第28話 なんか馬鹿馬鹿しくなってきたな

 フラクトンと生き残った騎士くずれは、アルノルトにより既に拘束されている。あえて私が手を出す義理もないだろう。

 これでローゼとアンナへの義理は果たした。あとは、バッタマンたちを回収するだけ。

 でもこれからどうするかね。一応、記憶では母上殿の元へ行くことになっているが、せっかく家のしがらみから解放されたことだし、この世界を自由に見て回りたい。

 旅をするにも金が要る。この際だからハンターの資格でも取って旅費を稼ぐか。なら、近くのバルセが最適かもな。あそこは、シルケ樹海という魔物の巣窟があるし。そうだな。そうしよう。

 森の中へ歩き出そうとすると――。


「ま、まてっ!」


 フラクトンに呼び止められる。


「わ、私は次期国王たるギルバート王子の剣にして盾だっ! 我らの側につけ! お前ほどの力があれば、たとえ無能のギフトホルダーでも王子は必ずや重宝してくださる!」

「貴様っ、この後に及んでそんな世迷言を抜かすかっ!!」


 アルノルトが胸倉を掴んで激高する。仲間の騎士が傷つけられ、犯されそうになったんだ。その上でのこの頓珍漢な言葉。怒りたくなる気持ちもわかる。


「黙れ、平民めっ! 私は伯爵、そう伯爵だぞ! 貴様らのような平民風情とは人としての価値が違うのだっ!」


 まったく、醜悪だな。この人の世が一番悪質で、救いがない。こんな生きる価値のないクズがのさばるような国などいっそのこと滅べばいいのだ。


「お前は私を無能な背信者と散々蔑み、嫌がらせまでしてくれたじゃないか? その私がなぜお前らの側につかねばならん?」


 それだけは絶対にあり得ぬ選択だろうな。


「そ、それは王子の御力でギフトの結果などどうにでも揉み消せる! 金も女も思いのままだぞっ!」

「そうやって、その馬鹿騎士どもを篭絡したのか?」


 アルノルトに縛られている騎士たちに眼球だけ向けると、小さな悲鳴を上げて震えだす。

 くだらん。実にくだらん連中だ。


「もうじき、ギルバート殿下が王位につかれる。そうなれば――」


 私は奴に近づくとその顔を鷲掴みにする。


「いいか? 仮定の話はもう沢山だ。誰が王位につこうがまったく私には興味がない。どうせお前らのような害虫の誰がまつりごとを行おうと同じことだ」

「ローゼ様まで害虫扱いするつもりかっ!?」


 アンナが騒々しく喚き声をあげる。服を着て普段の鬱陶しい女に逆戻りしたらしいな。まあ、他の騎士たちの表情から察するに皆同意見のようだがね。唯一、アルノルトだけは私に否定の表情を向けず興味深そうに傍観しているようだが。


「うむ、もちろんだとも。より分かりやすく具体的に表現してやろう。王侯貴族は、民に憑りつき生き血を啜る寄生虫だ」


 第一、こいつらも恩恵というわけのわからんもので選別し、それを持たぬ種族を迫害してきた。結局、こいつらもこのフラクトンとは大きく変わらん。この国に住まう害虫にすぎんのだ。


「貴様ぁッ!!」


 激高するアンナ。それに呼応するように、他の騎士たちも腰の剣の柄に手を当てている。

 ほらな。これがこいつらの本質だ。自分の思う通りにならなければ、直ぐに実力行使に出ようとする。そして相手はいつも黙って無気力にされるがままであるべきだと本気で信じてやがる。だから私はこいつらが死ぬほど嫌いなんだ。


「ほう、私とやり合うか。私は構わんぞ。いずれかが滅ぶかまで、徹底的にやろうじゃないか」


 私がフラクトンから手を離して奴らに向き直ると、ファフニールが重心を低くし唸り声をあげる。アスタロスは大きなため息を吐くと顔をギラギラした獣のようなものへと変えて指をゴキリと鳴らした。

 相手はアメリア王国、大国だ。しかも伝説の勇者もいる。仮にも伝説の勇者のギフトを持つのだ。未熟な剣帝やそのお付きの従者とはわけが違うのだろう。かつての私なら躊躇していたんだと思う。だが、今は違う。この私がそんな些細なことで膝を折ることは絶対にない。

 たとえ相手がいかなる強者でも私に敵対するというなら、徹底的に滅ぼしてやる!


