第4話 勝色と水色

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 白国歴169年、大陸北部となる『黄国』の首都にリクとフードを被った大柄な人物の二人が到着した。

 黄国の首都『藩勝(はんかち)』は、黄国の中央部に位置し、主に製造業が盛んな都市である。特に刀鍛冶などの技術が高く、製造方法によって良し悪しの差が如実に現れる灰鉱石製品を作っているのも藩勝の鍛冶職人たちである。その他にも学術なども優れており、職人以外にも研究者が多く暮らしている。職人気質の者が多いというのも、一説には黄民自体が勤勉な性格からであるとも言われている。

 黄国では、代々続く王家が国の代表として君臨しているが、黒国と違い国王が全ての実権を握っているわけではない。基本的には議会で内定したものを国王が最終的に決定する仕組みとなっている。これは、先進的な白国に習ったことからこのような形になったものだが、極めて中途半端な政治の形となり、他国と比べても未完成と言える。だが、この中途半端さがあるからアクが強くなく、白国との関係が良好なのである。

 リクは、歩きながらフードの人物に話しかけた。

「俺はボルザムと合流するから、予定通り後で合流しよう。」

 そう言うと、二人はそれぞれへ散らばって行った。


 リクは、立派な門をくぐり抜けてボルザムが待つ国王の城に入って行った。道中、案内人の黄国の兵士に思わず本音が溢れた。

「すごいな、特使とは言え白国の人間に対してこうも丁寧に対応してくれるとは。黒国とはえらい違いだ。」

「そうなのですか。でも、これが当たり前ですよ。黒国は本当に同盟国なんですか。」

「…はは。」

 リクたちが優遇されるのも、一番の同盟国である黄国と白国がお互いに信頼をおける関係だからである。黄国の兵士に案内されて長い通路を進んでいくと、一番奥の部屋にあるボルザムの部屋に到着した。

「やぁ、リク。この度はすまないね。」

 部屋の中にいた黄民の男性がリクに声をかけた。

「まさか、ボルザムから救援を求められるとは思っていなかったよ。」

 部屋にいたのは黄民ではなく、特別部隊6番員のボルザムである。その見た目は黄民だが、白国に籍をおく白民である。

「僕一人でなんとかなればそうしようと思ってたんだが、今回はさすがに一人じゃ厳しそうだったんでお願いすることにしたんだ。」

「…青民というのは本当なのか。」

「あぁ、おそらくね。最初から話すよ。…」


 事の発端は、半年前に遡る。黄国の西部に位置する泰品(たいひん)という田舎の村で、農業を営んでいた40代の男性が農作業中に惨殺される事件が発生した。男性は一人で農作業をしているときで、尚且つ日が暮れかけたときに襲われたため目撃者はいなかった。しかし、刃物とは違う鋭いもので身体を引き裂かれている状況や、周囲に残された足跡などから人間の仕業ではなく熊などの獣の仕業ではないかとも思われていた。過去を振り返ってみても、黄国で獣に襲われる事件は多くはなかったのだが、それ以外に考えられなかったため、調査をした黄軍も獣の仕業として処理をした。

 その事件から数日後、再び同様な事件が発生した。次は、泰品と隣接した魚池(うおち)という町で、深夜に警戒活動をしていた黄国の兵士が襲われたのだ。赤国との国境付近に常駐している兵士3人組で、夜間警戒をしていたところ、見たことのない獣に襲われたのだ。すぐに泰品での事件を思い出した兵士たちは最悪の事態を想定して、その内の1人を本隊に向かわせて残った2人で対応した。当然、この2人は武を心得ている者であるから、全滅はないと考えていたが甘かった。本隊を連れて帰ってきたところ、2人は惨殺されていたのだ。そして軍では、目撃した兵士からの話やこれまでの状況を総合的に考えて、襲ってきた獣は、青民であるという判断に至ったのである。それ以降、毎月数人の被害者が出ているが、未だ解決できていないのである。

 青民とは、大陸北西部にある青国の民である。見た目は、熊に近く、全身青みがかった黒色の毛に覆われており、鋭くて硬い牙や爪を持っている。中には甲冑を纏う者もいるが、強靭な肉体であるから基本的には衣服は着ていない。人間型の民族と比べて筋力が倍以上はあることから、まともに戦っても勝ち目は薄い。しかし、青民は保守的な考えの民族であることから、自らの縄張りから出ることもなく、他民族との交流も避けてきていた。だから、直接争いになることはなく、ここ300年は黄国でさえ国交が途絶えていたのだ。


 リクは、ボルザムが用意したお茶を飲みながら疑問に思っていたことを尋ねた。

「青民がこの300年姿を見せることがなかったのに、なぜ突然現れたんだ。しかも、ここは黄国なのに。」

「わからない、としか言えないんだ。」

「迷い込んでしまったか。でも、なんの理由もなく黄民を襲うだなんて考えられない。それも心当たりないのか。」

「ない。」

「なんもわからないじゃん。」

「だから、そう言っている。」

「じゃ、青民に直接聞いてみるしかないな。」

「難しければ処分するしかないが、できれば捕獲したい。」

「捕獲してどうすんだよ。黄国は研究にでも使うつもりなのか。」

「まぁそんなところだ。僕とリクなら捕獲できると考えている。だから早速、魚池に向けて立とうと思う。」

「…。」

 リクは、青民の捕獲が今回の目的だと悟った。黄国と白国は、情報がない青民を調べてあらゆる研究や兵器開発に結びつきたいのである。青民は既に黄民を数名殺害していることから、当然話し合いの余地もない。学術を発展させることは良いことではあるが、このために黒国商会の問題を保留にしたと思うと、リクは悔しい気持ちになった。


