第18話 この場所で責任を負う決意をする

 簡単な荷物を携えてまずはユーカが出てきた。


「ごめんなさい……お兄ちゃん」

「なにが?」


 目が真っ赤だ。待ってる間不安にさせたんだろう。


「……嘘ついたって思った。来てくれないって。お兄ちゃんなんて嘘つきだって」

「僕も間に合わないんじゃないかって思ったよ」


 本当にタッチの差だった。嘘つきにならなくてよかった。

 そのまま腰のあたりに抱きついてくる。


「……ぎゅってして」

 

 言われた通りにぎゅっと頭を抱いてあげる。


「……お兄ちゃん、ずっと一緒にいれる?」

「うん」


「……セリエとも?」

「大丈夫だよ。ずっと一緒だ」


 次に、以前のメイド衣装のセリエが出てきた。


「来てくれなかったら、必ず貴方様の喉を食い破りにいったでしょう」

「そりゃこわい。死ななくてすんでよかったよ」


 こちらは割とまじめに言ってる気がする。食い殺されなくてよかった。


「でも……私……貴方様にいろいろと失礼なことを言いましたのに……こんなにしていただいて。

なんとお礼を申し上げればいいのか」


 うつむいて僕の肩に顔を預けてきたセリエにちょっと意地悪したくなった。

 僕はサドではないけど、ささやかに仕返ししても許されるだろう。


「じゃあ、お礼にキスしてよ」

「えっ、あの……」


「嫌かな?」

「えっと……そういうのは……」


 予想外の言葉だったんだろう。犬耳がピンと立ちあがり、取り澄ました顔が真っ赤に染まる。

 うん。トゲトゲしてるよりこういう方がかわいいな。


「冗談だって、冗談。じゃあいこうか」


 まずはアーロンさん達に報告しないと。



 アルドさんが課した新たな制約コンストレインは僕の命令に服することだった。

 その証として、僕と、セリエ、ユーカの手のひらには黒い文様の文様のようなものが刻まれた。これが主人と奴隷の証、ということらしい。


 二人を連れてスクランブル交差点の方に戻ると、アーロンさん達がスタバビルの横で待っていてくれた。


「おお。無事に終わったようだな」

「間に合ったんですね。よかったです」

「ほーう、かわいこちゃんじゃねぇか。しかも二人。スミトが夢中になるのもわかるぜ」


 この二人についてはうまくいった。でもさっきの状況で引っかかることも出てしまった。


「この二人だけ買って、これって僕の自己満足なのかなって」


 僕が二人を買ったときに、他の奴隷が喝采を送ってくれた。あれは奴隷の間である種の仲間意識があるってことなんだろう。

 たんなる商品売買ならこんなことは思わないが。ああいうのを見ると色々と考えてしまう。

 この二人はこれでいいけど、他の奴隷たちはどうなるんだろう。


「気持ちはわかるがな。おまえが彼女たちを買わなければ彼女たちはもっと酷い境遇に置かれていたんだろ?」

「……多分」


 セリエの態度や、あいつの執着から見るに、単なるハウスメイド候補が欲しかっただけとは思えない。なんらかの因縁があったんだろう。とてもじゃないけど、大切に扱われたとは思えない。


「全員を救うことができないからといって、二人を見捨てる方がよかったのか?」

「いえ……そうは思いませんね」


「それでいいさ。救えるなら一人でも救え。そうすればその一人分でも世界はよくなる」


 アーロンさんがいつも通りの口調で言ってくれた。そういわれると少し気が楽になる。


「……ったく、旦那もスミトも何でそう一々堅苦しいんだ」


 リチャードが呆れたって感じの口調で言う。


「スミト、お前はこの子たちがかわいかったんだろ?助けたかったんだろ?

難しいことはいいじゃねぇか。助けたいから助けた。そんだけだろ」

「まあね」


 色々思うところはあったけど、多分根本の部分はシンプルに、僕に何かできるなら助けたかったってだけだ。


「じゃあそれでいいだろ。

それに、他の奴らに不公平だって思うんなら稼ぎまくってみんな買っちまえ。そうすりゃハーレムだぜ、オイ。毎日違う子と楽しめるんだ。男の夢だろ」


 こっちはこっちで相変わらずだ。レインさんが冷たい目でリチャードを見ている。

 それに気づいてないのか、リチャードが肩を組んできた。


「で、どっちが本命だ?」

「なにが?」


「おいおい、いまさらとぼけんなって。

獣人はベッドの上でも強気らしいぜ。スミト、お前みたいな奥手のやつだと尻に敷かれるぞ。大丈夫か?

