ひび割れた大陸

@eiso

第1話 治安維持官

 1


 大陸東部に位置する『白国(はくこく)』と呼ばれる国家。この国は大陸には珍しく国王がおらず、国民の代表として選ばれた政治家たちが国を治めていた。議会の下に、将軍が指揮する国軍と大臣が統括する行政が設置されており、形式上は国民が主体となる国家であった。

 大臣が統括する行政の中には、治安維持部門が存在し、国内で発生した犯罪の取締りや防犯活動を推進して治安の維持を職務としていた。


 白国の東部となる白春地区の治安維持官として赴任したリクは、係長のダンキに案内されて治安維持部門白春支部の廊下を歩いていた。

「ここが、今日から君の職場となる白春支部だ。わからない事は先輩達に聞くように。」

「はい、わかりました。」

「しかし、本部からここに赴任されるとは、お前もついていないな。のんびりできない場所だぞ、ここは。」

 漁業が盛んな港町『楽(らく)』を中心とした白春地区は、ここ数ヶ月犯罪が増加しており治安が悪くなっている。

「いえ、少しでも皆さんのお役に立てれるよう頑張ります。しかし、なんで急に犯罪が増えたのでしょうか。」

「それがわかれば君はここに赴任してないよ。」

 犯罪増加の原因は不明で、窃盗、強盗、殺人など多岐にわたり規則性もなく発生している。


 処理課に案内されたリクは、ダンキに紹介されて課員への挨拶を済ませた。そして、ダンキが部屋を出ていくと、早速主任のコーネカが話しかけてきた。

「こんな時期の人事とは、リクも可哀想だね。ま、それだけうちが事件を抱えているってことだよね。」

 20歳のリクと比べて、コーネカは五つぐらい年上のお姉さんに見えるが、コーネカだけではなく課員のほとんどが若く見える。

 処理課は、課長を筆頭に10個班で編成されており、リクが配属された班は、係長のダンキ以下7名の班だった。

「コーネカ主任、治安が悪くなったことについて、何かわかったことがあるのですか。」

「正直特にない。ただ、」

「ただ、なんですか。」

「これだけ警戒活動をしているのに、犯罪の発生時にほとんど遭遇できていないんだよ。町ぐるみで犯罪者を匿っているんじゃないかと思うぐらい。これ、この件に関しては資料を見ててね。」

 そう言いコーネカは資料をリクに手渡した。

 犯行手口や時間帯、場所もバラバラで統一性がなく、さらに発生現場はほとんど痕跡も残っていない。唯一、捕まえている窃盗の犯人も前科者であるが、犯行を認めており特に不自然な部分がない。

「お前はちゃんと雑用もするんだぞ。」

 同じ班員のサイソンが、忌々しそうに声をかけてきた。

「僕も手伝いますので、安心して下さい。」

 続けて、班員のショウがフォローを入れてくれた。

「はい、よろしくお願いします。」



 数日後の夕方、警戒活動から帰ってきたダンキ班は処理課の部屋に集まっていた。本来、警戒課が行う活動であるが、犯人を捕まえてない処理課としては警戒課と一緒に行動して、実績を上げる必要があった。

「みんなお疲れ様。明日の予定だが、今日とは逆方向で白春地区の海側からまわっていこう。警戒課は山側から中心部に向かうそうだ。」

 そう言うとダンキは処理課の部屋を出て行き、それに続いて他の班員も帰宅の途に着いた。リクも帰ろうとするとサイソンが声をかけてきた。

「おい、リク。みんなの装備品の手入れをしといてくれ」

 治安維持官は、装備品として剣、手錠、簡易的なプロテクターの所持が定められており、これらは採用時に配布され各人の管理下に置かれる。しかし、治安維持官の慣習として後輩が先輩の装備品の手入れをする傾向があり、地方では未だにこの慣習が残っていた。

