第10話 恵比寿駅前でオーガと戦う。
西武を出て、坂を上るようにしてパルコの方に歩く。さて、どこかに使えそうな車はないものか。
「少し歩くよ。いいかな?」
「構いません。それより用途は戦闘補助限定でよかったのですか?いつものことですし、私は気にしませんけど」
ヨコシマオーラは察されていたらしい。あれだけじろじろみればまあ仕方ない。
「いったい何のことを言っているのかな?」
「男なんてそんなものですから。無理をしなくてもいいんですよ」
冷たい目で僕を見ながらセリエが言う。
愛想のかけらもない発言だ。なんか腹立つ。
「なに、じゃあそういうのしてほしかったわけ?」
「いいえ、結構です!
ところで、万が一のことがありましたら、私のことは見捨ててくださって構いません。
お嬢様のことだけは助けてくださいますよう。失礼ながら貴方様はあまり強そうには見えませんので」
強そうに見えないとか、手厳しいお言葉が飛んできた。そういえばさっき強そうに見えないとか失礼なことも言ったし、仕返しか。
まあ見た目は現代日本のサラリーマンだし、強そうに見えないのは仕方ないと思う。
そんなことを言っているうちにスペイン坂の路地で国産の高級ミニバンを見つけた。
普通なら迷惑駐車っぽい止め方だけど、今は目立たないところに止めてくれてありがとう、という感じだ。これなら広いし乗り心地もいいだろう。
車に手を触れる
「
>・動力復旧
表示はこれだけだった。
車に対する
「
唱えると車が少し揺れ、エンジンがかかった。
レバーを引いてスライドドアを開け、僕は運転席側に回る。高級ミニバンだけあって内装は豪華でシートの座り心地もいい。
「じゃあ乗って」
「これはあなたの物なのですか?なぜ動かせるんです?」
2人がおっかなびっくりという感じで2列目シートに乗り込んでくる。
「まあその話はあとで。じゃあ行くよ」
ドアロックを確認して、アクセルを踏むと車が走り出した。とりあえず松濤を抜けて317号線にでる。
恵比寿に行くことにしたけど、あまり渋谷駅に近いところを走って車を目撃されるのもまずい。首都高環状線に出て中目黒あたりを経由するのがいいだろうか。
「すごいね、セリエ!これ、馬が引かなくても走ってるよ。不思議だね!」
後ろの席ではユーカがはしゃいでいる。
乗り物好き、というのは子供の本能かもしれない。ずっと沈んだ顔で警戒をされてても気が滅入るので、喜んでくれるのはなんかうれしい。
奴隷と主人という関係で、2日間だけの期間とはいえ、どうせなら楽しく過ごせるほうがいいに決まってる。
「ところで、君たちの能力というかスキルを教えてほしい。僕のスキルは今のところは武器での戦闘と、この
「……この乗り物を動かしているのが、その
「まあそんなところだね」
「聞いたこともないスキルですが……」
セリエが訝し気な口調で言う。
「ギルドでもかなり珍しいスキルだって言われたよ。それより……」
「はい、私のスロットの主なものは魔法スロット、回復スロット、特殊スロットです。
単体への攻撃魔法、単体への回復魔法と解毒、あとは
申し訳ありませんが武器を使った戦闘ではお力にはなれません」
回復が出来て、防御強化が出来て攻撃魔法が使えるなら十分だ。他者の魔法強化は僕が魔法を使えなければ無意味だな。
そういえば魔法スロットにもなにかセットしたはずだけど、使ってないことに気付いた。
「そっちのユーカちゃんはスロット持ってるんでしょ?」
「持っております!
でも、お嬢様の分も私が戦います!それで構わないはずでしょう!」
突然セリエの口調がとげとげしくなった。
「聞いてみただけで、戦ってほしいとか思ったわけじゃないよ。ごめん」
首都高の高架をくぐると少し道幅が広くなった。止まっている車をよけながら走るのでスピードが出しにくい。
「貴方様は魔法は使えないのですか?」
「スロットはあって、セットもしているけど使い方がわからないんだ。教えてくれるとありがたい」
実はホテルであの紙を使って、空きスロットにもう一つスピードと射程重視の魔法をセットしてみたものの、まったく使えなかった。
スロット設定とかあまりにゲーム的だったけど、使う方はどうもスロットにセットすればボタン一つで使えます的なラクチンなものではないらしい。
後部座席から身を乗り出したセリエがあきれた、という顔で僕を見る。
「貴方様は本当に探索者なのでしょうね?」
「さっきも言ったけど、駆け出しなんだよ。色々と教えてくれるとありがたいね」
「魔法は、どのような魔法かを自分でイメージできなければ使うことはできません。
スロットにセットするのは前提条件で、それを使いこなすのは本人です」
そんなことも知らないのか?という感じの口調だ。
なるほど。どういうものかを自分でイメージしていないといけない、か。
「呪文はとなえないといけないものなの?」
「必ずしもそういうわけではありません。
ただ、口に出すことでイメージを固めやすくなりますので。人それぞれですが呪文の詠唱をおこなうものがほとんどです」
口に出すことには意味があるというのは一理ある。呪文を唱えるのもルーチンの一つなんだろう。
ということは、僕も魔法を使うときは、自分でイメージした中二病っぽい呪文を唱えるのか……うん、恥ずかしさはどこかに捨てよう。開き直りは大事だ。
僕が質問をやめると、セリエは何も話しかけてくれない。沈黙は気まずいから勘弁してほしい。
ユーカのはしゃぐ声があるのが幸いだった。
◆
「さて、到着」
車がJR恵比寿駅前のロータリーに滑り込む。
普段は賑やかなはずの恵比寿駅前も今は誰もおらず静かなものだった。タクシーが一台、ぽつんと止まっている。
「じゃあまずはちょっとテストをしたいんで。武器を出してもらえる?」
僕も銃剣を出してセリエに声をかける。
「わかりましたが…何をされるので?
セリエが出した武器は身長くらいの長さのあるブラシだった。
確かスロットの武器は変更できない、最初にイメージによる、という話だったけど。何を思ってブラシにしたのか聞いてみたい。
「なにか言いたいことでも?」
「いえ、なんでも」
でも聞ける雰囲気ではなかった。
メイドだからお掃除用具なんだろう、と思うことにする。
「まずはそれで僕を攻撃してほしい。思い切り」
「……何を言っておられるんですか?」
あの蜘蛛の攻撃が遅く見えたのは、あの時だけ起きた偶然なのか、それともあれは僕のスロットにセットしたスキルとかの効果なのか。今一番確認したいのはそれだ。
「いいから。手を抜かれるとテストにならないから、全力でよろしく」
「貴方様がやれというならやりますが……」
なんか昨日も似たようなことを言ったな。
まあ武器を取っての戦いは苦手、というくらいだし、万が一避けられなくても死ぬことはないだろう、たぶん。
セリエがブラシを槍のように構えた。僕も銃剣を構える。
「行きますよ!」
「いつでもどうぞ」
「やあっ!!」
セリエが気合の声を上げて踏み込み、ブラシを振り回してくる。
どうなるか不安だったけど、昨日と同じだった。ブラシは、あの時の蜘蛛の脚と同じように、ゆっくりと迫ってくる。
自分以外がスローモーションで動いているような感覚。あの時だけの偶然とかではなかったのは本当に一安心だ。
ゆっくりと迫ってきたブラシの先端を姿勢を少し下げてかわす。セリエが驚いたような表情を浮かべるのが分かった。
振りぬいたブラシをもう一度振り回してきたけど、それも余裕をもって避け、ブラシを銃床ではじいた。
そんなに力を入れたつもりではなかったのだけど、セリエがバランスを崩して倒れる。
「あっ、ごめん。大丈夫?」
「……大丈夫です」
手を差し出したが一人で立たれた。そんなつんけんしなくてもいいだろうに。無視されると悲しいぞ。
セリエが立ち上がり何か色々と言いたげにこちらを見ている。
「あのさ、ちょっと聞いていいかな?」
「どうぞ」
「前に魔獣と戦った時も、今もすごく攻撃がゆっくり見えたんだけど、何でか分かる?」
あの時だけの特殊現象じゃなかったのはいいけど、理由がわからないのはちょっと気持ちがよくない。
セリエが考え込む。
「……スロット武器の威力や速さは、攻防スロットにセットしたスピードやパワーに依存します。
貴方様の攻防スロットのスピードがいくつかは存じませんが、そこをかなり高くされたのではないでしょうか」
なるほど、そういうことね。
アラクネとの戦いを見ながらセットしたからいくつにしたかは覚えてないけど、スピード重視で行こう、とか思ったのは覚えてる。結果としてみれば正解だった。
まあいいや。これならいけそうだ。次は魔獣と戦ってみよう。
◆
「魔獣ってのはどうやって現れるものなの?」
まわりの街並みをみても、変なモンスターが街を破壊しました、という雰囲気はない。
人がいないことを除けば見慣れた恵比寿駅前だ。モンスターがうろついているのなら、もっと荒れていても不思議ではないのだけど。
「貴方様は本当に探索者なんですか?」
同じことを二度言われてるな。
「いろいろと事情があるんだよ。教えてくれる?」
セリエがやれやれって感じで首を振って、ため息をついて話し始める。
「魔獣は異界の生物であり、ゲートを開けて現れます。ゲートのこちら側で活動できる時間は種類によって異なるようですが、正確な記録はありません。
こちらの世界の魔力を奪いに来ている、と考えられています。
ドラゴンやヴァンパイアのような高位の魔獣は永続的、というレベルで我々の世界にとどまっていますし、知性のない獣のような下位の魔獣は、退治されなければ数日でいなくなります」
なるほど。
「ゲートがいつ、どこで開くかははっきりとは分かっていませんが、ある程度傾向はあります。ゲートが開きやすい場所には封印がなされます」
渋谷駅前は封印がされているからゲートが開かない、つまり安全、ということか。
まあよそから歩いて来たり飛んで来たりする魔獣もいるから絶対安全ではないんだろうけど。