 2


 リクとボルザムは魚池にある黄国軍の駐屯地に到着した後に、黄国軍の内部調査隊と青民捕獲の作戦をたてるため、対策室に集合していた。それからまもなく内部調査隊の副隊長が部下を引き連れてやって来た。

「リク、こちらがチヨツキ大佐だ。」

「チヨツキだ、ボルザム殿から噂は聞いている。我々としてはとても心強い。」

「白国特別部隊1番員のリクです。先の戦争の勇士にお会いできて光栄です。」

 チヨツキ大佐は、白国軍調査隊でいうところのカクト大佐と同じポストの人物である。また、16年前の戦争でチヨツキ大佐は、当時小隊を従えて最前線で戦った人物である。赤国の猛攻に押されながらも最前線で指揮したことから赤国軍の侵攻を最小限に抑えたことで有名な人物で、もし彼がいなければ黄国は陥落していたとも言われる。

「早速ですが、現在の状況について教えて下さい。」

「うむ。」

「私から説明させて頂きます。」

 チヨツキの部下であるカツハ大尉が説明を始めた。

「痕跡などから、現在も青民は魚池と泰品付近に滞在していると考えられます。青民に対してはこれまで、幾度となく対策を講じてきましたがどれも成果が上がっていない状況です。我々はこれらの原因が二つあると考えています。」

「それは何ですか。」

「一つは青民の圧倒的な力です。青民に関する文献などでは成人男性の倍の力が出せると記されていますが、実際にはそれ以上の力が出せているのではないかと思われています。もう一つはこちらの行動を読んでいるかもしれない、つまりこちらの想定以上の知識を有しているということです。青民は一人であるし、地理も不慣れなはずなのに、用意した捕獲及び撃退用の罠には引っかかる気配すらない。この結果は、青民が我々と同じかそれ以上の知識を有していなければ説明できないものです。」

「強い上に賢いとは、本当に厄介な相手だな。」

 チヨツキは、疲れた様子で話し始めた。

「幸い住民は襲われていないが、兵士は何度か襲われて負傷している。このままでは部下がもたない。」

「了解しました。それでは、早く対処するために僕たちの策を説明します。ただ、この策には皆さんのお力が必要不可欠となります。」

「わかった、話してくれ。」

「考えた策はこうです。」

 ボルザムが考えた策は、まず日中に魚池と泰品を囲むように兵士を等間隔で配置して、中心に向かって移動させる。この際、香りが強いお香を焚いて兵士に持たせる。そして中心部にある原野に青民を追

い込んで、リクとボルザムが捕獲するというものである。

「人型に比べて青民は力も強く、身体的に優っている。それと文献によれば嗅覚も人型よりも優れているとも考えられている。そこで獣が嫌う強い香りで燻しながら包囲していこうと思っています。」

「そのお香は効果あるのかね。」

「これも前例がないため、確実とは言えないのですが、おそらく通用すると考えています。」

「しかし、ボルザム殿。お香が通用しなかった場合、等間隔で動いている兵士たちが間違いなく無駄死になってしまいます。」

「だから、視界が良い日中に実施します。もし青民が現れたら笛を吹いて、すぐに周りの仲間に知らせて助けを求めます。ただ、お香に効果があるようならそのまま追い込んでいきます。そして、私たちも同行して一緒に追い込んでいきます。」

「しかしですね…。チヨツキ大佐。」

 チヨツキがカツハを制した。

「よい、私が責任とる。ボルザム殿たちに策を実行しよう。これ以上、この件を長引かせるわけにはいかん。」

「承知しました。ボルザム殿、作戦の準備はどのようにすれば良いですか。」

「既に大量のお香を取り寄せています。明後日までには届くと思うので、三日後の朝に決行します。」


 その日の夜。リクとボルザムは、駐屯地を少し離れた場所で火を焚いていた。

「捕獲用の器具はなにを使うんだ。」

「灰鉱石の手錠と拘束用の縄、檻などを用意しているよ。」

「ちなみに、どうやって捕獲するんだ。」

「弱らせたところで手錠をかける。」

「…、さっきの策と違ってなんて雑なんだ。」

「そこに力を入れ過ぎて、考えてなかったんだよ。でも一人でやるわけじゃぁないから。」

 すると、暗闇の茂みから誰かが低い声で喋りながら二人に近づいてきた。

「甘く考えすぎだ。そう簡単に捕獲はできない。」

 リクと藩勝で別れたフードの人物だった。

「ヤワヌフ、そうなのか。」

 フードの人物は、特別部隊8番員ヤワヌフだ。リクとボルザムは、ヤワヌフと合流するために駐屯地から離れたこの場所で焚き火をして待っていたのである。

「獣型の青民と人型の民族を一緒に考えるのは、危険な発想だ。青民は手足がもがれようが敵の首を食いちぎろうとする。下手に捕獲しようとすれば、こちらも痛手を負う可能性があるぞ。」

