第160話 ずっと一緒に大事な人と・上

 ユーカ視点です。



 昔、ずっと暮らしていた家にもう住めなくなって。

 お父様が突然いなくなって、お母さまが突然いなくなって。どれいってものになった。

 その時、あたしは分かってなかった。どれい、というのがなんなのか。


 どれいになって、しばらくして。

 何人かの、怖い顔をした人たちが来て……その日のことはあまり覚えていない。一人でどこかの宿の部屋にいたことだけは覚えている。

 セリエが部屋に戻ってきたときのことも。


 柔らかい栗色の髪はバサバサに乱れて、いつもきれいに着こなしている服もエプロンが無くて。

 いつも優しくあたしを見てくれる綺麗な目は真っ赤で、微笑んでくれる頬も涙で濡れていた。


「……お嬢様、ご心配なく」


 セリエはそれでも笑ってくれた。

 …………あの日からずっと考えている。あたしは、セリエの為に何ができるだろう。



 どれいになって、12歳になった時、スロットシートに触れた。あたしにもスロットがあることが分かった。

 お母さまはスロット能力が無かったけど、お父様は凄くたくさんのスロットを持っていたってセリエが教えてくれた。


 スロット武器を取ったからあたしだって戦える。これでセリエばかり辛い目に合わせない。

 そう思ったけど、戦いに出るのは止められた。


「お嬢様に何かあったら……旦那様や奥様に顔向けができません……どうか」


 セリエがあたしに縋って泣いた。


「お金が貯まったら……奴隷ではなくなります。その日までご辛抱ください」


 セリエは言っていた。

 でも、セリエが酷い目に会うたびに胸が張り裂けそうになった。何もできない自分が心の底から嫌だった。

 お金が貯まる日って……いったいいつのことなんだろう。 


 ……奴隷じゃなくなったら。いつかセリエと小さな家を買おう。庭にいっぱい花を植えて、セリエと一緒に過ごすんだ。

 その時はあたしだって大人になってる。そうしたら探索者になるんだ。


 セリエは家でご飯を作って、あたしを待っていてもらおう。

 今まで辛い思いをさせてしまった分、たくさんセリエの為に頑張ろう。


 ……そんな、いつになったら終わるか分からない日を、突然やってきたお兄ちゃんが変えてくれた。

 お父さんを陥れたラクシャス家に買われそうになって、セリエとばらばらにされそうになっていたのを、救い出してくれた。


 一度、なんでそんなことしてくれたのって聞いたことがある。

 でもお兄ちゃんは教えてくれなかった



 お兄ちゃんと一緒に居られることになって、新しい部屋に住むことになった。

 奴隷商の城から少し離れたところにある探索者の人がいる建物だ。


 ちょっと小さな細長い部屋に寝台が2台と机と椅子にクリーム色の湯浴み用のお風呂。壁には昔住んでいた家よりもきれいな白い壁紙が張ってあった。

 ベッドも、今まで寝ていたのとは全然違う、柔らかいけど硬い不思議なベッド。お兄ちゃんはマットレス、と言っていたけど。


 ある夜、突然目が覚めた。目を開けると真っ暗な部屋で、隣のベッドで寝ているはずのセリエがいなかった。

 一瞬、怖くなった。セリエはどうしたんだろう……どこかに行ってしまったなんてことは無いと思うけど。


 探しに行った方がいいんだろうか。そう思った時に、ドアが開いて部屋に光が差し込んできて、セリエが入ってきた。

 唇を抑えて入ってきたセリエは、今まで見たこともないくらい幸せそうな顔をしていた。


 ……お兄ちゃんと一緒に居たんだ。それだけはなんとなくだけど分かった。何があったかは分からないけど。


 暫くして、セリエが部屋を出ていった夜、お兄ちゃんの部屋を覗いた。

 お兄ちゃんとセリエがキスしていた。キスが終わって、セリエとお兄ちゃんが何か話している、けど聞き取れなかった。


 幸せそうな顔を見て嬉しかったけど、なんかここに居ちゃいけない気がして慌てて部屋に戻ってベッドに飛び込んだ。

 あたしもお父様やお母さまとキスしたこともある。でもそんなにすごいことだっただろうか。


 ……わからなかったけど、初めてお兄ちゃんにキスしてもらった時に分かった。

 とっても幸せで、セリエの気持ちが分かった。


 でも、しばらくして気付いた。あたしがお兄ちゃんとキスすると、セリエはちょっと悲しそうな顔をする。

 本当にごくわずかで、お兄ちゃんは気づいてないと思う。でもあたしにはわかった。


 なんでだろうって考えた。あたしはセリエがお兄ちゃんとキスしてるのを見ても嬉しいだけなんだけど。

 お兄ちゃんのちょっと照れたような顔とセリエの幸せそうな顔を見るとあたしも幸せな気持ちになる

 ……セリエは違うんだろうか。


 考えて、そして思い出した。

 お母様が昔教えてくれたことがある。好きには、「特別な好き」があるんだって、その人が一番大事だっていう好きがあるんだって。


 あたしはセリエも好きだし、お兄ちゃんも好きだし、スズおねえちゃんも好き。

 でもセリエがお兄ちゃんを好きな気持ちは違うんだ。セリエの好きは多分その「特別な好き」なんだ。


 

「セリエ、あたし、もうお兄ちゃんにキスしてもらうの辞めるね」


 寝る前にコアクリスタルのライトを消そうとしたセリエに言うと、セリエが驚いた顔をした。


「………なぜでしょうか?」

「……代わりにお兄ちゃんにぎゅってしてもらうのはあたしもだよ、それはいいよね、セリエ?」


 お兄ちゃんがぎゅっと抱きしめてくれるのは、キスした時と同じくらいに幸せだから、あたしはそれで十分満足。


「……ありがとうございます、お嬢様」


 セリエが戸惑ったような顔をして、ちょっと嬉しそうあたしを抱きしめてくれた。

 


 お兄ちゃんと一緒に居るようになって、セリエは幸せそうに笑うようになった。

 お兄ちゃんと同じように塔の廃墟に元から居たっていうスズお姉ちゃんも、とっても強くて、不思議な武器を持っていて、とっても優しい。


 魔獣と戦ったりするのはちょっと怖かったけど、それでもお兄ちゃんやセリエが一緒にいてくれるってだけで勇気がわいてくる。 

 もう二度と会えないと思っていたお母様とも会えた。朝、お母様にお早うって言えることはなんて幸せなんだろう。


 また前の家に戻れるかもしれないっていうのも聞いた。

 お兄ちゃんとお姉ちゃん、お母様、エルネストおじさん、セリエ、レナ、みんなで前みたいに暮らせればこんな嬉しいことはないと思う。


 家に帰れたら……サンヴェルナールの山の夕焼けをみんなで見よう。

 たしか林檎ポミエの美味しいお酒があったはずだ。お父様が好きだったお酒。お兄ちゃんもお姉ちゃんもきっと気に入ってくれる。

 お兄ちゃんがいろいろつれてってくれたみたいに、いろんなところにお兄ちゃんやお姉ちゃんを案内しよう。


 そう思ってた


 そう思ってたから……オルドネス公の言葉には心臓を掴まれたような気がした。お兄ちゃんがもとの世界に帰れるかもしれない……帰っちゃうかもしれない。


 でも、お兄ちゃんはずっといてくれるって思った、

 だから……お兄ちゃんが口ごもったときは目の前が真っ暗になった。


 帰りたいの?ずっと一緒だよって言ってくれたのに。

 あたしたちのこと、もう要らないの?

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