「それと、先日発生した強盗の関係で、聞き込みした内容をまとめた報告書はできたのか?」

「はい、できています。」

「なら、さっさと渡せ。…なんだこれ、こんなんじゃダメだ。書き直せ。」

「ですが、サイソンさんがいらっしゃらないときに主任に相談して作ったのですが。」

「なんだ?主任の言うことは聞けて、俺の言うことが聞けないのか。」

「いえ、そんなことは…」

「明日までに直しとけ、いいな。」

 サイソンは上には弱いが下には滅法強く、リクは本部から移動してきたということで目をつけられていた。

「気にしなくていいよリク。サイソンさんはあんな感じだけど、意外に単純で分かりやすい性格なんだよ。」

 悪そうな笑みを浮かべながらショウが近寄ってきた。

「装備品の手入れ手伝うよ。」

「すいません、ショウさん。」

「いいんだ、リクが来るまでは僕が手入れをしていたし、それに報告書を直さないといけないだろ。二人でやった方が早く済むさ。」

「ありがとうございます。」

「ところで、リクはここに来る前に本部のどこに配属していたんだ。」

「総務課ですよ。装備品の管理や調達、業者への発注など裏方の仕事ばかりでした。だから、現場での仕事は初めてなんですよ。」

「そうなんだね。全体の情報を管理してるのも確か総務課だよね。」

「はい。ただそんな重要なことは新人の私が任されるはずがなく、詳しいことはわかりません。」

「そっか、せっかく本部でエリートコースを進んでいたのに、とんだ災難だったね。」

「そんな事もないですよ。現場の経験が少ない私としてはとても勉強になりますし、それにひと段落着いたらまた本部に帰ることになりますし。」

「そうなの。じゃあ僕としても是非お友達になってもらいたいね。」

「そんな、先輩にお友達なんて。ですが、仲良くしていただけると心強いです。」


 翌朝、リクはサイソンに言われたとおりに直した報告書をサイソンに見せた後、コーネカに提出した。

「うーん。これちょっと分かりづらいかも、私に相談してくれたときのまま作ってくれれば良かったんだけど。」

「リク、そんなものを提出したのか。」

サイソンが二人の間に割って入ってきた。

「いやぁね、それじゃダメだと言ったんですがね、まさかそのまま出すとは思わなかったよ。」

「今から警戒活動に出るから、直す時間もないわね。また明日提出して。」

「それなら、俺が作り直したのがあります。」

「どれ見せて。…いいじゃない、サイソンの報告書を使わせてもらうね。リクもこうやって報告書を作るんだよ。」

 コーネカから差し出された報告書を見ると、そこには昨日サイソンにダメ出しされた報告書の内容がそのまま使われていた。

「…はい、勉強になります。」

 リクは特にこれを指摘するわけでもなく、まるで何もなかったかのように受け流していた。姑息なサイソンのやる事にいちいち反応していても仕方がないと考えたからだ。

「それじゃあ、みんなそろそろ出動しよう。」

 そうこうしていると、ダンキが現れて班員の出発を促した。

 その日は、予定どおり白春地区の海側から散り散りに移動しながら警戒を行うことになっていた。白春地区の東端海岸部にある港町楽を中心に栄えていることで、人口の割合も山間部よりも楽付近の方が多く、犯罪の発生率も比例して高い。最近発生している規則性のない犯罪も海岸部で多くみられていることから、警戒課と処理課は海側に重点を置いて警戒をしていた。

 係長を除いて二人一組になり警戒活動をしていたダンキ班は、正午過ぎになりそれぞれ昼食をとっていた。リクは共に行動をしていたコーネカと一緒に、町を見渡せる高台で買ってきたパンに似た食べ物を食べながら話をしていた。

「コーネカさんはすごいですね。若いのに主任をされてるなんて。」

「そんなことはないよ。運が良かっただけだよ。」

「でも、今年から配属されたとは思えないくらい馴染んでらっしゃるし、ちゃんと係長をサポートして班をまとめてますよね。」

「私も精一杯やってるだけで、余裕なんてないんだよ。それに比べてリクは落ち着いてるよね。連日の警戒活動なのに疲れているように見えないし、初めての現場には見えないよ。」

「これまで事務仕事が多かったので、体力だけは落としちゃいけないと思ってこっそり鍛えてました。あと、いつも落ち着いているって思われがちですが、内心緊張しているんですよ。悟られないようにするのが得意なだけです。」

「ふぅん。そんな感じで恋人にも接しているのかな。」

「恋人なんかいませんよ。自分モテませんから。」

「そうかなぁ。顔も可愛いし、落ち着いているしモテると思うけどなぁ」

「買い被り過ぎですよ。コーネカさんこそ、モテるんじゃないですか。お綺麗なのに飾ることもなくて、その上仕事も出来て素敵だと思います。」

「え、そんな。本当にそう思ってる。」

「はい、自分嘘は苦手なんでお世辞なんかは言えません。」

「ありがと。」

「…」

 リクは何かを確信してパン似た食べ物にかじりつくと、町を見下ろした。すると町が僅かに騒がしいことに気づいた。

「コーネカさん。」

「うん、行ってみましょう。」


 先程騒いでいた場所にリク達が到着すると、そこには刃物を持った中年の男が若い男の腕を切りつけて、じりじり詰め寄っている状況だった。

「な、なんだよ、俺が何したって言うんだ。」

「何したかだとぉ、てめぇ人を死なせたのに何もしていないと言うのか。」

「まさか…、あれは事故だったんだ。死なせるつもりなんかなかったんだよ。」

「事故なら殺してもいいのかよ。絶対に許さねぇ。死んでもらう。」

 中年の男が刃物で若い男を刺そうとした瞬間、リクが鞘に入ったままの剣で刃物ごと中年の男の腕を叩きつけた。中年の男は悲鳴を上げながらその場に座り込み、駆け寄ったコーネカが手錠をかけて男を拘束した。