「ヤワヌフが言うなら間違いないだろ。それでも捕獲するのかよ。ボルザム。」

「そういう命令だ。」

「…、なら仕方ない。ヤワヌフも協力してくれ。」

 リクには思うところがあったが口に出すのをやめた。白国にとって、研究材料を得ることが黒国と赤国の脅威から身を守ることより大事なことなのか。そう思ったが、ボルザムに言っても仕方ないことなので言うのをやめたのだ。

「命令なら従うだけだ。だが、結果的に上手くいけばの話だ。最初から仕留めるつもりでいかせてもらう。」

 ヤワヌフは、青民相手であれば手を抜かないよう2人に警告した。まるで戦ったことがあるかのように。命令に反くことがないヤワヌフにここまで言わせるということは、それだけ危険な相手であるのだ。

「私は周囲には行かず、中心部の原野で青民を迎え撃つことにさせてもらう。」

「大丈夫だ、そのように考えているよ。」

「なら、私は明後日まで身を隠しておく。」

 そう言うとヤワヌフは暗闇の中に消えていった。

「結局のところ、どうやって捕獲するつもりなんだ。」

「うーん。弱らせて捕獲する。」

「今の話聞いてたのか。本当に他人の言うことに耳を傾けようとしないな、ボルザムは。」

 リクは呆れながらも、そもそも無理難題を押し付けてきた利権を握っている者どもに嫌悪感を抱いていた。


 3


 白国歴160年、養父のケンエクトの家に来て7年が経ったときには、リクは12歳になっていた。最初は感情を表に出さなかったリクも、ケンエクトの家族になってからは次第に表情豊かになっていた。そんなある日、もっと広い視野を持たせようと考えたケンエクトが、黒国商会での仕事の機会を利用して、輸出品の搬送にリクを連れて行くことにした。このときに搬送したものは灰鉱石の原石であり、荷台一杯に積み込んだものを砂馬に引かせて白国へ輸出していた。

 4台の搬送組は、国境を越えて白国の白夏地区にある都市『早輝』を目指して進んでいた。いつものように順調に到着するかに思えた。しかし、予想外の事態が搬送組を襲った。ちょうど山間部を進んでいたときに、盗賊と出くわしてしまったのである。この当時、早輝の貧困層の者たちが集って富裕層などを標的にした盗賊集団を結成させていたのである。数十人の盗賊たちに囲まれたケンエクトたちは、命を守るため持ち金と灰鉱石を手放すことにした。

 だがそのとき、白国軍特務部隊がタイミング良くその場に現れたのだ。特務部隊とは、今の特別部隊の前身となる少数精鋭部隊で、このころ既にライルとヤワヌフは所属していた。ちなみにヤワヌフは当時からフードを深く被り、顔もマスクを付けていた。この特務部隊は、本来、白国首都『新兎』を中心に活動を行なっているが、早輝で問題になっている盗賊を一掃するために特命を受けて、盗賊の住処である山間部に来ていたのだ。数十人いた盗賊たちは、たった8人の部隊員に次々と倒されていき、残すところ親玉1人となった。ケンエクトたち搬送組のみんなは、ひとまず助かったと思い胸を撫で下ろしていた。

 そのときである。このままでは助からないと感じた盗賊の親玉は、リクに近づいて人質にとったのだ。親玉も、黒民よりかは白民の子供であるリクを人質に取れば逃げ切れると踏んだのだろう。読み通り特務部隊も攻撃をやめた。そして、剣を首に突き付けられたリクは死を覚悟した。それと同時に、リクは赤民に拐われたときのことを思い出した。あの広い海の真ん中で沈みゆく船に乗ったまま感じた絶望と死の恐怖を。激しい感情に呑み込まれたリクは奇声をあげた。

 次の瞬間、リクは親玉が自分に突き立てていた剣の刃先を右手で握りしめた。親玉を含めた全員がリクの手が血だらけになっていると思った。しかし、リクは怪我一つしていなかった。それどころか、握りしめた剣が粘りが強い粘土のようにぐにゃぐにゃになっているではないか。全員が驚きを隠せなかった。同時にこの隙をライルは見逃さなかった。親玉が驚いている隙に剣で斬りつけて倒したのだ。

 すぐにケンエクトは、リクを抱きしめて無事を確かめながら涙を流した。反対にリク本人は放心状態で立ち尽くしていた。特務部隊の隊長だったカミュは、先の戦争で最前線で戦ってきたが、こんな光景は一度も見たことがなかった。親玉が使っていた剣を見ると刀身が白かったので、一級の灰鉱石で作られたものだということがわかった。灰鉱石が硬度を増す例はこれまで確認されてきたが、その逆で軟化させた事例は聞いたことがなかった。また、影響が出にくいとされる純度が低い灰鉱石に、ここまで影響を与えた者も、カミュが知っている中ではリクが初めてだった。

 この事件がきっかけで、リクは白国軍から異例の特別採用の申し出を受けることとなった。


 現在。

 ヤワヌフと作戦会議をした次の日である。魚池の駐屯地へ大量のお香が運ばれて来た。このお香は黄国で古くから作られてきたもので、香りが強いことから他国でも匂い消しとしても使われている。良い香りだが少し濃いので、黄民でも好きではない人もいる。それもあって、青民も嫌うのではないかという推測である。

