第8話 ノースグランド大蝕祭の始まり
そこは丁度ノースグランド中央に位置する洞窟の中。人が通るにはあまりに巨大な通路を歩く二メートルはある筋骨隆々の男。縞の入った紺の上下の衣服に、真っ白の羽毛のついた黒のコートを羽織っており、顔は野性的というよりもはや野獣的であり、もみあげから顎まで顔全体を覆うように赤色の髭で覆われている。
赤髭の男の足が止まった先には、体長10メートルに及ぶ青色の巨竜が横たわっていた。
『ほう、珍しい訪問者じゃぁ』
青色の巨竜が鎌首を擡げつつ、赤髭の男をもの珍しそうに眺めつつも呟いた。
「そうだねぇ。デボア戦以来だねぇ」
赤髭の男の【デボア】との言葉で器用に青竜は顔を顰め、
『滅んだらしいのぉ』
苦々しく答える。
「あー、滅ぼされたらしいねぇ。しかも、噂では人間どもにねぇ」
『それは真実なのかぁ? 人があれに勝つなどとても信じられんのぉ』
首を左右に振る青竜に、
「真実だねぇ。人が勝利したという一点だけはねぇ」
赤髭の男は意味深な返答をする。
『おぬし、その周りくどい言い回し、何とかならんのか?』
不快そうに呟く青竜に、
「おっと、お気にめさなかったねぇ。すまないねぇ、すまないねぇ」
両手を合わせ、誰が見ても本心ではない様子で謝罪の言葉を口にするが、
『いいから、とっと言わぬかっ!』
青竜に急かされて赤髭の男は肩を竦めると、
「どうやら人との契約精霊、土の精霊王タイタンが勝利したようだねぇ」
結論を口にする。
『タイタン? 馬鹿馬鹿しい! たかが一介の精霊王ごときがあの悪竜に勝てるわけがあるまいっ!』
謀ったとでも思ったのだろう。怒気の籠った言葉を叩きつける青竜に、
「いやいや、真実だねぇ。ねぇ、アシュメディアの参謀さん?」
髭面の男はニタァと頬を緩ませると、背後の黒色のローブを身に纏った金髪の女に同意を求める。
「ええ、それは間違いないわ」
『なぜそう言い切れる? 実際にタイタンが【デボア】を屠ることろを目にしたのかっ?』
「いーえ、私たちが実際に見たわけじゃない」
『話にもならんなっ!』
不愉快そうに鼻を鳴らす青竜に、金髪の女は微笑を浮かべて、
「人間の情報屋からアメリア王国の公女フェリス・ロト・アメリアがタイタンを使役し、いくつかの人間の裏社会のも共と悪竜【デボア】を討伐したとの情報を得ている」
力強く言い放つ。
『ふざけるなぁっ! 人間ごときがいくら増えようと、【デボア】に抗えるわけがあるまいっ! アシュメディアの犬ごときがぁ、これ以上、我を謀るなら骨の欠片も残さず焼き尽くしてくれるぅッ!!』
眼球を真っ赤に血走らせて、チリチリとその大口から火花を散らしながら、黒色のローブを着た金髪の女に吠える。
「情報は錯綜しているもののアメリア王国の上層部やバベルの上層部もほぼ同様の見解のようよ。この情報に誤りはないわ。おそらく長きに渡る封印により、伝説の悪竜【デボア】も相当弱っていたんじゃないかしら」
大気さえも震わせる青竜の怒号にも、金髪の女は眉一つ動かさず、淡々とそう返答した。
『仮に弱っていたとしても、あの【デボア】じゃぞっ! 人に使役された羽虫ごときが勝てる道理があるまいっ!』
青竜の言葉に、金髪の女は肩を竦めると、
「それは見解の不一致ね。勇者に賢者、聖騎士、今の人間はかつてないほどに強力よ。フェリス公女が何等かの特殊な
強い口調で反論する。
「それは僕も賛同するねぇ。ケトゥスぅ、もう既にのっぴきならない状況になりつつある。このまま、手をこまねいていれば、十中八九、僕らは人間に駆逐されるねぇ」
赤髭の男は青竜ケトゥスに諭すように語り掛けた。
『はっ!
