第15話 表参道で戦車に追い回される。下
「……デュラハン、だと?」
「ちょっとまて、こんなとこで会うかよ、普通」
ああいうの、どこかのゲームで見たことがあるような気がする。
ていうか……ヤバい相手なのは二人の反応で分かった。
ゲートが閉じると、2頭の馬がコンクリを前足の蹄で叩く。そして地響きを立てながらこちらに突撃してきた。
「【貫け、
銃を構えて一発撃ってみたが、あっけなく弾がはじかれる。鎧に傷一つつかない。
「【我が言霊がつむぐは炎。闇に住まう物を灰に還せ!】」
レインさんの放った炎の塊が首なし馬にぶつかる。パッと火の粉が上がるけど、まったく突進は止まらない。
車を跳ね飛ばしながら猛スピードでこちらに向かってくる。
「よけろ!」
アーロンさんが叫ぶ。あわてて左に飛んで突進ラインから外れた。
「馬鹿!そっちじゃない!」
誰かの声が聞こえた時には目の前の刃こぼれした巨大な剣が迫っていた。
よく考えれば左側に避けると右手の剣の攻撃範囲なのだ、と気づいた時にはもう遅い。
スピードはいつも通りゆっくり見えるけど……体勢が悪い。避けられない。とっさに銃身で受け止める。
「うわっ!」
銃から強烈な衝撃が伝わってきて、体が軽々と浮いた。
わずかな間があって、そのまま歩道の植え込みに突っ込む。木の折れる音がして、枝が体にチクチクと刺さった。
立ち上がろうとして、背筋が凍るような感覚が襲ってきた。冷や汗が全身に噴き出して体が震える。
当たり前の話だけど、遅く見えるからと言って当たらないわけじゃない。
避けられない体勢で巨大な刃がゆっくりと迫ってくるのを見せられるのは、むしろさっさと切られるより恐ろしい。
一瞬遅れて現実がようやく認識できた。たった今……死にかけた。
この世界にはコンティニューも、セーブも、残機設定もない。もし防げなければ……今頃僕は真っ二つになってその辺に転がっていただろう。
吐き気がこみあげてきて、とっさに口を押さえた。
「気持ちは分かるが、今は立て!」
歯を食いしばっているとアーロンさんの声が上から降ってくる。
「逃げるんだ!死にたくなければ!」
顔をあげると、
広いスペースで、馬がもたもたと方向転換している。小回りはさすがに利かないらしい。
死にたくない。
それに、死ぬわけにはいかない。ここで僕が死んだら、ここまで来たのも何の意味もなくなってしまう。
「死んでたまるか!」
思わず声が出た。
「よし、いい気合いだ……立てるか?」
「ええ、なんとか」
アーロンさんが起こしてくれる。足に力を入れて無理やり立った。
「逃げるぞ、スミト。あいつは危険だ!」
「了解!」
立ち上がると不思議と少し気持ちが落ち着いた。
首なし馬が再び嘶きをあげて棹立ちになる。首がないのになぜ声が聞こえるのか、などと思ってる場合じゃない
「
手近なセダンのドアを開けてエンジンを起動させる。3人が乗り込んできた。
「行きます!」
表参道の道は幸運にも障害物となる車が少なかった。
アクセルを床まで踏み込むと、車体がはじかれたように前に飛び出す。
「あいつは不死系の魔獣でかなりしぶとい。魔法を一点集中するくらいでないと倒せんぞ」
助手席からアーロンさんが言う。
といわれてもいったいどうやって?僕は運転中だし、走ってる車から魔法で狙い撃ちは難しそうだ。
巨大な首なし馬が地響きを立てて坂を下ってきた。蹄の音が近づいてくる。
アクセルを踏んでスピードを上げる。ただ、こちらは車をよけながら走っているけど、向こうは車も街路樹もなぎ倒しながらの突撃だ。
バックミラーに映る
「追いつかれます!」
レインさんの悲鳴のような声がバックシートから聞こえる。
このまま追いかけっこをしていたらいつか捕まる……魔法を使う時間を稼ぐためにも足を止めたいが、いったいどうやって?
