第2話 希少な金属

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 15年前となる白国暦153年、当時5歳の少年のリクは赤民に拉致された。白国の南部にある白夏地区で生まれたリクは父親から虐待を受けて、日が暮れても屋外に放り出されていた。一人でいるところ、三人の赤民に取り囲まれ連れ去られた。額に2本傷がある男に担がれて、赤民が乗ってきていた船に乗せられた。そこには5名の子供たちが捕まっており、みんな強張った顔で泣き叫ぶ者もいた。でも、リクは違った。辛い日々を過ごしていたリクにしてみれば、あのまま家に居ようが拉致されようがあまり大差ないからだ。ただ、自分に良くしてくれた近所のビッシおばちゃんに会えなくなることが辛いくらいだ。

 自分たちがどうなるのか分からなかったが、連れ去った赤民の男たちの話からなんとなく理解ができた。男たちが、赤国の赤民であることや拉致した子供を教育して工作員にするということだった。ただ、それを聞いたところでリクにはどうすることも出来なかった。子供たちの手と腰は縄で繋がれて、その縄は船の柱に繋がれていたので、子供たちの力だけでは解いて逃げ出すこともできず、黙って座っているのみであった。まもなくして船は赤国へ出発した。


 状況が変わったのは、翌日のことだった。翌日は大雨で視界が悪く、男たちも船の位置関係が分からなくなっていた。そのとき、船体から大きな音がした。気づかないうちに暗礁地帯に入り込んでしまっていたのだ。船底から海水が侵入して、徐々に船体が傾き始めた。赤民の男たちは自分たちだけ逃げる準備をして、予備で積んでいた小型の舟に移動して立ち去っていった。

 残された子供たちは縄を解くことができず、ただ泣き叫んでいた。リクは必死で縄を解こうとするがまったく解ける様子もなく、船体の傾きも強くなってきた。すると、波の揺れによって、リクの近くにあった机の上から赤民の男たちが置いていったナイフが滑り落ちてきた。リクは何とかそのナイフを拾ってみんなの縄を切った。丈夫だが幸いにもそこまで太くない縄だった。自分の縄も切ってもらい、みんなで外に出たところ、雨は弱まっていたが周りには何もなく絶望が広がっていた。

 浸水の速度は遅いことが救いではあったが、刻々と沈んでいく船に子供たちは追い詰められていった。寒冷地ではないので海水も冷たくはないが、海に放り出された場合は、泳げるわけはないので生きていれないだろう。死の恐怖が間近に迫ってきたリクは涙をこぼしながら思った。『何でこんな目に遭わなくてはいけないのか』親からは虐待を受け、赤民にさらわれて、挙げ句の果てには海で溺れ死ぬ。リクの感情は死を目の前にして崩壊寸前だった。

 そのとき、遠くに船があることに気づいた。子供たちは喉が潰れるくらいの大声を出し続けた。これを逃したら間違いなく死んでしまうのであるから。子供たちの声はその船に届き、幸運なことに助けに来てくれた。その船は黒国商会の船であり、黒民によってリクたちは助けられたのである。

 黒国商会とは、大陸南部に位置する『黒国』の大手民間会社であり、他国とも貿易をしていることから近年売り上げを伸ばしている会社の一つである。そして、赤民の船が座礁した場所も黒国の南側に位置していたことから、リクたちは助かったのである。


 2


 15年後の白国歴168年。白国の白秋地区にある首都新兎(しんと)。その中心部にそびえ立つ三階建ての建物が議会議事堂である。白国の最高決定機関となる議会は、12人の議員によって構成されている。4つの地区から3人ずつ選出された議員は主に法務部門、国軍、その他の行政部門からの出身者である。そして、その議会の下に国軍と行政が存在している。

 議事堂の2階に会議場があり、3階には議員の部屋がある。それぞれある議員の部屋の一番奥となる議長の部屋では、リクと議長のサリマンが話をしていた。

「そうか、治安維持官に潜入していたとなると、他の行政部門に潜入していてもおかしくないな。」

「しかし、採用するときに分からないのか。」

「それは無理だな、年間500人を越える採用者を一人ずつ調べていくわけにはいかない。過去に拘束した人間でなければ、基本的にはどの地区で国民登録されているかが判明すれば採用することとなっておる。」

 国民登録とは、人口を把握して国の財源となる年貢を回収するために実施している施策である。人口7000万人を越える白国では、4つの地区で分けて膨大な登録記録を管理しており、その記録に搭載されていることが国軍や行政部門の職に就くことができる条件となる。ただし、登録記録は出生場所で登録されて変更されることがないから、実際の居住地とは異なっていることが多い。