「これを兵士たちに配って予定の場所へ移動してもらう。そして、明日の作戦実行を待つだけだ。」

 思っていた以上の準備の良さに、リクはボルザムに尋ねた。

「しかし、これだけ大量のお香をよく集めれたものだな。」

「実は、最初からこの作戦を押し通すつもりで数日前からかき集めたんだ。」

「…まぁ、普通そうだよな。ボルザムに聞いた俺が悪かった…。」

 野暮なことを聞いて後悔しながらも、リクは気になっていたことをボルザムに尋ねた。

「この予算は一体どこから出てるんだ。」

「普段は状況によるよ。白国の都合の話であれば白国が全額出すし、黄国絡みであれば黄国が多く出してる。今回はかなりのお金が必要だったから、白国にも半分出してもらっているんだ。」

「それって、半月くらい前から根回しとか色々用意しないと無理な話だよな。…もしかして、チヨツキ大佐とも最初から話がついていたんじゃぁないのか。」

 リクの鋭い質問に、ボルザムは悪びれることなく答えた。

「バレた。」

「なんで、芝居をしたんだ。」

「いやぁ、実のところ、チヨツキ大佐の側近のカツハ大尉を説得させるための小芝居だったんだけどね。」

 リクは黙って話を聞いた。

「この作戦で成功する保証はないし、俺らがついているといっても全員を見ることはできない。つまり死傷者が出る可能性がある作戦なんだ。ただ、真面目なカツハ大尉は、部下の危険が高い場合に納得してくれないとチヨツキ大佐から説明されたんだ。」

「別に階級が下の者に言われたところで、チヨツキ大佐が決断すればいいことだろ。」

「そうもいかないのよ。カツハ大尉の父親はジノメ中将だから、あまり無理なことはできないんだよ。」

 黄国軍の大将の下には3人の中将がおり、その中でも次期大将と呼ばれているのがジノメ中将である。カツハが若くして大尉になっているのも、このジノメの影響が強いからである。

「2世の坊ちゃんか。どおりでぬるいことを言っていると思ったよ。」

「先の戦争の英雄がいながら、青民の件がここまで長引いているのも、カツハ大尉が原因だと言える。チヨツキ大佐もカツハ大尉の行き過ぎた人権派的な考えには頭を悩ませているが、次期大将の息子を無碍にするわけにはいかない。そこで、我々第三者的な立場の者が進言して、押し通すことを思い付いたというわけよ。」

「そうか。」

 リクは、ボルザムの話を話半分で聞くことにした。ボルザムの話が全て本当であれば、最初に説明しておけばいいのであって、自分に黙っておく必要がないからだ。ボルザムを特別部隊に推薦しているのは、ソネラ派閥の議員である。だとすれば、サリマンと仲良くしているリクに対して何かしらの思いを抱いている可能性がある。要するに信用していないのだろう。目的は同じなはずなのに、その方法が違うだけでなぜこんなに無駄な争いをしなくてはいけないのか。リクは嫌気がさしつつも、後でソネラたちに指摘されないように与えられた仕事を全うすることを心に決めた。


 駐屯地に届いたお香を兵士たちに配り終えると、全体的な作戦会議を始めた。前もって打ち合わせをしていたカツハ大尉が代表して説明をした。

 青民が潜伏していると思われる場所を中心に、500人の兵士を囲むように配置し、北の泰品側にボルザムと南の魚池側にリクが付き添って徐々に中心部へ移動して行く。兵士は香りが途切れないようお香を焚き続けて、なるべく同じ速さで進行していく。青民を追い込む場所は泰品と魚池の中間にある原野で、兵士たちは原野まで近寄らずその周辺で待機する。青民が逃げないように香りの柵を作るのだ。ただし、あまり近寄り過ぎればその包囲網を無理矢理突破する可能性があるため、誘導させることが目的だと説明した。誘導後は特別部隊が青民を捕獲、または殺処分する。お香の予備はなく、一発勝負となる。

 説明が終わると、明日実行される作戦のために各人定位置に向かって出発した。

「じゃぁ、僕は泰品側に移動するよ。魚池側は頼んだよ。」

 そう言うと、ボルザムは泰品に向かって出発した。リク自身まだ黄国に慣れていないだろうと気を遣ったボルザムが、自ら進んで泰品側に行ってくれたのだ。おかげで作戦の時間まで移動する必要がなくなったリクは、明日の朝までゆっくりするため駐屯地に用意された休憩所に向かっていた。その途中、カツハ大尉がリクに声をかけてきた。