「傷害を負わせた罪であなたを拘束します。」

「あぁ、せっかく殺せるチャンスをもらったのに…」

「チャンスをもらった…」

「リク、この人を白春支部まで連行するよ。」

「はい、わかりました。」

 切りつけられた若い男も治療後に白春支部に出頭するよう言いつけ、拘束した男を白春支部へ連行することにした。

 中年の男には、二十代の息子がいた。とても両親思いの気の優しい子で、中年の男にとっては自慢の息子だった。しかし、若くしてこの世を去ることとなった。息子が働いていた建設現場で、建物の上から丸太が落ちてきて頭に直撃したのである。原因は同僚の男が注意を払わず丸太を置いていたことで、何かの拍子に落下したことによるものである。死者が出たことで治安維持官も調査を行ったが、真実が明らかになると事故として処理された。白国には過失を裁く法がないからだ。同僚の男がお咎めなしで終わったことに中年の男はひどく激怒した。だが、中年の男にはどうする事もできず、その同僚の男が誰かすらここ最近まで分からなかった。同僚の男が

切りつけた若い男だと分かってからは、消えかけた火が燃え上がる様に男を駆り立てた。そして今日のために準備を進めてきた。しかし、リクに阻まれたことでその想いは潰えてしまった。

「よくやったコーネカ、リク。危うく殺人事件になるところだった。」

「リクがよくやってくれました。刃物を叩き落としてくれてなければ被害者は殺されてました。」

「そうなのかリク。」

「いえ、必死だったんで、本当のところよく覚えてないんですよ。」

 リクの活躍に、サイソンが不満な顔をしているところをリクは見逃さなかった。すかさず話題を中年の男に切り替えた。

「ところで男は何か言っていますか。」

「特に何も。素直にやったことを認めて反省の言葉も漏らしている。2年前に奴の息子と今回の被害者は同僚だったらしく、そのときに被害者の不注意で息子が死んでしまったらしい。それが許せなくて犯行に及んだということだ。」

「確かに白国では法で裁けない事案ですし、どうすることもできない歯痒い話ですね。」

「あの男は『殺せるチャンスをもらった』とつぶやいていたのですが、第三者が絡んでいる状況もありませんか。」

「今のところ、そのような状況もないな。」

「そうですか…、ありがとうございます。」

「ここ最近、犯罪の発生もリクが来てくれるまでと比べて格段に減少している。今回のように警戒活動で成果が出ると治安を維持にも繋がる。そう考えると犯罪の増加も偶然だったのかもしれない。」


 その日の夕方、リクが処理課で班員の装備品を手入れしていると、サイソンが話しかけてきた。

「おい、リク。手柄あげたからっていい気になるなよ。あくまでもお前は一番後輩なんだからよ。」

「そんなこと思っていませんし、思っていたらこうやって手入れをしてませんよ。」

 他人の報告書を自分の手柄にしたり、他人の手柄が気にくわず文句を言ったりするサイソンに呆れながらも返答をしていると、ショウが仲裁に入ってくれた。

「サイソンさん、あまりリクを虐めたらダメですよ。」

「だけどよ、ショウ。こいつは、本部から来たことも気に入らないが、いつも涼しい表情で口答えをしてきやがる。きっと俺らのことを舐めてるぞ。」

「考え過ぎですよ。サイソンさんもリクに舐められるようなイカサマをしている訳ではないでしょう。」

「お、おぅ。」

「もし、舐められてるとしても、いつもどおりのサイソンさんでいいんですよ。その内リクもサイソンさんの凄さが分かると思いますし。少なくとも僕はサイソンさんが凄いことを知っていますから。」

