第12話 哀れな鼠の処理


御方おんかた様、鼠をそちらに送りました』


 約2時間後、ギリメカラから呪界へ鼠が侵入した旨の報告を受ける。

 湖からここは相当離れている。奴らがここに到達するには早すぎるし、きっと私の命を受けて、舞い上がったギリメカラが張り切って先導したのだろう。

 ま、すこぶる都合がいいがね。

 私は立ち上がると、


「いるのでしょう? でてきてください」

 

 私達を包囲している哀れな鼠を促した。


「ほう、気付いていたか」


 ライトアーマーという軽装に、全身の至るところに傷が刻まれた坊主の男を先頭に、武装した男たちがぞろぞろと森から出てくる。

 ギリメカラの呪界から神眼は使用不可能となっているが、気配はわかる。

 正面に6、樹木の枝の上、樹木の隙間からこちらに矢を番えているのが、各5、8。

 やはり雑魚の気配しかしないが、身のこなしだけ評価すれば、最低限の練度はある。いわゆる傭兵ってやつかもしれない。

 まずは、嘘偽りのない奴らの弱者への態度を知りたい。

 私は怯えた表情でアンナたちを守るように立ち上がり、


「ここには、女子供しかいない。見逃して欲しい」


 頭を深く下げる。

 

「カイ、お前……」


 頭を下げたままの私の表情を覗き込み、心の底から呆れ切った声を上げるアンナ。多分、私の意図を理解したんだと思う。


「駄目だぁ。野郎とジジババは皆殺し。女は全員、捕縛しろと厳命を受けているしなぁ。

 もちろん、いい女は、俺達で存分に楽しむけどよぉ」


 興奮に顏を赤らめて舌なめずりをしつつ、己たちの破滅の言葉を口にする。


「こいつ、すげぇいい女じゃね? なあ隊長、これ、俺達にくださよぉ」


 多数の傭兵どもから顏、胸部、臀部など全身を凝視されて、アンナは不快に染めながら、私の脇腹を抓ってくる。わかっているさ。直ぐに処理するから待ってろよ。


「構わねぇ。その女はお前らにやる。代わりに俺は公女様をいただくしなぁ。なんでも王国でも一、二を争う美女らしいからな」

「でも、いいのかよ? あの豚伯爵には、手を出さずにつれて来いって命令だったろ?」

「はっ! そんなのは、死んだ兵隊がやったとすれば済む話だ。バレなきゃいいのよ。バレなきゃな」


 フェリス・ロト・アメリアがここにいる事を知っている。どうやら、上手い具合に、私が裏に流布した情報は拡散できているようだな。

 そして奴らの一人の大柄な男がファフとミュウが熟睡しているテントの中を覗き込むと、


「ほー、銀髪の獣人の餓鬼と金髪の餓鬼か。おい、お前ら、こいつらは、豚伯爵には黙っていろ! 奴隷商に売りさばく。最低でも数十万オールになるはずだ」


 欲望塗れの言葉を呟く。


「カイ、こいつら、もう死刑でいいと思う」


 アンナが奴らを据わるに据わった目で奴らを睥睨し、剣の柄に触れながら、吐き捨てるように口にする。こいつの表情、きっとマジだ。大方、今や妹に等しいファフとミュウに対する奴らの妄言に、堪忍袋の緒が切れてしまったんだと思う。


「そうだな。このまま調子に乗ると、きっと暴発するし」


さっきから、森の至る所から、濃厚な危険な死の臭いが充満している。これに気付かない、こいつらの鈍さには感服する。

 困ったことにギリメカラの配下は、全て私に対する忠誠心が強い。というより、もはや狂信的といった方がより適切だろう。きっと、私がこいつらを許すといっても聞きやしないだろう。

 まあ、女を襲い、子供を奴隷商に売り払うような下種をこの私が庇うはずもない。あとはこいつらを利用し、効率的に情報を収集させてもらうとしよう。


「あぁっ!? さっきから、てめえら、何、意味不明なことをくっちゃべってんだ、こらっ!」

 

 小柄な傭兵が額に太い青筋を張らせて、私に近づくと、その胸倉を掴み、虚勢を張ってくる。

 さらに、森の中から、巻き上がる殺意の嵐。


「た、隊長、さっきから俺、寒気がするし、早く、こいつらを攫ってずらかろうぜ!」

「お、おお。そうだな」


 流石にここまであからさまだと気付くか。何せ、当の本人たちに隠す気が微塵もないからな。


 「悪いが、逃がさんよ」


 私は腰の【雷切】を抜き、魔力を通すと、私とアンナを囲んでいる五人を雷により蒸発させる。


「へ? え?」


 突如、姿が消失した部下にキョロキョロと周囲を見回して、坊主頭の隊長と思しき傭兵から急速に血の気が引いていく。


「こ、殺せぇっ!!」


 剣先を私に向けて隊長と呼ばれた坊主頭の男は叫ぶが、静寂のみが周囲を支配する。


「おいっ! どうしたっ!! なぜ矢を放たんっ!?」

「んー、私たちに弓を向けていた馬鹿どもは、既に排除されている。いや、より正確には、地獄行きへの馬車に強制乗車させられていると言った方がいいか」


 とっくの昔に周囲の弓兵どもの気配は消失している。ここまで殺意すら隠さず、怒り狂っているギリメカラの配下のものたちは、初めて見た。どうせ、碌なことにはならんだろう。


「そ、そんなバカな……」


 坊主頭の隊長は私という未知のものから逃亡を図らんと僅かに後退するが、ドンと大きな壁のようなものにぶつかり、恐る恐る肩越しに振り返り、


「ぎひぃぃぃっ!!」


 金切り声を上げた。

 まあ、鼻の長い二足歩行の巨大なバケモノが仁王立ちしていれば当然だろう。


「ご苦労さん。私は今からこいつを尋問してくる。子供たちとアンナの警護を頼む」

『御意』


 地面に跪くと、恭しく首を垂れるギリメカラ。


「アンナ、そろそろ、次のステージだ。ファフとミュウを起こして、テントをたたんでおいてくれ」

「うん、了解!」


 厳粛した顏でアンナは大きく顎を引くと、今も二人が熟睡しているテントの中にはいっていく。


「さーて、お前には聞きたいことが山ほどある。行くぞ」


 怪鳥のような絶叫を上げ続ける坊主頭の隊長の後ろ襟首を掴むと私は尋問をすべく森の中へと姿を溶け込ませる。


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