「リク殿。今回の作戦の総指揮、よろしくお願いします。」

「…えっ、今なんと言いましたか。」

「いや、総指揮よろしくお願いしますと…」

「あ、あぁ。こちらこそよろしくお願いします。」

「なんとか、犠牲者を出すことなくお願いしますね。」

 笑顔でその場を離れたリクは、誰にも気づかれない場所で舌打ちをした。カツハ大尉のズレた発言も気にならないくらい、怒りの業火がリクの心を埋め尽くしていたのだ。

「そういうことか。」

 ボルザムが泰品に自ら向かった理由は、リクを思ってのことではなかった。本当の理由は、本隊と一緒に行動する者を総指揮者にして、その役目をリクにさせるためだったのだ。万が一にも作戦が失敗した場合、チヨツキ大佐が責任を取ると言っていたが、作戦を提案した特別部隊も責任を取らざるを得ない。ボルザムは自分が失敗したときの保険としてリクを呼んだのである。そして、作戦が成功すれば自分の手柄にするつもりだろう。リクは、ボルザムが少し見ない間に汚くなったのか、元々そういった人間だったのかわからなかった。しかし、どちらにしても絶対にやられたことは忘れないと心に誓った。


 4


 翌日、早朝に作戦は実行された。予定通り500人の兵士がお香を焚きながら、青民を追い詰めるため中心部に向けて進行し始めた。予想どおりと言えるのかわからないが、青民が姿を表すことなく順調に範囲を狭めていくことができた。魚池側から進んでいたリクも特に問題はなかったが、途中兵士から変わった報告を受けた。

「特1殿。西方を進行中の兵士が不審な住民を発見し、現在話を聞いているところです。」

 リクは報告を受けて、その兵士に質問をした。

「一体どこが不審なんですか。」

「それが、どこの町のものか尋ねても答えられないのです。」

「…、わかりました。一応念のため私もその場所に行ってみます。案内して下さい。」

 リクは、白国に潜入していた工作員の例もあり、その住民が赤国の者のおそれがあったことから、直接確認することにした。


 一方、ボルザムは難なく進行することできたので、昼頃には目的地まで到着した。兵士たちは定位置で待機だったため、ボルザムは中心部の原野に向けて一人で進み始めた。恐る恐る進んでいると、香りに追い込まれて原野に現れていた青民を発見した。文献どおり青より濃い勝色の毛で全身覆われており、がっちりした体格で、手には鋭い爪が伸びていた。周囲を見回したがリクはまだ到着していないみたいで、ボルザム一人だけだった。青民を倒すのであれば一人でも大丈夫かもしれないが、捕獲するとなると一人では難しいと感じた。どうするか悩んだが、リクが来るのを待つことにした。

 そのとき、背後から小声で誰かが話しかけてきた。

「風向きが変わればお香の効果も薄まって、移動するかもしれない。」

 ボルザムが振り向くとそこには、フードを被ったヤワヌフがいつの間にか近寄っていた。

「リクを待っていれば逃げてしまうかもしれんな。我々だけで捕獲するしかない。」

 ヤワヌフが来てほっとしたボルザムは、協力して青民を捕獲することにした。2人は青民に近づき、戦闘態勢に入った。ボルザムは灰鉱石でできた上級の長剣を抜き、ヤワヌフは上級の手甲を装着している。他民族より感覚が長けた青民は、かなりの距離が開いているにもかかわらず、2人が近づいて来たことに気づいた。

「青民には不意打ちは無理なんだな。」

「あいつは別格だ。こんな距離で気付くとは…。これはかなり手強いぞ。」

 ボルザムは、浅く怪我を負わせて弱らせようと考え、青民に斬りかかっていった。だが、青民はこれを簡単に避けて、ボルザムをめがけて襲ってきた。ボルザムは体勢的にも避けれないと思い、一瞬やられるのを覚悟した。

 ドガッ

 太い音とともに青民が左方へ吹っ飛んでいた。ヤワヌフが横から青民を蹴り飛ばしてくれたのだ。

「助かった。」

「このぉ馬鹿者が。手を抜くなと言ったはずだ。」

 すぐに起き上がった青民は、標的を変えてヤワヌフに襲いかかってきた。振り下ろしてきた鋭い爪を手甲で防いだが、青民は勢いそのままにヤワヌフの上に覆い被さってきた。ヤワヌフはその勢いを利用して、体勢を低く落とし上に乗っかった青民を自分の後ろ側に向けて蹴り飛ばした。青民はすぐに起き上がると意外にも声をかけてきた。

「同胞がなぜこんなところにいる。」

 それはヤワヌフに向けて言っていた。ヤワヌフは覚悟したのか、フードとマスクを取った。すると、青色の毛と獣のような顔が現れた。実はヤワヌフは青民だったのだ。

「そうか、同胞殺しのはぐれ者が遠い昔に国を出たと聞いていたが、こんなところにいたとはな。」


 ヤワヌフが白国に来たのは、今から10年前となる白国歴159年のことである。サリマンが会談のため黄国へ行ったときに、山中でたまたま傷ついたヤワヌフと遭遇した。何故傷ついていたか、何故黄国に来たのかなど詳しく語ろうとしなかったが、それがサリマンの興味を引いて、ヤワヌフをかくまうことにしたのだ。

 それから、白国での安全を保証する代わりに、その身体能力の高さから白国軍特務部隊に入隊することとなった。ただし、青民であることを隊員たち以外にバレないようフードを被り、なるべく人通りが少ないところを単独で行動することにした。

 特別部隊になってからも同じで、任務も主に人前にあまり出ない事案を取り扱ってきた。しかし、今回は青民が絡んだ事案であったことから対応することとなったのだ。実は、このお香の作戦もヤワヌフの助言から生まれたものである。

