第162話 渋谷スクランブル交差点にて・上
こっちに戻ってから2年の月日が流れた。
今は衛人君のチームというか会社のナンバー2になっている。
戻る機会をくれたことに感謝してくれたのと、一緒にあの境遇について語れる相手が欲しい、といわれて彼のチームに入ることになった。
前の会社は当然クビになっていたから助かった。
彼は宣言通り、ダブルイクスというエクストリームスポーツの世界大会で二連覇を成し遂げた。
参加していないあの空白の一年を除けば4連覇ってことになる。
世界的にも相当の快挙だったらしい。
沢山の取材も受けて、すっかり国民的スターの一人だ。
「カンパイ!」
壇上に上がった衛人君が言って、みんながグラスを掲げる。
今日はチーム「アデルハート・フォルトナ」のシーズン打ち上げだ。
渋谷の高級ダイニングバーを貸し切っている。
暗めの照明にあちこちにアメリカンな感じのネオンサインのようなものが配置されていて、赤や青の光が暗闇を照らしている。
高い天井につるされたスポットライトが光の帯のようにフロアを照らしていた。
まるで映画で見るような雰囲気だ。
彼自身も好調、チーム成績は良好。スポンサーは引きも切らず。
チームのトップは彼だけど、実務はほぼ僕が仕切っている。
この二年は彼に帯同して世界中を飛び回りいろんな交渉とかもこなしてきた。
言葉を覚えるのは苦労したけど、充実した日々だったと思う。
「風戸さん、お疲れさまでした」
「お疲れさま」
「来シーズンもよろしくお願いします」
スポンサーさん、チームのメンバー、それぞれとグラスを合わせる。
カクテルグラスを傾けるとちょっと強い酒とフルーツの香りが喉を抜けた。
「そういえば知ってます?関谷さん」
「何がですか?」
チームのスタッフがスポンサーのスポーツブランドメーカーの担当の関谷さんに話しかける
「風戸さんてすげえ強いんですよ」
「強いって?」
興味深いって感じで関谷さんが聞き返す。彼が何を言いたいのか分かったけど。
「あのさ、その話は止めない?」
「いいじゃないですか。今シーズン、南米にも遠征したでしょ?その時、ホテルの近くでからまれたんですよ」
「ほうほう」
スタッフの彼が面白そうに笑って続ける。
「それで、そいつらナイフとか拳銃ももってて、ヤベエと思ったんですけど」
「それは大変でしたね。やっぱり怖いなぁ」
「風戸さんがほら、いつもステッキを持ってるじゃないですか。あれで一瞬のうちに4人をぶちのめしちゃったんですよ。アクション映画みたいでしたね」
「へぇ……それは。すごいですね」
関谷さんが見直したって感じで僕を見る。
関谷さんは元体育会系らしくてもう30過ぎだけど見事なアスリート体格を維持している。彼から見れば僕は細いし事務屋に見えるだろうな。
「なにか武術でもしてたんですか?2年ほど海外にいたって聞いてますけど、軍隊にいたとか?」
「いや、違いますよ」
軍隊ではなくて異世界だけど。
ステッキは護身用に持ち歩いている。当たり前だけど
もちろん相手が遅く見える効果はもうないけど。
でもあっちで戦ったガルダ、アーロンさんやワイバーンとの戦いのことを思い出すと、ナイフと銃でカモを脅してますって感じの緊張感のない緩い相手を倒すのは難しくなかった。
違う環境で生きたことは仕事にも助けになっている。
物怖じもしなくなったと思う。
冷やかしと詮索を聞き流しつつ腕時計を見た。
夜10時。
「ごめん、僕は中座するね」
「風戸さん、いつもの渋谷詣でですか?」
「渋谷詣で?」
関谷さんが不思議そうに聞く。
「風戸さんは暇さえあれば渋谷のスクランブルに居るんですよ。なんでなんです?」
それには答えず、手を振って店を出た。
◆
今日も渋谷スクランブル交差点は人であふれていた。
飲みに行く男女、スマホで撮影する観光客。車のクラクション。QFRONTビルにはいつも通り白くオーロラビジョンが輝いている。
この2年間、何度も何度もここに通った。
今日こそはもしかしてオルドネス公がいるんじゃないか、と。そのすべてが空振りだった
もう無理なのかな、とも思う。
また門を開けれる、というのはうそだったのか、とも思う。
無駄かもしれない、と思う。でも何となく足が向く。
もう秋も深まって、そろそろ冬の気配がしているころだ。
少し肌寒くなっている。
コンビニで買ったホットコーヒーのボトルからコーヒーを一口飲むと、熱いコーヒーが喉を抜けて、少し体が温まった。
行きかう人たちに視線をやる。
男の人、女のひと、若いカップル、サラリーマン、高校生っぽい制服の女の子。渋谷駅に行く人、センター街の方に向かう人それぞれが行きかう波のように見える。
ハチ公の周りにはいつも通り待ち合わせの人がたくさんいて、それぞれスマホを見て時間をつぶしている。何人かが連れが来て立去って、何人かがまた新しく現れる。
そのうち何人かは待ちぼうけを食わされたのか何やらつぶやいて去っていく。
僕はどう見えるんだろう。
誰もこっちには来ないし僕のことを知らない。待ち人が来ることもない。波の中で取り残されたような気分になる。でもそれももう慣れてしまった。
もう一口コーヒーを飲んで鉄の柵に体重を預けてスマホの画面に目をやる。
「ああ、居た。待たせたね」
誰かの声が聞こえて、僕の横に立っていた人が顔を上げる気配がした。スマホの画面に映るニュースを何となく眺める。
「ねえ、お兄さん」
隣の人はスマホに視線を戻していて、声が僕にかけられていることに気付くのに少し時間がかかった。
スマホから顔を上げる。
「無視しないでほしいんだけど」
視線を向けた先で、夜の闇に中でネオンと街灯に照らされて立っている男の子、オルドネス公が前と同じように笑っていた。
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