閑話その3 ファフの日常
ファフはドラゴンなのです。しかもただのドラゴンではなく、神格を持つ神竜なのです。
では、なぜ、こんな冷たい迷宮にいるのかというと、大昔のことでよく覚えていないのです。多分、誰かにこの迷宮を守護するように頼まれたのです。忘れちゃったのですが、そのとき誰かに大切なことを言われたような気がしましたのです。それはとっても、とってもファフにとって大切だったと思うのです。だから、ファフは挑戦者の存在を待ち続けたのです。
そして、その時は訪れたのです。ご主人様なのです! ご主人様は剣の一振りでファフの背後の壁をドロドロに溶かしてしまったのです。この場所には特殊な結界が張られており、中途半端な力ではビクともしないはずなのにです。
ファフはこのとき、ご主人様がとっても、とっても怖かったけど、ふと誰かに言われたことを思い出したのです。
――いつか、君を解放するものが訪れる。そのときが訪れたとき、一緒についていくんだ。
だから、ファフはご主人様についていきたい。そう願ったのです。
それから、ご主人様との生活が始まったのです。
一緒にご飯を食べて――。
一緒に冒険に出かけて――。
一緒に武術の訓練をして――。
一緒に本を読んで――。
一緒に眠ったのです。
特に――。
「ご主人様、ファフ、美味しいのですっ!」
ご主人様の作ってくれるご飯は美味しくて頬がとろけそうなのです。
「そうか、よかったな」
ご主人様がいつものようにファフの頭をナデナデしてくれます。それがとても心地よくて思わず目を細めてしまうのです。
朝ごはんを食べて、ご主人様と家の外に出るとギリメカラが配下と思しき数柱とともに跪いていたのです。まだ一度も目にしたことがないので、新参の配下だと思うのです。
『
緊張気味に首を垂れるギリメカラの配下の者たちに、
「ああ、励め!」
ご主人様はいつものように、激励の挨拶をしたのです。
『ありがたき幸せッ!』
配下の者たちは涙を浮かべて身を震わせてその言葉を絞り出すのです。
ギリメカラたちにとってご主人様は、ただの主人ではなく、信仰の対象。自身が信じる神にも等しいのです。故に、ご主人様のこの言葉は、彼らにとってはまさに天啓に等しいのだと思うのです。
そして、この大好きなご主人様が称えられる場面を見ると、ファフもつい得意になってしまうのです。
今日もご主人様と迷宮探索へ行くのです。
ファフはご主人様との迷宮探索が一番好きです。だって、今ご主人様が同行を許しているのはファフだけなのだから。
ご主人様の後を付いていくと、750階層へと到着したのです。
750階層は辺り一面広大な沼地で、その中には一匹の巨大山椒魚がいたのです。
その山椒魚は斬っても、斬っても再生してしまうという出鱈目な修復能力があったのです。ご主人様は口では鬱陶しいと言っていましたが、どこか嬉しそうでもあったのです。
そして、遂に山椒魚が動かなくなった時――。
「そうか。終わってしまったのだな……」
ご主人様はそう小さく呟きました。その横顔がどこか寂しそうで、儚く見えて胸が締め付けられそうになり、ファフはご主人様に抱き着いたのです。
「どうした? ファフ?」
恐る恐る見上げて確認すると、ご主人様はいつもの笑顔でファフの頭を撫でたのです。
「なんでもないのです」
少し安堵しつつも、ファフはご主人様に顏を埋めてそう呟いたのです。
「地上に戻るか。ん? なんだ、ありゃ?」
ご主人様がファフの手を引いて踵を返そうとしたとき、巨大山椒魚の死体から、ポヨポヨとした無数の液体の塊が出てきたのです。
「スライムぅ?」
素っ頓狂な声を上げるご主人様に、スライムたちは群がり纏わりついていきます。
「離れるのですっ!」
ご主人様が襲われている。その事実に心を掻きむしられるような激しい焦燥を感じ、スライムどもに飛び掛かろうとしたとき、
「ファフ、大丈夫だ。こいつらからは敵意は感じん」
ご主人様は右手を掲げてファフを制止すると、足元のスライムたちを撫で始めたのです。
ご主人様に撫でられて嬉しそうにプルプル震えるスライムたち。
「お前たち、あの生物の中に閉じ込められてでもいたのか?」
一斉にプルプル震えるスライムたちにご主人様はしばし思案していたのですが、
「お前たちはもう自由だ。これからは好きに生きるのだ」
そう伝えると、地上へ向けて歩き出したのです。
その後もスライムたちはぞろぞろと地上までご主人様についてきたのです。
そのあとも来る日も来る日もスライムたちは、ご主人様の後を付いて回り、そして気が付くと図鑑の住人となっていたのです。きっとスライムたちも当初はご主人様に救い出されたことへの恩返しをしたくてついてきていたのだと思うのです。でも、そのうち、ご主人様が大好きになってしまったのです。
このようにご主人様はただ強いだけではないのです。図鑑の皆もご主人様が、だーーーーーーい好きなのです!
でも、嬉しい反面、少し不安もあるのです。あのご主人様の寂しそうな顔なのです。あの表情が、どうしてもファフの頭から離れないのです。
いつかご主人様はファフの前から姿を消してしまう。そんなあり得ない妄想に最近頻繁に憑りつかれてしまうのです。
だから、ファフの寝床でご主人様が頭を撫でてくれているとき、尋ねてみる事にしたのです。
「ご主人様?」
「ん? なんだ?」
「ファフとずっとずっと一緒にいてくれるです?」
ご主人様はファフのこの質問に僅かに驚いたような顔をしていたのですが、直ぐにいつもの笑顔を浮かべて、
「ああ、ずっと一緒だ」
そう噛み締めるように断言したのです。それがとても嬉しくて、とってもとっても安心してファフは瞼を閉じだのです。そうしたら、意識はスーと薄れていったのです。
――どうか、ずっとこの幸せが続きますように……。
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