第5話 樹海と種の原形

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 大陸の中央部にそびえ立つ火山がある。この火山の周囲には、かなり広い範囲で樹海が広がっており、人の往来を遮っている。事実、大陸東部の白国、北部の黄国、西部の赤国、南部の黒国は中央部の火山を中心とした樹海が邪魔をして、向かい合う国に直接行くことができない。理由としては鬱蒼とした樹海が延々と続いており、通り抜けるより避けて通った方が断然早いからだ。だから、いつしか人の手が行き届かない場所になった。加えてこの樹海はいわくつきであり、探索に入った者が無事に帰ってこれないという噂がある。ただこれはあくまでも噂に過ぎず、実際のところは魅力的な資源や土地がないと言う話だ。白国の調べでは、木々が多すぎて開拓しようにも経費がかかることや、わざわざ樹海を開拓しなくても他に土地があること、樹海深淵部までいけば資源が多少見込めるが採算は取れないということだ。それらも要因となって人も寄り付かず、整備されずに木々が生い茂って、あたかも樹海が阻んできたように見えていただけである。

 

 黄国で任務を終えたリクは、新たに赤国への潜入の指令を受け、メトスの到着を待って樹海へ出発することを決めた。その2日後には、メトスが黄国の魚池にある駐屯地に到着した。

「リク、久しぶりですね。元気でしたか。」

「あぁ、メトスも相変わらず元気そうだな。」

 リクとメトスは兄弟みたいな関係である。リクが特別部隊に入隊したてのころ、メトスが身の回りから訓練までよく面倒を見てくれた。そのおかげで、義父ケンエクトのもとを離れたリクも部隊に馴染むことができた。そのことからもリクはメトスのことを兄のように慕っている。

「白冬地区の軍事施設建設はどうなったんだよ。あれはもう終わったのか。」

「終わるわけがないですよ。建設予定地の周辺には昔からいる盗賊まがいな組合が幅を利かせているのです。私の任務は建設賛成派であるその組合を潰して、尚且つ施設建設までのサポートですから。」

「反対派じゃなく賛成派をつぶすなんて、物騒な話だな。」

「利権を貪るだけの団体など、どちらにしても未来はありません。潰した方が彼らのためでもあるのですよ。そんなことより、あなたの方こそ議会に睨まれて大変でしょう。」

「白国を想ってやっていることが気に食わないみたいだよ。俺に言わせれば、自分の利権を守るために幅を利かせている点では、その組合と議会の連中らはさほど違いはないけどな。」

「フフ、言うようになりましたね。確かにリクの言う通りかもしれません。ただ、議会はあなたの能力を恐れているのかもしれませんね。」

「…恐れるだって。俺の何処をとって恐れる必要があるんだよ。」

「あなたは、与えられた任務だけではなく、自分で判断してその先まで動こうとする。それは素晴らしいことだが、議会の人たちからすれば自分たちの不都合なことまで手を伸ばされるかもしれないという恐怖があるのですよ。」

「それはそいつらたちが悪くて、俺は悪くないだろ。」

「この世の人たちの大半は利己的な人たちなのです。あなたのような聖人君子は珍しいのですよ。」

「なんだよ、それ。」

 最近否定的な考え方になってしまっていたリクも、メトスから言われたことには否定的になっていない自分に気が付いていた。

「とりあえず赤国に向かいましょう。私も早く帰らなくてはいけませんからね。」


 2


 リクたちは、黄国と赤国の国境付近から樹海に入ることにした。黄国と赤国の間には、蒼龍山から流れてくる水を源とする大きな川が流れており、その川が国境となり双方の行き来を遮っている。例え樹海を通ったとしても、蒼龍山から樹海を越えて黄国の沿岸部に続いているこの川を越えない限り、赤国に行くことは困難となる。

「黄国が赤国に面している範囲が広いので、樹海を通らなくても入国できそうな気がしますが。」

「俺もそう思ったんだが、黄国軍内部調査隊のチヨツキ大佐の話では、昼夜問わず砂馬に乗った赤国軍の兵士が、一定の間隔ごとに見回りをしているらしい。黄軍は地の利があって、丘の上から広い範囲を警戒することができるのでそれ程ではないが、赤国軍はそうもいかない。」

