第34話 滑稽な最後


 ――クサール伯爵領の領主の館


「そうですか。目的のお二人は捕らえましたかぁ。それで、後始末は?」

「顔を焼いた死体を置いておきました。ローゼマリー殿下の方は、アキナシ領を襲撃した蛇血を咎人として手配書が各領地に配られております。さらに、領主、オリバー・アキナシは血蛇への襲撃を受けて死亡。アキナシ家はローゼマリー殿下の守護の不履行を理由に、取り潰しが決定しています」

「そうですか。そうですか。それはよかった」


 アキナシ領は、位置的にはクサール伯爵家のもの。取り潰しになれば、十中八九、クサール伯爵家に与えられる。加えて、此度の風猫の捕縛とローゼマリー殿下殺害の咎人である蛇血の殲滅の功績も加われば、間違いなくあの領地はケッツァーのものだ。


「蛇血の始末は?」

「ご安心ください。ご指示通り、【深魔の森】での風猫の掃討後、領軍を再編成し、一人残らず皆殺しにしております。真実を知るものはもうこの世にはいません」


 これでアキナシの領地の獲得と王女殿下殺害の仇討ちの功績が飛び込んでくる。


「フェリス公女殿下の契約精霊は?」

「タイタンとケットは、ルビー、オニキス兄弟が奪い取りました。フェリス殿下はもはや、力のないただのひ弱な女性です」


 これで全て計画通りだ。


「御二人は、いや、奴隷二匹は、どこです?」


 もう、彼女たちはローゼマリーでも、フェリスでもない。ケッツァーの奴隷。敬語など使う必要もない。


「隣の部屋です」

「そうですか。直ぐに、可愛がってあげますよぉ」


 さて、どうしてやろうか。簡単に切り刻んでは面白くない。

 まずは、存分にあの二匹の若い肉体を存分に堪能してやる。美しい顔が絶望に染まる姿。あれが最高なのだ。

 興奮で鼻息を荒くして、速足で奴隷二匹が飼われている部屋へと足を運ぶ。

 

 部屋の奥の窓の傍には、両手を鎖で拘束された美しい女、二匹が椅子に座っていた。

 真っ白のドレスを着た桃色髪の女が、ローゼマリー。対して、幼さが残る金髪の少女が、フェリス。何れも王国でも一、二を争う美女だ。


「いいですねぇ。いいですよぉ」


 夢にまで見た王女二人を力にものを言わせて蹂躙する。それを夢想するだけで、興奮するってもんじゃない。

 舌なめずりをして二匹の奴隷の元へと駆け寄ると、二匹はゆっくりと椅子から立ち上がる。


「ローゼぇ、フェリスぅ、逃げても無駄ですよぉ。たっぷり、足腰が立たなくなるまで、可愛がってあげますからねぇ」


 追い詰めるように、にじりよる。


「いーや、逃げるつもりはねぇよ」 


 透き通るようなローゼマリーの声に似つかわしくない粗暴な言葉に、僅かな疑問を覚えはしたが、その穢れを知らぬ真っ白な美しい肉体と美声は紛れもない夢にまで見た王女殿下そのもの。直ぐに疑問は欲望により塗り替えられてしまう。


「良い覚悟ですよぉ。これから私が貴方の主人です。今後は、ケッツァー様と呼びなさい」


 奴隷二人に、そう言い放つ。


「貴様、正気か? お前が襲おうとしているのは、王族だぞ?」


 震え声で早口でまくし立てるフェリスに、


「元、王族です。今は私、ケッツァーの奴隷。家畜ですよ」


 己の現在の身の程をわからせるべく強くそう断言する。


「で? お前は、俺達をどうするつもりなんだ?」


 奇妙なほど感情を含まないローゼマリーの当然の問いに、これらの二匹の奴隷の未来を宣言しておくことにした。


「もちろん、今から貴方たちのその若くも美しくも清廉な肉体を隅々まで汚しつくします。存分に堪能した後は、私の趣味に付き合ってもらいます」

「趣味とは?」

「私は女が悲痛に歪める顔を見ながら犯すのが一番興奮するんです。両手両足の各指を一本一本、切り落として――」

「もういい。貴様の悪質さ加減はよくわかった。カイ・ハイネマンの野郎! 何が、俺に確かめて欲しいだ! 要はローゼをこの汚物に関わらせたくなかっただけじゃねぇか!」


 ローゼマリーがケッツァーの言葉を遮ると、意味不明な悪態をつく。


「ですが、今はその心使いに感謝すべきです。ローゼ殿下と、フェリス様をこんなクズと会わせるわけにはいきませぬ」


 フェリスが憎悪に満ちた顔でケッツァーを睥睨しつつ、右手に長剣を握り佇んでいた。


「へ? け、剣?」


 ローゼマリーとフェリスの両手首は鉄の鎖で拘束されていたはず。なのに、なぜフェリスの鎖か消失した上、剣を持っている? 

