第16話 自分の行動の顛末を見る・上

 レインさんに魔力賦与ディストリビュートパワーなる魔法をかけてもらって、かろうじて車は動かせた。

 適当な車を見繕って渋谷に向けて走らせる。


「このまま渋谷駅までいっていいですか?」


 時計は午後5時を回っている。

 本当はどこかに止めて歩くべきなんだろうけど、1分も無駄にはしたくない。


「まあ好きにしろ。探索者ギルドに商人を呼んである」

「ゴメン、どいてどいて!」


 クラクションを鳴らしながら車を走らせると、道を歩いていた獣人や人間が驚いたような顔で飛び退った。迷惑ドライバーで申し訳ない。

 スタバのビルのすぐそばに車を止める。車の周りを取り囲んだ人垣をかき分けて、ビルに駆けこんだ。


 元スタバのホール、現在は探索者ギルド内はがらんとしていて、身なりのいい男が2人いた。

 アーロンさんが呼んでくれた商人だろう。何から何までぬかりない。


「カザマスミトさま、おかえりなさい。アーロンさんの指示で商人を呼んであります」

「この宝石を買ってほしい、今すぐに」


 袋の中から、戦利品の指輪やネックレスなどをざらざらと机の上に出すと、駆け込んできた僕を値踏みするように見ていた2人の目の色が変わった。

 ギルドの受付のお姉さんもぽかんと口をあけている。


「これをどこで手に入れられたので?」

「素晴らしい品ですな」


 2人が手袋をはめて宝石の鑑定を始めた。

 時計を見ると5時20分。日が沈むころ、ってのはいつなのかはっきりしないけど、まだ太陽は出ている。ゆっくりとした手つきがじれったい。


「申し訳ないけど、早くしてほしい」


 言っても仕方ないのかもしれないけど口に出てしまう。こんなことをしているうちに間に合わなくなったら…… 


「すべて鑑定しないとわかりませんが……すべて本物なら200000エキュトは下りません。

すべて鑑定するのに1週間ほど時間を頂きたい」

「私としても同感です」


 宝石を見ながら二人が言う。

 1週間。こちらの事情を知らないから当然なんだろう。大金を動かすんだから、慎重になるのは勿論僕にだって分かる。

 でも、1週間なんて待てるわけがない。


「偽物じゃない。今すぐに換金してほしい」


 今は1週間後の金になんて価値はない。1時間後であっても無意味だ。


「それはさすがに……もう少し鑑定しなくては」

「……おいくら必要なので?」


 片方は渋ったけど、もう一人が口を開いた。


「最低でも120000エキュト」

「……いいでしょう。130000エキュトで買い取ります」


「売った。すぐに払ってくれ」

「結構です」


 宝石をその商人のほうに全部押しやる。

 その商人が懐から割符の束を取り出して並べ始めた。話が早くてありがたい。


「ちょっと待ってください。鑑定の時間さえいただければ200000はお支払いしますよ?」

「ありがたい話だけど、今すぐに必要なんだ」


「アーロンさん?この人は正気ですか?あと少し待っていただければ200000エキュトかそれ以上が手に入るのに」

「ちょっと変わった奴だが、正気なのは俺が保証するよ」


 いつのまにかスタバビルに入ってきていたアーロンさんが答えてくれる。


「これで130000エキュトです。お確かめを」


 商人が割符を渡してくれた。

 確認する暇はない。いくら何でもギルドでの取引でインチキはするまい。紙束をつかんでスーツのポケットに突っ込んで外に飛び出した。

 空はもう赤く染まり影が長く伸びている。間に合うか。



 スタバビルを出て車に走り寄ろうとしたけど、人だかりができていた。

 管理者アドミニストレーターの力は切れているから、いまはただの鉄の塊だけど。


 もう日が沈むまで間がない。

 あいつが先にきていたら、なにもかもおしまいだ。西武に向けて走った。魔法を連発した体が重りをつけられたように重い。ちょっとした坂道が堪える。


 なんとか西武まで辿り着いてドアを開けてロビーを見渡した。

 前と同じくカウンターがあり、その前の机にアルドさんが一人で座っている。まだあの胸糞悪い貴族は来ていない。


「あいつは?まだ来てないな?」

「まだ日が沈んでおりませんので、お越しになってはおられません」


 アルドさんが前と変わらない落ち着いた調子で答えてくれた。


「じゃあ確認してくれ。120000エキュトあるはずだ」


 ポケットから札束のように割符を机の上に積みあげた。アルドさんが驚いた顔をする。


「……失礼して改めさせていただきます」


 アルドさんが割符を一枚づずつ確認していく。妙に静かな中、割符の紙が触れ合う音だけがする。

 息が詰まるような5分間ほどの時間が過ぎて、アルドさんが大きく息を吐いて割符を机の上に戻した。


「……確かに120000エキュトを頂きました。取引は成立です。

セリエ、ユーカの二人はスミト様にお引渡しいたします」


 アルドさんが宣言する。同時に、カウンターの向こうで大歓声が起こった。


「ユーカちゃん、よかったね!」

「離れ離れにならずに済みそうじゃないか!セリエ!!」

「小さい兄ちゃん、あんたすげえな!!どんな魔法を使ったんだ?」


 カウンターの向こうには、皆に囲まれた二人が見えた。

 セリエは信じられない、という顔、ユーカはうれしい、という顔をしている。見ればわかる。言葉はいらなかった。

 間に合ったんだ。よかった。本当に。 


「随分にぎやかだな、どうかしたのか?」


 そんな中、ドアを開けてあの男が入ってきた。

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