「赤国の方が必然的に警戒を強めなければいけない。普通に入国すれば見つかる可能性が高いというわけですね。」

「これを15年以上続けているらしい。信じられないよ、まったく。」

 リクたちは、樹海の草木を切り崩しながら道なき道を進んで行った。

「ところで、私は急いで黄国に来たからあまり準備をして来なかったのですが、この先にある川はどうやって渡るのですか。」

「舟で渡る予定だよ。」

 しばらく樹海を進むと2人は川辺に出た。リクは辺りを見回して何かを探していた。そして、目当ての竹を見つけて灰鉱石の剣で切り落とした。

「竹を使って舟をつくるのですね。」

「あぁ、あと結べるようなツルみたいなものがあれば。メトス探してくれないか。」

 竹を何本か並べて頑丈に繋ぎ合わせただけだが、大人2人が乗れる簡易的なイカダが完成した。そして、櫂の代わりになる木を載せてイカダを水面に置くと見事に浮かんだ。

「こんなことはどこで覚えたのですか?訓練では教えていないはずです。」

「昔オヤジから教えてもらったんだ。竹は中が空洞になってるから水に浮かんで舟を作れるって。うまく出来るか不安だったけど、何とかできたな。」

「うる覚えでこれだけ出来れば大したものです。さぁ、対岸までいきましょう。」

 

 リクたちはイカダに乗って川を渡り始めた。竹で作ったイカダなので多少は濡れてしまうが、特に問題なく乗ることができた。ただ、思いのほか流れが強く、予定より下流へ流された後に対岸へ到着した。

「なんとか無事につけたな。滝があるところまで流されなくて良かった。」

「この流れの速さと滝が邪魔をして、赤国と黄国の往来を防いでいるというわけですね。」

「チヨツキ大佐が言うとおり、赤国も樹海の守りが薄いというのも納得がいく。しかし、帰りは流されることを計算しておかないと。」

 イカダを草陰に隠すと、リクたちだけに分かるような目印をつけて、草木を分けて進むことにした。そして、追手などの対策として10歩くらい進んだところから草木を切って進むことにした。


 木々の間から見える僅かな太陽の光を頼りに南西方向を目指したが、次第に日が傾き始めて辺りも薄暗くなってきた。

「リク、そろそろ寝床の準備をした方がいいのではないですか。この辺では獣道もありますし、環境もあまり良くないので、ちゃんとした場所を作った方が良さそうですよ。」

 害獣や害虫などが多いことも、経路として樹海が外される理由であった。

「そうだな。暗くなったら見えなくなりそうだしね。」

「ちょうど良さそうな木があるので、あの上に木を組んで寝床を作りましょう。」

 通常であれば、そこまで手の込んだことはしないが、人の手が行き届いていない場所ということもあり、せめて落ち着いて休めるようにと木の上に寝床を作ることにした。

「私が部品を作りますので、リクが木の上に上がって基礎作りをしておいて下さい。」

 そう言うとメトスは、上級灰鉱石の剣を抜いて木を切り始めた。特別部隊8名の中で、片手用の剣を使っているのはメトスとリクだけで、他の隊員は双剣、槍、長剣、小剣、手甲、杖など各々違う武器を使っている。リクはメトスが片手用の剣を使っていたこともあり、影響を受けて同じ武器にしているのだ。灰鉱石(かいこうせき)へ影響を与える『人間の念い(おもい)』が秀でて強いのはリクであるが、剣の腕についてはリクに教えただけあってメトスの方が優っている。

 リクは、枝分かれしている根元にメトスが切って作った棒の片側をかけて、同じように反対側にある木にもう片側をかけた。近くにある木も同じように

棒をかけると、2本の棒の上に板を置いて横たわれる場所を作った。あとは、ツルで木を固定して完成した。

「即席にしてはいいんじゃぁないか。」

「これは、そのまま残しておいて、帰るときにも使いましょう。樹海を通る人はまずいないでしょうから、帰るときに崩せば問題ないでしょう。」


 簡単な食事を済ませた2人は即席の寝床で横になっていた。特別部隊としての多忙な日々で、メトスとゆっくり話をするのも久しぶりだった。他愛のない話をした後に、リクは動向が気になっているソネラ議員の話を切り出した。

「メトスの推薦者はソネラ議員側の議員だったよな。」

「えぇ、そうですよ。」

「ソネラ議員たちが特別部隊を解体しようとしているのは本当なのか。」

 メトスは、議長側のリクが自分のことを信じて話をしていることを察しながら、言葉を選びながら慎重に答え始めた。

「実際にそう言った話があることは間違いありません。ですが、あくまで可能性の一つであり決定したわけではありません。」

「解体する理由はなんなんだよ。」

「議会の便利屋的な存在である私たちより、より良いシステムなどがあれば特別部隊など必要ないという理論です。」

「確かに、理屈で言えばその通りだと思う。だが、俺たちはどうなるんだ。」

「軍のどこかの隊に振り当てられるのではないかと思います。もともと白国軍特務部隊から出来た部隊ですからね。」

 リクは、サリマン議長の勢力が削がれた場合、現実的に特別部隊が解体されることを理解した。

「特別部隊がなくなれば、あなたは辞めるつもりなのですか。」

「まぁ、特別部隊をやるために黒国から来たんだから、国軍で働くつもりはないよ。もし、解体になったとしても、これまで我慢してきたことをやるつもりだから、それはそれでいいかもしれないね。」

