第3話 隕石が落ちた地
1
今から20年前となる白国歴148年。大陸では、大きな争いなどなく均衡が保たれていた。白民が統治する大陸東部の『白国』、赤民が統治する大陸西部の『赤国』、黄民が統治する大陸北部の『黄国』、黒民が統治する大陸南部の『黒国』、青民が統治する大陸北西部の『青国』、それぞれの土地による問題点があるものの、他の国を侵略しなければいけないほど困窮してはいなかった。
しかし、この均衡が崩れる出来事が起きた。大陸の中心部にそびえ立つ巨大な火山。距離的にはかなり離れているが、その火山を囲むように北西に『蒼龍山』、北東に『白龍山』、南東に『革龍湖』、南西に『血龍湖』があったが、このうち『血龍湖』に隕石が落下したのだ。その衝撃はとてつもなく、周囲にも被害を及ぼしながら湖自体は消滅した。もともと雨が少ない地域ではあったが、豊かな水源を失ったことで周辺地域は干上がってしまい砂漠化が進行した。そして大地はひび割れて、数年の間に『死の地域』と呼ばれるまでとなった。
大陸の人間は、この隕石を『堕落した人間に対する太陽神の制裁』『神の鉄槌』だと信じて恐れ慄いていた。
血龍湖は赤国と黒国の国境に位置していたので、この問題が発生した際に双方の国は湖跡地へ調査隊を派遣した。すると黒国の調査を委託されていた黒国商会が、湖跡地で見たことのない物質を発見した。これまで存在していた銅とは異なる色をした金属で、他の金属と比べても軽くて硬かった。もともと血龍湖の地下にあったのか、隕石の中に含まれていたものかわからないが、世界の情勢を変えてしまうほどの発見であった。その金属こそが『灰鉱石』である。
白国歴168年、現在。リクは黒国に入国し、首都宵闇(よいやみ)に到着していた。黒国の中央部に位置している宵闇は、王の城を囲むように街が広がっている。この街は、黒民だけが住んでいるわけではなく、高収入となる製造業での仕事を求めて多くの民族が集まり暮らしており、また黒国もそれを受け入れている。だから、人口も宵闇に集中しており、いつも街は人でごった返している。
「相変わらず、にぎやかな街だ。」
「俺は初めてきたが、なんだか落ち着かない街だな。暑いし。」
そう言ったのは特別部隊5番員のジークである。ジークも白国に潜入していた工作員の調査をおこなっていたが、リクが交通貿易部門の案件を解決した後、すぐに任務を終了したので、リクと合流したのである。
「ん。おい、リク。あれを見てみろよ。」
ジークが指をさしたのは、商店街で売られていた『灰鉱石の包丁』だった。
「あれは、黄国の鍛治職人が作った灰鉱石の包丁じゃぁないか。白国ではまだ流通の許可が降りてない代物だぞ。」
黄国では、鍛治職人の技術が他国より優れており、繊細な作業を任せたら黄国の右に出る国はいない。
「なんで白国では許可が出てないんだ。」
「灰鉱石を使っているから、強度もあって刃こぼれもしにくい。そして、ほかの金属より薄くて使い易い。一見良いことしかないように思えるが、灰鉱石は人の念いに反応するだろ。」
「なるほどな。念いが強い人が使うと、危ないかもってことか。」
「そういうことだ。純度が低い灰鉱石を使用しているから問題はないと思うが、我が国ではそうはいかない。何かあれば、流通を認めた国の責任になるからな。」
「黒国では、それが甘いのか。」
「そういう訳ではないが、ここは王の決定が絶対だからな。」
黒国は白国と違い君主制であるから、当然議会はなく、一人の王様の意向がそのまま通ってしまう。そのため、議会制とは違い国策が素早く実施され、それがすぐ国民に反映されている。
「良くも悪くも、早いという訳だよ。」
「もし国策が間違っていたら、取り返しのつかないことになるな、それ。でも、スピード勝負の時は効果的なことを考えると、どちらが良いかはわからないか。…ところで。」
リクたちは、街の大通りにある広場の前で立ち止まって辺りを見回してみた。
「待ち合わせ場所はここでいいのか。」
「そのはずだが、誰もいないな。」
すると、二人の後ろから声がした。
「お前たちが遅いから休憩をしていたところだ。」
二人が後ろを振り返ると、そこには黒民の男性が立っていた。
「ライル」
特別部隊3番員のライルは、見た目は黒民だが白国に籍を置く白民である。その見た目もあって主に黒国に潜入している。先の戦争のように、赤国が攻めてくるなど不足の事態が起きたときに、迅速な対応ができるようライルが配置されているのだ。
合流した3人は、情報共有のため人が少ないところに移動して話を始めた。
「さっそくだが、リク。状況を説明してくれ。俺も、お前たちが来るとしか聞かされていない。特別部隊2名が来るほどのことだから、余程のことがあったんだろ。」
「まあね。手短に事の発端から話すよ。」
リクは、治安維持隊へ赤国の工作員が潜入していたことから、交通貿易部門の情報が赤国へ漏れていたことを話した。そして、赤国が『白国から黄国へ灰鉱石などを輸出した内容』の情報を収集していたことを話した。
「そういうことか。白国から黄国の間だけでは、白国が黒国から何をどのくらい輸入しているかがわからない。もっとも欲しいであろう情報に手を付けていないとなれば、黒国と赤国が繋がっていて、既にその情報を手に入れていることが考えられる。そういうことだな、リク。」