「…わかった、今日のところはショウに免じて許してやる。」

 そう言うと、サイソンは部屋から出て行った。リクはショウにお礼を言うと再び装備品の手入れを始めた。

「サイソンさんのことで困ったらいつでも言ってね。ところで、今日はお手柄だったね。」

「たまたまです、それに涼しい顔に見えるかもしれませんが、内心はとても緊張しているんですよ。」

「はは、そういうことにしておこう。リクはこの件で何か気づいたことはあるかい。」

 リクは、気にかかっていた犯人が呟いた言葉をショウにそのまま伝えた。

「ですが、尋問した結果などから、おそらく第三者が絡んでいることも、他の事件との関係性もないかと思われます。」

「そうか、結局は犯罪増加も偶然に発生したことだということか。」

「おそらくそうだと思います。係長もそうおっしゃってました。」

「分かった、もし進展があれば教えてね。」

「はい、分かりました。」

「それはそうと、まだ帰れないのかい。手伝おうか。」

「いいえ、大丈夫です。慣れてきましたし、もうすぐ終わりますので。ありがとうございます。」

「それじゃあ先に帰らせてもらうよ。」

「お疲れ様でした。」

 リクは手錠を磨きながら、昼にコーネカに言った言葉を思い出していた。…自分嘘が苦手なんで…。それ自体が嘘じゃぁないかと思いながら手を動かしていた。


 3


 リクの活躍があった次の日、コーネカが中年の男の傷害事件処理のため課に残ることになり、寂しそうな目でリクは見られていた。どうやら、昨日のやりとりや犯人を制圧したことから、とても気に入られたみたいだ。リクは特に気にすることなく、本日の相棒となるサイソンと一緒に処理課を出て行った。

 本日も海側から無作為に町を歩いて警戒活動を行っていたが、途中サイソンに話を向けた。昨日因縁をつけてきた相手だが、気にすることなく話しかけると意外にも相手は機嫌が良さそうだった。

「サイソンさん。何かありましたか。」

「なんでだ。」

「いえ、なんだか嬉しそうだったので、良いことがあったのかと思いまして。」

「ふん。お前なんかに教えてやる義理はないが、今日は特別に教えてやる。」

 いちいち面倒な奴だと思いながらも、リクは相手に合わせて話を促す。

「実は、俺が主導で調査をしていた強盗事件だが、犯人が割れて係長と課長からお褒めの言葉をもらったんだ。」

「凄いじゃぁないですか、あの事件は報告書では犯人を特定するのは難しいとなっていた事件だったと思いますが。一体どうやって特定したのですか。」

「そうだろ、あれはなぁ…」

 サイソンが説明するには、強盗の犯人が履いていた靴がきっかけで特定に結びついたという話である。町の靴屋に片っ端から話を聞いていき、ある土木会社の作業員がよく使用している靴だということが判明した。その会社に勤めている従業員を調べていくと、過去に窃盗で捕まえたことがある人物が浮上して、ショウと一緒にその人物の身辺を調査していると最近羽振りが良くなったことが明らかとなった。極めつけには周辺に強盗をしたと言いふらしているということだった。

「まさに、執念の調査ですね。ここまで調べるのは大変だったのではないですか。」

「あぁ、でも俺には先見の明があるから、とんとん拍子に調査が進んで、一か月も経たない内に犯人を割り出せたんだ。あと、ショウが下仕事をしてくれたから俺も調査に専念できたしな。あとは犯人を捕まえれば、俺は支部長賞というわけだ。」

「そうなんですね。あれ、でも今日はなんでショウさんと別行動なんですか。」

「なんか、犯人の動きを把握しておきたいと言って、今日は別行動しているんだ。俺も念のためしておいた方がいいと思って、係長にお願いして許可はもらっている。」

 リクがサイソンのことを褒めたことから、余計にでも調子に乗り始めたが、ずっと因縁をつけられるよりかは良かった。


 3日後のことである。サイソンを含めた数名で強盗の犯人の家に押しかけ身柄を拘束し、尋問でも犯行を認めたこともあり早期に強盗事件は解決した。他の9班に比べて実績をあげていたダンキ班は、課長以上の評価も高く、左団扇の状態であった。

 さらに3日後の夜、ダンキ班は打ち上げをすることになり、白春支部の近くにある酒場に集まっていた。

 ダンキによる班員への労いの言葉が終わると、待ってましたとばかりに食事を始まった。リクはコーネカとショウに挟まれる形で席に座り、運ばれてきたご馳走を頂いていた。みんなの話題は、リクの手柄とサイソンたちの手柄であり、大いに盛り上がりをみせた。