「あなたほどの人材を放っておく訳がないですよ。」

「そうでもないと思うよ。ソネラ議員からは嫌われているみたいだし。例えサリマンさんに言われたとしても、今までわがままを聞いてきたのだから、俺もわがままを言わせてもらうよ。」

 言葉とは裏腹に、リクは戦争が起きる可能性がある状況の中、好きなことを出来ないことも理解していた。思いを巡らせているといつの間にか眠りに落ちていた。


 3


 翌日もリクたちは、草木を切り分けながら南方へ進んで行った。赤国に入国がバレないためにも、出来るだけ国境とは離れた位置から樹海を出なければならなかった。出来るだけ早く鬱蒼とした樹海から早く抜け出したいという気持ちから、2人は休むことなく突き進んで行った。

 しばらく進んでいると、リクがふと足を止めた。

「どうしたのですか。」

「何か臭い。何かが腐ったような臭いがする。」

 リクが臭いの方に進んでいくと、そこには獣の死骸があった。無数の虫が群がっていたが、よく見ると矢のようなものが刺さっていた。

「メトス、あれを見てくれ。」

「矢のようですね。腐敗具合から昨日に力尽きています。…誰かがこの樹海にいますね。」

「こちらに気づいていたら矢を残すようなことはしない。だから、相手には気づかれていない。このうちに始末するか。それとも素通りして行くか。」

「獣が来た道のは東。赤国からの者であれば、黄国もしくは白国に向かっているということになります。見過ごすわけにはいきません。」

「決まりだな。獣が来た道を辿っていこう。」


 リクたちは東方に向けて進み始めたが、2時間近く歩いても何の手がかりも掴めなかった。

「人の足跡があっても良さそうだけど、まったく何もないな。」

「しかし、あの獣の死骸から考えても、この樹海で仕留められたとしか考えられません。」

「確かに、獣は西ではなく東から来ていた。となると、間違いなくこの方向に人がいたはず…、ん。」

「どうしましたか。」

「言っているそばから足跡見つけたよ。メトスもこれを見てみろよ。」

 リクが指さした地面には複数個の足跡が残されていた。足跡の形から軍人が履くような靴ではないことが容易に伺えた。

「なんか変じゃないか、この足跡。この樹海に入るにしては粗末な靴っぽい。まるで…。」

「そう、まるで近所に住む一般人が肉を切らせて、ちょっと買い物に出た時に、あまり時間をかけれなくて急いだときに付けたような足跡ですね。」

「…その例え独特だな。だが考えられない。この樹海に住むだなんて。」

「可能性はあります。なぜなら樹海は未開な部分が多く、中央の火山に近づけば近づくだけ未開の地が広がっている。ですから、この樹海に住む者がいるかもしれません。」

「まぁ可能性的にはな。」

 メトスの推測も否定できないが、古い文献を見る限りは、ここ数百年に樹海から集落が見つかったなどの記録がない。リクはにわかに信じられなかった。

「それと、赤国の者ではないと確証を得るためには、これを確かめるしかありませんね。」

「確かにその通りだな。」

 真相がわからない限り、安易な判断はできないのは確かなことだった。


 リクたちは、足跡を辿りさらに小一時間歩いたところ、緩やかな傾斜の小山に突き当たった。その小山を登って行くと、そこにはやはり集落があった。

「まさか、本当に集落があるとは…」

 リクたちは、木陰から集落の様子を伺うことにした。集落には目につくだけでも建物が十数軒あり、住民も数人いることが認められた。建物や住民の服装などから文明が未熟だということが予想されたが、少なくとも弓を使っているので武器精製や技術があるはずである。