「実際の白民を始末して、その人に成り代わり国民登録がされているかのように見せかける…。潜入した工作員の数だけ殺された人がいるということか。」

「治安維持部門では新たに今回のような異変は認められていない。だが、残る4つの部門を調査しなければならない。」

 行政部門は、『治安維持部門』のほかに、道路や水路と貿易や郵便を担当する『交通貿易部門』、農工業や物流管理を担当する『農業部門』、商業や金融または年貢などを担当する『経済部門』、教育や研究を担当する『学術部門』、刑の執行や法の制定などを担当する『法務部門』の6つの部門が存在する。ただし法務部門は難関の試験を合格しなければいけないことに加え、特定の教育機関の講師から推薦をもらう必要があるため、工作員が潜入することは考えにくいというところである。

「分かってるよ。で、俺は交通貿易部門なんだよな。」

「あぁ、そうだ。白夏区の支部に行ってもらいたい。あの支部では黒国と灰鉱石(かいこうせき)の取引をしていることから、赤国が知りたいのは我が国の灰鉱石の輸入または使用状況ではないかと思われる。目立った異変がないからはっきりとは言えないが。」

「いいや、サリマンさんの意見に俺も賛成だ。とにかく徹底的に調査してくるよ。」

「あぁ頼んだぞ。他の部門には2番員、5番員、7番員に行ってもらう。1番員であるリク、君に仕事を集中させて悪いが、この埋め合わせはするつもりだ。」

 議会直轄の特別部隊は8人で構成されているが、極秘任務が多いためその素性もわからないようにしてある。名前についても公表していないため、各隊員を何番員と称して呼んでいる。

「ハハ、期待するとすぐ裏切るからなぁ、サリマンさんは。」

 国のトップであるサリマン議長と直接話ができるのも特別部隊の特権であるが、ここまで親しく話ができるのはリクぐらいである。リクを特別部隊に推薦したのも他ならぬサリマンだからというところもあって、リクもサリマンを慕っていた。

 リクは治安維持部門白春支部から帰ってきたばかりであるが、さっそく白夏地区へ向かうことにした。


 白夏地区には、中心部に『革龍湖(かくりゅうこ)』と呼ばれる大きな湖が存在しており、その豊かな水源によって農業が盛んな地域となる。地区東部には山々がそびえ立っているので、人口も湖付近に集中し、町も栄えている。そして、黒国との国境地となるため、同盟関係はあるが国軍の基地や国軍管轄の関所が設置されている。中心となる都市『早輝(さき)』に基地や主要な行政支部が設置され、交通貿易部門の支部も設置されている。

 今回、リクは白夏支部にある貿易課管理係の配属となった。貿易課には、輸入係、輸出係、管理係があり、管理係は取引状況、輸入出量や価格安定を管理する係である。

 課自体には数十名おり、さらに今年からの配属者は5名いるが、どの人物も特に不審な点が見られなかった。そこで、リクは黒国との貿易状況を調べている人物がいないかどうか確認した。しかし、見る限り黒国の貿易情報が保管されている場所へ出入りしている者もいないし、現に黒国の貿易情報の管理をしている者の行動も特段変な動きはしていなかった。 


 リクが来て一週間は経過しようとしたが、未だ何も掴めずにいた。工作員として治安維持官になっていたショウは、過去に犯罪経歴がある人物の情報収集をしていたが、貿易課では情報収集している人物もいなかった。さすがにこれだけ様子を見ても不審な人物がいなければ、少なくとも交通貿易部門の白夏支部には工作員がいないのかもしれないと思い始めていた。

 思いにふけっているといつの間にか昼休憩になっており、みんなが昼食をとりに出て行っていた。この課の職員たちは各々が好きなように単独行動をすることが多く、ここに配属されてから一度もご飯に誘われることがなかった。リクとしてもその方が仕事がし易くていいが、心なしか寂しい気持ちになっていた。

 職員がご飯に向かう中、1人だけ机に座っている人物がいた。今年新しく配属されたアトスだ。アトスは、管理係で主に輸入した物品のその後の物流を管理しており、他の支部から依頼されていた輸入品を依頼先へ発送する手続きや、輸入品が最終的にどの業者及び行政部門へ流れたかなどを確認している。そして、アトスがまとめた情報を蓄積し活用することで次回以降の輸入を調節する目安にもしている。

 リクはアトスに声をかけた。

「アトスさん、ご飯に行かないのですか。」

 すると、アトスはとても驚いて、明らかに動揺した様子でリクを見た。

「あ、いや、これから行きます。」

 机の上の書類を整えるとアトスは急いで部屋を出て行った。リクは何気なく机の書類を見てみると、そこには輸入品の最終納入先に関する資料が置かれていた。工作員であれば、黒国との輸出入を知りたいだろうと考えていたことから特に気にする内容ではなかったが、アトスの慌てようが気になって詳しく確認した。すると、それは輸入品が黄国へ納入された記録であった。

