第35話 公女の王都脱出の理由

 祭りが終了してから、直ぐに【深魔の森】へ向かい、ファフとミュウの子守をしてくれていたアンナと合流する。案の定、ファフはご主人様不在の禁断症状が発症しており、機嫌はすこぶる悪かった。思う存分、その頭をナデナデし、ようやく満足して眠ったファフを担いで、フェニックスの背に乗ってアキナシに向かう。

 それから二週間が過ぎる。

 デボア討伐直後、私はフェニックで王都へ向かい、アメリア王国宰相、ヨハネス・ルーズベルトとコンタクトを取って一定の事項につき取りまとめをする。あの悪質宰相も大層乗り気だったこともあり、ことは概ね私の計画通りに動く。

まずは邪魔だったケッツァー・クサールの排除から。

 国王直々にケッツァーのクズっぷりを確かめさせる策は上手くいき、奴は国王の前で己の悪趣味な趣味を暴露し、捕縛される。その後、相当強烈な拷問でも受けたのだろう。今までの悪事を全て吐露し、晴れて死罪となる。当然にクサール家は取り潰し。加えてクサール家と取引関係にあり、違法な手段で私腹の限りを肥やしてきた豪商やら役人も全て捕縛される。

 そして広大なクサール伯爵領は、悪竜デボアの討伐の協力の功績が評価され、アキナシ領の領主、オリバー・アキナシが引き継ぐ事になった。

 これで面倒なゴミに今後チョッカイをされずに済む。まあ、ローゼは敵が多い。というか周りには敵ばかりだ。ケッツァー・クサール、一人排除した程度では安心など微塵も置けないわけだけど。

 二つ目が裏の三大勢力と風猫のローゼマリーが治める領地への領民化だが、デボア討伐の功績によりあっさりと認められた。

この点、風猫の領民化についてはフェリスを表舞台へ戻すことはあの国王の希望だったのだろうし、結構無理筋な理屈でも認められたんだと思う。ようはフェリスのいる風猫に関しては出来レースに近かったと言う事だ。

 意外だったのは、三大勢力の領民化の許諾だ。裏の王族とも称される悪たれどもだし、全員アメリア人ですらない。あんな巨大蜥蜴一匹の討伐ごときで、イーストエンドの領民化を認めるとはとても思えなかったのだ。だからこそ、色々策をねったり、仕込みをしたりしていたんだが、良い意味で無駄になってしまった。

 三つ目が、生き残った蛇血の奴らの処遇だ。奴らは私の指示に素直に従い、ケッツァー・クサールの悪事を公式の場で暴露した。加えて、デボア討伐の功績により、死罪だけは免れて国が運営する西側の開発地区へ作業夫として送られた。15年間作業夫として無事勤め上げれば、当該地区内の限度で自由と給与が与えられる。奴らの今までしてきたことを鑑みれば、あり得ない恩情だろう。

 四つ目が、このアキナシ領の傍に開いた大穴の処理。

 どの道、正式なアメリア王国との交渉は、王都からの正式な使者とこのアキナシ領内で行われる。故に、大穴の処理はこの交渉が終わるまで行えばいいと考えていたが、【討伐図鑑】の土系の魔物に命じたら数時間、足らずで完了してしまう。

 ちなみに、この大穴の処理は当初タイタンを使役しているフェリスにでもさせようかと思っていたのだが、デボア討伐後風猫が心配だという理由で直ぐにアジトの洞窟へ戻ってしまう。

 まるで逃げる様なフェリスの逃亡劇の理由にも検討くらいくつ。だが、この王国との交渉にはフェリスの存在が不可欠。これ以上、あの甘ったれなお姫様の我儘に付き合ってやる義理はないのである。そんなこんなで今、フェリスを強制連行したところだ。

 

 白髪の紳士が背に大きな布袋を抱えながら、このアキナシの領主の館の応接間に入ってくる。


「悪いね、ルーカスさん」

「いえ、我らがしゅの命とあれば」


 白髪の紳士、ルーカスは未だに背中で暴れる荷物を床に置くと、胸に手を当てて私に恭しくも一礼してくる。

 その老紳士の姿に、この場に同席している者達から奇異な視線が集中する中、一際大きな布袋から人型の生物が勢いよく飛び出してくると、


「ルーカス! お主、こんなものに閉じ込めおって! 震動で頭がグラグラして死ぬかと……思っ……た?」


 意気揚々と捲し立てるが、複数人の突き刺さるような視線に直ぐに尻すぼみとなる。

 