「これは、近年で言うと灰鉱石の次に大きな発見ですね。本来であれば調査をしたいところですが…」

「見た目は、赤民と黄民の中間ってところだな。両国を脱走した者同士が樹海を開拓したのかなぁ」

「いけませんよ、リク。調べたいのは私も一緒なのですから。さぁ、赤国を目指しましょう。」

 リクたちが立ち去ろうとしたとき、背後から声をかけられた。

「誰。」

 リクたちが振り返ると、そこには一人の少女が立っていた。リクはしくじったと思いながら、その少女に話しかけた。

「あぁ、俺たち樹海を探索していたら、迷ってしまって。それでここまで来てしまったんだよ。」

「なぜ、こそこそ隠れてみんなを見ていたの。」

 鋭い少女の質問に、リクとメトスは目で合図をしながら慎重に答えた。

「俺たちは臆病だから、怖い人たちだったら嫌だなぁって思ってね。」

「でも、迷ってたんだよね。その割には落ち着いている。」

 この少女にはお見通しなのだと気づいたメトスが微笑みながら言った。

「お嬢さん、この集落の人はみんなお嬢さんみたいに鋭い質問をする人なのですか。」

「やっぱり、嘘ついてたのね。」

「えぇ、失礼しました。お嬢さんがお若かったので、つい適当な返答をしてやり過ごそうとしたのです。どうか許してください。」

「ただ、そんなに嘘はついてないぞ。矢が刺さった獣の痕跡を辿ったら、ここに着いただけだ。そこまで警戒してもらわなくてもいいと思うが…」

 リクが辺りを見回すと、8人くらいの男たちに取り囲まれていた。手には青銅の武器を持っており、明らかにこちらに殺意を向けていた。

「私たちは別用の途中でここに立ち寄ったのです。どうか穏便に済ませていただければ、ありがたいのですが。」

「それはダメよ。貴方たち、ここのこと言うでしょ。だから外界の人間が来たときは犠牲になってもらう掟になっているの。」

 それを聞いたリクは、周りを睨みながら上級の剣を抜いた。

「わかった、それでは俺たちもそのつもりで対応させてもらう。」

 2人の男が斬りかかってきたので、リクは2人の青銅の剣を受け流すように払った。すぐさま追撃に出ようとしたが、2人の男は何やら違和感を感じて上級の剣と接触した刃の部分を見て驚いた。

「なんで、刃が切れてんの。」

 青銅の剣の刃が損傷している状態を見た少女が、思わずそれを口にしてしまった。それにより、リクは少なくとも相手が灰鉱石の存在を正しく理解できていないことを悟った。

「やめておけ、そんな攻撃で俺たちは始末できない。」

 少女を含めた男たちが怯んだことから、このまま脱出できるかのように思われた。

「そのとおり、お前たちでは無理だ。」

 突然、集落の方から現れた男が、周囲の男たちに声をかけた。

「長、貴女は引いて下さい。」

「うん、パムセ頼んだよ。」

 パムセという男の話では、鋭い質問をする少女が集落の長ということだった。だが、それが気にならないくらいパムセの威圧感がリクたちを釘付けにしていた。

「雰囲気だけでいうとライルと似ていますね。ここは私が相手をしましょう。」

「待ってくれメトス、俺にやらせてくれ。」

「…わかりました。確かに今のあなたの実力を試すいい機会ではありますしね。」

「いつまでも、特別部隊最弱とは言われたくないからな。」

 少女たちが引くと、パムセが青銅の剣を構えた。

「言葉は無粋。外界の者よ、かかって来い。」

 リクは、パムセの発言もライルに似ていると思いつつ、上級の剣を構えた。


 先に動いたのはリクだった。まずはパムセの剣を破壊するつもりで斬りつけたが、パムセはこれを受け流した。しかし、何度か斬りつけると青銅の剣は破損し始めた。状況的にはリクが有利だったが、パムセから感じる戦い慣れをした姿勢がリクに焦りを与えていた。

 剣の耐久性が限界だと気づいたパムセは、リクに斬りかかっていった。リクが斬撃を受けると案の定パムセの剣は折れた。それと同時にリクは腹部に強い衝撃を受けた。蹴りをくらったのだ。そのままパムセは隙ができたリクの頭にすかさず蹴りを入れて昏倒させた。