「黄国か…」

 大陸北部に位置する『黄国』は、白国とは同盟関係にある国家で、約15年前に赤国からの襲撃を受けた国でもある。『青国』を除いた四つの国となる『白国』『黄国』『赤国』『黒国』の中心部にはとてつもなく巨大な火山がそびえ立ち、さらに火山の周辺は広大な樹海となっており、人の往来を阻害している。そのため、白国は北の黄国と南の黒国に行けるが、西側の赤国に行くには南北どちらかの国を横断しなくてはならない。それはどの国も同じことが言え、黄国も黒国に直接行くことができないのだ。だから黒国との輸出入の際には白国を介して行なっている。だが、なぜアトスが黄国の納入に関する書類をこっそり確認していたのか、わからなかったリクはアトスの行動を確認することにした。


 3


 アトスの動揺が気になったリクは、その日の夕方、アトスの様子を見ながら追跡することにした。就業時間を過ぎて、アトスが席から立ち上がると大きめなカバンを背負ってみんなに挨拶をした。

「お疲れ様でした。」

 挨拶を終え部屋を出て行ったことを確認したリクは、アトスの机を簡単に見回した。すると昼にあった書類がそのまま置かれていた。書類の原本を持ち出してしまうと上司にバレてしまう可能性が高いので、内容を書き写したものを持ち出していると考えられた。リクも直様挨拶をして部屋から出て行き、アトスを追いかけた。

 アトスは、白夏支部を出ていき職員寮の方向に向けて歩き出した。どうやら、本当に自宅にもどるようだ。寄り道をすることなくまっすぐ帰宅をしたところを確認した後、リクは人目が付きにくい場所で、誰かがアトスの自宅を訪れて来ないかどうかを待つことにした。アトスが住んでいるところは、二階建ての上階中央部分であることから、行動を起こすとすれば玄関を確認しておけば問題ないとリクは考えた。

 数時間待ったが特に動きはなく、次第に辺りは暗くなり始めてきた。町は月明かりと酒場などが灯すランプの光によって多少照らされ、幸いにも交通貿易部門の寮も真っ暗ではなく、出入りする人を確認することはできた。さらに1時間ほど待ったが全く動きがなかった。

 さすがに帰ろうかとリクが思い始めたそのときだった。アトスの部屋の玄関扉が開いてアトスが外に出てきたのだ。目立たないような暗い色の服装で、手には袋を持っており、辺りを見回して誰もいないことを確認した後に歩き始めた。リクは気づかれないようにアトスの後を追いかけた。

 

 アトスは、なるべく人目を避けながら町外れへ向けて歩き続けた。明らかに様子がおかしいので、人には言えないことをしている可能性が高かった。しばらくすると早輝の南端にある『古代の石柱』までたどり着いた。

 『古代の石柱』とは、いつ頃誰が何のために作ったかわからない石碑で、大きさも3メートルを超える円柱状のものである。その表面に無数の文字が刻まられているが、未だに何が書かれているか誰も解らない。同じものであれば、白国の北部となる白冬地区にもある。『白龍山(はくりゅうざん)』と呼ばれる巨大な山があり、その麓にも全く同じ石柱が存在する。

 アトスは、石柱の近くで立ち止まると誰かを待っている様子であった。リクも少し離れた場所からその様子を伺った。このとき、リクは携帯用の短剣を持っていたが、灰鉱石の剣は持っていなかった。潜入している仕事場に持って行くわけにもいかないことから、あくまでも戦うことを想定していなかった。アトスが石柱に到着して程なく、フード付きのマントを覆った人物が近づいてきた。

「わかりやすいな。」

 リクは小声で呟いた。白国でもマントを着用している者もいるが、必要ないときにフードを被っている者はいない。現れた人物の格好を見てすぐに赤国の者だと気づいたのである。

「んっ。」

 マントの人物がアトスに何かを渡したのだ。小さな袋だったのでそれが何かはわからない。そして、アトスが持っていた袋をマントの人物に渡し、少し会話をした後に別れていった。リクはマントの人物を追いかけることにした。


 マントの人物は、町を出てひたすら南下していき、リクも途中まで着いて行ったが諦めて引き返すことにした。長時間の尾行は気づかれてしまう可能性が高くなり、そうした場合に戦闘になる可能性もある。敵国に来ているとなれば、ショウ並みまたはそれ以上の腕の者だと考えられ、短剣しか持っていないリクとしては分が悪い。

 リクが町に戻ってきたのは、日付が変わったころであり、町はすっかり寝静まっていた。ここでのリクの家はアトスの職員寮とは違う寮であったが、通り道だったので、アトスの部屋の様子を見て帰ることにした。

 さすがにアトスが住む寮も灯りはなく、みんな寝ていることがわかったので、足音に気をつけながらアトスの部屋の前まで行った。玄関扉に耳を近づけたが部屋の中から物音などはなかった。しかし、僅かに甘い匂いがしていることに気がついた。何かを察したリクはそのままその場を後にした。

 そして、仮住まいの家に戻ったリクは、白夏地区の地図を広げてマントの人物が向かった先を調べてみた。すると、ある海辺の町までたどり着くことがわかった。

「ここは…。」


 4


 2日後、リクは長期休暇をとってマントの人物が向かったと思われる場所を目指した。職場には、

「白夏地区にいる祖父が他界しました。」

と嘘をついたところ、距離的なことからも1週間程度の休暇をもらうことができた。

 リクが向かったところは、早輝から南に行った港町となる『間谷地(まやじ)』である。この場所はリクが生まれた町だ。この町も漁業が主に盛んなところであった。リクにとって思い出したくもない父親も漁師だった。

