第33話 到底信じられぬ報告 エドワード・ロト・アメリア


 アメリア王国第一会議室


「はあ? もう一度説明しろ!」


 アメリア国王――エドワード・ロト・アメリアが報告をした諜報員――草に聞き返す。


「クサール伯爵が、蛇血を雇いローゼマリー殿下の滞在するアキナシ領を襲いますが、裏の三大勢力によって阻まれ――」

「そこじゃねぇ! いや、そこもだが、それよりそのあとだっ!」


 再度報告を繰り返そうとする『草』にイライラと人差し指で王座の肘掛を叩きながらエドワードは激高する。


「裏の三大勢力たる【タオ家】、【迷いの森ロストフォーレスト】、【朱鴉あけがらす】の三者が、フェリス公女殿下の指揮の元、復活した悪竜デボアに挑み討伐。

 デボアを依り代に異世界の正体不明の竜が出現しますが、ローゼマリー殿下のロイヤルガード――カイ・ハイネマンにより、虫でも踏み潰すがごとく屠られました。

 裏の三大勢力と風猫の代表フェリス公女殿下は、以後ローゼマリー殿下に恭順の意を示しております」


 凍り付いていた会議室に喧噪が渦巻き吹き抜けていく。驚きというより、なぜ、憎たらしいほど正確だと定評のある草がこんな冗談を口にするのかわからない。皆、その意図を図りかねてでもいるんだろう。

 だが、今のエドワードにはそんな重臣たちを慮る余裕などなかった。故に大声で黙らせようとしたとき、


「騒々しいぞ。静まれ」


 直立不動により王の傍で控えていた黒髪の巨漢の男アメリア王国宰相――ヨハネス・ルーズベルトが制止の声を上げる。

 その声の音量自体は大したことがなかったが奇妙なほど部屋に行き渡り、一瞬にして静まり返る。


「草、余はお前を信頼している。少なくとも今まではそうだった。もう一度尋ねるぞ。その報告は真実なのだな?」


 アキナシ領に草を放ったのは、外ならないエドワードだ。理由はローゼの護衛。ローゼはこのアメリア王国内で伝統ある高位貴族どもから嫌悪されている。フラクトンのような身の程知らずが暴走することも十分考えられる。故に、草だけではなく、近隣の街にローゼの護衛を待機させることにしたのだ。

 この点、危険性からも本来アルノルトを向かわせるのが最良だが、生憎、現在、奴はエドワードの名代として軍務卿とともに、世界対魔族戦略会議に中立都市――【世界魔導院バベル】へ出向いており不在だ。だから、王国最強の聖王魔導騎士団に緊急事態におけるローゼの保護を任せたのである。

 カイ・ハイネマンはゲラルトを超える強者。ならば、王国最強の聖王魔導騎士団の到着まで持たせることはできるはずだから。

 しかし、こんな事態いくらなんでもあまりにぶっ飛びきすぎている。


「はい。天地神明に誓って真実です!」


 草が偽りを述べているようにも見えぬ。何より、諜報員として偽りを述べる事は最大の禁忌。彼にその危険をあえて冒す意義などない。


「ヨハネス、お前はどう思う? あり得ると思うか?」

「陛下、これはあり得るかあり得ないかの話ではなく、既に起こった事象です」

「しかし、アキナシに300年間封印されていた伝説の悪竜の復活だぞ!? しかも、それをあのお転婆娘が偶々アキナシを訪れていた真っ最中にだ。そんな偶然あるわけねぇだろっ!」

「ええ、ですから、全てがローゼマリー派の計画だったのでしょう」

「あのかつて王国を滅ぼしかけた悪竜の復活自体が、計画だったというのかっ!?」

「イーストエンドで領民となりうるのは、風猫だけ。ですが、クサール伯爵家を幾度となく襲い食料金品を強奪しています。もし、晴れて免責されるとしたら、クサール伯爵家が王国に弓費を引く大罪を犯しており、かつ、フェリス殿下が今までの愚行を帳消しにする武功を上げること。ほら、まさに今のような状況でしょう?」


 確かにケッツァー・クサールがローゼを殺そうしたなら、王国政府の介入事案となる。元々叩けば埃だらけの領地だ。その罪の抗議のためというもっともらしい理由を持ち出せば、諸侯も何も言えない。おまけに伝説の悪竜退治の功績は極めて大きい。確かに、免責の理由としては十分だ。

 だが、それはフェリスたちが悪竜に勝てることを前提としている。策としては端から破綻しているのだ。


「とても正気とは思えん」

「この計画を立てた者にとっては、伝説の悪竜も有象無象の蜥蜴にすぎなかった、ということでしょうな」

「カイ・ハイネマンか……」

「はい。まことに不敬な発言となりますが、ローゼ殿下には、まだ此度のごとき見事な計画を立案、実行する実力はありませぬ」

「当たり前だ! かつて王国滅亡寸前にまで追いやった伝説の悪竜だぞっ⁉ 普通の神経をしていたら、あの悪竜に悪名高い裏の三大勢力をぶつけようとなどと考えつくものかっ!」

「陛下、それは認識違いです。三大勢力も人種の域をでません。彼らだけでは悪竜デボアの討伐は不可能でしょう。カイ・ハイネマンにとって、彼らは所詮、露店のオマケの玩具。今後のローゼ殿下の領地経営のための人員確保。その程度の意味しかありますまい」