 壮絶に混乱するケッツァーを尻目にローゼマリーは半眼でフェリスを眺めると、


「ゲラルト、お前がこいつと会わせたくはないのはフェリスだろう」


 さも呆れたような顔で脈絡もない言葉を吐く。

 マズイ!  ケッツァーは武芸がからっきしなのだ。ひ弱な女であっても、武器を持たれては対抗する術などない。


「も、もの共、この奴隷二匹を直ちに拘束しなさいっ!」

 

 ケッツァーの裏返った叫び声を上げるが、その期待とは相反し、部屋に入ってきたのは茶色のマントに身を包んだ謎の集団。

 茶色のマントの集団は、皆火のような怒りの色を顔に漲らせてケッツァーの行く手を阻むべく部屋の唯一の出口の扉を塞ぐ。


「な、何です、お前たちはっ!? 私はこの地の領主、ケッツァー・クサールですよっ!」


 焦燥と混乱の極致で捲し立てるケッツァーに、


「知っているさ。なぁ、ゲラルト?」


 ローゼマリーが悪趣味な笑みを浮かべて、フェリスに同意を求める。


「ハッ!」


 フェリスの姿が霞む。刹那、熱した鉄の棒を脳天から突き刺されたかのごとき、激痛が走り抜ける。咄嗟に視線を痛みの根源の右腕へ向けると真っ赤な液体が、噴水のごとく吹き出していた。


「ぎひゃあぁぁぁッ!!」


 豚の断末魔のような悲鳴を上げて、切断された右腕の断端を押さえて、床をのたうち回るケッツァーの髪が掴まれる。

 見上げるとフェリスの姿は消失し、代わりに揉み上げが長い鎧の男が、ケッツァーの髪を無造作に鷲掴みにして、悪鬼ごとき表情でケッツァーを睥睨していた。


「おい、まだ殺すなよ」

「もちろんです。ローゼ殿下とフェリス様に対するこの一連の愚行。この豚を楽に死なせるほど、自分は我慢強くはありませぬ」

「お前ももう少し、素直になった方がいいと思うがねぇ」

「……」


 もはや、口すら開く事はなくなった揉み上げの長い鎧姿の金髪の男は、右手を上げてパチンと指を鳴らす。

 周囲の男たちは一斉に茶色のマントを床に脱ぎ捨てる。現れたのは、純白の鎧を身に着けた無数の騎士たち。あの独特の鎧に胸刻まれた紋章。あれは王家紋。つまり、あれは国王直属の近衛兵か。


「ま、ま、まさか……」


 近衛兵を動かせるのは、王国陛下のみ。ローゼマリーがエドワード国王陛下に泣きつき、近衛を護衛に就けさせたのか。

 だとすると、ケッツァーのこの一連の計画は国王に既に把握されていたと? いや、アメリア王国政府にバレぬよう、手は尽くして来た。そんな無様なミスは冒してはいないはず。

 ならなぜ、ローゼマリーとともにここに近衛がいる?

疑念と困惑、焦燥、様々な感情やら思考がケッツァーで渦巻く中、ローゼマリーはニィと口角を吊り上げる。


「この指輪はカイ・ハイネマンから借り受けた特別性だ。これには姿や声色、気配まで偽る効果があるようでな。ほーれ」


 次の瞬間、その姿は金色の髪を鬣のように長く伸ばした野性味あふれた美丈夫に変わっていた。


「そ、そんな……」


 あの御姿は王国で貴族位を持つものなら、誰でも知っている。目がくらみそうな絶望的な現実に、ケッツァーの口から悲鳴が漏れる。

 先ほどの笑みから一転、美丈夫は顔中を怒り狂った獣の表情に変え、


「一人の親として兄として、貴様だけは絶対に許さん! 生まれてきた事をたっぷり、後悔させてから殺してやるッ!」


 怨嗟の声上げた。


「うああぁぁぁッ!!」


 ケッツァーはあらん限りの声を上げ、近衛騎士たちは一斉にケッツァーを拘束し、部屋の外まで引きずっていってしまう。


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