「そのとおり。ただ、これはあくまでも推測の域を越えていないから断定はできない。もしかしたら黒国にも工作員が潜入して情報収集しているだけの話かもしれないんだ。」
「確かにそれも考えられる。ジークも調査してきたんだろ。どうだったんだ。」
「俺は学術部門を調査してきたが、あまり期待しないでくれ。最初は研究所などに工作員が潜入していると思って調査していたが、どの分野の研究所も新人が簡単に入れるわけではなかったんだ。」
「どういうことだ。」
「学術部門の職についたものは、まず学校に入って勉強をするらしい。そこで、必要な知識を得たり、適性を見てどの分野に進むのかが決まる。」
「給与をもらいながら勉強とは、好きな人には申し分ないな。」
「それはいつまで勉強するんだ。」
「最低でも一年、長ければ二年という話だ。だから、その学校を調査したんだが、すぐに浮いている奴がいて…」
「それが工作員だったのか。」
「そういうこと。その工作員は講師にすり寄るくせに同僚のことは無視をしていたらしい。」
「治安維持隊に潜入していた工作員とは違って、随分とお粗末な奴だな。」
「ショウは優秀な工作員だったんだな。」
「結局、何も得ないまま俺に捕まってしまったということ。尋問にもだんまりだから、何も情報はないんだよ。」
「そうか…、俺もこっちで情報収集しているが、今のところ黒国が赤国と繋がっているといった話は聞いたことがない。ただ、ちょっと時間をくれないか。それを念頭に人から話を聞いて来ようと思う。」
「わかった。じゃぁ俺たちは適当に情報収集しとくよ。」
「あぁ、また3日後、同じ場所に同じ時間帯で。」
話を終えると、ライルは足早に立ち去っていった。
「さてと、リク。俺は少し楽にやらせてもらうからな。お前とライルと違って黒国に何のツテもないからな。」
「もちろん、最初からあてにしてないよ。でも、遊ぶなら仕事に繋がる遊びをしてくれよ。」
「承知した。ちゃんと宿に戻るようにするから、何かあればそのときに。」
ライルに続いてジークもその場を離れていった。取り残されたリクはぼそっと呟いた。
「さてと、オヤジに会いに行くか。」
2
白国歴153年、沈没しかけた船に乗っていたリクを助けたのは、偶然近くを通りかかった黒国商会である。
『黒国商会』とは、工業、商業、漁業、産業などと幅広い分野を手がける民間の法人で、名前と異なり国営ではない。ただし、国とは密接な間柄であり、国が民間に発注する仕事のほとんどが黒国商会が受注している。そして、貿易によって国益を増やしたり、雇用問題の解消など国の経済を支えてくれている法人である。
商会の水産課課長は、沈没船から救い出された5人の白民の子供を見て頭を抱えていた。子供たちの話から、赤民が白国の子供たちを拉致したが、船が座礁して沈没しかけたので捨てて逃げたということは理解できた。しかし、問題は白民だということである。
黒国と白国は表向きは友好国であるが、黒国は白国を嫌っている。国土も広く財源も豊かな白国と、金属などの資源は豊富だが、農業などが難しく度々食糧難に見舞われる黒国。黒国は食糧難など困窮した際に白国に助けてもらわなければならなかった。ただ、白国はこれを良いことに自国が有利になるようにルールを決め、さらに黒国を見下すようになった。度重なる白国の横暴に目をつむってきた黒国としては、白国への恨みが積もり積もっている。
反対に赤国とは敵国でありながら、秘密裏に貿易をしており友好的な関係であった。また、仕事を求めてきた赤民の受け入れもしており、名ばかりの友好国よりも余程友好的であった。名ばかりの白国に対しては『あくまでも脱国者の受け入れ』という体で説明する始末だ。白国があぐらをかいている内に関係は崩壊していたのだ。
このような状況で、国に白民の子供を預けた場合、国も白国に帰らさざるを得ない状況となる。しかし、それによって白国の信頼は得れても、赤国の関係が崩れかねない。赤国は良い取引相手であり、また赤民の労働者は、会社にとって重要な人材である。それを失うのは会社としても大きな損失となる。かと言って可哀想な子供たちをこのままにしておけなかった。だから水産課長は悩んでいたのだ。
悩んだ結果、水産課長は正規の手続きを取ることなく子供たちを白国へ返すことにした。白国へ輸出する際の便に子供たちを潜り込ませて、白民の協力者によって家まで送り届けてもらうことにしたのだ。これ自体、会社にも迷惑をかけれないと考えた課長の独断であり、リスクが高く誰もやりたがらないことではあったが、ただ一人この依頼を受けてくれた。それは、貿易課の課長であり水産課長の友人であるケンエクトだった。ケンエクトは義理人情に厚い男で、友人である水産課長のお願いに即答で応じてくれたのだ。このケンエクトの活躍により子供たちは無事に家に帰ることができた。そして、公にならないように子供たちの親には「これが公になった場合、子供の命を狙って拉致した人物が来るかもしれない。」と脅して口封じまでもした。
