第三楽章 ストリートピアノを弾いてみたら恋心が芽生えた
女の子が弾き始めた曲に思わず足を止めて振り返る。
僕があの日、卒業式の放課後に弾いた曲だった。
偶然?
後姿からは女の子──彼女が誰なのか分からない。
ましてや卒業してから2年も経っているから尚更だ。
かなり難解な曲にも関わらず、彼女はテンポよくリズミカルに旋律を刻んでいく。
Aメロからサビへ、Bメロへと差し掛かり……そして。
あの日、僕が間違えた箇所で……彼女もまた間違えた。
いや、敢えて半音ずらしたと言うべきか。
中学生だった頃の僕なら気がつかなかっただろうけど、今なら間違えることなく弾ける曲だ。
2年間、専門でピアノを習ってきた僕には彼女が敢えて間違えた違和感を感じることが出来た。
やっぱりそうだ、あの日の音楽室にいた誰か。
後輩の女子達の内の誰かが彼女で偶々ここで僕の演奏を聴いて、この曲を思い出したのだろう。
一声かけるべきか僕は少々悩んだけど、特に何か話すこともないと思いその場を離れようとして、彼女が椅子をずらして座り直したことに気がついた。
……連弾のお誘いか。
伴奏側を少し開けた彼女の後姿からは、僕が隣に座るのを待っているのが分かる。
この休憩スペースで多分、僕だけがそれを分かっているだろう。
曲はBメロから再びサビへと向かい、そして彼女は絶妙なアドリブを交えている。
……仕方ない……か。
僕は意を決して彼女の隣に座った。
…………
"やっぱり爽先輩でした"
"久しぶり、誰かと思ったよ"
"へへへ、少しは大人っぽくなりました?"
"そりゃあね、2年も経ったから"
2年ぶりに再会した彼女──あの日音楽室にいた後輩の女の子は、クスリと笑った。
"巧く弾けるようになったでしょ?この曲"
"うん、大したものだと思うよ"
"先輩に聴いてほしくて"
"僕に?"
彼女のメロディーと僕の伴奏は即興の連弾とは思えないくらいに綺麗に調和してラスサビへと向かう。
"はい、さっき先輩が弾いているのを聴いて"
"ははは、お粗末様でした"
"そんなっ!先輩はやっぱりすごいです"
"ありがと"
2人同時に鍵盤から指を離してひと息つくと、さっきよりも沢山の拍手に包まれる。
顔を見合わせて、軽くハイタッチをして聴いてくれたお客さん達に礼をして僕と彼女はピアノの前を離れた。
「さっきのは態と間違えたんだよね?」
「へへっ、分かっちゃいましたか?」
「そりゃあね、流石に自分が高校入試の実技試験で弾いた曲だから分かるよ」
「実は私もこの曲弾くつもりなんです」
僕や元吹奏楽部の部長が通う高校の入試にはそれぞれの課によって楽器の実技試験がある。
僕は実技試験で今彼女が弾いた曲を弾いたんだけど……まさか?
「来年にはまた先輩って呼ばせてもらいますね」
「うちの高校受けるんだ?」
「はいっ!」
そう言って彼女は楽しそうに笑う。
なるほど、実技試験の持ち時間は5分間。あの曲を普通に弾くと4分と少しで終わってしまうから、あのアドリブだったわけか。
彼女が言うには入学してから僕を驚かすつもりだったけど、今日ここで僕が弾いているのを聴いて思い切って弾いてみたらしい。
「今日は先輩と一緒に弾けて良かったです!それに何か色々と分かっちゃった気がします!」
「何か色々?何?」
「あ、ううん、何でもないです!へへっ」
彼女は何故かちょっと赤くなって照れた様に笑い、じゃあまた学校で!と言い残してあたふたと走っていってしまった。
また学校で、か。
ははは、来年が楽しみだ。
雑踏に消えた彼女を見送った僕は、彼女との再会を楽しみに帰路についた。
もしかしたら学校で再会するより早くストリートピアノで再会するかもしれないな、なんて思いながら。
ーー了ーー
ストリートピアノを弾いてみたら恋が芽生えた話 揣 仁希(低浮上) @hakariniki
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