 打ち上げも中盤に差し掛かったあたりのことである。隣にいたコーネカは少し酔いがまわっている様子で、リクに絡んできていた。

「リクはどんな女の子が好みなの、物静かな女の子。それとも活発な女の子。どっちなの」

「えっと…、どちらかと言うと活発な方ですかね。でも、好きになったら関係ない気がします。」

「じゃぁさぁ、今好きな女の子とかいたりするの。」

 普段見せないコーネカの姿に、目の前にいたダンキも呆れて我関せずという感じだ。そこで助け舟を出してくれたのがショウだった。

「コーネカ主任だいぶん飲んでますか、さつきからリクへの絡み方がとてつもなく激しく見えますが。」

「そんなことはないよ。迷惑だったリク。」

「迷惑だなんて滅相もない。」

「そう、良かった。ショウ、リクがこう言ってるんだから。」

「ならいいんですが。そうだ、ここのマスターが厨房を貸してくれて女性向けのお酒を作らせてくれるのですよ。しかも、それが女性に好評みたいで。リクも主任と仲良くなりたいなら、それぐらい振舞わないと。」

「…あ、確かにそうですね。待ってて下さいコーネカさん、あなたのためにお酒を作ってきますので。」

「うん、分かった。お願いね。」

 ショウとリクは酒場のマスターに厨房を借りて、お酒を作ることにした。

「ショウさん、毎回のことながらありがとうございます。しかし、結構強引だと思ったのですが、意外に主任も乗ってくれましたね。」

「いや、いいんだ。でも主任をその気にさせてもいいが、責任を取れないならちょっかいを出すのは控えた方がいいぞ。」

「ご忠告、真摯に受け止めます。」

 コーネカのために、穀物類で作った醸造酒と柑橘類の果汁を混ぜて作ってお酒を作っていた。マスターには別途チップを渡しているので、概ね好きなことが許されていた。

「今回の手柄で、ダンキ班の人間はみな昇級するかもしれないという話だが、リク、君はどうなりそうなのかな。」

「私は、治安が安定すれば元の部署に戻ることになると思います。だから昇級は関係ないと思います。ショウさんにしかお話していませんでしたが、そろそろみんなにも話しておいた方いいかもしれないですね。」

「そうか。でも、本部に戻っても仲良くしてくれよ。僕としても、リクが友人だと心強い。」

「えぇ、是非お願いします。」

 ショウが手を差し出したので、リクは握手をした。事実、ショウには人間関係で助けられてばかりだったので、リクはショウに対して感謝をしていた。

「ところでショウさん、私たちが捕まえた男の件で気になる事が。」

「…何かあったのかい。」

「えぇ、それが。先日尋問をした際のことですが、思い詰めた表情で『折り入って話をしたいことがある』とか言ってきました。」

「ほぅ、その折り入った話とは何だったのかい」

「それが、聞いても答えてくれないんです。『様子を見てじきに話す』と言うばかりで、何が何だか。」

「…そうか、それはかなり精神的にも追い詰められている可能性がある。リクも忙しいと思うがよく見てやってくれ。」

「分かりました。…よっし、出来た。主任に持っていきますね。」

「あぁ。さっき言ったとおり、あまり本気にさせたらダメだぞ。」

「分かってますよ。」

 リクからお酒を渡されたコーネカは、上機嫌でそのお酒を飲んだ。

「美味しい、ありがとうリク。」

「良かった。…実は主任にお話ししたいことがあります。」

「え、なっ何。」

「打ち上げが終わったら、時間をいただけないでしょうか。お疲れのところで申し訳ないのですが。」

「うん、分かった。」


 治安維持部門白春支部には、捕まえた犯罪者を収容する牢屋があり、行政の法務部門によって罪に対する刑が確定するまでは各支部の牢屋でひたすら待つことになっている。

 白春支部の牢屋は、基本的に24時間監視課の人間が見張っている。さらに万が一脱獄されようとも次に処理課、その次に警戒課と続いていることから、まず逃げる事は不可能と言える。

 夜間においても、1時間に一度監視課の者が見回っており、処理課や警戒課にも誰かが夜勤をしているので、逃げられる心配はまずない。

 ただ、時間を計る道具があったわけではないので、夜間の監視は勤務員のさじ加減となる。

 ダンキ班が打ち上げをした日も、当然いつものように夜間勤務は行われていたが、この日勤務についていた監視課の者は年配の方だった。案の定、本来行われる監視も疎かになり、それどころか年配の監視課の者は居眠りをしているのであった。

 夜も深まり町も白春支部も静けさを保っていたが、誰にも気づかれない異変が起きていた。処理課と監視課を繋ぐ扉が静かに開き、処理課のほうから1名が入ってきた。その人物は監視課の事務室の壁に掛けてある鍵を取り、収容部屋に向かった。そして、リク達が捕まえた中年の男の部屋の前まで来ると、静かに鍵を開けて寝静まっている男に近寄って行った。


 4


 翌朝、出勤したショウは、処理課にダンキ班の班員がいないことに気づいた。机には書置きがあり、『稽古場に集合』とだけ記載されていた。何事か思い稽古場に行くと、そこには課長、ダンキ、コーネカ、リクがいた。

