シュレディンガーのオイナリサマ

ルー・ガルー


カレンダは母国から届いた科学雑誌を読んでいた。内容は本当に様々だが、そこにこの島の物質に関する記述は一切なく相変わらず私たちは非科学的な研究をしているのだなと思う。

地動説が信じられる事はなかったように進化論がいまだに物議をかもしているように、この島の物質はまだ非化学なオカルトの範疇にあるのだ。この本の中の論文の幾つかが書き換わることになるだろうが、それを見ることは叶わないかもしれないが楽しみだ。

トピックスの中に時間に関する記述を見つける。こればっかりは地球の中にあるジャパリパークにも等しく流れている。

特殊相対性理論――タイムトラベル――

ななめ読みで読んでいく。この範囲ははっきり言って絵空ごとなのだ。おそらく書き換わる。それに人はまだ宇宙にすら、ろくに進出できていないのに光の速度なんて私が生きている間に観測されることはないと言い切れる。――今となっては、「た」が正解か。


「ねえオイナリサマ、あなたはタイムトラベルができるって本当なの?」

 オイナリサマは少し考えて、口を開く。

「人間らしい問いですね」

 まったく的外れな質問をした時の専門家の反応のそれに近いものを感じるが同時にそれを不快に感じない自分がいる。格が違いすぎる。直感的にそう感じるのだ。

「あなたたち人間の定義で言うならタイムトラベルで、あなたたち人間が研究するタイムトラベルとは別次元のもの。とでも言いましょうか。少なくともあなたが今脳内に思い浮かべている相対性理論なんかとは関係がないもっと簡単なことですよ」

「それは――徹底的に非科学的で科学では証明ができない事象って事かしら?」

 いいえ、カレンダさんは理解してくれると思いますよと、笑いかけてくる。

「たとえば、原子に時間の概念はないですよね。あなたは科学者だから、例えば排泄物を分子レベルで変換して食べ物を作ったとしても平気で食べられる。ちがいますか?」

 まったくもってその通りだ。もっと大雑把で適当な分解で国際宇宙ステーションは排泄物を飲料水にしている。その原子がその前の時間何者であったかはその後の分子には関係がない。

「でも非科学的な普通の人間はこれを忌避する。その前の時間を考えてしまうから」

「まさかオイナリサマ、時間は人類が生み出した固定観念だとでも?」

「もはや固定観念ではなく深層心理――無意識の範疇でしょう。元素に時間はなく常に一定のもの」

「放射性同位体――半減期は絶対的に一定なはず。原子も時間に囚われているわ」

 オイナリサマは少しふふっと笑った。

「その半減期の計測をする機械を作って使うのはまた人間――観測をするまではその変化はランダムなもので時間には囚われていない。ただ、人間が観測すると時間に囚われるように見えてしまう。観測したのが人間だから」

「人間の観測自体がその原子に影響を与えていて正しい観測ではない――?」

 野生動物の観測でありがちなことだ。動物が人間の目を気にして普段の行動と違う行動をすることがある。これは正しい観測にはならない。

「そして私は元素と同じ変わらない存在。人間の信仰は千年単位で不変なものです。これもまた無意識の範囲の話ですが」

「それじゃあ、今のオイナリサマはオデッセイで話したあのオイナリサマと同じ――いや、重なっているということ?」

「いいえ、先ほどと同じです。あなたが今私を観測している。だから私は今この時は観測者の時間に囚われている。オデッセイで話してから二か月という時間もまた観測者がいるから辻褄が合うようになっている。ですが、あなたが見ていない時の私は――たとえば今からトイレに私が入ったとして誰にも観測されない状況なら私は未来や過去に移動しているかもしれない。でもあなたがそのトイレを覗いた瞬間に私はそこに現れる。ただそれだけですよ」

まさにシュレディンガーのオイナリサマだ。私ならその直前に話してたこととか忘れてしまいそうだ。

「ご心配なく。記憶や心を読めば話は思い出せますから」

 まったくもって非科学的な存在だなと思う。宗教と科学の相性は良くないのはいつの時代もそうだ。しかし、先の説明は腑に落ちた。

「なかなか理解してもらえないのでこの短時間で理解できたカレンダさんはさすがですよ」

「対極的なところにいる科学者なのにね私は」

「ふふっ、宗教も科学も近しい存在だということです」


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シュレディンガーのオイナリサマ ルー・ガルー @O_kamiotoko

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