無事問題は解決したかのように思えたが、更なる問題が起きた。それがリクだった。リクは帰りたくないと言い出したのだ。無理にでも家に返そうとしたが、両親から虐待を受けていた話をリクから聞いて、気持ちが変わり返すことをやめたのだ。そうすると、問題はリクの処遇をどうするかということになった。リクは正規の手続きで来ているわけではないので、後々、その身分が問題となってくる。
考えたケンエクトは、まず会社で働いている白民の労働者夫婦を探した。次にその夫婦の間に子供が産まれていたことにしてもらい、リクと一緒に白国へ戻らせて国民登録をさせた。これでリクは正規の手続きによって黒国に入国することができた。その後はケンエクトがリクを養子として引き取って7年間育てた。
宵闇の西部にケンエクトの家があった。ケンエクトには妻と2人の娘がおり、リクがその家に来たときは家族みんなで迎え入れてくれた。
「みんな元気かな。」
久しぶりに帰る家に、リクの独り言が漏れ出していた。家まで着くと玄関扉を叩いた。家の中から声がして外に出てきたのは、一番下の娘のケアティだった。
「はい、…うわあっ、誰かと思えばリクじゃん。久しぶり。元気にしてた。」
「ケアティ久しぶり。大きくなったな」
「何言ってんのよ、あれから8年経つんだから、私ももう立派な大人よ。リクも背が伸びたわね。」
「そうだろ。そうだ、オヤジと母さんはいるか。」
「いるよ。中に…」
「どうしたんだ。」
「いや、リクは知らないだろうけど、実は今お父さん仕事を休んでるの。それでずっと家に居て。」
「えっ、なんで。」
「まぁ、とりあえず中に入りなよ。」
リクはケアティに案内され、家の中に入っていった。ケアティはリクより一つ下で、リクとは一番仲が良くとても明るい女の子だ。だが、そのケアティから明るさが感じられなかった。きっとケンエクトに何かあったに違いないと思いながら、リクは進んでいった。
家の中に入ると、昔の雰囲気と変わらないままであった。リビングにはケンエクトと妻のアマジュが椅子に座っていた。
「リク、よく帰ってきた。さぁ、こちらに来ておくれ。」
リクは2人に近寄りそれぞれ抱きしめた。よく見ると、ケンエクトはすっかり痩せ細っていた。
「オヤジ、いったいどうしたんだ。こんなに細くなって、病気でもしたのか。」
「こんな病気なんか大したことはない。…と言いたいところだが、どうも今回ばかりはお手上げのようだ。」
ケンエクトの弱音をリクは始めて聞いた。
「最初は咳がひどくて、その後に肺が痛くなってきたから医者に診てもらったが、治らない病気と言われた。」
「そんな、オヤジ…。」
「本当、いいところに帰ってきてくれた。死ぬ前にリクに会いたかったんだ。」
「死ぬだなんて言うなよ。」
「そうだ、アマジュとケアティ。少し席を外してくれるか。リクと大切な話がある。」
「わかったわ、ケンエクト。リク、お父さんはあなたに本当に会いたがっていたのよ。だからお父さんの話をちゃんと聞いてあげて。」
「あぁ、わかってるよ母さん。」
アマジュたちがリビングから出て行き、リクとケンエクトの二人だけとなった。
「オヤジ、大切な話ってのは」
「あぁ、話したいことは山ほどあるんだが。リクをうちで引き取ったときのことだ。」
ケンエクトは、リクを養子にしたときのことや、赤国と白国との関係について話した。
「やはり黒国は赤国と繋がっていたのか。」
「黒国商会は民間企業だが、実際は国の言いなりだった。それもあって国は会社を優遇してくれた。まぁ、いざとなったら民間が勝手にやったと言って切り捨てるつもりなのだろう。それはそれでいい。だが、今会社の上層部では大きな変化が起きている。
そして、よくわからない取引も増えている。わしも確かめた訳ではないが、噂では赤国との関係が強くなってきているのではないかと。」
「それは確かめてみる必要がありそうだな。でも、なんで白国の人間になった俺に話したんだ。こんな話をしたらオヤジが危ない目に遭うかもしれないのに。」
「死を目の前にして思うようになったんだよ。どれだけ生きるかではなく、どう生きるかが大切だということに。わしは正しいと思ったことをすることにしただけだ。」
ケンエクトが黒国や黒国商会の何を知っているのかわからなかったが、リクはそれ以上詮索することをやめた。ケンエクトの身を案じたからだ。だが、ケンエクトにそこまで言わせるということは、黒国らが何かをとんでもないことを起こそうとしている可能性があるとリクは感じていた。
「頼むから無理はしないでくれよ。」
「お前が心配することではないさ。さぁ、今回はゆっくりしていくんだろ。」
「あぁ、そのつもりで来たんだ。」
「リクと生きて会えるのも、これが最期かもしれないから、いろいろ話をしようじゃぁないか。」
「また、そういうことを言う。」
3
リクがケンエクトの家に帰ってから2日後の夜のことだった。宿で待っているとジークが帰ってきた。
「どうだったリク。昨日は宿に戻って来なかったが、何か収穫があったのか。」
「あぁ、黒国と赤国はやっぱり繋がっていた。」
リクはケンエクトのことは伏せて、以前から赤国と裏で取引が行われていたことを話した。
「まぁ、黒国にはいろんな人種の人間がいるが、確かに敵国の赤民がいるのは変だと思っていたけど、やっぱり繋がってたんだな。黒国に問いただしてみるか。」
「いや、追及したところで黒国商会が勝手にやっていると言われるだけだから、確証がないとダメだと思う。」