「ゲートが開くときは……」
セリエの説明が続いているときに、ロータリーから伸びる路地の方でバチッと電気がはじけるような音がした。
そっちに目をやると、ビルの屋上の向こう側に黒い稲妻のようなものが見える。
「あのようになりまして、ゲートの向こうから魔獣が現れます」
「落ち着いて言ってるけど、つまり魔獣が来るってこと?」
「その通りです。私は魔法で援護します。
前衛はあなた様がやってくださるということでよろしいのですよね?」
「大丈夫。まかせて」
さっきの感じならいけるだろう、いきなりドラゴンとか出てきたら無理だけど。
稲妻のようなものが消え、ズシンズシンという足音が響いてきた。デカい魔獣なことはわかった。さて何が出てくるか。息を詰めて待ち構える。
おもむろに通りの角から現れたのはビルの3階くらいの高さの3体の巨人だった。
ロータリー入り口のタクシーがバキバキと踏みつぶされ、巨体にぶつかった街灯がへし折れる。手にはごつごつした木の棍棒を握りしめている。
「あれはオーガです。魔法は使いませんがパワーはあります。
「よろしく!」
銃剣を構えて前に進み出る。
「【彼の者の身にまとう鎧は金剛の如く、仇なす刃を退けるものなり。斯く成せ】」
呪文が終わると青白い光が僕の体にまといついた。
新宿でレインさんが使っていたのと似ているが、呪文は違う。別物なのかどうかは後で聞こう。
一体目が足音を立ててこちらに向かってきて棍棒を振り降ろしてくる。ゆっくりと。
余裕で横に飛んで避けて膝を銃床でぶん殴った。堅い手ごたえがして、オーガが呻き声をあげて膝をつく。
体勢が崩れたところで銃剣で首筋をつく。さっくりと切っ先が突き刺さり、どす黒い血が噴き出した。
二体目は棍棒を横なぎに振り回してきた。懐に飛び込むと銃剣で無防備な手首に突きを入れる。オーガが悲鳴のような声を上げて棍棒を取り落とした。
銃をくるりと回して射撃姿勢を取る。
「【貫け!
恥ずかしいなどと思ってはいけない。銃弾を撃つイメージを頭に描いてトリガーを引く。
イメージ通り銃口から黒い弾丸が飛び出して、オーガの額をうちぬいた。額から血を噴き出しながらオーガーがあおむけに倒れる。
初めての魔法に感動する間もない。次は三体目。
「【黒の世界より来るものは、白き光で無に帰るものなり、斯く成せ】」
セリエの声が聞こえると同時に、白い帯のようなものが伸び三体目のオーガの腕に絡みついた。帯が白く輝き、一瞬の間をおいて帯が巻き付いた部分が掻き消えた。オーガの腕がぼとりと落ちる。
これが攻撃魔法か。
一歩踏み込んで銃剣を胸の心臓っぽいあたりに突き刺す。オーガの巨体がゆれ、そのまま地面に倒れこんだ。
見守っていると、あの蜘蛛の時のように黒い渦が現れオーガの死体が吸いこまれていく。
後には握りこぶしより少し小さいサイズのコアクリスタルが残された。あの蜘蛛に比べると小さい。やっぱり大きい方がいいんだろうな。
とりあえず戦利品だ。頂いておこう。
オーガってのがどのくらい強いはわからないけど、ほぼ瞬殺だった。ちょっと自信がつくな。
「お見事でした」
「すごいね!お兄ちゃん、強いんだね」
セリエが、意外に強いんですね、見直しました、という顔で迎えてくれる。あからさますぎるので、もう少し隠してほしい。
一方で、ユーカはシンプルに感心した表情だ。やっぱり、シンプルに称賛される方がうれしいよ、ツンケンされるよりは。
「オーガって強いの?」
「スロット使いが相手にする分には弱くはない、という程度です」
「アラクネってのとくらべると?」
「比較になりません。それなりに経験がある探索者であれば単独でもオーガにおくれをとることはないでしょうが。アラクネは動きが速いうえに、糸や毒を使います。単独で挑むにはかなり危険な相手です」
ダメージを受けていたアラクネ、あまり強くないらしいオーガは一人で圧倒できた。
まだ自分の強さがどの程度か分からないけど、とりあえず即魔獣の餌にはならない程度ではあることに安心した。
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