「特別部隊をやっていればいつか行くことになるかもしれないと思っていたが、まさか本当に行くことになるとは…。」

 自分自身を納得させるためか、独り言を言っている自分に気がついた。


 間谷地に到着すると、さっそく15年前に連れ去られる際に赤民が船を停めていた浜辺に向かった。そこは町から少し外れた場所で、普段、人が立ち寄らない奥まった浜辺となる。案の定、付近を探しても船はなかったが、上陸用の小舟を引きずった跡や隠していたであろう痕跡が見つかった。

「間違いなくここだ。」

 次にマントの人物が来る時期は、おそらく、黄国への納入が終わった後で、納入記録などをまとめた報告書が課長に提出されるころであると予想された。そうなると、あと2週間先となる。

 しかし、リクはアトスがなぜ、白黒間ではなく白黄間の記録をマントの人物に渡していたのか分からなかった。3カ国間ならまだしも、黄国との記録のみということに納得いかなかったのだ。アトスが持っていた記録には灰鉱石の取引も含まれていたので、灰鉱石の納入状況を調べていたと思われる。とにかく、この辺はアトスに聞いて見なければならなかった。

 

 今後の見通しを立てたリクは、そのまま早輝へ戻ろうかと思ったが、間谷地の町を見てみることにした。自分を虐待してきた両親の顔を見る可能性があるので嫌だったが、幼い頃に良くしてくれたビッシおばちゃんに会いたいと思ったからだ。

 間谷地の街並みは昔と変わっていなかった。町で人気な飲食店や食品店など見覚えがある場所ばかりだった。それらを見るたびに、リクは嫌な思い出たちが蘇って苦痛に感じていた。

 やっとの思いでビッシおばちゃんの家までたどり着いた。ビッシおばちゃんは信仰心が強く、白国で有名な宗教『天神教』のマークである太陽の形をした飾りを玄関扉に掛けているので、すぐに家がわかった。当時のビッシおばちゃんは、旦那さんを早くに亡くされて、子供も成人して巣立っていたので一人暮らしだった。

「おばちゃん、いるかな。」

 リクが玄関扉を叩くと、中から年老いた女性が出てきた。リクはその女性を一目見てビッシおばちゃんだと分かった。あれから15年が経ったのであるからビッシおばちゃんが高齢者になっていてもおかしくはない。

「はい、どちらさんですか。」

「おばちゃん…。」

「…、まさか。そんな。リクかい、あんた。リクなんだね。」

「会いたかったよ、おばちゃん。」

 ビッシおばちゃんはリクを抱きしめた。力一杯抱きしめているようだったが、弱々しくなったその腕から時の経過を改めて実感させられた。

「さぁ、入りなよ。遠慮なんかするんじゃないよ。」

 ビッシおばちゃんに案内されて、リクは家に入っていった。そして、リビングにある椅子に腰掛けて部屋を見回したが、家具の配置も昔と少しも変わっていなかった。すると、ビッシおばちゃんはリクにお茶を出してくれた。このお茶も昔と変わらないビッシおばちゃんが好んでいるお茶だった。

「リク、今までどこにいたんだい。本当に心配したんだよ。あちこち探したんだから。」

「それが…、」

 リクは、赤民のことは言わず拉致されたことを話し、その後に色んな人に助けられたことを話した。ビッシおばちゃんを巻き込まないように、赤民のことや、特別部隊のことは伏せて話をした。

「今、ある人にお世話になりながら、ちゃんと働いてるよ。」

「そうかい、そりゃ良かった。天光神(てんこうしん)の御加護だね。その人に感謝するんだよ。」

「うん、わかってる。でも、俺が今こうしていられるのも、おばちゃんのおかげだよ。あのころの俺に唯一優しくしてくれたのはおばちゃんだけだったし、誰も何も教えてくれない中、最低限の礼儀を教えてくれたのもおばちゃんだった。」

「そんなことはないよ。あんたが必死に生きた結果だよ。でも、あのころは本当に辛かったね。結局、私は助けてあげることができなかったんだ。私はリクに許して欲しかったんだよ。」

「許すもないよ、俺にとっておばちゃんは親以上の存在だよ。」

 ビッシおばちゃんは、涙を拭いながら笑顔で喜んでいた。そして、気になっていたことを口にした。

「そう言えば、ご両親のところへはもう行ったのかい。」

「いいや、あそこには行くつもりはないよ。」

「そうかい。」

「俺の国民登録は抹消してあるみたいだしさ。」

「知っていたのかい。」

 リクが行方不明になった後、リクの両親は年貢がかかることを危惧してリクの国民登録を抹消し、死亡扱いにしていたのである。

「大丈夫、再登録してるから。」

「じゃ、余計にでも会いたくないね。」

 ビッシおばちゃんから聞くところには、リクの両親は周囲の人と問題を絶えない状態が続いており、町の中でも浮いた存在になっているということだった。当時からお金にがめつく、人の弱みにつけ込もうとする姿をリクは嫌というほど見ており、ビッシおばちゃんの話を聞いたリクは、予想できていたことだが残念に思えていた。

