第8話 スタバのカウンターで探索者ギルドに登録し、ビジネスホテルで管理者のスキルを学ぶ。

 朝起きたらベッドに寝ていて、見知らぬ白い天井が見えた。カーテン越しに窓から光が差し込んでいる。

 病院か、と思ったけど周りをみわたすと、テーブル、テレビ、電球、白いカーテンと、典型的なビジネスホテルの一間だった。鏡だけが取り外されている。

 枕もとの電気のスイッチを押したけど、電気はつかなかった。 


 昨日何があったかを考えたけど……途中から思い出せない。飲みすぎて記憶がすっ飛んだらしい。

 電気はついていなくて、天井からランプがつるされている。

 服は丁寧にたたまれて机の上に置かれていて、僕は下着にバスローブのようなものを着せられていた。

 誰がこうしてくれたのか…それは気にしないことにした。


 服の上に置かれた腕時計を見ると朝3時を指しているけど、部屋に差し込んでくる光の明るさは、もう日が昇っていることを示していた。

 枕元にはご丁寧に水差しが置いてあったので、グラスに注いで一杯飲む。

 水差しには一枚メモが挟まっていた。


「起きたら下りてこい。ホールで待つ」


 ああ、昨日のあれは夢じゃなかったわけだ。窓の外を見ると、スクランブル交差点を覆う天幕が見える。うん、やはり現実だ。 

 そういえば不思議なことに、メモは日本語でないのに読めるし、昨日も話はできた。

 これも不思議だけど、あの少年の転職時のサービスだと思うことにした。



 エレベーターはもちろん動かないので、階段で下に降りた。

 ホテルのロビーではアーロンさんたちが旅支度をしていた。装備を整え、大きな荷物を背中に担いでいる。


「起きたか、スミト。いい飲みっぷりだったぞ」

「何処かへ行くんですか?」


 昨日の件は色々気まずいので、その点には触れてほしくないところだ。


「すまんが俺たちは一度ガルフブルグに戻らにゃならん。仲間や家族もあっちに残しているんでな。それを言おうと思ってな」

「出稼ぎみたいですね」


「まあそんなところだ。4日後にまた戻ってくる。

昨日の2000エキュトがあればその間は余裕で暮らせると思うから、待っていてくれるか?」

「ガルフブルグに来たければ一緒に連れてってやろうか?どうだ?」


 リチャードが誘ってくれる。

 剣と魔法のファンタジー異世界を見てみるのもいいけど、いまはこっちでいいかな。


「それはいいです。それより僕としてはこの世界を見てみたいんですけどね」

「見てみるってのは……魔獣と戦うとか、そういうのも含めてか?」


「そのつもりです」


 探索者になるとして、そうなれば魔獣とかと戦うこともあるだろう。自分がどのくらい戦えるのかを知っておきたい。

 あの蜘蛛のモンスターの攻撃はスローに見えたけど、あれはアドレナリンが出まくっていたあの時だけの偶然の産物なのか、それとも僕のスロットとやらの力なのか。

 自分を知らないとどう進むべきかもわからない。


「まあそう言うだろうと思ったよ。まあ近場で少しやってみるといい。ただし」

「ただし?」


「ソロはやめとけ。かならず誰かを雇っていくんだ。

何処かのパーティに混ぜてもらってもいいが、自分の腕試しというなら、誰かを雇って近場でやるほうがいいだろう」

「近場でも一人は危険ですか?」


 アーロンさんが首を振る。


「お前がこっちでどういう仕事をしていたのか知らんが、一度も仲間の助けを受けたことは無かったか?