「剣に頼りすぎだな。」

 パムセがリクの剣を取ろうとした瞬間、メトスがパムセに斬りかかった。辛うじてかわしたが、剣を失って体勢も崩したパムセは結論として詰んでしまっていた。

「お主、この者より強いな。」

「剣術で言えば、私の方が先輩なだけです。貴方も相当な腕前でした。この集落で、貴方が一番の強者なのですね。」

「一応だが…」

「であれば、貴方を倒せばこの集落はお終いですね。」

「…。私の命でみんなを見逃してもらえないか。」

 パムセは、自分だけの犠牲であれば、最悪の場合でも皆が集落を捨てて生き残ると考えた。しかし、メトスは意外な提案をしてきた。

「その必要はありません。その代わり二つお願いがあるのですが。」

「…なんだ。」

「一つ目は、この集落で数日寝泊まりをさせていただきたいということです。」

「どういうつもりだ。」

「構える必要はありません。目的は、二つ目のお願いです。今、貴方が倒したこの男性に稽古をつけて欲しいのです。」

「何を言うか、お主が鍛えてやればいいだろう。」

「私ではダメなのです。彼は私の教え子ですから。貴方の様に強くて、臨機応変に戦える人に稽古をつけて欲しいのですよ。」

 パムセは返答に困っていた。

「もちろん、タダとは言いません。すぐにとは言いませんが、私たちが使っている剣と同じ素材で出来た剣を用意しましょう。」

「…しかし、私の一存では。」

「私が許します。」

 いつの間にか、長の少女が戻ってきていた。

「長、ここは危険です。お下がり下さい。」

「何を言ってるの、あなたが負けた時点で私たちに勝ち目はないのよ。それに、断る選択肢はないのでしょ、あなた。」

「メトスと申します。無理であればこのまま見逃していただくだけで構いません。ただ、私の連れが負傷しているので出来ればお願いをしたいのです。」

「わかったわ。こちらが先に手を出してるし。ただし…」

「もちろん、この集落のことは口外しません。」

「決まりね。」


 4


 リクが目を覚ますと、近くにいた長の少女が声をかけてきた。

「目が覚めた。」

「ここは…」

「私の家。」

 リクは、痛む頭を抱えながら上半身を起こした。

「あれからどうなったんだ。」

 少女が、リクが倒れた後から現在に至るまでの経緯を説明した。

「なんだよそれ、俺たちは行かないといけない場所があるのに。」

「それも大切ですが、リク、あなたを鍛えることが最優先だと判断しました。」

 メトスが部屋に入ってきた。

「必要ないよ。それより先を急ごう。」

「いいえ、パムセさんとの戦いでリクの課題がわかりました。このままでは命を落としかねません。」

「…」

「先程も言いましたが、パムセさんは特別部隊最強のライルを感じさせます。彼から学べば確実に力がつきます。」

 リクの中では、なぜメトスがここまで自分を鍛えようとしているか分からなかった。しかし、赤国での戦闘も予想される現状下で、パムセみたいな敵がいないとも限らないと思った。

「わかった、ここで鍛えることにする。お嬢さん、よろしくお願いします。。」

「私はお嬢さんじゃなくて、ここの長だからね。あと、リティって名前があるんだから。」

「それは悪かったリティ様、以後気をつけるよ。」

「分かればいいのよ。」


 この集落の名は『ムー』といい、人口約300人が住んでいる。ムーの土地となる小山の上は意外に広く、民家だけではなく畑なども設けられている。

そして、小山を下れば近くに川も流れているので、作物への水も困ることはない。だが、原始的な技術しかないので、一言で言うと不便ではある。

 リクは、リティにムーの案内されながら奥へと進んで行った。

「なんで、こんな樹海の奥に集落を作って住んでいるんだ。じゃなかった、住んでいるのですか。」

「別にいいよ、言い方を変えなくても。でも、その質問には答えられないわ。」

「そうか、悪かったな。」

 リティが話せないというのは、相当な理由があるということであり、それを明かすことは彼女たちの命に関わることだと暗に悟った。

「じゃあ、なんでリティみたいな女の子が長なんかやっているんだ。いろいろ自由にやりたいだろ。」

「集落では、より賢い者が長になるのよ。別に長なんかやりたくなかったけど、たまたま私が適任だっただけよ。あと私は見た目ほど子供ではないわ。」

 リクは、初めてリティと会った時のリティの洞察力などを思い返して、より賢いという点では納得できた。しかし、リティはどう見ても15、16歳くらいの子供であったので、思わず吹き出してしまった。

「ねぇ、今あなた、どう見ても子供だって思ったでしょ。」

「いや、ごめん。そういう意味ではないよ。ただ、あまりにもリティの見た目と、大人じみたその中身に差があったんで、つい。」

「…つまり、どう見ても子供だと思ったってことでしょ。言い換えただけじゃない。」

「悪かった。お詫びに俺たちの国の知識を伝えるから許してくれ。」

「そんなことをしてもいいの。それとも、リクはそれが許される地位にある存在なの。」

「いやいや、俺はただの兵士だよ。伝えることで俺の身が危なくなるようなことは言わないけど、農業や工業、生活で使えそうな文化などは国を越えて広まっているから問題ないよ。むしろ、樹海の奥であるがゆえに知らないなんて不公平だろ。」