「確かに不快になるし会いたくないけど、別に恨んでなんかいないよ。でも、会う必要もないので会わないよ。」

 本当は会ったら殺してしまうかもしれないくらい両親を嫌っていたが、それが意味のないことだと頭では分かっているし、何よりビッシおばちゃんに心配をかけたくなかったのでリクは嘘をついた。

「強くなったね。」

「あと、おばちゃん。俺が生きていたことは内緒にしておいて欲しいんだ。」

「何でよ。」

「俺は過去を捨てて、今新しい人生を過ごしている。その過去のことは周りにも言ってないんだ。俺の両親は昔から周りにも平気で迷惑をかけるような人達だった。あいつらが俺を頼って今お世話になっているに迷惑をかけるような事は絶対にしたくないんだ。」

「わかったよ、リクの言うとおりにするよ。」


 ビッシおばちゃんと別れを告げたリクは、早輝に戻ることにした。少し歩いたところで、道端に倒れている人を見つけた。急いで近づいてみると、その人物はなんとリクの父親だった。顔中アザだらけで薄汚れた服を着た父親が仰向けになって倒れていたのだ。どうやら、ビッシおばちゃんの話は本当で、町の連中に袋叩きにされたのであろう。

「何見てやがるクソ野郎。さっさと助けろ。」

 よくも、まぁこんな状態で人様に汚い言葉をかけることができたものだ思いながら、リクは父親に小銭を投げた。

「殺す価値もないな。」

 リクは憐れみからかそう言い残して、その場を後にした。

 

 5


 リクが間谷地から戻ってきた2週間後のことである。その日は休日でアトスは寮にいた。まだベッドに横たわっていたが、朝早くから玄関扉を叩く音がしたので、気怠い体を起こして玄関扉を開けた。

「はい、なんでしょう。」

 玄関扉を開けたアトスは驚いた。そこにいたのは約10名の国軍隊員だ。

「アトスさんだね。これから軍の指示に従ってもらう。」

 反論する間もなくすぐにアトスは拘束されて、部屋の中も隅々まで捜索された。

「ありました。」

 1人隊員がそう言って手に取ったのは、草を乾燥させたものだった。しかも、同じ物が入った袋が部屋から3袋も見つかった。

「そ、それは。」

 隊長のカクト大佐は、アトスに顔を近づけた。

「禁止物品のトトカル草じゃぁないか、アトスさん。」

 トトカル草は、白国で所持や使用が禁止されている物品で、その煙を吸い込めば感覚が麻痺し、アルコールより強い幸福感に包まれる効果がある。しかし、強い中毒性とまれに幻覚作用も生じて、最終的には精神も破壊していく物である。

「話は白夏基地でゆっくり聞く。お前ら、こいつを連れていけ。」


 白夏基地にある拷問部屋は、敵国の捕虜や反逆者を拷問するための部屋であり、その部屋にアトスは連れていかれた。

「これは、白国での法律違反でしょ。じゃあ治安維持隊でしょ。なんで軍隊に拘束されるんですか。」

 アトスの質問に対して、カクト大佐の怒号が部屋を覆い尽くした。

「ごちゃごちゃごちゃごちゃ、こぉのぉ犯罪者がぁ、うるぅせぇんだぁぁよぉ。」

 アトスは圧倒された。

「お前、赤民と会っていたそうじゃぁねぇか。しかも情報を抜いて渡していたそうだな。立派な売国行為であり、これはもう国内の問題ではない。」

「し、知らないですよ、赤民なんて。情報漏洩する訳ないでしょ。」

「じゃぁ、トトカル草を渡してもらったあのマントの人物は誰なんだ。」

 カクト大佐の後ろからリクが姿を現した。

「リクさん…、なんでここに。」

「アトスさんの後ろを尾行させてもらった。俺は、情報を渡している状況やトトカル草を受け取る状況を見ているんだ。」

 アトスは苦い顔をして、額にはうっすら汗をかいていた。

「そして、マントの人物の後を追ったら赤民だということがわかった。それと、アトスさんの家の前に行ったら甘ったるいトトカル草特有の匂いがしたから煙を吸ってることもすぐにわかったんだ。」

 本当はマントの人物が赤民だったというのは、確かめきれていないのでリクの嘘となるが、間谷地に行って調査していることからも自信はあった。アトスの表情からも図星というところだ。それからカクト大佐が続けて追及した。

「リクが言った通りだ。トトカル草を受け取るだけではなく、赤民へ情報を渡したのだから立派な売国行為だ。渡した物が何にしても赤国に渡す自体が売国行為に該当する。よって、貴様は捕虜と同等な立場となり、人権なんかあってないものだと思った方がいい。」

「アトスさん、自分から話してよ。」

「…」

 バキッ。

 カクト大佐がアトスの顔面を殴打し、後ろに転倒した。アトスの鼻からは血が流れ出し、痛みで苦しんでいる様子だった。

「トトカル草が効いていないんじゃぁないのか。」

「アトスさん、勘違いしたらダメだってば。国があるから貴方は守られているし、権利を主張できる。でも、国がなかったらそんなものはない。生きるか死ぬか、殺すか殺されるかだ。自然界では当たり前だろ。」

「ここは治外法権だからな。」

「あぁ、…あぁ。」

「これは拷問じゃぁない、選択だ。アトスさんはトトカル草に釣られているだけで白民なんだから、白民として生きるか。それとも赤民の工作員として死ぬか。」

 アトスの出生を調べたところ、正真正銘の白民であることがわかっていた。

「わかった、…話すから、助けてくれ。」


 アトスの話では、早輝の南部で掘り出し物や市場には出せない物を出している闇市が行われており、その闇市でトトカル草を出していたマントの男から話を持ちかけられたということだ。

 トトカル草は高額だったから、月の収入では頻繁に購入することは難しかった。マントの男と話す中で、自分が行政の交通貿易部門に勤めていることが知られてしまい、黄国の情報とトトカル草を交換することを提案された。最初は断ったが、日が経つにつれトトカル草を欲するようになり、自国の情報ではないということもあって黄国の情報を渡すことを決めたのだった。

 この日のアトスへの尋問が終わり、白夏基地の廊下でリクとカクト大佐が話をしていた。

「おいリク。…じゃねぇや、特1殿。」 

 特1は特別部隊1番員の略称である。

「リクでいいですよ、カクト大佐。」

「部下がいる手前、気をつけようと思ってるんだが、どうも慣れないわ。」

 カクト大佐は、国軍調査隊のナンバー2として、軍内の規律違反者や捕虜などの尋問や、国軍の内部で懸案とされている出来事の調査解決を行なっている。調査隊も極秘任務の取り扱いがあることから、特別部隊の補助的な任務を付与されることがある。

「トトカル草漬けの兄ちゃんだが、新兎の収容所に運ばれることになったぞ。」

 通常、国内犯罪を取り締まる場合は、法律により法務部門が処分を決めていくが、売国行為は軍事の管轄となり、法務部門の処分を受けることなく軍の判断で処分される。

「やはりそうなりますよね。重罪ですから。」

「即処刑は免れたが、終身刑だから下手したら生きてる方が辛いかもな。」

「前回の治安維持隊のときもそうですが、なんか虚しい気持ちになりますよね。同じ白民を捕まえたときには特に。もし、自分が工作員たちと同じ立場だったら、なんて事も考えてしまいます。」

「確かにな。俺も戦場で敵国の人間を殺したときに同じようなことを考えたことがある。もし、これが俺だったら、こいつにも家族がいるはずなのに…、なんてことを。」

 カクト大佐は話を続けた。

「でも、やらなければやられるし、現実そうやって飯を食べている。だから自分の中で折り合いをつけなくてはいけない。正しいかどうかは別にして。」

「そうなんですよね。頭では理解してるんですが、ふと考えたときに自分はいったい何をやってるのかと思います。」

「気持ちがついていかないのだろう。リク、特にお前は若くしてこんなに過酷なことをやらされているのだから。」

 実際に、リクと同じ世代の人は遊びまわってたり恋愛を楽しんでいるが、リク一人だけみんながやらない事をしているため遊ぶ暇もない。

「それは名誉なことであるが、極平凡な生活を犠牲にした上に成り立っているから、気付かないうちに無理をしているのだろう。」

「仕事は嫌いじゃないですよ。」

「そうだな。だが、良くないと思っている部分も自分で認めてやらないと、これもまた気づかないうちに潰れてしまうからな。」

「そうですね。なんかすいません、愚痴を言ってしまって。」

「愚痴を言うことも悩むことも大切だからいつでも言えばいい。そして、本当に嫌になったら辞めればいいんだから。」

「でも、カクト大佐は辞めないでしょ。」

「俺には家庭があるからな。」

「説得力がないですよ、それ。」

「うぅ…、人がせっかく相談にのってやってるのに、お前というやつはぁ。」

 リクはカクト大佐を尊敬していた。尋問中は鬼になるが、それ以外では面倒見がいい優しい人だからである。

「そういえば、トトカル草を売って情報を得ていた赤民をどうするんだ。」

「捕まえます。そしてなぜ黄国の情報だけを手に入れていたのかを聞き出します。」


 6


 2日後の夜。間谷地の町外れにある浜辺付近に1隻の船が到着した。船はいかりを下ろした後に小舟も下ろして、その小舟にマントの人物が乗り込んだ。そして小舟が陸に着くとマントの人物が上陸して、隠すためか小舟を引きずり始めた。