「みなさん、朝からどうしたのですか。」

 ショウの問いにダンキが答えた。

「実は、昨日打ち上げの後、サイソンが勝手に監視課に侵入して、拘束中の傷害の犯人を殺害しようとしたんだ。」

「なんですって。本当ですか。」

「あぁ、本当だ。サイソンはリク達が犯人を捕まえたあの日、犯行に及ぶ前のその犯人と劇場で会っていたそうだ。」

 リク達が中年の男を捕まえた日、朝からサイソンはショウと一緒に警戒活動をさぼって町の劇場で大衆演劇を見ていた。このときサイソンが座った座席の横にいたのが、中年の男である。中年の男もまた、ターゲットの男を待つために劇場で時間を潰していたところであった。サイソンは横に座った思い詰めた顔をした男を見て、なんとなくその顔を覚えていた。だからリク達が捕まえた男を見て、すぐにあのときの男だということがわかった。ただ、男はこちらを見る様子も特になく、自分の顔は覚えていないだろうと考えていた。

「ところが、昨日サイソンはショウ、お前から『あの男が自分達の顔を覚えているかもしれない』と言われて、不安になったそうだ。」

 殺すほどのことではないが、野心があるサイソンには、変なことでケチをつけられることを恐れた。そして、サイソンは忘れ物を取りに来たふりをして、こっそり監視課に侵入し、寝ている中年の男を自殺に見せかけて殺そうとしていた。しかし、待ち伏せしていたリクとコーネカに捕まったのである。

「もしかして、それで僕も疑われているのですか。冗談じゃないですよ。」

 そこにリクが話に割って入ってきた。

「確か、ショウさん。サイソンさんの扱い方が上手でしたよね。思慮が浅いサイソンさんを誘導するのも容易いことですよね。」

「リク、随分な言い方だね。確かに君の話を聞いて不安を感じたのは間違いないし、サイソンさんにもそれを話している。だけど、決して殺させるように誘導してはいないよ。」

「じゃぁ、根本的な話をする。」

 リクの口調がいきなり変わって、コーネカやダンキが驚いた。

「ショウさん、あんたは白国の人間じゃぁないですよね。いや、元白国というべきか。」

「リク、一体どういうことなの。」

「コーネカさん、ショウさんはね。赤国の工作員なんですよ。白国を内部から破壊するために送り込まれた。」

 『赤国』とは、大陸西部に位置する国家であり、過去に白国と戦争になった国でもある。

 この大陸には、白民が統治する大陸東部の『白国』、赤民が統治する大陸西部の『赤国』、黄民が統治する大陸北部の『黄国』、黒民が統治する大陸南部の『黒国』、青民が統治する大陸北西部の『青国』が存在する。

 約15年前に赤国が黄国を攻めこんだことから戦争になり、同盟国であった白国が参戦したことによって敵対する国となっている。

「まさか、いくらなんでもそれは話が飛躍し過ぎなんじゃない。」

「そんなことはないですよ、実際にショウさんの故郷には、ショウという人物がいたことは判明したが、誰に聞いてもあなたと似ても似つかない小柄で細い人物だったという話しかしなかった。」

 リクはショウのデータをこっそり入手して、故郷を調査していたが、ショウという人物が存在していないことは判明している。

「何を言っているんだ、僕を見れば分かるだろ。赤民みたいに髪が黒いわけでもないし、肌が焼けて赤っぽくないだろ。どうみても白民だよ。」

「…15年前、白国では子供が失踪する事件が相次いだ。原因は不明なままだった。なぜかと言うと、赤国が子供たちを拉致していたからだ。」

「確かに多くの子供が失踪した事件は知っている。」

「拉致された子供は工作員として育てられ、やがて大人になると敵国へ潜入させて工作活動をさせるんだ。ショウさんの場合で言うと、治安の悪化、組織の衰退、情報収集が目的だと思うけど。」

「言いがかりだろ、工作員なんか馬鹿げてる。」

「今捕まえている者に尋問をしたが、みんな同じことを言ったんだ。犯行に至る前に黒いフードを被った男に唆されて『絶対に捕まらないようにする』と言われたそうだ。ただ、こうとも言われたそうだ。『もし捕まっても僕のことは喋るな、喋ったら殺す。喋ったことも必ず分かる』とね。」