「あなた相当お人好しなのか、馬鹿なのか…」

「俺は伝えるだけだ、後にどうするかはリティが考えてくれよ。それが長の仕事だろ。」

 均衡を保っている集落に、新たな知識や力を与えるとそのバランスが崩れて、集落の崩壊にもなりかねない。

「はぁ、また集会で取り上げる問題が増えそうだわ。」

「集合って何。」

「ムーでは、集落を6つに区分けして、その区ごとに班長を任命しているの。その班長たちと定期的に集会をして、ムーでの問題解決や今後の方針の決定などをしているのよ。」

「なるほど。俺たちを招き入れたことだけでも、かなりの反発を受けそうだな。」

「メトスさんは、あなたたちが使っている剣と同じような剣を下さるとおっしゃってたけど、これも班長の間で揉めそうな話よ。」

「考えなくちゃいけないことは、本当にどこの世界でも一緒だな。」

「さてと、着いたわ。」

 リクが案内されたのは、屋根と柱だけがある建物で、その中ではパムセと数名が戦闘の訓練をしていた。リティに気づいたパムセはこちらに近づいてきた。

「パムセ、リクよ。明日からよろしくお願いね。」

「さっきは悪かったな。でも、まだ信用しているわけではないから、変なことをしたら今度は処分させてもらうよ。」

「いいのかよ。俺を鍛えてあんたより強くなったら、それこそムーを襲うかもしれないぞ。」

「そのときは刺し違えてでも止めてみせるさ。」

「それは頼もしいな。」

 リティが、リクたちの不毛な話を打ち切るように言った。

「それじゃ、私は集会があるから」

「夕方からやるのか、その集会は」

「今日は特別よ。あなたたちが来たから急きょ開催するの。パムセ、リクを私の家まで頼むわよ。」

「分かりました。」

「いや、一人でも帰れるけど。」

「お前一人で好き勝手に歩かせれないってことだ。」

「あぁ、そういうことね。」


 夜。ムーの中心部にある集会所で、リティと6人の班長で話合いが行われていた。

「…ということが、今回起きたことです。」

 リティが話し終えると班長6人が各々話し始めた。

「まさか、外界人の侵入を許してしまうとは。」

「ムーの話を漏らさないなんて、どうせ嘘に決まっている。この土地ももう終わりだ、逃げるしかない。」

「逃げるったってどこにだ。おそらく奴らはどこまでも追いかけてくるぞ。」

「やはり、あの2人を始末するしかないと思う。それしか生き残る方法はない。」

「だが、2人はかなりの手練れの兵士。もし、彼らの安否を仲間が探しに来るようなことがあれば、それこそ我々に生き残る道はない。」

「どちらにしても一緒だよ。我らの秘密を知ったら彼らの考えもきっと変わる。」

「一体どうすればいいのだ。」

 リティが口を開いた。

「おそらく、彼らたちの興味はパムセの武術です。ムーについては逃亡者か何か訳ありの集落としか思っていない様子だったわ。」

「長は、あの2人を放っておけというのですか。」

「しかし、現状では良い方法がないのも事実よ。手にかけようにも相手の方が強いからダメだし、逃げようにも民全員を引き連れて行く自体が無理だし。もう、私たちは終わりなのよ。ただ、それが早いか遅いかだけ。このまま彼らには何もしません。」

 班長たちに異論を唱えるものはいなかった。仲間を誰一人見捨てることができないムーの民の性格は、他の国民より温かいものであり、また絶滅を招いてしまうほど重大な弱点でもあった。

「彼らには訓練が終われば、速やかに出て行ってもらいましょう。それまで下手なことを言わないように皆に伝えて下さい。それと、もう一つ問題があります。」

「まだ何かあるのですか。」

「外界の知識と武器の提供よ。」

「どういうことですか。」

「外界の2人は、ムーに滞在させてもらう対価として、外界で発展した技術などの知識と、青銅よりも強靭な金属を提供してくれるという話です。」

「ますます胡散臭い話になっていますな。」

「そんな我々に都合の良い話をするなんて、通常あり得ない。目的があるとしか思えない。」

「私もそう思いました。もしかしたら、その知識や武器が手に入ることで、ムー内での均衡を崩すことが目的ではないかとも思いました。」

「長は、既にその知識とやらを得ているのですか。」

「いいえ、それは皆さんと話をして判断しようと考えていましたので、知識は得ておりません。」

 リティは班長たちの顔を順に見ながら言った。

「班長の皆さん。ここからわたしの考えを言います。」

 リティの考えは、外界の知識と武器を手に入れて、ムーを発展させることであった。これまで、病など知識の無さで苦しんでいたものが、改善することができるといったものである。ただ、均衡が崩れないように、専門で行ってきた者がその知識を得ることを条件とした。班長たちがこれに賛同したことから、リティが出したこの案が採用された。


 5


 翌日から、リクはパムセとの訓練をしながら、白国の知識をムーの民に伝承していった。特別部隊では訓練と並行してあらゆる分野の知識を学んでいる。それは潜入調査や劣悪環境での任務、救助活動などあらゆることを想定して身につけている。その知識を活かしてリクは農業や建築学、メトスは医学と生活で役立つ技術を教えることにした。ムーとして大きな利となったのは、食塩の生成、便所の整備、衣料生地の拡大であった。これによって、ムーの食糧難や疫病などの問題は解決にむかっていった。

 そして、一週間を待たずに目に見える結果をもたらし始めた。食塩を得たことで、食事が充実してムーの民の心を掴んだのだ。そこから労働力が増し、井戸掘りや家屋の整備に至った。これまで狩りに労働力を使ってきた大人たちも、喜んでリクたちに協力するようになったのである。これにより集落は急速に発展し始めた。