「計画の骨子はフェリスのタイタンか。だが、あの精霊は制御が著しく困難だったはず。よく、フェリスがタイタンの使用を納得したな?」


 四大精霊王の一角、土の精霊王――タイタン。絶大な力を有するが、その制御には多くの人の生命力マナを必要となる。かつて、王国内の権力闘争により、フェリスの幼い頃からのメイドの少女がタイタンに己のマナの大部分を捧げて生死の狭間をさまよってから、フェリスは頑なにタイタンの使用を拒否していたはず。とても、カイ・ハイネマンにさとされた程度で使うとは思えないのだ。

 草に視線を向けると、


「私見になりますが、タイタンの制御をすることにつき、フェリス様に忌避感のようなものは感じられませんでした」


 はっきりとそう言い放つ。


「報告ではカイ・ハイネマンは、一流の召喚士サモナーでもあるようだからな。奴が提供する対価は、それほどのものということか?」


 高位の存在を使役にするには対価が必要不可欠。これはある意味召喚術における絶対の真理のはずだ。


「いえ、違います。対価で使役しているというより……なんといいましょうか……」

「対価でないなら何だというのだっ! 早く答えんかいっ!」


 紺のローブを着た宮廷魔導士長の爺様が、普段の冷静さをかなぐり捨てて身を乗り出し、草に強い口調で尋ねる。

 爺様は普段温和で、このように他者を叱咤するような人物ではない。魔導士にとっては、召喚術は極めて重要な意味を持つと聞く。これは、ある意味、その極意に等しい事項だし、それはそうかもしれない。


「タイタンが、カイ・ハイネマンに怯えている。そんな印象を受けました」


 草のこの言葉に、王座の間は鳥籠の中のようにざわつく。


「馬鹿馬鹿しい! 精霊王に好かれるなら話もわかろう! それを怯えさせるじゃと!?そんな人種など、いるはずがあるまい!」


 吐き捨てるように叫ぶ宮廷魔導士長に、


「それは貴方がカイ・ハイネマンというモノを知らないから口にできる言葉です。あれはもはや人ではない。あの景色を見れば、タイタンの態度も至極当然に納得できる」


 強い口調で反論を叫ぶ。さらに喧噪が巻き起こるが、宰相、ヨハネスに睨まれて押し黙る。


「聊か、話しがそれましたな。それで陛下、どういたしますか?」

 

 ヨハネスが話題を強引に引き戻してくる。


「悪竜討伐の証拠は?」

「胴体は依り代に使われ、消失しまっていますが、運よく切り飛ばされたデボアの頭部は残存しております」


 頭部があるなら、疑う余地はない。


「ならば、そのデボアの頭部の存在を持って悪竜討伐の功績を認める他あるまい」

「では、風猫と裏の三大勢力のイーストエンドへの領民化をお認めになると?」

「ああ、災厄の悪竜の討伐だからな。一定の便宜を図らずを得まいよ」


 まったく、各々が軍の一個師団にすら匹敵するとされる三大勢力の領民化自体、寝耳に水もいいところだ。本来、国が上へ下への大騒ぎとなってしかるべき案件。それが、悪竜デボアの退治ですっかり、陰に隠れてしまった。

 まさか、カイ・ハイネマンはこれすら読んでいた、とか言わないよな。


「だが、ケッツァー・クサールのローゼ殺害未遂の関与はどうやって証明するんだ? 仮にケッツァーに雇われた奴が素直に自白したとしても、ケッツァー本人が知らぬ、存ぜぬを通せば、処罰は難しいぜ?」

「それにつき、カイ・ハイネマンからの密書を受け取っています」


 ヨハネスは懐から書簡を取り出し、エドワードへ渡してくる。

 普段の能面のような男の顏に張り付く悪質極まりない笑み。この鋼の精神を持つ怪物宰相をここまで狂喜に走らせるのだ。大層、胸糞の悪い破滅の策が書かれているんだろう。


(正直、見たくねぇな)


 今なら確信をもって断言できる。ヨハネスとカイ・ハイネマンは、この手の悪趣味極まりない陰謀を三度の飯よりも好むという点では、本質的なところで類似している。

 意を決して、封を切って書簡を開き中に目を通す。



「これ、真実か?」


 狂気じみた憤怒に我を忘れそうになるのを自覚しながら、ヨハネスに問いかける。


「カイ・ハイネマンから私への書簡には、それを陛下に確かめていただいて欲しい、そう記載されていました」

「わかった」


 何とかそれだけ口にする。当たり前だ。確かめてやるさ。

 たかが一伯爵風情が舐めやがって……これが真実なら、ケッツァー・クサールに分不相応というものを魂からわからせてやる必要がある。

 駄目だ。微塵も怒りが抑えられん。


「ヨハネス。カイ・ハイネマンに伝えろ。この遊戯への申し出を受けるとな」

「はッ!」


 胸に手を当ててヨハネスが、恭しく頭を深く下げる。

 ここまで王族というものに唾を吐かれたのは、王国史以来初めてかもしれん。いいだろう。この書簡の内容が真実なら、どこの誰だろうと許しやしない。例え他の王子、王女が関与していたとしても、必ず一人残らず、厳罰に処してやる。


(いかん、いかんな。どうにか抑えねば)


 この会議室にいるのは、エドワードの側近のみであり、その会話が外部に漏れることはない。それでも絶対ではない。感づかれて、不敬極まりない国賊に自重されてはかなわない。普段通りに振舞わねばならぬ。

 表情をどうにか元に戻して、隣のヨハネスに視線を送ると、


「では、政務を開始する」


 ヨハネスの号令により、政務は再開された。


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