第9話 西武渋谷店一階で二人の奴隷を借りる。

 アーロンさんは、人を雇うなら青い看板の出ている城に行け、といった。

 この近くで青い看板がでている城といえば西武だろう、たぶん。井之頭通りをマルイに向かうように歩いていく。


 スクランブル交差点の近く一帯は探索者の街のようになっているようで、通りを異世界の住人ですって感じの人たちが行きかっている。

 通り沿いのブティックとかはドアが取り外され、ちょっとした食事を出す店や防具や雑貨らしきものを売っている店とかに入れ替わっていた。


 西武渋谷店A館の一階をガラス越しに覗くと、そこはおそらくこの世界にきて探索者がとってきたものの集める場になっているようだった。

 酒とか食料品、衣服とかが置かれ、何人かの人がそれを整理している。

 ということは奴隷商とやらは西武渋谷館の方か。



 西武渋谷店にはそう間もなく辿り着いた。ガラスの自動ドアはとりはずされ、代わりに木の引き戸になっている。

 あまり来ることはなかったけど、西武渋谷店の一階は銀行だったと思う。

 実際にそれらしいカウンターと、おそらくそのまま置かれているっぽいソファとかが面影を残している。


 カウンター内の机とかは撤去されていた。

 カウンターの中には20人ほどの種族も性別も異なる人達がいる。それぞれカードゲームらしきものに興じていたり、何か話したりしている。

 奴隷商というと、鉄の檻に首輪と手かせをつけた人間を押し込めるってかんじの、なんというか悲惨なイメージがあったけど、これはなんというか、単なる待合室のようだ。


 カウンターの前には机が置いてあって、30くらいの黒髪の男が何か書き物をしていた。横にはきれいな黒髪の女の人が立っている。秘書か何かって感じだ。

 女の人が僕を見て男に耳打ちして、男が立ち上がって礼儀正しく頭を下げた。


「いらっしゃいませ。お客様。今日はどのようなご用件でしょうか?」

 

 折り目正しいはっきりした口調だ。デキるビジネスマンっぽい。


「……アーロンさんって方の紹介で来たんですけど」


 名前を出すと、男のちょっと硬い表情が崩れて笑みが浮かんだ。


「アーロン様のご紹介ですか。それはようこそ。

わたくしは奴隷商のアルドと申します。以後お見知りおきください」

「僕はカザマスミトといいます。よろしく。アーロンさんを知ってるんですか?」


「もちろん。探索者としても知っておりますが。

もうお会いになったかもしれませんが、レインをうちでお買い上げいただきましたので」


 なるほど。そういう縁なのか。


「僕はまだパーティを組んでないので、ここで誰か仲間を雇えと言われたんですが」


「なるほど。パーティを組んでおられないということは、まだ探索者になられて日が浅い、ということでしょうか?それとも仲間を亡くされた、とか?」


「日が浅い、の方です」

「そうですか。

経験が浅いのでしたら、頼れる前衛をお勧めします。ティト!こちらへ」


 アルドが声をかけると、カウンターの向こうで見上げるような大男が立ち上がった。文字通り見上げるような。身長は3メートルを超えていそうだ。巨人族ってやつでしょうか?

 岩を切り出したかのような精悍な顔立ちで頭からは短めの角が生えている。上半身は裸で、分厚い革のベルトのようなものを肩にかけている。小山のような筋肉の威圧感が半端ない。

 この人はスロット武器なんてなくてもちょっとした魔獣ならひねりつぶせそうだな。


「ティターン族のティトです。私の持っている奴隷の前衛では最も優秀ですね」

「小さい兄ちゃん、俺を雇いな。俺は役に立つぜぇ」


 体に見合った唸るような大声だ。うん、すごく役に立つだろうね。見ればわかる。

 ただ、今回は僕が前衛をやって腕試しをするのが目的だ。強力無比な前衛仲間が敵を一掃して、僕は見ているだけでした、では意味がない。


「前衛より後衛のほうがいいんです。前衛は僕がやりますんで」

「前衛のほうが危険ですが大丈夫ですか?