「じゃぁ明日、ライルと一緒にどうやって尻尾をつかむか考えよう。」
「そうだな、ライルの方が黒国に詳しいから、いいアイデアがあるかもしれない。…ところで、ジークは何か収穫があったか。」
「期待していたよりなかったよ。食べ物も寒い地方の方が俺は好きだし、女の子も優しい子ばかりだけど、みんな真面目で。唯一、お酒が果実使った変わったもので美味しかったよ。」
「お前は何しに来たんだ。」
翌日、リクたちはライルと合流して、リクが調べた結果をライルに伝えた。
「黒国商会の内通者にも当たっているが、そんな濃い話は聞いてないぞ。リク、お前は一体どんな人物から情報を聞き出したんだ。」
「…すまない、それは言わない約束なんだ。」
「いや、俺の方こそすまない。気にしないでくれ。しかし、黒国と赤国の繋がりを調べてみないといけないな。」
「俺たちもそれを考えたんだが、どうやって調べていいものかわからなくて。ライルならいいアイデアがあるかもしれないと思って。」
「そうだな。黒国でもその話を知っているのは、軍の中将あたりか、行政の幹部あたりの人物だと思う。もしくは黒国商会の極一部の人間たちか。俺も黒国の内通者がいるが、本当に少数の人間で秘密裏にやっているのだと思う。そうなると、裏をとるのはなかなか難しい。」
「さすがのライルでも厳しいか。」
「…、黒国商会からたどっていくしかないな。」
「たどるって、リクは黒国にとぼけられたら追及できないって言ってたじゃんか。」
「いや、確かにリクの言う通りだ。実際のところ、今調べることができるのは黒国商会くらいしかない。それに、黒国商会と赤国との間で何が取引されているかを調べれば、黒国が関与していることがわかるかもしれない。」
「じゃぁ決まりだ。黒国商会の後を追って取引現場を押さえにいこう。」
楽観的にジークが言い放ったが、簡単な話ではなかった。いつ誰がどこで取引をしているかわからない状況で、赤国と取引をしている人物を見つけ出すことすら困難であった。
リクたちが黒国商会の動向を調べ始めて一週間経過しようとしていたが、何も成果は得られていなかった。リクたちは分かれて、黒国商会の本社、物流を管理している倉庫、宵闇の街から赤国に向かう人物をそれぞれ確認したが、それらしい人物を見つけることはできなかった。3人は宿に集まって調べた結果を共有したが、誰も手がかりを得られていない状況に落胆していた。沈黙していたところにジークが思い出したかのように喋りだした。
「そういえばライル。本社を調べてみたけど、黒国商会の役員に赤民がいるんじゃぁないか。」
「あぁ、オツカーのことか。あいつは商会の副社長だ。」
「えっ。赤民が副社長になれるのか。」
「オツカーは特別だ。あいつは、そのセンスと人間性が買われて、現場作業員から叩き上げで出世したんだ。噂では黒国軍の中将の一人に気に入られたみたいで、それがきっかけで一気に出世したらしい。」
「ますます、赤国との繋がりを疑ってしまうな。むしろ赤国に侵略されるんじゃぁないか。」
「その可能性もある。ただ、噂ではオツカー自身が赤国を嫌っているらしい。まぁ黒民を目を欺くために嫌いと言っているだけかもしれないが。」
黒国商会には、白民や黄民も従業員として雇用されており、黒民以外の役員もいるが、オツカーほど30代の若さで成り上がったものはいない。ただし、オツカーは誰よりも会社のために尽くしていることから、それが評価されているのも事実である。
「それはそうと、リク。宵闇の街から赤国方向に出て行った人物は、個々で出て行く地方の人と、灰鉱石の採掘に向かう商会の者くらいだと言ったな。」
「あぁ、一見したところそうだった。」
「…、灰鉱石を取引しているとかあり得ないかな。」
「どういうことだライル。」
「いや、こう思ったんだが…。神の鉄鎚が落ちた地の範囲は、国境を越えていたため赤国と黒国どちら側からもこの『死の地域』にいくことができる。だから赤国も灰鉱石を採掘しているはずだと。しかし、もし仮に灰鉱石が黒国側しか採掘できていないと考えた場合、赤国は灰鉱石を輸入しているのではないかと。」
「…確かに、交通貿易部門でも白国における灰鉱石の輸入量はわかっていたが、黒国がどのくらい採掘しているかは全く把握できていないな。」
「まさか…。そうなると大変なことになるぞ。先の戦争で赤国に灰鉱石を流したのが黒国で、黒国が白国と黄国を裏切っていたことになる。」
「それだけじゃない、下手すれば大陸を二分化した戦争に発展するおそれがある。」
「俺の予想が当たって欲しくはないが、可能性はある。それを確かめるためには、灰鉱石の採掘場に行ってみないといけない。」
「ライル、リク。すぐにでもその採掘場に行って確かめよう。」
3人は、最低限の期間は滞在できる準備を済ませて、灰鉱石の採掘場がある黒国西方の『死の地域』に出発した。
4
首都『宵闇』を西方に向かい、町や山岳を越えた先に『死の地域』がある。死の地域は、周囲が砂漠で中心部に湖の跡地が存在する。そして、この湖の跡地の東端部に黒国商会の採掘場がある。
採掘場では、無数のテントが張られて数百人の作業員と護衛する軍人が滞在している。さらに簡易的な建物が数軒建てられて、過酷な環境下でも長期で生活できるように整えられている。
