閑話その2 自称不死の神鳥

 ――――ゲーム開始から6万5千年後


 600階層から100階層進むのに約1万年弱過ぎた。以前のように、600階層までは一階から遡り徹底的に討伐図鑑を埋めていたせいで、途轍もない期間がかかったが、今回はただ単に前に進むだけだったせいだろう。階層の攻略自体はサクサク進んだ。ま、それでも一万年近くかかってしまったわけであるから、この迷宮がどれほど馬鹿馬鹿しい広さなのかは明らかなわけだが。

 そんなこんなで、私たちは第700階層に到達する。

 700階層は果てが見えない草木の一本も生えぬ真っ赤な大地、そしてその空には、血のように真っ赤な空が広がっていた。

 その赤い一色の風景の中心で、一匹の紅の巨大な怪鳥が鎮座している。

 

『ほう、見ない顔だ。無名者がこの階層までくるか。随分、外の情勢は変容しているようだ。だとすれば、あの――』


 怪鳥はブツブツと独り言を呟き己の世界に埋没してしまっている。

 ヤバイな。こいつの強さがまったく判断できん。というか、ここの周辺で出没する鳥系の魔物とどこが違うんだ? これは、【封神の手袋】の副作用だろうが、最近さらに他者の強さの判断が困難となっている。


「んー、ファフ、お前はこいつ、どう思う?」

「こんがり焼いたら、美味しそうなのです!」


 涎をジュルリと垂らし、ファフは期待を裏切らないコメントをする。

 そうだよな。ファフは食いしん坊だし、特に鶏肉は好物だものな。だが、私が聞きたかったのはそういう事ではないのだよ。


「ファフ、お前は淑女なのだぞ。食欲ばかりを優先してはダメだ。特にこんな言葉を話す怪しげな怪鳥ゲテモノなど食らえば、腹を壊してしまう」

「うー、でも美味しそうなのです」


 人差し指をくわえながら、ションボリと項垂れるファフに、


「地上に戻ったら飯を作ってやるから今は我慢しなさい」


 その頭を撫でながら、諭すように語り掛ける。


「はいなのです!」


 元気よく右腕を突き上がるファフ。うむ、素直でいい子だ。


『き、貴様、今、この私をゲテモノと言ったのかっ!』

「あー、ただの言葉のあやだ。だから、いちいち目くじらたてるなよ」


 左手の小指で耳をほじりながらも顔を顰めて五月蠅い怪鳥をなだめようとする。


『許さぬッ! この神鳥フェニックスに対する不敬――絶対に許せぬぅッ!!』


 据わった声を上げて、翼を羽ばたかせ空に浮遊する。


『あーまたか……不憫……試練【フェニックス】を倒せ、が開始されます』


 頭内に響くいつもの女の声。もっとも、普段のような無機質な声ではなく、憐憫の感情がたっぷり含有したものだったわけだが。


「ファフがやるのです!」


 やはり口から出る涎を拭いファフが勇ましく両手のナックルを打ち付ける。

 ファフさん、ファフさん、気合入りまくっているところ悪いんだがね、結局、お前、あの怪鳥を食べたいだけだろう?


「いや私がやる」

「えーー、なのですッ!」


 案の定、批難の声を上げるファフに、


「今晩、とびっきりの焼き鳥を御馳走してやるから、我慢しなさい」


 彼女が最も望む対価を提示してやる。


「うー、わかったのです」


 やっぱり、名残惜しそうに、親指をしゃぶるファフ。


『なめるなぁぁぁーーー!!』


 怪鳥は顔を天に向けて怒号を上げる。刹那、火柱が私たちの頭上に落ちてくる。

 ファフはまるで虫でも叩き落すかのように、その火柱を右手で払うと霧散してしまう。私については熱の同化能力により、その炎は私に吸い込まれてしまった。


『んなっ!? 私の炎が――』


 馬鹿丁寧に解説してくれている怪鳥を雷切により、一刀両断する。

 真っ二つに分かれたのだ。てっきり、試練終了かと思ったのだが、その宣告はない。


『クハハハハハッ!! そんなもの効かぬ! 効かぬぞッ!』


 高笑いをしながら、五体満足の怪鳥が空中にプカプカ浮いていた。


「ふーむ、私は今きっちり殺したと思ったんだがね?」


 脳天から垂直に真っ二つにしたのだ。通常なら即死だろうさ。


『無駄だ! 私は不死にして不滅。不死の神鳥よ!! 貴様ごときの――』


 試しに首と両手両足を雷切の雷で蒸発させみる。


「どうやらホントのようだな。あとは――程度だな」

『貴様ぁッ! 話の途中で斬りつけるとは――』


 今度はその全身をバラバラの破片まで分解してみる。次の瞬間、紅の炎が上がると怪鳥の形を一瞬で復元した。


『だから、話しの途中で攻撃するなといっとろうがッ!』


 私から距離を取るべく空高く前上がると私に射殺すような視線を向けてくる。


『まあいい、どうだ、理解したかッ! 私は不死! 幾千幾万の死でも蘇る死と再生を司る鳥神なり!』


 得意げに宣う怪鳥の言葉が正しければ、こいつはいくら刻んでも死なぬようだ。ふざけた再生能力を有する敵には何度か出くわしたが、流石に無限の生を持つものにはお目にかかったことはない。


「くははッ!」


 口からと濃厚な歓喜を含有した笑い声が滑り出していた。

 いいぞ! いいぞぉぉ、怪鳥ぉぉぉッ! お前の言葉が真実なら、この私が正攻法で勝てぬと言う事ではないかッ! 無論、あの技を使えばあっさり勝負がつく可能性が高いが、そもそも力押しで勝てぬ相手などこの数万年、とんとお目にかかっていない。


『不死の私に勝てぬとわかってとうとう気でも触れたかっ!?』


 己に湧き上がる僅かな焦燥を吹き飛ばすかのように、雄々しく叫ぶ怪鳥に、


「最高だ! お前、最高だよっ!」

『不憫……』


 女の呟きが微かに反芻される中、私はとびっきりの歓喜ともに、怪鳥の殺害を開始した。



 ――怪鳥の殺害開始から五時間後。

 奴の全身を細切れの破片まで切り刻んだとき――。


『フェニックスの討伐を確認。試練がクリアされました』


 妙に投げやりな女の声が頭の中に響き渡る。


「は?」


 いや、まだ5時間程度しかたっていない。仮にもあれだけ不死、不死と宣っていたのだ。流石にこの程度で根を上げるなどあり得んだろ!

 だが、私の切実な期待とは裏腹に眼前に出現する透明の板。


『フェニックスの魂があります。図鑑に捕獲しますか?』

 

 クソがっ! あの口だけの根性なしの怪鳥め! あれだけ不死と宣ったのだ! せめて10年くらい持たせてみせろ! 

 期待していた分だけどうにも憤りが収まらん。あの怪鳥、討伐図鑑でその甘ったれた根性を徹底的に鍛え直してやらねばな。

 フェニックスの魂を図鑑に捕獲していると、


「ご主人様、ファフ、お腹ペコペコなのです」


 ファフの不満たっぷりの声が鼓膜を震わせる。


「すまん、すまん、直ぐに飯にしよう。今晩はファフの好きな焼き鳥だぞ」

「わーい、なのです!」


 ピョンピョンと跳ね回って喜びを表現するファフに、


「まあ、確かに10年間はファフの腹がもたなかったな」


 そんな当たり前の感想を口にしつつ私は地上へと戻るべく足を動かしたのだった。

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