第7話 大会選手登録

 ――武闘都市ルーザハル


 バルセを南に馬車で二日ばかり走らせた距離にルーザハルはある。

バルセがハンターの楽園ならば、ルーザハルはアメリア王国最大の武闘都市。

 都市内には百を超える幾種類もの武術の道場が構え、大通り沿いには幾多もの有名武具店が立ち並ぶ。そんな武術家たちの夢の都市。それがルーザハルだ。


「大会開催直前だけあって相変わらず、すごい人だな」


 以前、祖父に連れられてきたときの過去の記憶を思い返して素朴な感想を述べていると、


「カイはこの都市に過去に来たことがあるのですか?」


 隣のローゼが興味深そうに、私の顔を覗き込みながらも尋ねてくる。


「まあな」


 体感としては十万年前、記憶としては数年前という不思議な感覚なわけだが。


「私は今から大会にエントリーしてくる」

「わかりました。それでは、ファフちゃんを連れて先に宿へ行っていますね」

「ファフもご主人様と行くのですっ!」


 私にしがみ付くファフの頭をいつものように優しく撫でて、


「今、アスタが宿をとっている。それまで、お前は、この二人を守ってやってくれ」


 懇願の言葉を紡ぐ。


「うー、わかったのです! ファフ、頑張るのですっ!」


 いつものように元気一杯、右拳を突き上げる。うむうむ、いつも素直でいい子だな、ファフ。


「じゃあ、あとは頼むぞ!」

「ええ、任せてください」


 頷くローゼに私は背を向けて受付へ向けて歩き出す。


 受付の若い女に名前と流派、恩恵を告げる。ローゼ曰く、ここで虚偽の事実を述べると、失格となったり、罰金を要求されたりと、後々面倒らしいから正確に述べた。ま、【この世で一番の無能】の恩恵を伝えると、憐憫の表情を向けられたわけだが。

 ちなみに、流派はもちろん『戒流剣術』だ。ハイネマン流剣術はもはや私の剣術ではないしな。

 ローゼから借りた3万オールを払うと、大会のパンフレットのようなものを持たされる。

アスタとの待ち合わせ場所である宿へと向かおうとすると、


「おい、無能! なぜお前がここにいるっ!?」


 濁声を背中に受ける。

 振り返ると、顎の割れている坊主に巨躯の男。背後には数人の少年少女が私に侮蔑の表情を向けていた。

 全員記憶にある。ハイネマン流道場の師範代と道場の門下生だ。大方、この少年少女が大会に出場するんだろう。

 王国最大の大会だしな。若くして予選の決勝まで勝ちぬくだけで、相当な実力者と認定され、道場の名は上がる。この場にいても、何ら奇異はないさ。


「君らが知る通り、私はもうハイネマン家を離れた。故に、私がどこで何をしようと、私の勝手だ。君らには私の行動を遮る権利はない。違うかね?」

「ふざけるなっ! お前が、少し前までハイネマン家にいたことは周知の事実。ハイネマン家を出たという事実すら、知らぬものがほとんどだ。そのお前が、無様な姿を晒すだけで、どれほどハイネマン流剣術の看板に泥を塗ることになるかっ! 直ちに、この街から立ち去れッ!」


 ピーピー五月蠅い小僧だ。さて、どうするかね。


「シガ先生、大丈夫だよ。俺達もハイネマン流。俺達が予選の決勝まで残れば、道場の名に傷などつかないさぁ。逆に、そいつがハイネマン流では例外の無能なのだと理解するだけじゃん」


 金髪のイケメン少年が、師範代のシガに進言し、他の少年少女たちも同意する。

 そういや、私のギフトが無能と知って真っ先に掌を返したのがこの師範代シガとこの金髪の少年リクだったな。まっ、今の私にとって心底どうでもいい事実ではあるのだが。


「確かにリク、お前なら、確実に予選の決勝には進めそうか」


 師範代シガは、リクを眺めながら数回頷くと、


「いいか! 極力、ハイネマンの名を騙るなよっ!」


 そんな捨て台詞を吐くと、去っていく。

 さて、どうでもいい連中は去った。宿に戻るとしよう。足を踏み出そうとしたとき――。


「ほう」


 今も私に向けられている肌のヒリつく感じ。これは殺気か。あの最弱のダンジョンの最上層に出没する魔物程度はある。要するに私にとっては微風そよかぜってわけだ。


「お前、強いな」


 殺気を放った相手は、私の前まで歩いてくると見降ろしてきた。

 2メルはある筋骨隆々の体躯に、野性的な風貌。無数の拳ダコに、ゴツゴツした岩のような手。肉体を極限まで酷使する武道家という奴なんだろう。


「そうかね」


 この手の威圧は、ダンジョン内でも相当受けた。

 特に600階層のフロアボス、神獣王を自称する獣人ネメアは、当初はこんなふうに好戦的だったっけ。


「お前、名は?」

「カイ・ハイネマン」

「俺はザック、B組だ? お前は?」


 B組? あーあ、予選トーナメントの組み分けの話ね。鉄製のエントリーカードの裏を見ると、D組と刻まれている。


「私はD組のようだな」

「そうか、なら決勝トーナメントで会うな」


 両拳をぶつけると、悪質な笑みをうかべてくる。うーん、この自身の武に絶対の自信を持つ態度といい戦闘狂的性格といい、こいつ益々、当初のネメアにそっくりだぞ。案外、気が合うんじゃないか?


「お互い、そうなるといいな」

「なるさ。俺達ならな」


 右拳を上げるとザックは人混みに消えていく。

 私も肩を竦めると、今度こそ待ち合わせ場所の宿へと向かった。


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