リクたちは、目立たないようにマントをつけて、少し離れた場所にあった岩石の陰から採掘場を監視していた。
「あぁ、もうこのままじゃ干からびて死んでしまうよ。」
「我慢しろよ。俺も嫌だけどこうしないと採掘場の様子がわからないから。」
「ジークは鍛錬が足りないんだよ。」
「ライルは黒民の血を引いてるから、体質的にも耐えれるかもしれないけど、俺は雪が降る地方出身なんだよ。暑さによわいのよ。」
「ライル。ジークの相手すると体力使うから無視しとこ。」
「ひでぇな、おい。」
「でも、ジークの言うとおりで、いつまでもこうやって砂漠の真ん中で待っておくわけにもいかないからな。俺らが倒れてしまう前に動きを見せて欲しいんだけど。」
そう話していると、都合良く採掘場から灰鉱石らしき物を積んだ砂馬が出てきた。砂馬とは、砂漠での移動手段や荷物搬送に使われる生き物であり、主に大陸南部に生息している。
「これで東に向かわなければ、こいつが当たりなんだが…」
しかし、ジークの期待とは異なり、数十頭の砂馬と搬送員は東に向かい始めた。
「終わった。これで外れ3回目だ。」
「さすがに帰りのことを考えると、これ以上は体力も続かないし、水分も持ちそうにないな。今日はここら辺で引き返そう。」
「…」
「どうした、リク。」
リクは、今回出てきた搬送組が前回までの搬送組と違うことに気がついた。前回までの搬送組には護衛する軍人が付いていたのに対して、今回の搬送組には軍人が付き添っていないのだ。
「ちょっと、あの搬送組をもう少し見させてくれないか。」
「何いってんだぁ。暑さで頭がいかれたか。あの搬送組は方角的にも宵闇に帰るんだよ。」
リクはジークのことを無視して搬送組をじっと見つめていた。
「暑さでやられてるのはリクじゃなくて、お前だよジーク。まぁ、俺たちが帰る方角でもあるから追いかけて問題はないが。」
「そういうことなら、すぐ行くぞ。」
「本当にリクの言う通りだ。相手にすると余計な体力を消費してしまう。」
リクたちは、搬送組の後を追いかけながら東に向かい始めた。時間帯も昼を過ぎた頃である。このまま東に行くと山岳があり、その山岳には小さな町がある。リクたちが寝泊まりを考えているのはその町だ。ジークは歩きながら夕飯のことばかりを考えていた。
「まぁ、今日のところは一旦帰って、作戦会議をしようじゃぁないか。特別部隊員3人でも、さすがに最初からうまくはいかないよ。」
諦めの言葉を口にするジークを無視してリクは搬送組の動向を注視していた。すると、採掘場が見えなくなりそうな位置に差し掛かったところである。搬送組がいきなり進路を北にかえた。
「えっ、リクの言う通りこの搬送組が当たりなのか。」
「そうみたいだぞ、ジーク。リクやったな。」
「あぁ。ジーク、後で謝罪な。」
「はい。」
リクたちには、搬送組が単に大回りでしているように見えていたが、実際のところは足場の悪い地形を避けて進んでいるということに後から気がついた。
搬送組は、湖の跡地を沿うようにそのまま北へ向かって進んでいき、リクたちも気づかれないようにその後を追いかけた。
「このまま行けば国境だが、あいつらはどうやって進むんだ。」
「ここは砂漠だから、それこそ関所とかはないが、国境の警備隊はいる。だが、警備隊がいたとしても砂漠は避けてその他の平地に配備されているはずだ。」
「そうだよな、普通の人なら砂漠なんかは避けて通るもんな。」
「…なぁ、ライル。あいつらが軍人を連れて行かない理由はなんだと思う。」
「断定はできないのだが、可能性の一つとしては黒国が関わっていないことにするためだと思う。万が一でも取引状況を見られたとしても、商会が勝手にやっていたことにすればいいからな。」
「だが、軍人を連れていれば、国境で警備隊と遭遇しても顔パスで通ることができる。盗賊に襲われる心配もなくなる。」
「確かに。しかし、その他に考えられるとすれば、軍の上層部しか赤国との取引を知らないという話になるが、これだけ堂々と取引をしているのに上層部しか知らないというのも考えにくい。」
リクはその違和感を感じながら搬送組を追いかけて続けた。
日は落ちていき辺りは暗くなっていったが、搬送組は立ち止まる気配はなかった。
「あいつら、このまま進み続けるんじゃぁないだろうな。もう、体力の限界だよ。」
「さすがにそれはないと思うが、このままだと水や食糧も底をついてしまう。ライル、この辺に町はないのか。」
「死の地域だ。そんなものはない。」
「なぁ今回は、帰ろうぜ。準備を整えて追跡するべきだと思うぞ。死んでしまったら元も子もない。」
「…今回ばかりはジークの言うとおりかもな。これ以上は追うことができない。」
リクたちが引き返そうとしたとき、搬送組の先に灯りが見えてきた。
「何だあれ。」
「もう少し追ってみよう。」
その灯りに近づくにつれて、それがオアシスの側に作られた建物からの灯りだということが分かった。搬送組がその建物に到着すると、砂馬から荷物を降ろして建物内に入って行った。どうやら今日はこの建物で寝泊まりするらしい。砂馬たちも専用の小屋に繋がれてエサを与えられている。建物には何人かいるみたいだが、軍人らしき人物は見当たらなかった。