 一ヶ月経ったある日の夕方、訓練が終わったリクが休んでいると、パムセが声をかけてきた。

「リク殿、あなたたちのおかげでムーの暮らしが一変して、以前と比べたら豊かになった。本当に礼を言う。」

「生活環境は厳しい集落だったからな。これで少しは良い暮らしができると思うよ。しかし、こんなところがまだあるとは。」

「ムーでは、致し方ないことだ。閉鎖過ぎゆえに守れなかった命もある。それを改善してもらった。」

「まぁ、これらがきっかけで争いが生まれるかもしれないけど、今のところは良しということで。それより、明日の最後の訓練は何をするんだ。」

「私と戦ってもらう。」

「やっぱりそうだよな。」

「リク殿も強くはなったが、まだまだ私の方が強い。ただ、剣は使ってくれるなよ。あれがあっては勝てない。」

「わかってる。」

「しかし、もう一ヶ月か。まだムーにとどまってくれれば、こちらとしても助かるのだが。」

「よく言うよ、最初は殺そうとしたくせに。」

「そう言うなよ。こちらにも事情がある。」

「あぁ、わかってるよ。ま、明日はよろしく頼む。」

 立ち上がったリクは、リティの家に帰っていった。

 この一ヶ月間、メトスは医者代わりのことを行いながら、薬に使える植物や処置方法をムーの民に教えた。リクも訓練の合間を見つけては、農業の発展に努めながら、井戸に設置する手押しポンプなどの道具を作り、人々の生活を豊かにしていった。だが、二人がここまでムーに尽くしたのも理由があった。それは、早い段階でムーの民が他の人種と異なり、生命力が強いことに気付いたからだ。ムーの民は致死率の高い病気になったとしても死ぬことはなく、少しの薬と安静に休むことで回復をするのだ。また、怪我をしても翌日にはほとんど元通りに治っている。そして、民たちもそれが当たり前のように認識していた。しかし、リティを含めた全員が自分たちのことを多く語ろうとしなかった。これは、この集落に秘密が存在することを示し、その秘密に民の生命力の強さが関連している可能性があった。このムーの民を調べれば、病に苦しむ国民を救うことができるかもしれないと考えたリクたちは、リティたちに気づかれない様に調査をしていた。

 ムーの民の生命力が強い理由で考えられる可能性は二つあった。元々生命力が高いか、もしくは外部から生命力を得ているかだ。この一ヶ月、生活を見てきたが特異なことは見当たらなかった。強いて言えば、ムーの主食がカパムセという他の地方では見たことない根菜類の植物だということだった。このカパムセは甘くて美味しく腹持ちのいい食物で、昔からムーの主食だということである。さらに、環境が悪い土地でも育つ強い植物とのことなので、ムーの民の秘密として期待ができた。しかし、リクたちもカパムセを口にしたが、これといった変化はなかった。そうなると、ムーの民が元々生命力が強かったということになるが、赤民と黄民の混血と思われる人種というだけで、それこそさっぱり理由が分からなくない。

 完全に行き詰まってしまったリクが、思いを巡らせながら歩いていると、いつのまにかリティの家に着いていた。

「おかえり、リク。明日が最後みたいね。今日はご馳走を作ってあげたいけど…。」

「分かっているよ。俺が作るよ。」

「ごめんね、リクが作った方が美味しいから。」

「いいさ、寝床を貸してもらっているしな。」


 夕食を食べ終わると、珍しくリティが話しかけてきた。

「リク、メトス。貴方達が来てくれて、ムーの生活環境が良くなったわ。本当にありがとう。出来ればもう少し居て手伝ってもらいたいところだけど…」

「パムセと同じこと言ってるよ、リティ。」

「あぁ…、今のはなかったことにして。」

「私たちも、ゆっくりしていきたいところですが、任務中ですので、これ以上遅れたら仕事に支障が出てしまいます。」

「そう、残念ね。」

「安心して下さい。我々はムーのことは口外するつもりもありませんし、約束の剣をお渡しするためもう一度訪れたら、二度と近づかない様にします。」

「そんなことは…」

「いいって、リティ。気を使うな。ムーの文化が他の民族より原始的なのも、ムーが外部の人間を受け入れてこなかった証拠だ。お前たちからしてみれば平穏な暮らしをぶち壊す存在だからな。俺たち二人は。」

「感謝はしてるのよ。」

「あぁ、その言葉だけで充分だ。だけど、またこの近くを通るかもしれないから、そのときは襲ってくれるなよ。」

「分かった。」


 6


 翌日、朝から訓練場には多数の人が集まっていた。皆、リクとパムセの決闘を見に来ていた。この一ヶ月で民の心を掴んできたことから、思った以上にリクを応援する人が多かった。そして、リクとパムセが訓練場に姿を見せたところ歓声があがった。