 ヤワヌフは青民に話しかけた。

「なぜ、国を離れたのだ。」

「子を拐われた。黄民にだ。」

「そんなはずはない。黄民が青国に行くためには赤国を通らなければいけない。赤国を介さず直接来るには蒼龍山を越えなければならない。それはできないはずた。」

「できないだと。俺がここにいるのはどう説明がつくんだ。」

「…確かにそうだな。」

「我が子と黄民の匂いを辿ってきたら黄国に来たんだ。拐ったのは黄民で間違いない。」

「ボルザム、聞いたことがあるか。」

「いや、聞いたことがない。敵国を通過して青民の子供を拐いに行くなんて、通常ではありえない。」

 青民は憤りを露わにした。

「だが匂いがこの付近で消えている。いくら探してもいない。我が子はどこなんだぁぁ。」

 家族に対する愛情の強さが青民をここまで狂わせているのだろう。青民の子供とその子供を拐ったとされる黄民を見つけない限り収まらない状態だった。

「ボルザム。こいつはかなり感情的になっている。前に言ったように、命が尽きるまで襲いかかってくるだろう。お前も本気で戦え。」

「わかった。」

 同胞殺しという言葉が気になったが、覚悟を決めたのか、ボルザムは上級の長剣で青民に斬りかかっていった。青民は避けたつもりだったが、胸部を浅く斬られていた。先程より、斬撃が早くなったのだ。ボルザムは間髪いれずに何度も斬りかかり、その度に青民も避けきれずに浅く斬られていった。続いてヤワヌフが近づき連続して青民の上半身を目掛けて殴り続けた。青民も打撃を防いでいたが、徐々に至る所への損傷を負っていった。しかし、隙あれば襲いかかって来ようとしているのが垣間見れたので、2人は手を緩めることなく攻撃を続けた。

「手足がなくなっても敵の首を狙おうとするって話。あながち嘘じゃなさそうだ。」

 これといった致命傷を与えることができていなかったが、度重なる攻撃を受けた青民が初めて後退した。

 次の瞬間、青民の動きが止まった。よく見ると青民の腹部から灰色の剣先が出ていた。いつの間にか到着していたリクが背後から青民を刺していたのだ。


 5


 少し前にリクが到着し、攻撃のタイミングを見計らっていた。そして、青民が後退したことからその隙に致命傷を与えたのだ。

「お、おのれぇ。」

 それでもなお青民は攻撃を仕掛けようとしたので、ボルザムが青民の両足を切りつけた。うめき声をあげてそのまま前に倒れ込んだ青民に対してリクが言った。

「お前の子供は我々が保護した。」

 それを聞いた青民はリクをにらめつけた。ヤワヌフとボルザムも驚いていた。

「なんだとぉ、…我が子を返せぇぇ。」

「返してやる。だが子供だけだ。」

「…なにぃ…」

「子供は国に返してやる。だが、お前はダメだ。何の罪のない黄民を殺した。お前の命をもって、その代償は払ってもらう。」

「貴様らなど…信じられる…ものか。」

「別にそんなものは求めていない。お前が信じようが信じまいが、そのようにすると言っているだけだ。」

 リクは、大人しくなった青民の首に剣を突き付けて言った。

「何か言い残すことはあるか。」

「…天に光る神よ、我が子にご加護を…。」

 リクは、青民も他の民族と同様に、太陽を神として信仰していることを知り驚いた。ヤワヌフが礼儀正しいこともそうであるが、青民も信心深く愛情深い民族であることを実感した。そして、リクは違うのは見た目だけだと思い、一瞬この手にかけることを躊躇した。

「リク、楽にしてやれ。」

 同じ民族のヤワヌフが慈悲で言った。事実、リクが剣を突き刺したことで青民の内臓は損傷し、後は苦しみながら死を待つだけとなっていた。リクは、せめて苦しまないようにと、上級の剣を振り上げた。


 作戦終了後、魚池の駐屯地へ戻るとチヨツキ大佐たちが歓迎して出迎えてくれた。青民の亡骸は黄国軍に引き渡したので、おそらく今後研究に使われるものと思われる。ヤワヌフは既に出発して白国に向けて帰還した。この日の夜は、青民を討伐できた祝いでチヨツキ大佐が主催した宴会がおこなわれた。

「あの青民をどうやって倒したのですか。」

 カツハ大尉が早速ボルザムに聞いてきた。

「みんなで連携して倒しましたよ。まぁ最後に切りつけたのは僕ですけどね。」

「素晴らしいですね。さすが白国の特別部隊。」

 作戦が失敗した場合はリクの責任にする予定だったが、成功したのでその手柄はボルザムのものとなった。

 一方リクとチヨツキ大佐は、お酒を飲みながら今回の件について考察していた。

「リク殿。今回現れた青民は、『黄民が自分の子を連れ去ったから』と言っていたそうだが本当なのか。」

「どうでしょう。その可能性は否定できませんが、肝心の青民の子供を見つかっていません。」

「作戦中に黄民に襲われる事案があったそうじゃぁないか。青民が言っていたのは、その人物ではないのか。」

「おそらくはそうだと思います。それと、あの男は黄民ではなく赤国の工作員です。」


 作戦中のことである。

 不審な人物がいると報告を受けたリクは、その現場に向かった。すると、二十代の黄民の男性が、尋問していた兵士を斬りつけていた。危ないところでリクが割って入り、不審人物を制圧した。負傷した兵士の搬送を別の兵士に頼み、リクはその黄民に尋問を始めた。黄国で発生したことについては、黄国の法律に従う決まりとなっているが、相手が赤国からの工作員であれば話は別である。その人物が持っていたのは一級の灰鉱石で作られた剣だが、治安維持官として潜入していた赤国工作員のショウが持っていたものと同じものだったので、一目で赤国の者だということがわかった。作戦中で時間もなかったことから、それ以降尋問を拷問に変えて話を聞くことにした。