でもこっちはちょっと小さすぎるって、痛ぇ!」


 肩を寄せて話しているところで、レインさんの杖の一撃がリチャードのすねにさく裂した。


「品がありませんよ!」

「レインちゃん、スロット武器で殴るのはダメでしょ、せめて足踏むくらいにしてくれよ」


 見た目より痛かったらしい。抗議するリチャードを一睨みして、レインさんがしゃがみ込んでユーカに話しかける。


「ユーカちゃん、私はレインといいます。この下品なお兄さんからは離れましょうね。向こうで何か飲みましょう」

「はい!よろしくお願いします。私、ユーカ・エリトレア・サヴォアです!」


 レインさんに手を引かれてユーカが天幕の方に立ち去っていった。本名は結構長いんだな。


「まったくひでぇ話だぜ、冗談だってのによ」

「スミト、先に行くぞ」


 そのあとを脛を押さえながらリチャードとアーロンさんが続いていく。


「じゃあ、僕らも行こうか」

「ご主人様……」


 よばれてて振り返ると間近にセリエの顔があった。


「……いまは二人です」

「うん。そうだね」


「……口づけしていただけますでしょうか、ご主人様」

「ああ、いや、さっきのは冗談だって。無理強いするつもりはないよ」


 セリエがふるふると首を振る。


「ご主人様がたった二日間であの大金を稼ぐのにどれだけ危険な思いをしたか。

そのくらい、私にだってわかります。

そして、お嬢様をお救い下さった……ご主人様に口づけしていただけるのはこの上ない幸せです」


 あのツンツンした感じから、えらい豹変ぶりだな。


「……でもあの場にはお嬢様もおられましたし。もう少し場を考えてください」


「で、僕からするわけ?」

「もちろんです。

奴隷の方からご主人様に口づけするのは失礼にあたります。粗相があってはいけませんし」


 真顔で言い返された。

 そういうもんか。キスをねだられるなんて今までの僕の人生ではなかった話なんだけど……正直人前でやるのは微妙だ。周りを見ると、はかったように人通りはないんだけど。


「いや、でもそれはちょっとなぁ……」

「私なんかに口づけして頂くのは恥ずかしいということでしょうか。でも先ほど……」


「ちょっと待って。恥ずかしいとかそういうのじゃなくて」


 ガルフブルク流だとそういう解釈になるのか。

 相手が誰であっても路チュー、というか公共の場でキスするのは抵抗がある……という今の僕の感覚は現代日本人的な感覚で、それを伝えるのは無理だろう。誰もいないからいいってもんでもない。

 世界の壁を超えた文化の違いだ。


「……お願いします」


 真剣な目でセリエが僕を見る。どうやら、逃げる、はぐらかす、という選択肢はなさそうだ。

 目の前にはかわいい獣人の女の子。ラブラブなキスをしたいというのは本音だけど……やはり此処では抵抗がある。


 仕方ない、勿体ないけど手短に済ませよう。きっと次の機会もあるはず。

 セリエの肩を抱き寄せて、軽く唇を触れ合わせた。


「これでいいでしょ?じゃあ……」

「あの!」


「はい……」

「えっと……これでおしまいなのでしょうか?やはり私の失礼な言動に……お怒りなので……」


 なんか縋りつかれたまま、うるんだ目で見上げられる。あらためて周りを見回すが人通りはなかった。

 ……もうせっかくだから好きにさせてもらおう。呪文の詠唱の時にも学んだけど、変に照れがあるより、開き直る方がむしろ恥ずかしさがない。


「わかったよ。じゃあ準備良い?」

「……はい」


 細い腰を抱き寄せるとセリエが目を閉じた。

 キス待ち顔が間近に近づいて心臓の鼓動が倍くらいのスピードになってる気がする。手が震えそうになるけど、なるべく平静を装う。そのままセリエにキスした。

 遠慮する気もなくしたので、舌を差し入れる。このバカップルを見るんならもう好きにしてくれ、という感じだ。


「きゅうっ、くうん」


 舌の先端を絡め合わせると、セリエが強く体を寄せてきた。甘い吐息が頬にかかる。

 ああ、ここにべッドがあれば……などと妄想した。


 気分的には3分くらい、実際はどのくらいか分からないけど、たっぷりセリエの唇を堪能して、キスをおわらせた。

 セリエがくたっと僕に体を寄せてくる。薄く産毛の生えたうなじを犬にするようにそっとなでると、体がぴくっと震えた。


「そこ、なでられるの好きです……」


 ぎゅっと僕にしがみついて、胸に縋りついてくる。顔を上げると、いつものセリエに戻っていた。

 栗色の意思の強さを秘めた目が僕を見つめる。


「ありがとうございます、ご主人様。

お嬢様とともにいさせてくれて。命をかけてお仕えいたします」


 そういうと、セリエも天幕の方に駆けて行った。

 後ろ姿を見守りつつキスの余韻に少し浸る。さて、僕も行くか。


「よう、遅いぞスミト」

 

 と、歩き出したところで声をかけられた。見ると、スタバビルの陰にリチャードとアーロンさんがいる。

 どこからか見られていたらしい……不覚にも全然気づかなかった。


「いやー、遅いなって思ってよ。心配になっちまったんだ。

魔獣にでも襲われてたら大変だからな。無事でよかったぜ」


 リチャードがにやにや笑いながら僕の肩をたたいて天幕の方に歩いて行った。

 全部見られてたか……当分ネタにされそうだな、これは。


「あー、いや……すまんな、覗くつもりはなかったんだが」


 アーロンさんは気まずそうだ。

 本当に見られてるとか……僕から言うこともなにもないです、はい。顔から火が出る。


「奴隷を養うのは主人の務めだぞ、言っておくが」


 アーロンさんが真顔に戻っていった。


「買った以上は責任がある。頑張れよ」

「ええ。わかってます」


 僕の答えを聞くとアーロンさんが満足そうに笑った。


「さて、仕事は終わった。一杯やろうじゃないか。

デュラハンのコアクリスタルは結構いい値段がついたんだがな。まあそれはそれとして今日はもちろんスミトのおごりだろ」

「……そりゃもちろん」


 いくつもの明かりに照らされてにぎわう渋谷スクランブル交差点の天幕に向かって歩く。

 ユーカが手を振っているのが見えた。


 いつか元の東京に戻れる日が来るのか、その時僕はどうするのか。それは分からない。

 でもその時までは頑張って二人を守ろう。そう思った。


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