本論

 そこに黒いペンキがある。

 黒よりも黒く、色彩感覚で表すよりも「闇」といったただ一つの感覚で考えた方がわかりやすいと思う。そんな色のペンキであった。

 正直をいえば、候補は様々であった。しかし、私が手にとった黒いペンキはラベルまでもが黒く、その黒さに運命を感じられたのだ。

 私は躊躇ちゅうちょなく体内に黒色を流し込んだ。

 局部も、爪も、耳の穴の中までも。塗れるところには、全て黒色を入れた。眼球にも刷毛はけでペンキを塗ろうと試みたが、目を瞑ればそれで良いと考えた(しかし、この判断は間違いであった。)


 私はこの街で、一番暗い場所に身を隠した。どこを見渡してもビルの光と街灯がうるさく感じてしまう街であったが、川沿いの橋の下、名も知らぬ雑草が腰の位置まで生えているその一帯はまるで、地球という大きな生命体から逃げるために用意された避難所のようであった。

 私は茂みに身を隠すと、おもむろに服を脱ぎ始めた。下着を脱いで、裸体をさらす。

「厄介だな……」

 服という存在は今の私にとって邪魔なものでしかない。今、服をここに置いていったらその存在が気になって仕様が無いだろう。熟考した末、私は着ていた服を全て川の流れに破棄した。これで、もう平気な顔で帰ることはできない。しかし、もうのである。


 私は、草むらに横たわり夜空を見ていた。思考を止める。黒色になった肌を自身の魂と融合させて、地面と同化するように呼吸を整えた。


 夜のとばりが下りる。

 そうして、僕は真っ暗になって、溶けるように消えたのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る