第4話

魔が差したというか、つい気を使ってしまった。

この前の誘いが頭の中に残っていたから。

だけど、誘ったことを少し後悔した。


「僕は本当に先輩を尊敬してるんでふ!」

「あなた、いい加減酒離しなさい。飲みすぎ。」

そう言って私はベロベロになっている俊介の手からグラスを取り上げた。

「ちょっと僕のお酒取らないでくださいよー!」

「そんなに強くないでしょ、あなたは!」

代わりに水の入ったグラスを渡すと、俊介は仕方なさそうにそれを飲み干した。

「先輩は飲んでますかー?」

「お陰様で程々に飲んでます。」

「良かったー!僕先輩に誘われて、本当に嬉しかったんです!」

「それ、さっきも聞いたけど。」

「へへー。」

大切そうに水を両手で持ちながら俊介は笑った。

ついつい左手を見てしまうのは、きっとここには居ないタバコ好きのせい。

ここには何も嵌めていない、あの人よりも華奢な俊介の左手しかないのに。


”愛してるよ”


この前初めて祐希からその言葉を聞いた。

相変わらずその後はいつも通りだったけど。

あの言葉は私を落ち着かせるためだけに発せられたのか。

それ以上の約束は何も言われなかったけど。


「先輩!」

「うわ!何よ?」

急に俊介が顔を近付けられたと思ったら、口を尖らせながらこちらを見ている。

「まーた上の空になってる!何考えてるんですか!」

「何でもいいでしょ?というか、近くて酒くさいんだけど。」

「僕に隠し事ですか!?直属の部下である僕にー!」

「もう本当に面倒くさい。」

「僕がどれだけ先輩の事思っているのに・・・・酷いです。」

「俊介くん・・・。」

「僕、本気なんです。」

「え?」

私の右手に俊介の左手が重なる。

「僕、先輩の事尊敬してます、すごく。

でも、それと同時に心配なんです。先輩たまに、何か淋しそうな顔してる。」

図星を突かれ、思わず顔を背けた。

途端に俊介が畳み掛けるように話し続ける。

「心配なんです、先輩が悲しそうな顔をしているの。でも、僕といる時は笑ってくれる。僕、先輩には笑っていて欲しいんです。」

真剣な眼差しが私をじっと見つめる。


やめて。

そんな何も知らない純粋な目で私を見つめないで。


自分の弱いところまで見透かされてしまいそうな気がして、私は俊介の目を見れずに言った。

「・・・・飲みすぎよ。」

「飲みすぎじゃないです!僕は本気で」

「それ以上言わないで。」

それ以上言われると、今の自分が崩れてしまいそうでつい、言葉を荒らげてしまった。

「先輩・・・・。」

その時、私の携帯が鳴った。


それは、通常の着信とは違う。

あの人が好きなピアノの曲。

今日は水曜日、絶対になるはずの無い着信。

画面に目をやるとシンプルな文面があった。


”急に予定が空いた。今どこにいる。”


こっちの予定なんて気にしない文面。

それでも心が揺れている自分に嫌気がさした。


「先輩?」

「もう遅いわ、帰りましょう。」

立ち上がろうとした腕を引かれ、俊介に抱き寄せた。

「まだ帰したくないって言ったら?」

「おばさんをからかい過ぎよ。明日も仕事でしょ。早く帰りなさい。」

「返事、聞かせてくれないんですね。」

「・・・・部下として、頼りにしてるわ。」

軽く俊介の頭を撫でると、仕方なさそうに私から体を離した。


ごめんね。

あなたの期待に答えられる私じゃなくて。


「ありがと。」

「先輩?」

「何でもないわ。」


最寄り駅を打ち返信を終えると、足早に店を後にした。


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