「これは負けられないなパムセ。でも、俺が勝つけどな。」

「面白い、やってやろうではないか。」

 2人は木刀を持って向かい合った。時間無制限の試合で、どちらかが負けを認めるか、審判が止めに入らない限り勝負は決まらない。審判が初めの合図を出し、決闘が始まった。

 始まると同時に、激しい打ち合いが始まった。2人とも互角の闘いを見せている。メトスとリティは近くで闘いの様子を見ていた。

「メトスはどちらが勝つと思うの。」

「私はパムセさんの方が有利だと考えています。」

「それはなぜ。」

「筋力、技術、経験値、精神力などで2人を対象してみると、パムセさんの方が経験値が高いですし、筋力なども優っています。」

「では、パムセが勝つの。」

「おそらく。」

「負けるのわかってて、リクが可哀想よ。」

「違いますよ。リクは私達が所属する8人部隊の中で一番弱いのですが、これから一番強くなる可能性を秘めているのですよ。ここでの敗北が彼をより強くしてくれはずです。」

「…そんなに強くなくてもいいのに。」

「リティさん。私達は強くなくてはいけないのです。そうでなければ自分も守れないのですよ。」

「…。」

 リティは何かを悟り、押し黙った。

「…ほほぅ。リティさん、私の想像を彼は超えていくみたいですよ。見て下さい。」

 リティが、目を向けるとリクがパムセを圧倒していた。リクの激しい追撃に勝機はないと判断したパムセは木刀を投げつけてきた。リクはこれを弾いたが、すかさずパムセが殴りかかってきた。まともに喰らって転倒したリクに、パムセは馬乗りになって殴り続けた。リクは両腕で防ぐも、筋力の差で形勢逆転となった。

「パムセずるい。」

「リティさんはどっちの味方なのですか。」

 このままリクがやられると思いきや、リクが口に溜めた血をパムセの顔に向けて吹きかけた。視界を奪われたパムセが思わず後退すると、リクは腹部を目掛けて蹴り飛ばした。審判が確認するとパムセが昏倒していたため、審判はリクの勝ちを示した。

「リクが勝った。ねぇリク勝ったよ。」

「リティさん、嬉しそうですね。」


 決闘の熱気がおさまった後、リクはパムセと握手を交わした。

「戦いは命を張っている。お主の判断は正しかった。良かったぞ。」

「どっちが勝ってもおかしくなかった。でも、これだけは言わせろ。もうパムセとは戦いたくない。」

「遠慮するんじゃない。」

「ありがとなパムセ。元気で」

「リクも、いつでもここに戻ってきてくれ。俺は許す。」

「パムセに許されてもな。でも、気持ちは受け取っておくよ。」

 リクがパムセに別れを告げると、メトスたちと合流した。

「リク、よくやりました。私は負けると思っていたのですが、見事でした。」

「負けると思っていたのかよ、まったく。」

「私は最初から応援してたよ。」

「ありがとう、リティ。」

「さっき、班長達と話し合ったんだけど、班長たちは貴方達がずっとここに住んでくれることを望んでいるわ。もちろんそういう訳にはいかないことも説明してる。でも、私としてはムーを発展してくれるなら、少しの間でも戻ってきてもらってもいいと思っている。」

「まぁ少しは信用してもらっているのかな。ありがとう、覚えておくよ。」

「でも、休んでいかなくていいの。」

「身体も痛いからそうしたいけど、ゆっくりし過ぎたからな。」

「リティさん。我々はこう見えても白国で唯一の精鋭部隊です。心配には及びません。」

「そういうことだ、また来るよ。」

「元気でね。」

「あぁ。」


 リクたちはムーを出発し、2日かけて樹海を抜け赤国に入った。黄国との国境からだいぶ離れた場所であることから、赤軍の姿も見えない。

「15年以上前の地図だけど、このまま西に向かえば少し大きな街がある。まずはそこを目指そう。」

「そうですね。赤国の衣装などを購入して、準備を済ませて王都を目指しましょう。」

「なぁ、メトス。」

「何ですか。」

「今更だけど、結局、ムーの秘密が分からなかったな。」

「いいじゃないですか。気のいい友人を得たではないですか。」

「リティはともかく、パムセはな。」

「それに、秘密が分かった場合、下手すればムーを滅ぼしてしまうかもしれない。終わったことは忘れて、私たちは任務に集中すべきですよ。」

「そうするよ。」

 2人はフードが付いたマントを見に纏い、赤国最東端にある都市『言里(ことり)』を目指して歩き出した。

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