第29話  やりたいようにやるだけ

 最寄りの街――バルセでフラクトンたちを引き渡す。奴らは全員観念したのか抵抗はもちろん一言も口を開かなかった。

 今、宿をとって少し早い夕食にありついているところだ。


「うー、ご主人様の作るごはんの方がおいしいのです……」


 ションボリ気味に料理を口にするファフの頭を撫でながら、


「好き嫌いはよくないぞ。作った人に感謝して、ちゃんと残さず食べなさい。あとはちゃんと噛んでな」


 穏やかな口調で言い聞かせる。


「はいなのです!」


 ファフは、元気よくフォークを天井に突き上げると、食べ始めた。口では文句は言ってはいるが、ファフは食いしん坊だし、基本食べていれば幸せだろうさ。


「貴方たちは、本当に仲の良い兄妹のようですね?」


 ローゼが両肘を机につきながらも、私達を眺めつつも素朴な感想を述べる。

 兄妹というより、私的には父と娘ってところだと思うぞ。何せ当初のファフは、人間社会のことは何もしらなくて、私が一から教育したからな。

 ちなみに、ローゼはあれからアルノルトにたっぷり絞られたはずなのだが、その翌日気持ち悪いくらい機嫌が良くなっていた。まあ、逆にローゼの護衛騎士たちはまるでこの世の終わりのように沈み込んでいたわけであるが。

 それから、当分行動を共にすることにつき、ローゼたちにいくつかの条件を付きつける。

 一つ、私たちにつき余計な詮索せんさくを一切しないこと。

 二つ、私たちに命令その他一切の干渉をしないこと。

 三つ、ローゼのロイヤルガードはあくまで代理。適任者が見つかるまでの暫定の処置であること。

 以来、ローゼは少なくとも詮索禁止と干渉禁止の二つについては厳守している。


「それより、いいのか? あいつ、完璧にいじけてしまったぞ?」


 あのアンナという騎士は、ローゼに否定されたのがよほど堪えたのか、あれから皆と離れて一人で飯を食っている。いるかどうかも分からん神の祝福など、どうでもいいだろうに。理解に苦しむ娘だ。


「ご心配なく。アンナとの仲は、その程度で壊れる類のものではありませんから。それに昔から彼女とは、似たような喧嘩ばかりしています。まあ、今回は、長くなりそうですけど」


 なるほどな。だから、アルノルトを始めとする騎士たちも、殊更気にもしていないのか。


「そうかい。で? 俺に話すこととは?」


 求められなければ、他の騎士どもの反感を買ってまで、ローゼとともに飯などしていない。ファフや討伐図鑑の愉快仲間たちと飯を食った方がよほど美味く感じるしな。

 この点、ローゼの騎士どもの私に対する敵意にフェンと九尾が暴発しかねないから、当面二人は図鑑内で生活してもらっている。アスタも王国の騎士どもが大層苦手ようで、飯に誘ったが、同席を拒否されてしまった。

 あー、アスタというのは、アスタロスのことだ。長いのでファフニールと同様、短縮させてもらっている。


「貴方は私のロイヤルガードとなった。そうですね?」


 ニコニコと喜色に溢れた顔で、再度念を押すように尋ねてくる。


「だから、適任者が見つかるまでの暫定の処置だと言ったろう」

「ええ、わかっています。貴方はを選定するまでのロイヤルガードです」


 うんうんとやはり会心の笑顔で頷く。本当にわかっているのだろうか。こいつの様子をみていると不安が尽きないが、まあ、私のやることは変わらない。適任者を発掘し、その者にロイヤルガードとしてローゼの護衛をさせる。それで私は晴れてお役御免だ。


「で?」


 話を勧めろと促すと、ローゼはゴホンと一度咳払いをすると表情を真剣なものへと変える。


「ロイヤルガードになった貴方に話しておかなければならないことがあります」

「なんだ? 回りくどいのは好きじゃない。単刀直入に言えよ。もちろん、簡潔にわかりやすくな」


 はいはい、とローゼは肩を竦める。こいつ、段々私に対して遠慮がなくなっていやしないか?


「まだ噂の域ですが、王位継承戦が開始される可能性があります」


 王位継承戦ね。字面通りに理解すれば、次の王位をめぐってアメリア王国政府が王子王女たちに一定の課題を出して、争わせるんだろう。

 ふむ、大分、背景事情がはっきりしてきた。


「お前がこの度、帝国に売り払われそうになったのも、そのせいか?」

「ええ、おそらく私がレーナをロイヤルガードにする可能性を危惧して弟のギルバードの派閥の者たちが動いたんだと思います」

「王戦での剣聖のギフトホルダーによるローゼマリー派の勢力拡大を恐れたってわけか」

「いえ、剣聖のギフトはもちろんですが、レーナそのものが一番の原因でしょう。何せ今のレーナは王国の重鎮や高位貴族たちからも大人気ですし」


 レーナが王国の貴族たちに大人気ね。どうにも過去のカイ・ハイネマンの記憶と乖離しすぎている。だって、あいつ過去の私以上に庶民の代表のような奴だったぞ。

 だが、レーナがそれほど高位貴族から人気があるなら、一連の不明だった事実も氷解する。


「なるほどな。どの道、レーナは危険だったというわけか」

「おそらくは」


 案の定、ローゼは顎を引く。

 ローゼはレーナを親友と言っていた。過去のカイ・ハイネマンの記憶からもあのときのローゼが偽りを述べたとは思えない。そのレーナをあっさりロイヤルガードにつけようとしたことには違和感があったが、逆にレーナを守るためだったか。