「こんなところにオアシスがあるなんて。ライルも知らなかったのか。」
「あぁ、そんな話はこれまで聞いたことがない。」
「しかし、天光神の恵みだな。水があればなんとかなりそうだ。本当に助かったよ。」
リクたちはオアシスで水分補給をして、人目のつかないところで休息をとることにした。
「このオアシスは、商会しか知らない場所かもしれないな。」
「リクもそう思うか。」
「どういうことだ。というかいきなり2人ともどうしたんだ。」
「ジーク、ちょっと…」
「黙っておきます。」
「この死の地域で、水源があること自体が希少だし、こんな重要なことを黒国軍が放っておくはずがない。軍の拠点があっていいくらいだ。」
「しかし、それがないということは、おそらくこれは商会が独自で発見したオアシスで、軍にも伝えていないものと思われる。」
「ちょっと待て、商会は黒国に頭が上がらないんじゃぁなかったのかよ。それなのに、そんな勝手なことができるのかよ。…ごめん、喋っちゃったわ。」
「いや、いいよ。そこが疑問なんだ。本来こんな勝手なことが許されるはずがないんだ。」
「俺たちが知らないところで確実に何かが動き出している。白国を守るためには、情報収集をするとともに何が起ころうとしているかを予測しなければならない。」
「そのためにも搬送組がどこに荷物を持っていくのか確認しないとな。」
「その通りだよ、ジーク。」
5
翌朝、搬送組はオアシスを出発して、湖の跡地に沿って北方へ進みはじめた。やがて、黒国の国境を越えて赤国に入った。
「ここまで来れば、国境を越えて赤国に入っていると思う。」
「とうとう、搬送組も赤国に入ったな。これで灰鉱石を赤国に輸出していることに間違いないな。」
「あぁ。荷物の中身を確認していないが、これでほぼ間違いないだろう。念のため、どういう引き渡しをしているのかを確認したいから、追えるところまでは追ってみよう。」
その後もしばらく追跡していると、行手に岩場が現れた。搬送組はその岩場に向けて進み始めた。
「この岩場では、あまり離れたら姿が見えなくなってしまう。二人とも少し近づこう。」
リクたちが近づいて行くも、搬送組の姿が岩場の陰に隠れていった。急いでその後を追いかけていった。
その時である。いきなり岩陰から出てきた男が、先頭を進んでいたリクに向けて剣で斬りつけてきた。リクは素早くそれをかわし、リクも灰鉱石の剣を鞘から引き抜いて構えた。男の姿をよく見ると、
赤国軍の兵士だった。周囲からも赤国軍の兵士が現れて周りを取り囲まれた。
「しまったな、周りを囲まれた。これじゃ搬送組を追うことができない。」
「ざっと見て一個小隊くらいはいるな。」
言葉とは異なり、ジークとライルは冷静に分析をしていた。すると、兵士たちの奥から小隊長らしき人物が現れた。
「お前たち、白国の者だな。敵国に侵入するとはいい度胸だ。」
リクは、どの口が言うのかと思いながらもその動静を注視していた。その立ち振る舞いからも、おそらく敵の中で一番腕が立つと思われる。
「リク、あの一番強そうな奴は俺が相手していいか。」
ライルが前に出てきた。その手には携行用に開発した折りたたみ式の槍を持っていた。灰鉱石の強度があってこそ作れる槍である。
「この隊の長とお見受けする。是非手合わせ願いたい。」
「黒民がいるのか。まぁ、いいだろう。相手をしてやろう。お前たちは残りの二人を始末しろ。」
小隊長が話をしている隙を見逃さなかったジークは、灰鉱石の双剣を出して赤国軍の兵士を斬り始めていた。普段のだらしない様子は一切感じさせない素早い動きで、既に3人を倒していた。
「隊長の命令がないと動けないようじゃぁ死んでしまうよ。」
ジークの不意打ちに怒りを覚えた小隊長は怒号をあげた。
「えぇい、隊形を組めぇ。3人でも油断するな、確実に一人ずつ仕留めていけぇい。」
リクは、周りを囲まれないように岩石を壁にするなど相手の攻撃に気をつけながら、動きが悪くて弱い兵士から狙って攻撃を始めた。灰鉱石の特性を活かして、刀身を硬くして攻撃を防ぎつつ、微妙な間合いから剣を伸ばして斬りつけていった。
「け、剣が伸びた。」
灰鉱石を柔らかくすることや硬くすることは、他の特別部隊員でもできるが、伸ばすといった芸当ができるのはリクだけである。
「く、くそぉ。もう一人を先にやるぞ。」
リクの見たことのない攻撃にひるんだ何人かの兵士は、ジークに向かって攻撃を仕掛けていった。
「失礼なやつらだな。ほんとによぉ。」
ジークは、赤国軍の兵士が持っていた青銅の剣を叩き切って、上級の双剣で兵士の鎧ごと切り刻んでいった。灰鉱石の防具を装着していることも想定していたが、どうやらそうでもないみたいだ。兵士たちの装備から考えても赤国軍の末端部隊だということが推測できた。
一方ライルは、敵の小隊長と撃ち合いを繰り広げていた。小隊長は一級の灰鉱石を使った剣を使用していた。
「その攻撃の形は赤国伝統のものか」
「あぁ、そうだ。」
「名を伺いたい。」
「私は、武術の才人パラディム王子の門下、ガッドナスだ。」
「ガッドナス、いい敵に出会えて感謝だ。」
そう言うと、ライルの攻撃速度が一層増した。それに伴ってガッドナスも攻撃を受けるだけで手一杯になっていった。
「…くっ、ぅ。」