吐き捨てるように告げる青竜に、
「神には神。恩恵には、『加護』よ。そうでしょ? アルデバラン殿?」
金髪の女は赤髭の男アルデバランに同意を求める。アルデバランは大きく頷き、
「そのとーり、僕は既に神託の教えに従い、儀式により、我が神の『加護』を得ているんだねぇ」
両腕を広げて天を仰ぐ。
『我らが神の『加護』じゃと?』
心底胡散臭そうに右目を細める青竜ケトゥスに、アルデバランは笑みをさらに深くし、パチンと指を鳴らす。
傍に控えていた赤髭の男の従者たちが顎を引き、洞窟の奥へと消える。
しばらくして、二人の男女が現れる。男はモゾモゾと動く布袋を担ぎ、女は一体の人型の何かを連れていた。
その人型の何かは両手首を鉄の腕輪により厳重に拘束されており、黒色の頭巾を深く被っている。
『それは?』
いつになく緊張した声で尋ねる青竜に赤髭の男はそれに二度目の指をならすして答える。
布袋を担いでいた魔族の男が、袋を地面に放り投げるとその紐を開ける。布袋から出てきたのは一匹の鳥人――ガルダ族の青年。
そして、従者の女が頭巾を取ると、いくつもの太い血管が浮き出た犬顏の男が姿を現す。
『変わってはいるが、コボルトか』
両眼を細めて呟く青竜ケトゥスに、
「いや、これは税を払えなかった私の民だねぇ」
即座にその否定する。
『これが魔族ぅ? どうみてもコボルトにしか見えぬぞ?』
「まあ、見てるがいいねぇ」
赤髭の男は従者の男に目配せする。従者の男は犬の頭部を持つものをその今もガタガタと震えるガルタ族の青年に近づける。
そして、その犬の頭部を持つ男の口は顎が外れるほど大きくなり――。
――バクンッ!
そのガルタ族の青年の頭部を丸かじりにする。齧られた切断面から、噴水のように、吹き出る血液。
犬の頭部を持つ男はモグモグと咀嚼していたが、背中が盛り上がり、真っ白な翼が生える。それはまさにガルタ族のもの。
『何じゃ、それは?』
あまりにおぞましい光景に疑問の言葉を絞り出すケトゥスに、赤髭の男は右手を犬顏の男に右手を向けると、
「これこそが、私の得た加護――『暴食の贄』だねぇ!」
高らかと宣言する。
『『暴食の贄』?』
オウム返しに尋ねるケトゥスに、
「他者を強制的に眷属化して食わせるとドンドン強くなる力だねぇ」
アルデバランは得々と補足説明する。
その異様極まりない光景に、金髪の女が嫌悪感に顔を顰める一方、
『どうやったら、その加護とやらを得られるっ!?』
ケトゥスは両眼にたっぷりの欲望を漲らせながら、その巨体を乗り出す。
「ケトゥス、君は僕とともに神託に選ばれた同胞。焦らなくても、君には加護を受ける権利と義務があるんだねぇ」
まるで宣教師のようなアルデバランの言葉に、
『御託はいい! 早くその神託とやらを教えよ!』
ケトゥスが興奮冷めやらぬ声色で話を進めるように叫ぶ。
そんな中、
『いーねぇ! 己の欲望に忠実すぎる行動に、倫理観皆無の思考回路! 君らってマジで最高さぁ! 僕、キュンキュンしちゃうよぉ!』
金髪の女の胸ポケットにいる一匹のリスが、弾むような声色でそんな感想を述べた。
ノースグランド一帯を血と殺戮に染める【大蝕祭】は、このときゆっくりと開始される。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます