第27話 それって怒ることかよ
そうか。そうであったか。アッシュバーン・ガストレアがなぜ剣帝の称号をジグニールに与えたのかがわかった。それは私にはなかったもの。即ち、剣の才能だ。いいかえれば、圧倒的な剣のセンスといえばよいか。剣を振り続けたからわかる。私と違い、この男はこの上なく剣に愛されている。
遂にジグニールは号泣してしまった。別に情けないとは思わない。それだけ、ジグニールにとって、剣術は己の価値そのものだった、という事なのだから。
「もうこんなくだらないことに手を貸すのは止めるのだ。お前にそんな時間はない。アッシュバーン・ガストレアがなぜ、剣帝の名をお前に託したのか、もう一度じっくり考えるのだな」
子供のように声を上げて泣くジグニールにそう告げると、灰色坊主の男――エンズに顔を向ける。
「剣帝を連れて帝国へ帰れ。剣帝の才に免じ、
これは私のエゴだ。だが、元々私は我儘だ。最後まで我を貫き通させてもらう。
「剣で剣帝に勝つ召喚士か。危険だ。貴様は危険すぎる」
エンズは、顎を引き、身体を固くし、警戒態勢に入っている。
違う意味で面倒なことになりそうだ。
「危険ならどうするのかね? 言っておくが、私が認めたのはジグニールだけだ。お前らのような俗物の生存を私が許したのはある意味、奇跡ともいえるのだぞ?」
「ほざけ! だが、よーくわかった。貴様はそもそも誰かが飼いならせるような甘い存在ではない。ここで殺さなければきっと、いや、必ず、我が帝国の脅威となる。だから――ここで死んでもらう!」
エンズが背後に跳躍して詠唱を開始する。直後、生じる魔法陣。その魔法陣からゆっくりと出現する炎を纏った赤色の肌の魔人。筋骨隆々の体躯に、額からは二つの角が生えていた。
相当の熱量なのだろう。魔人は浮遊しており直接接触はないにもかかわらず、地面はグツグツと茹っている。
『盟約に従い参上した。それで我に何を望む?』
「その人間を殺せ!」
炎の魔人は両腕を組みつつ、眉を顰めて私をしばし品定めしていたが、順にファフニール、アスタロスへ眼球を移し、
『その人間ども三匹は中々やるぞ。相当の対価が必要だが?』
眼球だけをエンズに向けてそう言い放つ。
この言葉に悪鬼の形相で奥歯を噛み砕くアスタロスと、何も考えていないのかポケーとしているファフニール。
それにしてもこいつも全く強さを感じぬ。この感覚、バッタマンよりもさらに以下だな。
だが、それはおかしい。おそらく、六騎将の隠し玉だし、
しかし、だとすれば、奴の今の発言が不可解だ。先ほどの発言からも奴は他者の強さを一定限度で測ることができるのだと思われる。この点、今の私の平均ステータスは【封神の手袋】により、100程度に抑え込んでいる。そして、それはアスタロスやファフニールも同じ。隠蔽系のアイテムを装備していてステータス平均100程度に偽っているのだ。理由は簡単。余計に警戒されるより油断してもらった方がこちらとしても組みやすいから。なのに、今こいつは私たちを中々やると言ったよな。たった100程度をか? つまりそれは――。
「わかっている。部下の
「ちょ、ちょっと待ってくださいっ!」
エンズの部下の一人が必死の形相で翻意を願うが、
「祖国のためだ。受け入れろ」
エンズは実にあっさり部下を切り捨てて、その死を言い渡した。
黒ローブたちは、目の中に絶望の色をうつろわせて、両膝をつく。
「アスタロス、私達がしているアイテムはちゃんと発動中なんだろうな?」
「そのはずである。少なくともこのボンクラどもに吾輩たちの力は見破れぬはずである」
ふはは! そうか! そういうことだったのか! このエンズという男は六騎将ではない。剣帝についてきたただの従者だ。あの灰色坊主がやたら尊大だから六騎将と勘違いしてしまっていたが、あの火の魔物(?)は精霊王などではなくただの雑魚だ。肌感覚的にも雑魚臭しかせんし、何より私達のステータス100程度を強いと認識しているようだしな。
確かに、情報のソースは帝国兵。奴らが簡単に口を割るはずもない。そもそも信頼性に著しい疑いがあるのだ。素直に情報を鵜呑みにした私が愚かだった。
だとすると、あれも精霊王ではなくただの悪霊ってわけか。そうだな。天下の精霊王が、人間の
「対価など不要だぞ。何せお前はもう逃がさんしな」
炎の悪霊に向けて私は木の棒の先を向ける。
『我を逃がさんだと? 大きくでたなぁ、人間?』
ニタァと口角を上げて炎の悪霊は私を見下ろして尋ねてくる。顔は笑ってはいるが、目は真逆。相当イラついているな。
「うむ。当然だ。お前のような悪霊など放置しておけば害悪しか起こさん。ここでしっかり駆除しておくことにするよ」
『わ、我が悪霊だと?』
震え声で宣うところから察するに、かなり怒ってくれているな。うむうむ、いい感じだぞ。なにせ、逃がさぬといったはいいが、特段手段があるわけではないし。
「ほう、違うのか。だとすると、なんであろうな。魔物か? いや、あの弱者専用ダンジョンの最上層の火炎系の魔物程度にも圧は感じんぞ。やっぱり、悪霊だろ?」
先ほど倒した黒色の獣同様、周囲をブンブンと飛び回る羽虫程度と区別がつかんな。
『我は精霊王イフリートだっ!!』
「はいはい。そうだね。悪霊さんって皆そういうんだよ。生前で認めてほしかったんだね?」
実際に悪霊に会ったことなどないから説得力は皆無だがね。
遂に自称精霊王は眉間に太い青筋を漲らせてプルプルと全身を小刻みに震わせる。
『いいだろう! 今回に限り対価などいらん! そいつらの肉体をズタズタに引き裂く事により、留飲をさげて――』
「あーあー、そういうの別にいらないから。だいたい、悪霊にできもしない妄想を垂れ流されてもね。困惑するだけだって――」
自称精霊王は息を吸い込むと、得々と話す私に、灼熱の炎を吹き付けてくる。もっとも、炎や熱に対し、同化の能力を有する私には当然、ご褒美だ。ちなみに衣服や装飾品も私の同化能力の効果により燃えることはない。
『な、なぜ無事でいられる!?』
燃えないのがよほど意外だったのか、驚愕に目を見開き私にそんなどうでもいいことを尋ねてきた。
「お前のチンケな炎じゃ、私は燃やせない」
『そんなバカな‼ この精霊王イフリートの炎ぞっ!! 貴様のようなただの人間など、骨まで残さず燃え尽きるはずだっ!!』
まだいうか。この自称精霊王! そういや、こんなこと前にもあったな。あーそうだ。あの自称邪神の魔物ギリメカラだ。【討伐図鑑】から召喚した当初は、やたらと反抗的だったから、徹底的にその根性を鍛え直した結果、現在では大分ましになっている。
同じ自称者どうし丁度よいかもしれんな。奴に調教を任せるとするか。
【討伐図鑑】をアイテムボックスから取り出し、ギリメカラのページを開く。
「お前の炎が効かないんだ! そいつは、普通じゃない! イフリート、全力でいくぞ!」
私に炎が効かないと知り、エンズが焦燥に満ちた声を上げるが、私は構わず【
『わ、わかっている! 我が最大の炎でぇ……ひぇ?』
自称精霊王の悪霊の口から出る、どこか間の抜けた素っ頓狂な疑問の声。その視線の先には、鼻のやたら長い二足歩行の巨大な自称邪神が跪いている。
『おお! 我が偉大なる崇敬の
片膝をついて、私に首を垂れる自称邪神。まあ、教育が行き届きすぎて、自称ゴミ虫になっているけれども。
「そこの悪霊を教育してやってくれ。自分は精霊王などとわけのわからんことを言って面倒なんだ」
今もパクパクと陸に上がった魚のように口を動かす自称精霊王に、自称邪神の魔物ギリメカラはその三つの目をギョロッと向ける。自称精霊王はたったそれだけの仕草で、まるで子ウサギのようにビクッと全身を痙攣させた。
『悪霊……ごときが、我らが至高の
それって怒ることかよ、と言いたくなるような台詞を吐き出しながらも、三つの眼球を血のように真っ赤に染めて天へと咆哮し、もはや戦意など完全に喪失しガタガタと震える
結論をいいましょう。ギリメカラの圧勝でした。というより勝負にすらなってなかったよ。
ドーム状の黒色の雲のようなもので包みその逃亡を防止した上で、自称精霊王の悪霊をフルボッコにした。そのフルボッコ行為が常人にはかなり悪質だったので、ローゼたち一部の心が繊細なものたちは寝落ちしてしまう。
『お前は蛆虫。そうだな?』
頭部を鷲掴みにすると、ギリメカラは炎の悪霊に尋ねる。
『はい。私は下賤で卑しい蛆虫ですぅ!!』
泣きながら許しを請う自称精霊王の悪霊に、満足そうにギリメカラは頷くと私に跪く。
『この蛆虫、このゴミ虫に預けてもらえませぬか? さらなる教育をしたいと存じます』
ギリメカラに預けろね。私的には人間を養分とするようなクズ悪霊などさっさと駆除したいのだがね。だが、確かに【討伐図鑑】の性能拡張とやらの効果も見てみるのもいいかもな。
「わかった。その腐った根性、叩きなおしてやれ」
あらん限りの声で絶叫する自称精霊王の悪霊の後ろ襟首を掴むとギリメカラは、【討伐図鑑】の中に消えていく。
【討伐図鑑】を確認すると、ギリメカラの項目に新規で【眷属】イフリートと記載されていた。
名前まで精霊王と同じか。まったく、名前が同じだからといって強さまで同じくなるわけもないのに。いるよな。強そうな名前だからって粋がる奴って。
ともあれ、あとはあの剣帝の従者である灰色坊主だけだ。こんな雑魚が六騎将を詐称するとはな。すっかり騙されてしまった。
「ま、ま、まて、待ってくれ! いや待ってください! きっと貴方を――」
両膝を地面に付き必死で懇願するエンズの言葉を、
「不要だ。お前はやり過ぎた」
私は木の棒で奴の首を飛ばすことによりその言葉を遮った。そして黒ローブへ視線を移すと全員、腰を抜かして震えあがってしまう。
「剣帝を連れて帝国へ帰れ。それがお前らの仕事だ。もし、違えば――」
木の棒を向けた途端、副官らしきものが失意にある剣帝を抱えると一目散で逃げ始める。そして黒ローブたちも命からがら逃げ出していく。
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