このままいけば確実に殺されてしまうと思っているのだろう。追い詰められていくガッドナスの表情にもそれが表れている。
「あぁ、…しい。…にはもったいなぃ。」
至近距離ではないと聞こえないくらいの声でライルが何か言った。そのライルの呟きが聞こえたガッドナスは、必死の表情になっていた。
ライルの実力は特別部隊の中では最強である。元々身体能力が他の民族より優れている黒民の血を引いていることもあるが、ライルは鍛錬を怠らないので能力的にも秀でている。本人も決して妥協することなく、常に己を磨き可能な限り研ぎ澄ましている。そのため好敵手と戦って己を試すことがこの上ない喜びになっている。
「このぉぉ、小隊長をやらせるかぁ。」
小隊長の劣勢に気付いた部下が、ライルに斬りかかってきたのだ。しかし、ライルはその兵士を一瞥することなくなぎ払った。その斬撃は兵士を身体を裂いて致命傷を与えた。
「無粋。真剣勝負に水を刺すな。」
この一瞬できた隙をガッドナスは見逃さなかった。部下に攻撃したライルに斬りかかったのだ。
「この野郎ぉぉぉ」
グッギィン。金属音が鳴り響いた。
「邪魔が入ったとは言え見事だ。」
ガッドナスの斬撃はライルの左腕に装着された小手で受け止められていた。当然この小手も、上級の灰鉱石で作られているため、一級の剣の刃が貫通することはまずあり得ない。
すかさず柄の部分でガッドナスの横腹を打ち払った。片手とは思えないほどの重たい打撃を受けたガッドナス横へ吹っ飛んだ。そして骨が折れたのか、痛みを隠しきれていない。
ライルは、痛みを堪えているガッドナスの顔をぶん殴り、ガッドナスはそのまま気絶した。これにより幸か不幸かガッドナスは一人生き延びた。
「お前の勝ちだガッドナス。」
「いや、お前の勝ちだろ、ライル。」
周囲にいた兵士たちはリクとジークが一人残らず倒していた。だが、ライルはそんな二人に不満をぶちまけていた。
「お前たちが周りの兵士を早くやっつけないから、せっかくの勝負が台無しになったではないか。」
「50人くらいいたから、流石にすぐには倒せないよ。」
「ライルは一人で楽しめたのだろうがよ。それを文句まで言うとは。やってらんねぇよ。」
「ジークは何かあったのか。」
「いや、いつもこんな感じだろ。」
「うるせぇよ、お前ら。…それより、今の戦闘で搬送組を完全に見失ったな。」
「あぁ、仕方ないな。でもこれで黒国商会が赤国へ灰鉱石を流していることがわかった。あとは、この繋がりが黒国まで及ぶかどうかというところだな。」
「ここからは、国同士の問題も含んでくる。黒国に追及するのは容易いが、押し通せば様々なリスクが降りかかってくる。ここは政治的な判断を仰いでおかなければいけないと思う。」
「一旦白国に戻るべきだな。」
「なら、議長と仲がいいリクが帰ればいいじゃないのか。議長に言うのが手っ取り早いだろ。」
「待て、議長ばかり密接になると、他の議員から冷遇されかねないぞ。ここは、外交に関係する交通貿易部門担当と軍担当の議員に話を通してからの方がいいのではないか。」
ライルの指摘のとおりで、議会のパワーバランスについては気を揉むところである。議会にも派閥が存在しており、大きく分けて保守的な議長派と革新的は反議長派と中立派に分かれている。ここ最近、議会直轄である特別部隊を議長が私物化しているという批判が出ている。当然言われもないことで、正当な主張でこれを退けている。しかし、議長にばかり偏った行動をしていた場合、反議長派の議員たちから目の敵にされる可能性もある。
「じゃ、交通貿易部門担当のソネラ議員へ先に報告するか。確かライルの推薦者だったよな。」
「あぁ、俺を特別部隊へ推薦してくれたのはソネラさんだから、俺が言った方がいいのだろうな。だが、基本的に黒国を離れるようになっていないから、やはりリクに行ってもらわないといけないな。」
「そこは、俺じゃないんだね。」
「リクの方がしっかりしている。」
「うぅ…。それは否定できない。」
「それと、一応今回の事案の統括指揮者である議長にも報告しなくてはいけないだろうから、リクが適任だな。」
「わかった、じゃぁ俺が報告してくるよ。」
「頼んだ。でも、とりあえずみんなで一旦宵闇まで戻ろう。」
6
ライルとジークは、一度宵闇に戻り休息を取った後、黒国商会と赤国の交流に黒国が関わっていないかを調査することにした。リクは白国の首都新兎に戻って、ソネラ議員の部屋を訪ねていた。
「サリマンのお気に入りの君が私に会いに来るとは、一体どういう用件だね。」
リクが予想していたとおり最初から嫌みを言われたが、気にせず話を続けた。黒国商会のことや赤国へ物資を運んでいた状況など一通り報告した。当然、ケンエクトのことや採掘場に行った経緯などは、適当に誤魔化して話をしていない。
「なるほど、君が報告するとおり黒国商会は赤国と繋がっているみたいだね。ただ、それは商会が勝手にやっている可能性があるな。」
「えぇ、今のところ黒国自体の繋がりは出ていません。しかし、商会は黒国の影響をかなり受けている会社ですし、単独でやっているとは考えにくい部分があります。」
「確かに。だが、商会も黒国の影響を疎ましく思って独断でやっているとも考えられる。」
