な限り把握しておきたかった。この資料は、諜報部のチームに調査をさせていたもの。

 その調査資料に書かれていたのは、到底信じられぬ悍ましい事柄ばかり。

 アメリア王国の王位継承権に端を発したイーストエンドの領主にローゼマリー王女が就任。むろん、イーストエンドにまとも人など住んではいない。そこでカイ・ハイネマンが領民候補として選んだのが、この地に隠れ住んでいた風猫だ。

 風猫のトップは過去に失踪したアメリア王国の公女、フェリス・ロト・アメリアだという。ならば、風猫の領民化はアメリア王国政府の想定の範囲内であり、それはまだ理解できる。

 問題は風猫の領民化のために、用いたものどもだ。

 まずは、風猫をおびき寄せるためだけに、裏のキングとも称される【タオ家】、【迷いの森ロストフォーレスト】、【朱鴉あけがらす】の三者をアキナシ領に呼び寄せる。

 三大勢力は表の大国さえも手を焼くゴロツキ共だ。そのゴロツキ共とフェリス公女をけしかけて、アメリア王国のアキナシ領の鉱山に眠る災厄の悪竜【デボア】を討伐してしまう。

 アキナシ領への悪竜【デボア】封印については、寿命が短い種族には知れ渡ってはいないが、エルフ族や魔族、竜族など数百年単位の寿命を持つ種族の間ではある意味既知の事実。

 あの悪竜が出現したのはアメリア王国の東側。【デボア】はその街々を徹底的に焼き尽くした。その絶大な力の行使を目にした、当時のローレライ政府は【デボア】との契約を試みようと接触するが、その任務を負ったチーム自体が全滅してしまう。以来、ローレライ政府は【デボア】を【特級危険霊害】として、一切の接触を禁じたのだ。

そして、これはローレライ政府だけではない。北の魔族アルデバランや、隣接する【ノースグランド】の支配者たちも同じ。人間たちはその断崖絶壁の存在により、アルデバラン軍はイーストエンドに対する大規模侵攻をすることができないと判断しているようだが、実のところ、それは半分正しく、半分誤っている。

 もちろん、あの断崖絶壁だ。アルデバラン軍が大規模侵攻をするには大型の飛空移動手段が必要。それは間違いない。

 この点、アルデバランはオーガの最上異種である鬼王オーガロードと魔族の混血の魔王であり、自らを魔鬼王と名乗っている。そしてアルデバラン軍には、空鬼隊という飛竜操る魔族の部隊も存在する。この精鋭部隊ならば、遠征が可能なのだ。

さらに、【ノースグランド】の支配階級にある青竜一族当たりと組めば、大規模侵攻が可能となる。なのに、両者とも一歩も踏み込まなかったのは、アメリア王国の東側に下手に侵入したことにより刺激して、【デボア】の封印を解きたくはなかったから。それほど【デボア】は、各勢力にとって脅威だったのだ。

それをよりによって【デボア】の封印を故意に解き、フェリス公女の契約精霊タイタンと三大勢力に討伐させる。

 もちろん、精霊王の一角であるタイタンは強力だ。だが、ローレライ国を代々守護する風の精霊王ジンが、【デボア】はこの世界に紛れ込んだイレギュラー。世界中の全勢力が力を合わせなければ勝てぬとまで言わしめた悪竜。タイタン単騎で勝てるはずなどない。なのに、調査部からの報告では終始、タイタンが優勢で見事討伐を完遂した。

 勝てるはずがないタイタンの勝利には間違いなくカイ・ハイネマンが関与している。いや、そもそも、そういう次元の問題ではないのだろう。

 此度の計画は行き当たりばったりではなく、入念に練られたもの。【デボア】を利用する計画を立てていたことからも、カイ・ハイネマンにとって【デボア】はそんなとるに足らない相手と言う事を意味している。

 これがただの過信にすぎないならよほどよかっただろう。だが、デボアの死体を依代に出現した巨大な三頭竜をカイ・ハイネマンは圧倒的力で屠っているのだ。今回の一連の騒動により、ミルフィーユの【解明者】の恩恵ギフトの正確さを皮肉にも実証した結果となった。

つまり、彼は――。


「この世界が遭遇した歴史上最強の超越者トランセンダー……」


 超越者トランセンダー――精霊、龍種さえも超える超常の存在。それらは不可思議で誰も目にしたこともないが、御伽噺、神話には必ずでてくる。そんな人という種の理解を拒む荒魂あらみたま

 正直、ミルフィーユの言は彼女の誇張だと思っていた。だってそうだろう? 本来拝謁することすら叶わない歴史上最強の超越者が自分を本気で人間と考えているのだ。そんなのは悪い冗談だから。

 だからこそ、人族の愚かな王子がこのような特大級の不敬を主張する気持ちもわからないではない。

 もっとも――。


「カイ・ハイネマンを死刑にしろか……本当に滑稽ですね」


 いくら気持ちがわかっても、共感は微塵もできないわけだが。

 ミルフィーユの言葉が真実なら、カイ・ハイネマンは己を人間と見なしている。不快で愚かな馬鹿王子を殺さなかったのが、その証拠でもある。故に、人のルールの範囲内で行動する限り、カイ・ハイネマンと面と向かって敵対することはあるまい。これなら当初の計画通りに進められるし、それでカイ・ハイネマンの怒りを買う事は絶対にない。むしろ、ごく自然に彼を当初の計画へと誘導できる。

 

「まさか、ここまで綱渡りで神経をすり減らす計画になるとは思いもしませんでしたよ」


イネアは大きく息を吐き出し、


「でも――面白い!」


 眼をギラギラとしたものへと変えたのだった。



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