「やめなさいっ!」


 凜とした声に慌てて姿勢を正すアンナたち騎士ども。アルノルトも一礼する。


「はっ! 親玉の登場か。で? どうする? あんたを侮辱した私を死刑にでもするつもりかね?」


 この国の王侯貴族は古来からそれをしてきたのだ。血統などという無形で無価値な概念のために多くの命を奪い、魂を凌辱してきた。

 恩恵ギフトでの差別も、早い話、被差別階級を故意に作りだし、本来なら王侯貴族に向くはずの民衆の不満をその者達へ向かせてガス抜きさせる為政者どもの姑息な手段にすぎん。こいつら王族が上にいる限り、きっとそれは繰り返される。


「まさか。それより私は嬉しいんです」

「はあ? 気でも触れたか?」


 この女、突然何を言いだすんだ?


「ぶ、無礼な――」


 案の定、アンナが私に食って掛かってくるが、


「私は止めなさい! そう言ったはずですっ!!」


 ローゼとは思えぬ激しい口調で言葉を叩きつけられ、アンナは身を竦める。


「初めてだったんです」

「あ?」

「この国で初めて、同じ感性を持つ人に会いました」

「聞こえなかったのか!? 私はお前ら王族と貴族がこの国を腐らせている元凶といったんだぞ?」

「だから、私もそれに同意するといいました。この国は腐っている。貧困や疫病、犯罪が横行しているのに王国政府は何の対策も立てず己の利益追求のために邁進しています。このまま今の体制を続ければ、近い将来この国は確実に破綻します」

「だろうな。だが、それがどうした? あんたならば、善政ができるとでもほざくつもりか? それは抜本的な解決にはならんぞ?」

「ええ、そうでしょうね。私個人の力や発想などたかが知れている。でも、民の一人一人がまつりごとに参加できるのなら?」


 驚いたな。人民が自らの手で、自らのために政治を行うという発想は、この現実世界では明らかに異質だ。私とてあの迷宮内に多量に放置されていた書物を読んでいなければ辿り着くことがなかった考えだ。ふむ、少しだけこの女に興味が湧いたな。


「その発想、どこで得た?」

「ハンターだった叔父様から幼い頃にもらった本に書いてあった異なる世界の物語にでてきたんです」

「異なる世界の物語?」

「ええ、そこはカガクという私たちの世界とは異なる概念が支配する世界。そこでは貴賤の区別なく、各民が自身の進む道を己の意思で決定し歩いて行ける社会です」


 十中八九、『科学』のことだろうな。迷宮の書物の中に頻繁に出てきた言葉でありまず間違いあるまい。だとすると、その本は異界の書だな。無論、あくまで物語のようだし、私の読んだ本とは異なるようだが。


「あくまでそれは空想の物語。理想郷ではないぞ?」


 その本の中にはその異世界の業がうんざりするほど描かれていた。物事には必ず、表裏が存在する。ローゼが読んだ本が物語である以上、書いてあるのは表だけの可能性が高い。


「仰りたいことは重々わかっています。それでもその世界を見てみたくなってしまったのです。だから、これは私の夢」


 ローゼは胸に両手をあてると瞼を固く閉じる。

 この姫さん、普通じゃないな。そもそも、常人はいくら素晴らしく描かれていても物語の世界を実現しようとは思うまい。しかも、その対価として捧げるのは己の王族の地位。普通の思考回路じゃない。どうりで、貴族どもに人身御供にされそうになるわけだ。


「あんたマジでイカレてるな」

「貴様、またローゼ様に――」


 私の心底呆れたような素朴な感想に、再度アンナが激高するが、


「アンナ」


 ローゼの有無を言わさぬ制止の声により、慌てたように口を噤む。

 ローゼは表情の一切を消すとフラクトン達に向き直り、


「フラクトン、そして彼に加担した騎士たち、この件は国王陛下に報告します。特に、今回の件は帝国と通謀していたという最悪の事態。極刑は免れないと思ってください」


 奴らにとって破滅に等しい宣言をする。


「そんなはずはない! ギルバート殿下は――」

「弟は帝国との通謀の容疑がかかるものを命懸けで救おうとするほど思いやりのある人物ですか?」


 ようやく自分が取り返しのない失態を犯したと認識したのだろう。フラクトンは、血の気が引いて震え始める。

 そんなフラクトンを尻目に、


「本日この時をもってカイ・ハイネマンを私、アメリア王国第一王女ローゼマリー・ロト・アメリアのロイヤルガードに任命します!」


 そんな阿呆で独善的な宣言をしやがった。

 ロイヤルガードね。このアメリア王国において剣術を志す者にとっての最上の栄誉だし、知ってはいるさ。確か、王位継承権を有するものが与える最高位の騎士の称号だったか。

 ロイヤルガードは、王位継承権者の守護者であり、武力と権威の象徴。侮蔑の対象である無能な私をそんな役に就けるなど、狂気の沙汰だ。やっぱりこいつ狂ってるな。


「ちょ、ちょ、ちょっとお待ちください! そいつは無能の背信者ですよ! それをよりにもよってロイヤルガードに任命するなど許されることでは――」


 案の定、アンナが血相を変えて反論しようとするが、


「おだまりなさい! では逆にお聞きしますがアンナ、貴方は誰なら相応しいと考えるのです?」


 それをローゼは再び強い口調で遮り、逆に聞き返す。


「そ、それは伝統と格式のある王宮近衛騎士たちが妥当ではありませんか? 少なくともずっとそうしてきたはずです!」

「その王宮権力の筆頭であるフラクトンはこの度裏切りましたよ? ついでに言えば、彼が雇った騎士たちに貴方は乱暴されそうになりましたね。彼らは広い意味では弟ギルの近衛兵です。申し訳ありませんが、私は、王宮自体をもう信じられません」

「だからってそんな背信者をロイヤルガードに任命しなくても……」


 アンナは、下唇を噛み締めつつ呟く。


「背信者? 馬鹿馬鹿しい! 貴方は剣帝さえも凌ぐカイの剣術を見なかったのですか? 貴方たちの大好きな見せかけだけの才能では絶対に届かぬ場所に彼はいるんです」

「それは――」

「厳しい言葉になりますが、もし私が神ならば、貴方よりも能力溢れる彼を祝福します。全知全能の神なら、なおさら彼を祝福することでしょう」

「ーーっ!!?」


 私よりも神に祝福されていない。そんな心底どうでもいい指摘がよほどショックだったのか、アンナは俯いて口を閉ざしてしまった。人間というのは自分の価値観の範疇で拒絶されるのが一番傷つくという見本かもしれん。

 だが、それはそれ。せっかく世界漫遊の旅に出ようと思っていたのだ。初っ端から足止めを食うなど御免被る。


「私の意思を無視して勝手に任命するな。そもそも私は引き受けるつもりはない」


 私の拒絶の言葉に、周囲の騎士たちから安堵のため息が漏れる。


「いえ、貴方には是非とも私のロイヤルガードになっていただきます!」


 この女、これほど強引な奴じゃないと思っていたんだがな。今のこいつからは、執念のようなものさえ感じる。


「ロイヤルガードは、王位を有するものの顔なんだろう?」

「はい、よく花を生ける花瓶に例えられますね」

「なら、花が輝くにはそれに相応しい花瓶が必要だろう? 特に私は無能。その花瓶の役からは最も遠い。他を当たれよ」

「貴方の他に適任者などいません!」

「適任者ねぇ。王国の勇者殿はどうだ? 相当強いらしいし、この王国では断トツの人気者ではないのか?」

「勇者は対魔王軍の主力戦力。もし私が勇者をロイヤルガートにすれば、他勢力が暴発し、下手をすれば内乱となります。何より、私はあの勇者様をそこまで、信頼してはいません」

「だったら、そこの王国騎士長殿に国王が引退したら、なってもらえばいいだけの話だろ? 実力的にも人間性もそれこそ適任だ」

「ロイヤルガードは生涯ただ一人の王のみに仕える決まりとなっております。現国王陛下が、王位を譲られても、アルノルトは父上のロイヤルガードです」

「なら、お前の部下に任せろよ。私を巻き込むな」

「ロイヤルガードは最高位の騎士の称号です。王位継承権者を守護する絶対の強さが求められます。非常に残念な話ですが、任せるだけの技量がまだ私の配下の者たちにはありません」

「……」


 ローゼのある意味、無情な指摘にアンナはもちろん、周囲の騎士たちは無言で悔しそうに顔を歪めた。


「何より、貴方に私のロイヤルガードになって欲しいのですっ!」


 ローゼは周囲の騎士たちを横目でチラリとみると、力強くそう宣言する。


「それはそっちの理屈だ。私には何ら関係がない。他を当たれ」

「いえ、私のロイヤルガードは貴方以外にはあり得ません」

「断固拒否するね」

「よろしいのですか?」


 微笑を浮かべるローゼに薄ら寒いものを感じ、


「どういう意味だ?」


 その言動の根拠を尋ねた。


「貴方が受け入れられないなら、私はロイヤルガードにレーナ・グロートを指名するつもりです」

「はあ? あいつ碌に戦った事もない素人だぞ?」


 今回の件で、はっきりとした。敵はクズだが狡猾だ。魔物を倒すとはわけが違う。剣の腕だけで守れるとは、とても思えない。レーナにはあまりにあっていない。そんなことは、ローゼなら一番わかっていることだろうに。


「でも剣聖です。剣術だけなら、既にかの勇者殿すらも凌ぐほどに。何より、幾度も王国を救ったという剣聖のギフトホルダーが、私のロイヤルガードになる。その事実は、この国では遥かに重いこと。他の王位継承権者たちの絶好の牽制材料となる」

「あいつの意思は?」


 流石にあのお人よしでも、王室などという極めて厄介なクズ組織に、関わり合いになりたいとは思わぬはずだ。


「彼女は私が望むのならば快く受け入れる。そう言ってくれました」


 あの大馬鹿娘め! そういや、あいつって友に頼まれると断れないという面倒な性格をしていたんだったな。


「ロイヤルガードを引き受けない場合のレーナの立ち位置は?」

「王国にとって、勇者や剣聖は対魔王軍の旗印的意味合いが高い。是非とも失うわけにはいかないのです。後方支援がメインとなるでしょう。しかし――」

「もういい。理解した。レーナがロイヤルガードを引き受ければ、危険度が段違いになると言いたいんだろ?」

「はい」


 ローゼの言う通り、ギルバートとかいう愚物は真面じゃない。なにせ、実の姉を帝国へ売り渡そうとするくらいだしな。レーナがローゼの筆頭騎士にでもなれば、執拗に命を狙われるのは目に見えている。そして、今の私には幼年時代の記憶もしっかりある。だからだろう。少なくとも私は、レーナと言う名の子供が不幸になることだけは我慢がならないようだ。

 だからといって――今の私がこんな人質紛いの脅しに屈すると思ったら大間違いだ。


「要するにお前は、私を脅迫しているのだな?」


 怒気を込めてローゼに問いただす。ただそれだけで、直接敵意を向けられていない周囲の騎士たちは小さな悲鳴を上げて尻餅をつく。アンナも真っ青な顔で震えていた。平然としているのはアルノルトと実際に敵意を向けられているローゼのみ。


「こんなやり方になってしまった事には心からお詫びいたします。ですが、私がしたいのは貴方との対等な契約です」

「契約? 私の選択肢を一方的に奪っておいて、そんなものが対等と言えると本気で思っているのか?」


 それはあまりに傲慢な発想というものだ。ま、王族らしいといえそれまでだが、この王女は間違ってもこんなことできない奴かと思っていたんだがな。しょせん、人生経験に乏しいカイ・ハイネマンのときの印象だ。誤謬はあるだろうさ。