「フェリスお姉さま、そこにお座りください」


 ローゼがにこやかに微笑みながら、フェリスに有無を言わせぬ指示を出す。

 最近知ったが、この人形のような満面の笑みを浮かべるのは大概彼女のストレスがMaxとなっているとき。このときのローゼには、まさに爆発寸前。ファフやミュウも決して近づかない。


「う、うむ」


 借りてきた猫のようにフェリスは、ローゼの正面の席に座る。


「改めて御無沙汰しておりますわ。フェリスお姉さま」


 だからその悪質な笑み、子供たちが怯えるからマジでやめろって。現にファフが私にしがみ付いてくるし、ミュウもアンナの背後から顔だけをちょこんと出してこちらの様子を伺っている。


「ひ、久しぶりなのじゃ」


 フェリスは、滝のような汗を流しながら、ローゼとその背後にチラリチラリと視線を向けていた。

 ローゼの後ろには、青色の髪を三つ編みにしたメイドの女と、揉み上げの長い金髪に鎧姿の男がやはり、不自然な笑みを浮かべて佇立している。

 あの揉み上げの長い金髪の男には、一度会ったことがある。確か、王国の近衛騎士の団長ゲラルトだったか。この様子だとフェリスと深い関わりがあると見える。


「色々尋ねたい事は山ほどありますが。まずは、お姉さまのお話を伺いますわ」

 

 ローゼの笑みがさらに洒落にならないレベルまで深くなる。正直、私が見ても鳥肌が立つのだ。今のフェリスの心境は推して知るべしだ。


「だって、あのまま、王都にいれば……」


 案の定、幼子のように俯き気味にゴニョニョと呟くフェリスの頭頂部を掌で叩き、


「言い訳をする前に、まず、伝えねばならん事があるだろう」


  助け舟を出してやる。このままローゼの機嫌が治らんでも困るからな。

 フェリスはモジモジと両手を絡めていたが、


「ごめんなさい」


 大きく頭を下げたのだった。


 それからフェリスがなぜ、王都を抜け出して風猫に入ったかの説明を受ける。

 当時、魔族の戦争が激化しており、アメリア王国軍の上層部の一部からは貧民を犠牲に悪霊タイタンを動かすことが計画されていたことをフェリスは知る。当時魔導騎士の団長を退いたばかりであったルーカスと王国内の幾人かの協力者の援助を得た上で王都脱出を図る。そんな中、アメリア王国政府から突然の襲撃を受けて、逃げ出すように王都を後にしたらしい。

 その後、イーストエンドの周囲で身を隠していた際に、今の風猫の仲間たちの不遇の状況を目にして彼らを保護。彼らを連れてあの洞窟内に移り住む。

 当初は彼らと共同生活を送っていたが、クサール領における領主のあまりに非人道的な振舞いに怒りが募り、遂にレジスタンスのようなものをし始める。


「すべて計画性皆無か。本当にお前、短絡的なのな」


 ここまで行きあたりばったりの行動を繰り返して、この強者ばかりの世界でよくもうまあ今まで生き残れたものだ。呆れを通り越してむしろ感心する。


「ほっとくのじゃ」


プイッとそっぽを向くフェリス。触れれば壊れそうな外見に違わず、実はこの女、相当神経が図太いのかもしれん。


「フェリス様、本当にご無事でよかった……」


 青色の髪を三つ編みにしたメイドの女がフェリスの小さい体を抱きしめて声を震わせる。


「うむ。すまんかった」


 もしかしたらこの女、資料にあった、フェリスがかつて賊に襲われた際にタイタンに対価を払って生死の境を彷徨った幼馴染のメイドなのかもな。

 金髪の揉み上げが長い騎士団長も、柔らかな視線で二人が抱き合う姿を眺めているし、この三人、深い関係でもあるんだろう。まあ、そんなことはこれっぽっちも興味がない。あとは身内で勝手にやってもらうとしよう。


「早朝、イーストエンドの風猫のアジトへ向かう。これから、やるべきことが山住だ。精々英気を養っておくように」


 フェリスたちにそう端的に伝えると、ファフ達を連れて領主の館を後にした。


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