第一章 夢となる

夢を見た。人って夢を見た後、その夢の内容を覚えている人はあまりいないはず。でも俺にとっては忘れることのできない夢だった。それほど衝撃的だったのだ。彼女、如月菜緒の死。

どうしても受け入れがたい。でもその夢は現実的でなおかつ鮮明に思い出せた。朝の準備を済ませ、誰もいない家に行ってきますを伝え、足早に家を出る。徒歩10分圏内に学校があるから早くに家を出る必要は無いが、夢が気になり確かめに行く。

夢の中で彼女が落ちてきた場所に行く。当然そこに彼女が倒れている事も無く、何気なく空を見上げる。驚いたのは屋上に人影が見えた事。俺は急いで屋上に駆け上がる。3階ある校舎を駆ける。2階の中盤くらいのところで息が苦しくなる。自分の運動不足が呪わしい。やっとの思いで屋上の扉に手をかけ、それを開ける。彼女、如月菜緒は居た。屋上の柵の向こう側に。


「何やってんだよ!!」


走って、彼女を後ろから引っ張る。彼女の体は軽く、柵を超えて俺の腕の中にすっぽりと収まった。彼女は目を見開き俺を見つめる。俺は慌てて彼女を引き離す。自分から引っ張っておいてって話だが…


「どうして…?」


彼女から出た言葉、声は思ったよりも事態の深刻さを物語っていた。

彼女に手を差し伸べてくれる人は今まで居なかった。


「下から見えて、足が勝手に動いてた」


彼女は知らない。俺が夢で彼女が死ぬのを一度見ている事を。俺は語らない。彼女の事を助けたいと思った事を。


「どうして飛び降りようと?」


彼女は恐る恐ると言った感じで言葉を口にした。


「私、虐められてて学校の先生にも親にも相談できなくて…」


彼女は一人で解決しようとして居たのかも。それでも現状を変える事ができなかったから自殺という道を選んだ。だから俺は彼女に別の道を提示した。


「よし、今から海に行こっか?」


「え…?」


彼女の手を引き、校舎を後にする。道中、学校の生徒と鉢合わせないように裏道を使い、少し遠くの海に向かう。

彼女は何も言わずに俺についてくる。これは将来心配だ。ほとんど知らない男について行ってるようなものだし。


夏の終わりのこの時期には観光客などの姿は無く、浜辺には俺たち以外一人も居なかった。


「逃げても良いと思う。どうしようもなくなって、人に頼る事ができない時。逃げるのも一つの選択肢だし。爆発する前にこうやって発散しにきたら良いんだよ!」


彼女は泣いて、泣いて、最後に


「ありがとう…」


を言い、笑った。泣き笑い顔。そんな彼女の笑顔にドキッとしたのは俺の心だろうか?俺に心なんてあったのだろうか…?

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