 ショウは驚いた顔をしている。リクはその顔を見逃さず、畳み掛けるように話を続けた。

「みんなそれを言われて、そのフードの男が役人か治安維持官だと思ったそうだ。そして、むしろ捕まることはないと思って犯行に及んでいたそうだ。」

「でもなんで、私たちは中年の男を捕まえることができたの。」

「それは、中年の男がフードの男が言ったことを守らずに殺そうとしたからですよ。指示では、『若い男は職を失ってふらふらしているが、日雇いの仕事を探して必ずあの場所に現れる。見つけたら追跡して人気がないところで殺せ。』と言われたそうです。」

 リク達が中年の男を捕まえた場所は、日雇い業者の事務所の前となる。

「そして、中年の男は、若い男がいつも夜勤の仕事をするため昼頃に現れることを知って待っていた。でも、中年の男は息子の仇を目の前にして抑えられず、犯行に至ったということです。」

「発生していた犯罪は、全部仕組まれていたということか。」

「そうです、ショウさんによって。」

 ショウは無言でリクの話を聞いている。

「犯罪者に前科があったり、過去の事件の関係者というのは、おそらくショウさんが書物倉庫で過去の事件を調べて適当な人物を抽出したのだと思います。」

「リクは僕を犯人にしたいようだね。でも、それを言うなら他の人も同じじゃないか。」

 ショウの言うことも理解できると思ったコーネカがリクを見つめた。

「ショウさん。俺が誰か知らないでしょ」

「…どういうことだい。」

「俺は、議会直轄の特別部隊の隊員。今回の件を処理するために来たんだ。」

 周りの者はみな驚いた。特別部隊とは、白国の最高決定機関である議会が保有する部隊であり、様々な権限が付与された独立した組織である。国軍や行政機関より権限が強く、知性体力に優れた選ばれた8人の人間から構成されている。

「まわりくどく説明したが、一番の証拠がある。」

「なんだよ、それは。」

「剣だ。ショウさんが持ってる剣は配布された青銅製のものじゃない。それは、灰鉱石(かいこうせき)の剣だ。」

 リクの話を聞いてダンキが疑問を口にした。

「灰鉱石はほとんど所持が認められていない、国軍でも限られた部隊しか所持していないものだろ、本当に持っているのか。」

「ショウさんは、剣の手入れを任せることはなかった。それは刀身の色が白色もしくは灰色で、青銅の剣じゃぁないことがすぐにわかるからだ。」

「…」

「万が一、身分がバレた場合、追手を倒すまたは一人でも多くの白民を始末するために渡されていたのではないですか、ショウさん。」

 ショウは無言で剣を引き抜いた。


 引き抜いた剣の刀身は白色をしていた。

「し、白い色してる。」

 そう言葉を発したコーネカに向けてショウは走り出した。急な動きに動揺しているコーネカの首をめがけて斬りかかってきた。ガァンッと音がしたと思うと、コーネカの目の前でリクが斬撃を受け止めていた。

「…それは、」

 目の前でショウの斬撃を受け止めたリクが持っていた剣は灰色をしていた。

「これも灰鉱石で作られた剣だ。」

「なるほど、受け止められるわけだ。でも、僕に勝てるかな、リク。」

 ショウは敵国に潜入して来ただけはあって腕は立つらしく、激しい斬撃でリクを襲っていた。一方、リクはこの攻撃をひたすら防いでいた。

「どうした、かかってこないのか。」

「…」

「特別部隊だかしらないが、こんなものかい。」

 ショウが斬りかかった。

 そして、金属音とともに何かが空を舞った。

「か、灰鉱石の剣が折れた。」

 ダンキが落ちた白い刃を見て叫んだ。ショウの剣が折れたのだ。剣が折れて動きが止まったショウに対して、すかさずリクが剣の横の面で上腹部を叩いた。まるでムチで叩かれたかのように大きな音が鳴り、ショウはそのまま後ろに吹っ飛んだ。

「その剣は一級の灰鉱石だが、俺の剣はその上の上級だ。純度が違う。しかも、少し様子を見たが灰鉱石の特性を使いきれていない。ただ硬いだけが良さじゃないんだよ灰鉱石は。」

 ショウはもがいており、まともに話を聞ける状態ではなかった。処理課長は一部始終をただ呆然と見ていた。

「ショウさん。あんたは本部員という設定の俺だから近づいてきていたのかもしれないが、俺は個人的にはあんたに悪い印象はない。」

 ショウはサイソンから何度も守ってくれて、リクに優しくしてくれた。リク自身の境遇とも重なり、それ自体演技だったかもしれないが、こういう形で出会いたくなかったとリクは思っていた。