経験が浅い方はリスク回避のために前衛を雇う人が多いですよ」


 それも一理ある。

 それでも、今回は回復とか支援系の魔法を使えるようなタイプの方がありがたい。


「後衛でいいです。あと、すみません、安いほうがいいです。お恥ずかしいですがあんまりお金ないんで」

「いえいえ、経験が浅い方でしたら仕方ないことですよ。

安いのでしたら……セリエ!来なさい」


 ティトと入れ替わりできたのは、白のエプロン風の飾りに黒のロングスカートの、どことなくメイド衣装を思わせる衣装をきた女の子だった。

 顎くらいで切りそろえた栗色の短めの巻き毛に、同じような栗色の瞳。そして犬か何かのような耳を生やしてる。獣人だ。ゲームの中でしか見たことないけど、リアルでみるとかわいい。


 身長は160センチ後半というところか。ほんわかとやわらかい印象だけど、勝気そうな目に宿る光は強い。

 全体的にタイトな感じのメイド衣装だから上半身のラインがはっきり出ている。細いウェストと大きすぎない形良い胸が見えた。

 個人的には大きすぎないところはむしろポイントが高いと思う。バランスは大事。


「この者は回復魔法、攻撃魔法、支援魔法と、一通り後衛としての魔法を修得しています。

ただし物理的な戦闘能力は低いのでお客様が守らなくてはいけませんが」


 話だけ聞くとかなり優秀な後衛に思えるけど。しかし安いというのには理由があるはずだ。


「でも、なんで安いんです?弱いんですか?」


 と思わず本人の前で口に出したのは失礼だった。

 セリエと呼ばれた犬耳女の子の顔が引きつる。


「そうではありません。

そもそも後衛は前衛が守ることが前提となります。そのため、危険な前衛より後衛はお安くなるのです。それと彼女は少し特殊でして」


 淡々と説明してくれながらアルドがセリエの後ろを指さす。そこには小さな、たぶん12歳くらいの女の子が隠れるように寄り添っていた。

 輝くような金の髪に透き通るような白い肌。頬は紅を指したようにほんのり赤く、かわいらしい顔だちだ。

 地味目のワンピースを着ているけれど、ドレスでも着せればどこかのお嬢様で通るだろう。


「彼女達は希望により二人ペアです。

しかし、このもう一人のユーカにはスロットはありますが戦闘能力がありません。

つまり完全に一人を守って戦うことになります。

ただし供託金は二人分いただきます。その分貸出料はお安くしております」


 なるほど。お荷物を抱えて戦うからという理屈か。

 怪我をさせたら保証金を取られる、という点では足手纏いがいるのはマイナスだ。


「料金は?」

「1日200エキュトとなっております。供託金は二人で1000エキュトを頂きます」


 2日で400エキュト。どうなんだろう。高いのかどうなのか、判別がつかない。


「ほかの後衛タイプだとどうなりますか?」

「最低でも300エキュトからですね。そのかわり供託金は600エキュトです」


 今の手持ちが2000エキュト。宿は10日後に後払いにしてくれたが600エキュトらしい。食事のことも考えると余裕は余りない。しかし異世界で探索者になってもやりくりに苦しむとは、なんと世知辛い。