「ここが、赤国の密入国の場所なのか。」

 身を隠していたリクが姿を見せて、マントの人物に話しかけた。マントの人物はリクの方に体を向けると、腰につけていた剣を引き抜いた。月明かりなのではっきりとはわからないが、刀身は白色っぽいので灰鉱石の剣と思われる。

「赤国ではトトカル草は栽培してもいいのか。違うよな。他国でもその中毒性から禁止になっているはず。でも、いくら情報収集とは言え、それを国が容認しているとは。まったく、プライドってもんはないのかね。」

 リクも上級の剣を引き抜いた。マントの人物が駆け寄ってきて、リクに斬りかかってきた。リクは剣で何度か斬撃を防いだ後に、素早くマントの人物の脚を斬りつけた。

「ぐぅ…っ」

 隙ができたところに、すかさず相手の右横側に移動して、剣の横の面で相手の手を殴打した。マントの人物は指が折れたのか、剣を落とした後にあまりの痛さから叫び声を上げた。

「うるせぇ。」

 リクは追い討ちをかけるように、ひるんでいる相手のアゴを殴り、ふらつかせた後に腹部を蹴り飛ばした。相手が仰向けに倒れたところで手足を縄で結んで拘束した。

「…。」

 少し悩んだリクは、昏倒しているマントの人物のフードを取った。

「お前は、」


 マントの人物は、赤民の40代くらいの男で額に2本傷のあった。その傷には見覚えがあった。遠い過去に自分を拉致した男たちの中に、同じ傷をもつ男がいた。この男こそは15年前にリクを拉致した3人組の一人だったのだ。少し歳をとったが間違いなかった。

「この場所に船をつけるわけだ。」

 リクは、男が少し回復したのを見計らって話しかけた。本当は、いきなり15年前の話をしたかったが、気持ちを抑えて入手した黄国の情報について聞くことにした。

「なぜ、黄国の情報が必要だったんだ。」

「…」

 男は無言を貫くつもりである。おそらく、白国に自国の事を話せば処刑される可能性も減ることは知っているであろうに、それをしようとしない。考えられるのは、男の本国である赤国に家族などを人質に取られているのかもしれない。ただ、このまま黙らせておくわけにはいかないと思ったリクは、話を変えて男に問いかけた。

「言いたくないのは理解した。だが、相変わらずあんたがこんな事を続けているとは思わなかった。」

「…」

 男は少し反応した。

「子供の拉致の次は、禁止物品を使った情報収集とは。あんたの家族はどう思っているんだ。」

「なぜ、拉致のことを…」

「なぜ知っているのかって。それは、俺が15年前にあんたに連れ去られた子供だったからだよ。」

「そんな、馬鹿な。」

「連れ去った子供たちの中に、赤国に行けなかった子供がいるだろ。」

「…まさか、生きていたのか。」

「そのまさかだよ、おかげ様で今でもたまにあの時のことを夢に見るよ。まったく、5歳の子供らを海の真ん中に残して、自分らだけ逃げ出す気持ちってどんな感じなんだ。」

 男の顔が歪んだ。同じ年頃の子供でもいるのか、罪悪感に苛まれている様子である。

「ど、どうやって助かったんだ。」

「たまたま通りかかった黒国商会の船に拾ってもらったんだよ。」

「そんな話は聞いていない。」

「…、でも実際に俺はここにいる。運がないのか、あるのか分かんねぇけどな。」

 すると、付近で待機していた国軍調査隊の者が近寄ってきた。

「特1殿、そろそろ時間です。」

 密入国していた赤民の捕獲についても、極秘な任務であるため口外するわけにはいかないのである。時間が過ぎてしまえば、捕虜の連行中に一般人たちに見られてしまうおそれがある。余計なことを起こさせないのも国軍調査隊の仕事である。

「わかりました。連れて行って下さい。」

「はい。」

 男は調査隊の数名に連れて行かれた。そして、残った調査隊は男が乗ってきた船の回収にまわった。リクは、男が落とした一級の灰鉱石の剣を拾って、それを見つめてつぶやいた。

「赤国は灰鉱石をどうやって手に入れているんだ。」


 7


 首都新兎にリクが戻ってきたのは、赤民の男を捕獲してから一週間後のことである。赤民の男は白夏基地でカクト大佐達が拷問を行い、リクは報告のため一足先に新兎に戻ってきたのだ。

 リクは議会議事堂の議長の部屋に行き、サリマン議長へ早速今回の件を報告した。交通貿易部門のアトスのことや、そのアトスと繋がっていた赤民が15年前に自分を拉致した人物であったことも話した。

「そうか、国民が利用されることは想定していたが、まさか15年前にリクを拉致した赤民が絡んでいたとはな。」

「今回のことで、良いことも嫌なことも思い出させていただきましたよ。」

「ところで、なぜ交通貿易部門の職員が黄国の情報を渡していたのか、理由はわかったのか。」

「あぁ、わかったよ。その理由は、赤国自体がうちと黒国の貿易情報を知っていたからだと思う。」

「どういうことだ。」

「何らかの理由で黒国と白国の貿易情報が赤国に抜けていて、わざわざ工作員を使って調べる必要がなかった。でも、黄国への輸出入の情報は白国でなければ調べることができない。だから、調べていたのだと思う。」