 工作員は最初のうちは黙っていたが、ショウの話や交通貿易部門での話を織り交ぜながら拷問すると少しずつ話を始めた。男の任務は青民を黄国に連れて行き騒動を起こすことだった。そして、青民の子供を連れ去って黄国まで誘き寄せることに成功したが、それ以上何もできなかった。なぜならばそれ以降の指示を受けていなかったからだ。もしかしたら、男に命令した人物も青民絡みで男が生きて帰れるとは思っていなかったのかも知れない。何とか青民の追跡を逃れていた男は、町に身を隠すことによってそれを凌いでこれたが、持ち金を全て使い果たし、どうすることも出来なくなっていた。そんなときに兵士に呼び止められたのだ。男はリクに取り押さえられた後に、兵士によって首都藩勝に運ばれることになった。ただ、連れ去ってきた青民の子供についてはどこにいるかわからなかった。


「男を拷問しましたが、青民の子供のことについては本当のことを言いませんでした。最初からいなかったのかもしれないですし、既に赤国へ連れて行ったのかもしれません。」

 リクが青民に対して、子供を保護していると言ったが本当は保護などしていなかった。それどころか見つけることさえ出来ていなかった。あの場ではそう言うしかなかったのだ。ボルザムやヤワヌフもそのことはわかっていた。青民の反応からも、おそらく本当に青民の子供はいたのだろう。だが、それを確認する術は今のところないので、チヨツキ大佐への報告も抽象的なもので留めた。

「なるほど、青民と赤国の工作員に潜入を許してしまうとは、情けない限りだ。それにしても、今回のことといい、最近赤国の動きが活発になってきている。もしかしたら戦争になるやもしれない。」

「えぇ、その可能性は多いにあります。」

「我々も上と協議して、赤国への対策を講じることにしよう。」


 宴会も終盤にさしかかり、リクは戦いの疲れもあったので、一足先に黄軍が自分のために用意してくれた部屋に戻ることにした。宴会自体も屋外にある訓練広場でおこなわれており、リクの部屋がある待機宿舎までは少し屋外を歩かなければいけなかった。リクが部屋に戻っている途中、歩いているリクに気付かせるようにどこからか小石が投げ込まれた。何かを察知したリクは、小石が飛んできた方向に向けて進み始めた。すぐに敷地を囲う柵にぶち当たったが、柵の向こう側から何者かが近づいてきた。

「リク、俺だ。」

「ヤワヌフか。どうしたんだ、帰国したんじゃぁなかったのか。」

「あぁ、そのつもりだったんだが…。」

 ヤワヌフは言いにくいそうにマントから何かを取り出した。よく見ると、濃い青色の毛をした子犬ほどの大きさの青民だった。

「その子が青民の子供なのか。」

「あぁ、帰っている途中に見つけた。工作員が掘ったと思われる穴の中にいて、上から草木で被せて隠してあった。」

 成人ともなろうと、人型の民族よりも大きくたくましくなる青民も、幼少期はかなり小型なのだ。

「あの工作員は、『どこかの穴に隠したが、わからなくなった』と言い訳していたが、本当だったんだな。」

「か細い泣き声だったので、私もようやく気づけたくらいだ。匂い消しを使っているのか特有の匂いも薄い。」

「だが、その子をどうするんだ。黄国に渡すのか。それとも青国へ帰してやるのか。」

「…私はサリマン議長に恩がある。それに反くことはしたくない。しかし、この子を黄国に渡せば、実験台にされてしまう。それは避けてやりたい。」

 母国を離れて、同種民族からも忌み嫌われているヤワヌフがここまで言うには、きっと何か訳がありそうだったが、そこには触れないようにした。

「俺はみんなに、青民の子はいなかったと報告している。実際にそう思っていたから。だから、どうするのもヤワヌフの自由にすればいいと思う。」

「…かたじけない。」

 そう言うと、ヤワヌフは暗闇の中に消えて行った。


 6


 青民を撃退してから一週間後。リクは次の指示を受けるまで待機することとなっていた。理由としては、青民の子供を見つけれていないことらしいが、実際のところはよくわからなかった。それというのも、ソネラ議員に目をつけられていながら、青民を生きたまま捕獲せずに倒してしまったことで、何かにつけて自分を残留させている可能性があったからだ。実際に、この一週間リクは駐屯地から一歩も外に出ていない。ここのところ、仕事続きだったリクにとっては身体休めにはなったが、行動が制限されていたので本当の意味での休息とはならなかった。