「念のために聞きますけど、供託金は返金されるんですよね?」

「無事にお帰りになられましたらお返しします」


「じゃあ2日間お借りします。あわせて1400エキュトでいいですか?」

「それで結構です。ではお支払いを」


 懐に入れていた紙束を出す。

 これはアーロンさんによると一枚100エキュトの価値があり探索者ギルドに行けば金貨とかに変えてくれるらしい。20枚のうち14枚を渡す。


「では契約成立です。

貸出期間は2日間で、明日の日が沈むまでとします。供託金は奴隷に重大な怪我等が無い場合はお返しします」

「はい」


「奴隷が大きな傷を負った場合は、供託金没収の上で追加との支払いを頂きます。

この場合は二人なので1人に対して損害が生じても同様です」

「え?」


 思いもかけない話が出てきた。 


「死亡の場合は、お客様の買い取り扱いとさせていただきます。ご注意ください」


 追加負担の話は聞いてなかった。でも言われてみれば当たり前か。

 でも、何かあれば支払えない僕が奴隷行きになりそうだ。


「用途は戦闘補助に限定しますか?」

「戦闘補助以外に何かあるの?」


「ええ。ありますよ。女性ですから。男性をお求めの方もおられますが」


 ああ……なるほど。いろいろ察した。2日間、というならそういう用途もあるわけだ。


「戦闘補助でいいです、そういうつもりはないんで」

「料金は割増にはなりませんが構いませんか?」


 改めてセリエを見る。

 白いリボンで締めた華奢な腰つきとやわらかい曲線の胸は個人的には好みだ。ロングスカートで足が見えないのは残念。

 一瞬心が揺れたけど……ここは見栄を張っておこう。


「いいです」

「わかりました。では。セリエ、ユーカ、こちらへ」


 2人がカウンターの中から出てくる。

 淡々と、という感じでアルドが何かを口の中でつぶやくと、セリエとユーカの首に黒いチョーカーのようなラインが浮かび上がった。


「契約は完了しました。これで二人はスミト様の命令を聞きます。

ではご無事で明日の夜にお会いできますよう」


 簡単なもんだ。これも魔法とかスロット能力の一種なんだろうか。

 二人が一度カウンターの奥に下がっていく。

 しかし、ここまでのやりとりを見ている限り、奴隷商というより傭兵斡旋とか探索者派遣業に近い気がする。


「ところで、いくつか聞いていいですか?今の話とは関係ないんですけど」

「なんなりと」


「これだけたくさん奴隷がいて、縛ったり閉じ込めたりとかしてなくて、大丈夫なんですか?」


 失礼ながらアルドさんもどう見ても強そうには見えない。

 それにどれだけ強くとも、20人からの奴隷に一斉に襲われたら勝ち目はないだろう。スロット能力は肉体的な強さとはあまり関係ないにしても。

 正直言って鎖で縛られてる奴隷とか、想像するだけで気が滅入るので、そういうのを見ずに済んだのは有り難いけど、その点は疑問だ。


「我々奴隷商は、制約コンストレインというスキルをセットしています。

これは相手に言うことを3つまで聞かせる能力です。

今はこの建物から出ないこと、スロットを使用しないこと、他人に危害を加えないこと、としています。

貸出を行うときは、他人に危害を加えないこと、貸出先の命令に背かないこと、それに反しない範囲で自分を身を守ることです」


 なるほど。そういうスロット能力なわけか。

 僕の管理者アドミニストレーターみたいなものか。納得した。


「もう一つ。あの女の子、連れて行かずにここにいたほうがいいんじゃないですか?」

「ユーカですね。私もそのほうが安全だとは思うのですが。

セリエはちょっと特殊な事情で奴隷になっておりまして、彼女の希望が常にユーカといること、なのです。

離れている間に私が売ってしまうことを警戒しているのかもしれません」


 アルドさんが苦笑いしながら肩をすくめる。


「そうですか。変な質問に答えてくれてありがとう」

「いえ。お気になさらず」


 そんなやり取りをしているうちに、セリエとユーカが支度を整えて出てきていた。

 セリエはさっきと変わらない白黒のロングスカートのメイド衣装っぽいもの。ユーカはワンピースから動きやすそうな短めのワンピースにキュロットスカートのような衣装に変わっている。

 ユーカはセリエの後ろに隠れるように立っている。警戒されてるな。


「じゃあ行こうか?」


 2人は素直についていた。西武の外に出る。

 さて、腕試しはどこがいいのか。


 アーロンさんから聞いたところによると、渋谷駅近郊は探索者によって制圧されているため魔獣は現れず、渋谷駅から離れるとだんだん危険が増す、ということだったけど。


 新宿は結構危険という話だったし、とりあえず目立たないところで車を動かして、原宿か恵比寿あたりに行ってみることにしよう。

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