「掴まって!」
神宮前交差点に突っ込み右にハンドルを切った。タイヤが音を立ててすべり、車体が斜めになる。
「きゃぁ!」
「おぉい、ひっくり返ったりしねえだろうなぁ」
レースゲームのドリフトのような動きで、車が神宮前交差点を曲がり切った。次にもう一度やったらたぶん失敗するだろう。まさに奇跡。
曲がってすぐの左前方に、大きなショーウインドウのブティックが見えた。
うまくいくかはわからないけど……もう悩んでる時間はなさそうだ。
「あの建物に入ります。入ったら車から降りて。僕が壁を作ります」
「壁ってなんだよ、おい」
「信じていいんだな?スミト」
「大丈夫です、まかせて。揺れますよ!」
フルブレーキを踏んで同時に左にハンドルを切った。バンパーが鉄の柵とぶつかってフロントガラスにひびが入る。
同時に音を立ててエアバッグが膨らんだ。顔をぶん殴られるような衝撃が来て視界が真っ白になる。
勢いのまま車がブティックに突撃した。ショーウインドウが砕ける音、棚をなぎ倒す金属音と衝撃が響く。
「止まれぇ!」
ブレーキを力いっぱい床まで踏みつける。床とタイヤがこすれあうスキール音が響き、車が店の奥でかろうじて止まった。
「無茶苦茶しやがるな、おい!」
リチャードの悪態を無視して、慌てて車を飛び出す。
「
権限外です、の表示が出たらいろいろと笑えなかったけど、そうはならなかった。
音を立てて店の前にスチールのシャッターがおりる。窓から差し込む光が消えて真っ暗になったと同時に、ギリギリのところで鉄の壁に首なし馬がぶつかった。
地震のように建物全体がゆれて、内側のガラスにひびが入る。
体から力が抜けるのが分かった。
だけど、まだ倒れるわけにはいかない。
「攻撃の準備を。最大火力で!!」
これがラストチャンスだ、おそらく。もう逃げる足がない。ここに追い詰められて乱戦になったら……全滅する。
「言われるまでもない。任せろ。
【来たれ黒狼、死を呼ぶ群れよ。荒野において慈悲は無用!牙を剥け、獲物の喉を】」
「皆さんの魔法を強化します!
【わが言霊が紡ぐは波、彼の力を水辺に広がる波紋のごとくなせ】」
「【俺の鞭は史上最速!食らっておとなしくおねんねしてな】」
「【新たな魔弾と引き換えに!狩りの魔王ザミュエルよ、彼のものを生贄に捧げる!】」
スチールのシャッターが馬の前足で紙のように蹴り破られた。
砕けたガラスの破片が飛びちって、とっさに顔を覆う。目を開けると、ひしゃげたシャッターの大きな穴越しにデュラハンの姿が見えた。今!
「死んどけ!!」
金のオーラを纏ったリチャードの鞭がうなりをあげて伸びデュラハンの胸をとらえた。黒い胸甲に大きな傷跡が残る。動きが止まった。
「食いちぎれ!ブラックハウンド!!」
続いてアーロンさんが剣を横に薙いだ。
アーロンさんの影から黒いオオカミの群れが飛び出す。オオカミが首なし馬に噛みつき、馬が悲鳴を上げた。
「焼き尽くせ!
最後に僕の銃口から放たれた光弾がデュラハンに命中した。
巨大な火球が炸裂して、
巨体が向こうの通りまで吹き飛び、止まっていた車にぶち当たった。一瞬ののちに車のガソリンが引火し爆炎を噴き上げる。手応えあった。
バチバチと燃え盛る炎に包まれて馬は倒れて動かない。
だけど、炎の中でまだ騎士本体が動いている。信じられないことに、剣を杖にして立ち上がろうとしていた。
まだ戦えるのか、こいつは。まさに化け物だ。
「魔法はもう打ち止めだ」
「しゃあねぇ、だったら死ぬまで殴り続けてやるさ」
アーロンさんが剣を、リチャードが鞭を構える。気力がつきかけているけど、僕も銃剣を構えた。
火に包まれたまま立ち上がったデュラハンがよろめくように一歩踏み出す。
そこで、その膝ががくりと折れ、きしみ音を立てながらそのまま地面に倒れ伏した。
息を詰めて見守る僕らの前でもう見慣れた黒い渦が現れ、デュラハンの残骸を吸い込んでいく。
そして、あとにはあの蜘蛛よりかなり大きめのコアクリスタルが浮かんでいた。
……倒した。
「よっしゃ、やったぜ」
「さすがにくたばったな」
「危ないところでした」
安心したらどっと疲れが出た。
「急いで逃げるぞ。もう一体きたらさすがにもたん」
アーロンさんが言う。
そうだ、もう時間がない。間に合わなければこの苦労も意味がない。
一刻も早くもどらないと。
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