お前がどんなに強くても、傷を負うことはある。一人でいればそれが致命的になることもある。魔獣との戦いは負ければ死、だ。

それにお前は強くっても経験が足りない。

悪いことは言わん。先輩からの忠告だ、聞いておけ」


 いちいちごもっともで返す言葉がない。ただ疑問もある。


「雇うってどこでです?」


 派遣会社に電話を入れたら戦士が派遣されてくる、なんてことはいくら何でもないだろう。


「青い看板の巨大な城の1階に奴隷商がいる。そこで短期契約で雇え。

アーロンの紹介だ、と言えば悪いようにはしないだろう」


 そういうシステムがあるのか。でも、短期契約で奴隷を雇うって、なんかブラック派遣会社のように聞こえるんですが。


「それと探索者ギルドで探索者の登録をしておけ。

昨日話は通しておいた。受付に行けば対応してくれるだろう。

じゃあな。五日後に会おう」

「あんまり無茶するなよ、スミト」

「ご武運を。用心してくださいね」


 そう言い残すと3人はホテルを出て行った。

 さて、まずは登録とやらをしてみるか。



「ようこそ、探索者ギルドへ。

アーロンさんから話は聞いています。カザマスミト様ですね?」


 元スタバのカウンターの向こうにいる人間の女の子がにっこりとわらいかけてくれた。多分、人間だ。少なくとも獣耳は生えてない。


「ちょっと特殊な事情でギルドに登録されておられない、と伺ってます。

探索者ギルドの説明もするように、と。それでよろしいですか?」

「はい、お願いします」


 昨日の話を聞くに、ガルフブルグからこちらに来れる人はそれなりに腕の立つ探索者だけのはずだ。なので、探索者ギルドのことを知らない人間は本来はありえない。

 それに、僕の格好は昨日のままの黒のストライプのスーツ上下に白のワイシャツで姿かたちも、他から見れば相当におかしい。


 根掘り葉掘り聞かれても不思議ではないのにそれでも問題ないのは、アーロンさんの貫禄なんだろう。

 ただ、口は出さないけど視線は興味津々という感じで、何となく痛い。


「探索者ギルドは、魔獣を狩ったり、遺跡探索により遺物を見つけるなどをする探索者の活動を支援するための組織です。

パーティ編成の仲介、コアクリスタルの買い取りや探索の結果の宝物の買い取り、希望があれば売り先の商人の斡旋などを行っています。

登録に当たって、お名前、種族、性別、年齢、スロット武器を教えてください」

「えーと。カザマスミト、人間、男性、25才、武器は銃剣です」


「銃剣?ですか?」


 銃剣ではわからないらしい。文明レベル的に銃がないんだろう、と気づいた。


「槍です、そんなもんです」

「ちょっと見せてもらえますか?」


 見せる……たしかこうだっけ。

 昨日と同じように叫ぼうと思って一瞬躊躇した。これで出てこなかったらあまりにも寒すぎる。でもここで固まってるわけにもいかない。 

 大きく息を吸い込んで手を上に伸ばす。

 

発現マテリアライズ!」


 ちょっとドキドキだったけど。昨日と同じように光が空中にあつまり、長い銃が空中に表れた。ふっと落ちてきた銃を掴む。


「こんなのです」

「へぇ。面白いですね。

不思議な細工が入ってますし、レバーみたいなのがついてますし、刃の取り付けも普通の槍とは違いますね。

これは……ガルフブルグでは見かけませんが……あなたの故国の武器なんですか?」


「そんなところです」

「なるほど。では槍の一種として登録させていただきます」


 確かスロット武器は変更できない、という話だったから本人認証につかえるわけか。


 お姉さんが帳面にボールペンで何かを書きつけていく。ボールペンか……

 僕の視線に気づいたのかこちらを見てペンを得意げにかざした。


「これはこちらの世界で発見された筆です。インク壺にいちいち先を浸す必要がないので重宝してるんですよ。

此方から持ち込まれたものがガルフブルグでも少しずつ使わわれているそうですが、見たことはないですか?」

「いやー、ないですね」


 心の中で、こっちでは毎日見てたけどな、とつぶやく。

 ガルフブルグの文明レベルが、ファンタジーで定番の中世ヨーロッパくらいなら、紙は貴重品だろうし、何か書くのも羽根ペンとかのはずだ。

 現代レベルの文房具はそれとは比較にならないくらい便利だろう。

 お姉さんが書類を書き、ハンコを押すのを黙って見守る。


「はい。これで登録は完了しました。

ガルフブルグに戻られても、ここ塔の廃墟でも、貴方の名前を言っていただければギルドの恩恵を受けられます。

コアクリスタルの買い取りはギルド員でなくてはいけません。

またギルドではメンバーの実績に応じて、同じような実績のパーティへの紹介も行っています。

なにかご質問はありますか?」


 色々知りたいことはあるが、まず知りたいのはこの管理者アドミニストレーターなるスキルのことだ。


管理者アドミニストレーターってスキルは知ってますか?」

「……聞いたことはあります。かなり珍しいスキルですね」


 すこし首を傾げて考え込んだギルド員さんが教えてくれる。アーロンさんは知らなかったけど、この人は知っているらしい。

 ということは超レアスキルとか、僕だけの固有スキルとか、そういうのではないようだ。


「どういうものなんです?」

「記録が少ないので正確なところはわかりませんが、遺物を使うためのスキル、といわれています」


 遺物を使うスキル……というのも随分と漠然としている。そもそも遺物ってなんだろう。


「珍しいスキルなんですか?」

「かなり。今までのギルドメンバーでも取得したものは10人にも満たないと聞いています」


「なんでですか?」

「理由は確か2つあったと記憶しています。一つは習得のためにはかなり高いスロットが必要なことです」


 たしかに僕も問答無用でスロット3つを連結させて、勝手に取らされたスキルだ。総数17。スロット6が高いというなら、17は相当だろう。


「もう一つは使いどころが難しいことです。

遺物を使うためのスキルですから、そもそも遺物がないと効果を発揮できません。スロットの枠を取ることを考えると、他のスキルをセットする方が実戦的なのです」


 ということは、僕は使い出のないスキルを押し付けられた、ということだろうか。

 車は動かせたし、それはそれでここでは大きなアドバンテージだけど、それだけでは……ひっそりと落ち込んでしまう。


「ということで、取ってはみたものの全然使い道がなかった気の毒な探索者もいたようです」


 と事務的な口調で説明して、ひっそり沈んでる僕に気付いたらしい。


「ただし、使えないスキル、というわけではありませんよ。

かなり以前の探索者で、遺物のゴーレムを使役して英雄になったものもいます。その人は10体近いゴーレムを同時に操ったそうですよ。

打ち捨てられた古代の城郭を支配して領主に上り詰めた人もいます。管理者アドミニストレーターは子供には引き継がれなかったらしく、領主としてはその方一代で終わってしまったそうですが」

 

 フォローするように色々と付け加えてくれた。

 古代の城まで支配下に置けたのか……というところで、一つ思いついた。


「ありがとう。今後ともよろしく!」


 慌ててスタバを出て、ホテルまで駆け戻った。



 フロントに断りを入れてホテルの部屋に戻った。戻ったのはいいけど、そもそもどうすればスキルを使えるのか。こんな感じかな?


管理者アドミニストレーター起動オン!」


 唱えると前の時のように目の前に文字が現れた。成功だ。

 自動車もそうだし、このビル自体が管理者アドミニストレーターのスキル的に遺物扱いなのだ。

 とすればおそらくほかのビルや施設でも使える。これは……この世界ではかなり役に立つスキルかもしれない。この世界自体が丸ごと遺物のようなもんだ。


>第三階層 権限範囲

>・電源復旧(範囲限定)

>・同階層地図表示

>・防災設備復旧(範囲限定)


 3つできることがあるらしい。まずは…


同階層地図フロアマップ表示インディケイション


 唱えると、僕の目の前にホテルのその階の地図が浮かび上がった。

 平面図かと思ったが、ちょっとイメージすると3Dマップのようにくるくると回転する。これは結構面白い。

 今はあまり意味がないけど、どこかを捜索するときは便利だろう。


 さて次は……


電源復旧パワーレストレイション


 唱えると、ふっと体から力が抜ける感覚があった。車を動かしたときにも感じた感覚だ。今ならこの感覚が何だかわかる。これはいわゆるMPを消費したってやつだ。

 一瞬の間があって、部屋の中が明るくなった。


 天井やスタンドの電気がついている。電気の光。わずか2日前には当たり前のように見ていたのにとてつもなく懐かしい。

 廊下を見てみると廊下の電気は付いていなかった。あくまでこの部屋だけ、ということなんだろう。だから範囲限定、というわけだ。


 テレビの電源ボタンを押してみたけど、テレビは砂嵐の画面が映っただけだった。代わりに第三階層グレードスリー 管理者アドミニストレーターの権限外です、という表示がでる。カーナビの時もそうだった。


 第三階層グレードスリーということは第二とか第一もあるんだろうか。いわゆるレベルアップしたら、できることが増えるのかもしれない。


 防災設備復旧は、たぶんスプリンクラーとか防火シャッターを使えるということではないかと思うけど、これを試すのはやめておいた。

 スプリンクラーで部屋を水浸しにするのはさすがにまずい。


 ともあれ、管理者アドミニストレーターというスキルはなんとなくわかった。これはかなり使い出がある。

 勝手に取らされたのはあの少年のサービスだとしたら、今度会ったら文句ではなく、むしろお礼をしなければいけないかもな。


 さて、次は実戦での戦闘力テストだ。

 アーロンさんに言われた通り、まずは人を雇おう。


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