 ギルバートという愚物から危険視扱いされている以上、ローゼが王国に存在すれば、レーナは排除対象となる。ローゼとレーナが大層仲が良いのは周知の事実のようだし、それは間違いあるまい。ならば、いっそのことローゼのロイヤルガードにつけてしまう方が、奴らもおいそれと行動に移せなくなる以上、闇討ち等の危険性を少なくできるし、理にはかなっているか。

 そしてここでローゼが私をロイヤルガードに宣言すれば、少なくとも私がローゼの傍にいる限りレーナは排除対象から外れる。そういうことだろう。

 もっともこの度ローゼが選択した方法は下の下であり、全く賞賛する気にはなれんがね。


「フラクトンの裏にいた今回の黒幕にはいきつくのか?」


 ローゼは悔しそうに下唇を噛み締め、首を左右に振ると、


「フラクトンはあくまで実行犯。王戦については当然、重要なことは何も知らされていなかった可能性が高いです。ギル達まで追求できる望みは薄いかと」


 予想通り、否定の言葉を述べる。


「だろうな」


 仮にも奴らは帝国と交渉して王女であるローゼを実際に売り払う事に成功している。この度、ローゼが助かったのはただの運。あり得ぬ偶然が重なったにすぎぬ。つまりだ。奴らはこと悪事に関しては狡猾であり、少なくともバカではない。そんな足がつくような証拠など残しちゃいまい。


「どの道、その王戦とやらが始まらない限り動きようがないのだろ?」

「その通りです。今は王戦に備えて私たちの勢力拡大に心力を注ぐべきときです」

「了解した」


 ローゼのいう勢力維持とはあくまで貴族や豪商たちへの協力の要請のような温和な手段だろう。ならば私が出る幕はない。彼女もそれは重々承知だと思う。


「じゃあ、そろそろ帰るとしよう」


 腹が一杯になってウトウトしているファフを背負うと、自室へ歩き出したとき、


「カイ」


 呼び止められて肩越しに振り返り、


「ん? なんだ?」


 疑問を口にする。

 ローゼは席を立ちあがり、深く頭を下げる。そして――。


「この度、ロイヤルガードを引き受けていただき感謝いたします」


 王族とはとても思えぬ言葉を吐いたのだった。



 自室へ向かい、ファフを彼女のベッドに寝かせて小さな頭を撫でていたら、直ぐに熟睡してしまう。

 それから、宿の裏にある人気のない小さな広場へ向かう。

 少し一人になって考えたかったのだ。

 私は自分自身を把握できぬほど若くはない。いかなる理由があるせよ、己が良しとしないならロイヤルガードなど断固として拒絶していたはずだ。特に今回の王戦のような面倒極まりない事態ならなおさらだ。いくら、ローゼが未熟で危なっかしくても、その程度の事で今の私が力を貸すほど心が動かされるとは思えない。なのに私はローゼのロイヤルガードを条件付きとはいえ受け入れた。改めて考えれば奇異極まりないのだ。

 レーナの件についてもそうだ。レーナが危険なら彼女とその家族を保護して他の別の国にでも亡命すればいい。この世界は強者と弱者の差が激しい。今の私ならきっとそれができる。

 なのに、それをする気が起きないのは――。


「私は少なからずあの娘に執着しているのか?」


 これも過去のカイ・ハイネマンの想いなのだろう。変質していたとはいえ、記憶はしっかり受け取っている。想いとは多くの記憶や経験から生まれる純粋で強烈な衝動だ。

 もしかしたら、ローゼに力を貸すことは過去のカイ・ハイネマンの望んだ未来であり、今の私に出された課題のようなものなのかもしれない。

まあ、どの道、私はカイ・ハイネマン。それは変わらない。

 

「なーに、さしてやることもないしな。ローゼに新しいロイヤルガードを見繕う。それまではこのくだらん茶番に付き合ってやるさ」


 そう再度噛み締めるように口にすると、実にすんなり己を納得させることができた。

 私は我儘だ。己を納得さえできれば、あとはどうでもいいのである。


『マスター!』


 突如、私の頭頂部に生じる僅かな重み。両手で抱えると、黒色の子狼が円らな瞳で眺めながら、尻尾をブンブン振っていた。


「ふむ、フェン。退屈してたか?」


 その頭をそっと撫でたとき、


「旦那様!」


 突然眼前に生じた銀髪の獣人の女が私に抱き着き、スライムたちが私に纏わりついてくる。


「お前たちも、構ってやれずにすまないな」

 

 そうだ。過去の記憶を取り戻しても、私は何一つ変わっちゃいない。この世界でこいつらとともにやりたいように生きる。そしてその私の目的を妨げるようなものがあれば、完膚なきまでに破壊する。それだけなのだから。

 

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