「でも、俺とあんたじゃぁ立場も違えば念い(おもい)も違う。あんたは俺の念いに敵わないし、勝つこともできない。」

 リクは単なる精神論を述べている様子ではなく、確固たる事実がそこには存在していた。

「リク、ショウをどうするの。」

「拘束します。」

 ショウをうつ伏せにして手錠をかけた。


 拘束された次の日、ショウは国軍に引き渡されて首都に移送された。そして、リクは処理課で課長とダンキと話をしていた。

「まさか、リクが特別部隊の人間だったとは。」

「隠していて申し訳ありません、何ぶん身分を明かすと不都合なことが多いので。」

「それより、リク君。今回の件で、この支部が処分されることは免れないと思うが、敵国の工作員が潜入していたことが明るみになった場合、混乱を招いてしまうことになりそうだが…」

 リクは、課長が自分への処分を気にしていることを察した。

「大丈夫ですよ。国民に変な心配をかける訳にはいきませんし、この件でその他の行政部門にも敵国の工作員が潜入している可能性が出てきたので、どちらにしても公にはしません。それと、残念ながらダンキ班各員の昇進は白紙になりますが、個人や支部に対する処分はありません。」

 課長は安堵の表情を見せた。

「リクはこれからどうするんだ。」

「別の案件があるので、そちらに行きます。ちなみに、形式上、自分は治安維持隊本部へ戻るという形になっていますので、話を合わせておいて下さい。一応、特別部隊の任務は極秘ですから。」

「わかった。しかし、うちの班は3人もいなくなって大きな痛手だぜ。次の人事までは苦しい勤務になりそうだ。」

「あぁ、だが早めに対処できたことだけでも良しとせんとな。リク君本当にありがとう。」

「こちらこそお世話になりました。」

 リクは2人に礼をすると、処理課の部屋を出て行った。そして、廊下を歩いているとコーネカが声をかけてきた。

「年上をからかうなんて、最低ね。あなたの方がエリートじゃない。」

「コーネカさん。嘘をついていてすいませんでした。」

「まぁ、命を助けてもらったからチャラにするけど。でも、少し教えて。」

「何でしょう。」

「なんでショウが敵国の者だとわかったの。結局、実際に見るまではショウの剣を確認できなかったんでしょ。じゃ、灰鉱石だって確証はなかったんじゃないの。」

「あぁ、あれは半分賭けです。」

「えっ、そうなの。じゃ、ショウが敵国の者っていうのも、当てずっぽうなの。」

「それは違います。詳しくは言えませんが、敵国の工作員が潜入してくることは想定されてました。ただ、サイソンじゃなくでショウさんが中年の男に口封じすると思っていたので、それを決定打にするつもりでした。あのままとぼけられていたら、正直問い詰めるネタはなかったです。可能性があっても特定しているわけではなかったですから。」

「大したもんね。しかも、ふふ、サイソン君は呼び捨てなのね。」

「あの人はこの件がなくても、いつかこうなっていました。」

「私や係長には素直な子だったんだけどね。」

「あと、コーネカさんに謝らないといけない事があります。」

「何。」

「最初、敵国の工作員はショウさんかコーネカさん、もしくは二人ともだと思ってました。」

「え、なんでよ。」

「この支部に来た時期も2人とも同じ時期でしたし、その辺から犯罪が増加し始めたので。」

「じゃ、なんで私じゃないと思ったの。」

「会話をしてみて、表裏がないコーネカさんと比べて、ショウさんには人を誘導するのも上手でまさに工作員だったからですよ。後、身元も調べさせてもらいました。」

 リクの本音としては、コーネカがいろんな面で隙だらけだったからと言いたいところだが、それは我慢した。

「…ショウは処刑されるの。」

「それは、議会の判断なるので…。ただ、それに近い処分は下されると思います。」

「リクは悪い印象がないと言ってたよね。」

「そうですね。でも、ショウさんがしたことは許されることではないです。本人も望んでやったことではないでしょうが…」

 2人の間で沈黙ができたが、コーネカが最後の質問をした。

「ねぇ灰鉱石ってなんなの。気のせいかリクが使ったときに金属ではあり得ないくらい曲がっていたように見えたけど。」

「灰鉱石は、黒国で発掘されている希少な金属です。特徴として青銅より強度が圧倒的に高く切れ味がいい。それにちょっと変わった性質があって、コーネカさんの言う通り柔らかくなることもあります。でも、これも詳しいことは言えません。」

「そう、秘密が多いんだね…」

 そう言うとコーネカは別れの挨拶を告げた。

「元気でね、リクならいつでも帰ってきていいからね。」

「ありがとうございます。コーネカさんもお元気で。

 治安維持部門白春支部をあとにしながら、かつて自分の身に起きた出来事を思い出していた。そして、とうとう赤国が動き出したのだとリクは確信した。

 次なる任務地は、行政の交通貿易部門。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る