第11話 意外なありがとう

 時間は有限だ。特にこの度の王位選定戦は、四年後というタイムリミットがある。やるからには私は負けるつもりは微塵もない。必ず、ローゼを王にして念願の世界漫遊の旅にでてやるさ。そんなこんなで、此度の計画の核であり、比較的時間が必要とするローゼの滞在を先行すべく、先にフェニックスの背に乗って、アキナシ領へ向かってもらった。 

 私たちは王都やバルセの街を始めとする他いくつかの都市で、10日間ほどかけて計画のいくつかの仕込みをした後、イーストエンドの【深魔の森】へ向かったのだ。

 そしてそれから7日間、風猫ふうみょうのアジトから比較的離れた【深魔の森】の一か所の山林をサークル状に伐採し、キャンプを張って数日間事態が動くのを待っているところだ。

この点、ファフ、ミュウにとっては、まさにこのキャンプは絶好の極楽であり、終始テンションが高い。アンナはローゼを心配しているようだったが、それでも不満一つ言わず、ファフとミュウの子守をしてくれていた。


「ご主人様! ご主人様! これ何です!?」


 ファフは両眼をキラキラさせながらも、私に右手を向ける。


「それはセミだな」

「じゃあ、これは?」

「ダ、ダメっ!!」


 左手に握られた生物を目にし、アンナが叫び声を上げて、その生き物を払うとファフを庇うように抱きしめる。私は近くの櫛を持つとその生き物に投げつけて絶命させた。


「アンナ? どうしたのです?」


 抱き締められながらきょとんとした顏でアンナを見上げるファフに、


「ファフ、それはさそり。危険な生物だ。猛毒を持つから安易に持たないように」


 強い口調で指示を出す。無論、ファフにそんな毒など効果があるはずもないが、ミュウまで真似されてはかなわないからな。

 うーむ、やはりファフには常識が著しく欠如しているようだ。これは問題だ。どうにか対策を立てねばならぬ。


「はい……なのです。ごめんなさいなのです」


 アンナで抱き締められながらも、シュンと肩を落とすファフの頭をいつものように撫でると、


「では、そろそろ夕ご飯の時間だ。手伝ってくれ」


 料理を指さしそう口にすると意気消沈していたファフの顔がぱっと輝き、


「はいなのです!」


 右腕を元気よく突き上げる。


「はーい」


 ファフの真似してミュウも右手を振り上げた。

 二人の姿に頬が緩むのを自覚しながらも、私は皆のスープを容器に盛るのだった。


 ファフとミュウは今私の御手製のテントで寄り添って熟睡してしまっている。本当に二人は仲の良い姉妹のようだ。本当に今最近のファフは日々が楽しそうで、私もほっとしている。

 近くの川で食器を洗って一息ついていると、


「ありがとう」


アンナがそっぽを向きながらもそんな意味不明な謝意を述べてくる。


「何がだ? 心当たりが皆無なのだが」

「いや、その……ひ、姫様の件だ。ほら、姫様最近すごく活き活きしているから」

 

やけにドモリながらも捲し立てるアンナに、


「そうか? 最近のローゼってやつれているようにしかみえんのだが?」

「そんなことないっ!」


 木製の椅子から立ち上がり、大声で否定する。


「落ち着け。ファフ達が起きてしまう」

「す、すまない」


 席に座り直して指を絡ませていたが、私を見つめてくる。その顔は水をかけられたようにキュッと引き締まっていた。


「お前も知っての通り、この国では身分が全て。それは、我ら付き従う騎士たちも同じ。ローゼ様は私達に理想を語られる事はあったが、どこか諦めてしまっていた。良くも悪くも全てが動きだしたのは、ローゼ様がお前と出会ってからだ」

「そうかい」


 まあ、ローゼの思想はアメリア王国では異質だ。フラクトンに排除されそうなったくらいだし、周囲は文字通り敵ばかりだっただろう。しかも、ライバルは一癖も二癖もありそうなあの王子と王女だしな。


「私、信じてるんだ。お前ならこの王選、ローゼ様を勝たせることも――」


 アンナの話を右手で制止し、視線を焚火の日に向けると、炎が燃え上がり、人の形を形成していく。

 その炎の魔人は、私に跪くと、顎を引き、両手を水平に並べることにより、顔の上半分を隠しながら、


『我らが至高の御方おんかた様、かしこみかしこみ、申し上げます』


 恭しく言葉を発する。

 こいつは、イフリート。あの自称精霊王の悪霊だ。あのあと、討伐図鑑の内部の世界で、ギリメカラに徹底的にしごかれて、いい感じに従順になった。

 この森のミッションは、ギリメカラの仕切り。ギリメカラ派の者たちは全員駆り出されているのであろう。


「ご苦労。それで、動いたか?」

『はッ! ここから南西の湖に、人間どもの部隊が駐留し、山狩りが開始されました』

「人数は?」

『約1000ほどです』


 1000か。予想より、数が多いが、想定の範囲内だ。ようやく、ことを次の段階に移行できる。その前に、情報収集はしておくべきだろうさ。


「ギリメカラ、山狩りどもの一部をこちらによこせ。私が尋問する」

『御意』

 

 私の命に即答する野太い男の声。ギリメカラのたっての願いにより、私たちの護衛は奴に一任している。

 実のところ、この周囲は、ギリメカラの呪界の中。奴の了承なく、何人もこの領域への出入りはもちろん、覗き見ることすら決して叶わない。さっきから、私の探索系魔法、【神眼】が上手く機能していないのはこの呪界が原因だ。


「さーて、祭りの準備だ。皆、守備につけ」


 私の言葉に、首を深く垂れると炎の悪霊、イフリートは焚火の中に吸い込まれていく。


「カイ……」


 不安そうにこちらの様子を伺てくるアンナに、


「心配いらんさ。計画は、恐ろしいくらい順調に進んでいる」


 強く断言すると、焚火に枯れ木をくべ始めた。

 

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