商会が黒国を疎ましく思っているなど聞いたことがない。
「あと、仮にその疑いだけで黒国に対する措置を講じて、万が一にも違っていた場合、もしくは証拠が見つからなかった場合、間違いだったなどでは済まされない状況になる。」
「ですが、黒国と赤国が繋がっていた場合、戦争に発展するおそれがあります。」
「滅多なことを言うものじゃないよ、特1。」
ソネラ議員は、決して名前で呼ぼうとはしない。
「黒国は、今では我が国との貿易がなければ困窮してしまうほど我が国に依存している。それを踏まえると戦争になる可能性は低い。」
どうやら、ソネラ議員は黒国への対策を講ずるつもりはないのだろう。むしろ、黒国よりかはサリマンへの対抗心とも思える。やはり、サリマンに直接報告した方が良かったのではないかと思いつつ、リクは今後の対応を考えていた。
ソネラ議員に反対されていては黒国での調査を続けることができない。しかし、サリマンにお願いして無理矢理にも調査を押し通せば、余計にソネラ議員の反感を買ってしまう。
「サリマンにお願いしようと思っているのだろうが、それはできないぞ。」
「どういうことですか。」
「黄国の山間部で人が惨殺される事件が連続発生している。既に黄国軍も動いているが、まだ解決していない。黄国常駐の特6から応援の要請が来ている。それに君が向かうことになっている。詳しくはサリマンに聞くといい。」
特6が応援を求めることがこれまでなかっただけに、その事件が余程のことだと予想される。
「黒国常駐の特3を除いたとして、特5については帰還してもらう予定だ。まぁ、どちらにしても黒国商会の件は保留だな。」
ソネラ議員は次期議長を狙っており、サリマンの足を引っ張ることも考えている。それだけにリクに成果を出されては困るのであろう。もし、仮にソネラが議長になった場合、左遷されるかもしれないと思いながらリクは部屋を出て行った。
サリマンの部屋に行くと、サリマンからも黄国への応援について説明された。
「それにしても、殺害状況から大体誰の仕業かわからないのかよ。」
「いや、わかっている。」
「じゃ特別部隊員一人いるから大丈夫だろ。」
「そうもいかないんだ。相手はもしかしたら青民かもしれない。」
「なんだって。」
青民は、青国に住む民族であるが他の民族と人種が異なる。全身毛で覆われており、爪や牙があるのでどちらかというと獣に近い人種である。
「青民は自分たちの縄張りから出ようとしない民族じゃないのかよ。俺はそう教わったぞ。」
「いやぁ、私もその見解だったのだが…。もしかしたら青民にとって何がイレギュラーなことがあったのかもしれない。」
「イレギュラーって、何。」
「それを現地に行って確認してほしいのだ。」
「そりゃ、黄国に行けと言われれば行くけど、黒国はどうするんだよ。黒国はちゃんと対策を取った方がいい。ソネラさんには切り捨てられたけど、もし黒国と赤国が繋がっていたら大陸全土に渡る戦争になりかねない。それだけ緊迫した事態だぞ。」
「リクの言う通りではある。しかし、黒国商会だけでは議会が首を縦に振ってはくれない。それに黒国との外交ルートは交通貿易部門担当のソネラが占めているから、我々の思いどおりにはいかない。」
リクはサリマンの言葉にがっかりしたのか、憤りを現しながら部屋を出ていった。
リクが議会議事堂の廊下を歩いていると、格式ある服装の美しい二十代の女性が声をかけてきた。
「リク、黄国へ行くんだよね。私も伝達役として後で追いかけるから。」
話しかけてきたのは、特別部隊の4番員のルーモアだ。
「はぁ、お前はまた伝達役かよ。」
「こんなか弱くて可愛い女の子が危険な任務につくなんて考えられないでしょ。」
「なにが、か弱いだよ。そこらの男より格段に強いじゃぁないか。」
「議長もリクを頼りにしてるのよ。」
「ったく、娘には弱いよなサリマンさんも。」
ルーモアは、その腕前を買われて特別部隊に入隊しているが、実はサリマンの娘でもある。
「そんなに怒らないのよ、リク。」
ルーモアはリクに近づいて耳打ちをした。
「黒国商会は、秘密裏に調査を開始してるよ。ただ、あなたが動くと目立つから別の人にお願いしてる。だから、そんなに怒んないで。」
「サリマンさんは、そんなこと一言も言ってなかったぞ。」
「リクが怒っている姿を周りに見せたかったのでしょ。それだけソネラさんを警戒しているんだよ。だからこそ、実の娘を使って伝えてるのよ。」
「ふぅーん。」
実際、サリマンは慎重な話を伝えるときに娘を使うことがある。ソネラの動きを警戒しているのであれば理解はできる。しかし、国を守ることなのになぜ政治で左右されなければいけないのかという気持ちでリクは納得出来なかった。
「リク、気を行ってきてね。ボルザムが応援を求めるということは、本当に青民だということだよ。」
ボルザムとは、黄国常駐の特6の名前である。
「あぁ。ただじゃ済まないかもしれないからな。俺も随時情報発信するから、ルーモアも頼むぞ。」
「任せといて。」
リクは、議会議事堂を後しながら気付いた。黄国の件が終わっても、黒国のことがあるからどちらにしても休みがないということを。
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