「私は貴方の意思を奪った。ならば私の意思を貴方が握れば対等になる。そうではありませんか?」

「はあ? お前、何、言ってるんだ?」

「これを使います」


 ローゼはスカートのポケットから金色の宝石の埋め込まれた指輪を取り出すと私に渡してくる。

鑑定をかけてみると――。


 ―――――――――――――――――――――

★【隷属の指輪】:金色の指輪を装着したものは、赤色の指輪をしているものを使役することができる。ただし、自身の【魔力】よりも【耐魔力】が著しく高い存在には効果がない。

・アイテムランク:中級

  ―――――――――――――――――――――


 他者の意思を奪う指輪ね。そして、ローゼの左手の人差し指には赤色の指輪が装着されている。ローゼの意思を私が握るとはそういうことか。

 己の理想を叶えるためなら、自身さえも生贄に捧げるね。自己犠牲の精神のつもりなんだろうが、この女は全くわかっちゃいない。己を犠牲にするのにも覚悟がいるのだ。その覚悟は己の中から搾り出すもの。こんないかがわしいアイテムに頼って成立するようなものでは断じてない。それにやり方もまったく理にかなっていない。というか無茶苦茶だ。


「これは王家に代々伝わる隷属の指輪。裏切り防止の観点から各王族に複数個、譲渡されているものです。その具体的な使用法は――」

「この指輪の効能は大体理解しているから解説は必要ない。それよりもだ。もし私がこの指輪を使ってお前を操り、王国を無茶苦茶にしようとしたら、どうするつもりなんだ?」


 得々と説明するローゼの言葉を遮り、半分呆れが入った疑問を口にしていた。


「貴方はそんなことができるような方ではありません」


 ローゼは自信ありげにそんな根拠皆無な言葉を吐く。


「阿呆。人とは元来、欲望に塗れた生物いきものなのさ。お前が見ているのは全て上っ面の幻想にすぎんよ」


 なんか、馬鹿馬鹿しくなってきたな。要するにこの女はあの剣帝同様、未熟な餓鬼に過ぎんというわけか。

 だが、その程度の甘い認識なら、次こそは確実に死ぬ。敵が狡猾で愚劣なら、こちらも一切の躊躇なく奴らを破滅させるための策を練る必要があるが、今のこの女の幼稚な言動を鑑みれば不可能だろうし。

 対抗策が練れないなら、ギルバートとかいう愚物から具体的に身を守る方法を考える必要がある。だが、アルノルトがローゼの筆頭騎士ではない以上、いつまでも護衛はできまい。つまりこの女はもうじき完全に無防備になるというわけだ。今回のこの愚行もその焦りからかもな。

 

「レーナの件を引き合いに出したことは本当に申し訳なく思っています。ですが――」

「もういい」


 私は深い深いため息を吐くと、ローゼから渡された金色の指輪を握りつぶした。


「なっ、何を――」


 血相を変えて疑問を口にしようとするローゼの赤色の指輪も左の人差し指と親指で粉々に砕く。そして、腕を組んで私たちのやり取りを眺めているアルノルトに向き直ると、


「アル、今、お前はこのお転婆娘の保護者だろ?」

「そうなるかな」


 顎を引くアルノルト。


「なら、この馬鹿娘にお説教でもしてやれ。話はそれからだ」


 この娘、どうにも危なっかしくてみていられん。レーナとキースの友人というのは本当なのだろうし、ここでこの子供を見捨てるのも若干目覚めが悪いのも確かだ。

 どの道、今、やるべき明確な目的があるわけでもない。ローゼの身を守れるロイヤルガードを見繕うまでなら、この茶番に付き合ってやってもいいさ。


「うん、そうするとしよう」


 アルノルトはローゼの小さな右手を掴むとテントまで引っ張って行こうとする。


「ア、アルノルト、でもまだカイとの話が終わっては――」

「姫様、もう終わりましたよ」

「それってどういう――」

「それより、姫様の先ほどの言動、ゆっくりとお話ししなければならぬ事がございます」


 アルノルトは一目でわかる作り笑いで答えると、ローゼをグイグイ引っ張っていくと、テントの中に入っていく。


「マスター、面倒ごとを抱え込みすぎである」


 呆れたようなアスタロトの言葉に、


「ほっとけ」


 肩を竦めると、私もバッタマンを回収すべく森の中へと入っていく。

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