 昼を過ぎたころ、リクがベッドで寝ていると急に腹部に何かが乗っかってきたので、その衝撃で目が覚めた。

「うゔぅぉっ」

 何が起きたのかわからなかったリクは、自分の上に乗っかっている何かを見ることにした。すると、そこには見慣れた女性が座っていた。

「ル、ルーモア。お前は…、俺を殺す気か…」

 特別部隊4番員であり、サリマン議長の愛娘であるルーモアだった。

「殺す気だなんて。せっかくわざわざ来てあげたのに、そんな言い方はないでしょ。」

「気配を消すまでして…悪質だろうが。」

 リクは訓練をしているので、大抵人が近づくと気づいて目が覚めるのだが、これもまた訓練をしているルーモアが気配を消して近づいたので、全く気づかなかったのだ。

「でも、こんな可愛い子に起こしてもらえて光栄でしょ。」

「意味わかんねぇし、何言ってんだよ。ほんと、親の顔が見てみたいわ。…とりあえず人の上から降りろよな。」

 リクが言うと、ルーモアは横たわっているリクの上から降りた。

「んで、次の指示があって来たんだろ。今度は何だよ。」

 ルーモアは笑みを浮かべながら答えた。

「赤国への潜入。」

 リクは意外な任務に驚いた。

「そうなのか、よくソネラ議員が了承したな。」

「今回の青民の件でも、赤国が裏で糸を引いていたということがわかって、議会でも赤国を調査する流れになったのよ。」

「でも、黒国は言及されなかったんだろ。」

「まぁそこはね。でも、前回のことを思うと一歩前進してるよ。」

 リクは納得できなかったが、赤国で黒国との関係を見つけることができれば、議会も自分の言葉に耳を傾けてくれると考えたので押し黙った。

「赤国には、俺一人で行くのか。」

「いいえ、二人で行ってもらう予定よ。」

「だったらジークか。ジークはソネラ議員に呼び戻されてるんだろ。」

「呼び戻されてるけど、ジークじゃないよ。メトスに頼んであるわ。」

 メトスは特別部隊2番員で、ヤワヌフと同様に白国軍特務部隊から在籍している古参部隊員である。

「あれ、メトスは白冬地区の軍事施設建設の件を担当していたんじゃないのか。」

「途中で呼び戻して、今こっちに向かっているところよ。本当ならヤワヌフと二人で行ってもらおうと思ってたけど、ヤワヌフの行方がわからなくなってるのよ。」

「そうなのか。まぁ、同郷の仲間を自らの手で、追い込んでいるからね。そっとしてあげてた方がいいと思う。」

 リクは、ヤワヌフのことについて知らないふりをした。ルーモアには正直に話をしても問題ないと思った。しかし、ヤワヌフが青民の子を青国へ返しに行った行為は白国の法律に反しているので、それを知って看過した場合にルーモアも同罪となる。そうなれば、サリマンの勢力も衰退しかねない。だからこそ、リクは知らないふりをしたのだ。

「はぁ、私たちの存在自体疑問視され始めてるのに、勝手なことしないで欲しいわ。」

「反議長派が俺たちの様な部隊は解散させたいと思っているのは知ってるが、何かあったのか。」

「そうなのよ。最近露骨になってきているのよ。私たちの存在意義を示さなければ、本当に解散させられるかもね。」

「目に見えない功績はあげてるんだけどな。俺たちを批判する奴には、安全なところから何言ってんだと言ってやりたくなるよ。」

「それを証明してきてよ、リク。」

「わかった。赤国の現状などを調べてくればいいんだよな。」

「えぇ、何かあれば速報してね。」


 ルーモアが立ち去った後、リクはこれまでの状況を思い返していた。自国の権力争い、黒国の裏切り、赤国の度重なる工作に加えて所属部隊の存続問題。自国のみならず、自身を取り巻く環境も徐々に悪くなってきている。リクは嫌気を感じつつも、この状況の打開策を見出すために赤国に行くことを決めたところもある。投げ出そうと考えたこともあった。同い年のやつらは守られてぬくぬくと過ごしているのだから、自分もそうであっていいはず。でも、安易な選択をしようとはしなかった。リクの確固たる意志を支えているのは、義父ケンエクトが見せてくれた『悔いのない生き方をする姿』である。自分自身も恥じぬ生き方をするため最善を尽くすだけなのだ。

 リクはベッドに横たわり、赤国への潜入について考えていた。議会では簡単に潜入するよう指示をされたが、そうはいかないのである。赤国と黄国の間には柵など遮蔽物がほとんど設置されていないが、長距離にわたる平野が広がっているのだ。ちょうど樹木や山谷がないので、どちらかが侵入しようとすればどちらかにすぐバレてしまうのだ。黄国に潜入してきた工作員は両国に接している青国経由で来ていたと思われるが、この方法も赤国ではすでに想定され対策をとられていると考えられる。残る方法は一つしかなかった。

「…樹海か。」

 大陸の中央部にそびえ立つ火山がある。この火山の周囲には、かなり広い範囲で樹海が広がっている。この樹海はいわくつきで、これまで人間の侵入を阻んできた。だが、赤国に侵入するためには樹海を通って行くしかない。リクは、メトスの到着を待って樹海へ出発することを決めた。

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