「確かに赤国にとって隣接国である黄国の状況は、知っておきたいところだろうな。だが、どうしてそう思う。」

「赤民の男と15年前の話をしていたとき、俺が『海の真ん中で沈没船から助かったのは、黒国商会の船に拾われたからだ』と言ったら、赤民の男は『そんな話は聞いていない』と言ったんだ。」

「なるほど、そんな話は聞いていないということは、言い換えると違う話なら黒国側から聞いているということだな。」

「もしかしたら『そんな情報は今まで調べた中で聞いたことがない』という意味かもしれない。でも、うちの国と黒国の貿易情報が抜けていることを考えると、つじつまが合う。」

「仮にその推測が正しかった場合…」

「そう、工作員を潜入させて、白国の内政を脆くしながら黄国の情報も把握する。つまり近い将来、赤国が再び戦争をしようとしている可能性があるということだ。」


 サリマンは、腰掛けていた椅子から立ち上がると、窓の外を見ながら遠い目線で語った。

「赤国が黄国を攻めてきてから15年が経つが、あのときは我が国が少し出遅れたから、一時的だが黄国の半分まで侵略されてしまった。それだけ赤国の力はすごかった。」

「でも、うちが参戦して赤国を国境まで押し戻したんだろ。」

「あぁ、我が国には、灰鉱石の装備があったからだ。灰鉱石は強度があり軽いのが特徴だ。でも、最大の特徴は人間の心、つまり念い(おもい)に反応して性質を変えるところにある。」

 これまで、リクが治安維持隊に潜入していた工作員を撃退したときに見せた、灰鉱石の剣によるムチの様な曲げ方も、リクの念いで金属の性質を一時的に変えたものとなる。ただし、簡単に誰でも扱えるものではなく、その念いが弱ければ反応しない。

「生死の狭間である戦場は、人の念いが最大限に発揮される場所でもある。これにより赤国を国境まで推し戻せたのだ。しかし、予想外のことが起きた。」

「予想外ってのは、なんなんだ。」

「赤国も灰鉱石の装備を使い始めたんだ。それに加えて赤国の方に地の利があったこともあり、我々の反撃もちょうど国境のところで止まったんだ。」

「赤国はなんで灰鉱石をもっているんだ。」

「採掘場所が黒国と赤国の国境となるため、黒国だけではなく赤国も採掘しているのだろう。他の地域では発見されていない物質だから、赤国が研究をしていたとしてもおかしくない。」

「タイミングが良すぎるように思けど…。サリマンさん、黒国が赤国と繋がっている可能性はないのか。」

「それは全くないとは言えないが、黒国は我が国の医療、食料などにかなり依存していることから見ても考えにくいな。それに赤国には、他の国を補うだけの物資に余裕がないはずだから、その点からも考えにくい。」

 サリマン議長の話が理にかなっていることはリク自身理解していたが、どうも引っかかっていた。リクは15年前に黒国商会に助けられた際に、しばらくの間黒国に滞在していたが、その時に黒民の中に白国をよく思わない人間がいることを知った。過去に白国が優位的な立場を利用して、黒国に無理難題を押し付けたことがあるらしく、それらを根に持っているということである。表面的には友好関係であるが、黒国と白国は決して真の友好関係ではないのだ。

「だが、リクの言うとおり、我が国と黒国の情報が赤国に抜けているのであれば、どうやって情報を手に入れているのか気になるな。できれば戦争は避けたいところだからな。とりあえず黒国を調べてみないとな。」

 サリマンはリクをチラチラ見ながらそう言った。

「もしかして、黒国へ調査に行けと…」

 サリマンは満面の笑みでリクを見ていた。

「2番員と5番員と7番員はまだ任務継続中だからね。」

「いやいや、かれこれ数ヶ月は休みなしで働いてるぜ俺。特4と特8は何してんだよ。」

「別件をやってもらってる。6番員も黄国滞在だし。でも、3番員が黒国にいるから2人で対応できる。」

「もう、嫌な予感がしてたんだよ。国の代表が職権を濫用してるとしか思えない。」

「本当にすまないと思ってる。早く用務が終わった者に応援に向かわせるから。」

「…わかったよ。」

「リクならそう言ってくれると思ってたよ。頼んだよ。」

「次は、絶対に休むからね。」


 新兎の外れにある古びた住宅街があり、その中の一つにリクの自宅がある。長く留守にすることが多いため、貴重品を置くわけにはいかず、主に寝るために帰るような場所となっている。リクは黒国へ出発するため荷物を用意した。

「…あぁ、休みたい。」

 目的地は、特3との合流地点の黒国の首都『宵闇』である。

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