菜食主義SF

「……つまりこれは、家畜の痛みを可視化する装置です」


 ネットで生放送されている討論会。一万三千人が視聴している中で、居並ぶ相手陣営に自らの発明を説明する。


「この発明によって、家畜が苦痛を感じていること、つまり肉は倫理的な食材ではないこと、がおわかり頂けると思います。こちらからの反論は以上です……」






 昔は多数いたはずの菜食主義者は、今では全盛期の2割程度になっていた。原因は菜食主義者を続ける動機が一つ無くなったことだ。

 

 合成飼料と遺伝子組み換え品種の発明で、畜産業は非常に環境にやさしいものになった。これによって、環境保護のために菜食主義者になる人がほとんど居なくなったのだ。


 いま菜食主義者をやっているのは、倫理的な理由から―――家畜の苦痛を無くすために菜食主義者になった人間が大半だ。しかし環境保護と比べて、この理由は少々弱かった。


 そこで私は、家畜の苦痛を可視化する装置を作成した。神経の状態を観察することで、苦痛の大きさを数値化し、家畜が苦痛を感じていることを証明するのだ。


 この発明のインパクトを最大化するため、菜食主義の是非を問うこの公開ネット討論会の場で公表する。家畜が苦痛を感じているのを明確に証明し、人々の良心に訴えかければ、きっと菜食主義者も増えていくだろう。


 それが私の目論見だった。






「ではこちらからも反論です。これは、植物の痛みを可視化する装置です」


 相手方は家畜の痛みを可視化する装置を開発した。我々はその情報を、この討論会の始まる前にすでに掴んでいた。そこで対抗するために作りだしたのがこの装置だ。


 植物はストレスを受けると一種のホルモンを分泌する。このホルモンの量を計測して植物の苦痛を数値化するのだ。


 肉も野菜も苦痛を感じる。ならどっちを食べても倫理的には等価ではないか―――という方向に話を持っていければ、この討論に勝てる。


「……以上のことから、ただ家畜が痛みを感じているというのを立証しただけでは、菜食主義の根拠にはなりません。様々な生き物の中で、相対的に最も苦痛を感じない生き物はなんなのか調べ、それを食べるようにする必要が―――」


「すいません! 討論会いったん中断します!」


 突然スタッフから声がかかった。聞くと回線でトラブルが発生し、中継できなくなったそうだ。


「……今時、回線トラブルとは。珍しいな」







 ……とある省庁の片隅にある一室で、私は胸を撫でおろした。まったく、ネット討論会もなかなか侮れない。いつでも放送に介入できるよう準備しておいた甲斐があったというものだ。


 苦痛の定量化の研究は、実はとっくに完成していた。苦痛の大きさは主観的なものだから、数値で表すのは難しい。しかし一度技術が完成してしまえば異種間の比較も簡単にできた。


 ある国立研究所は既に、植物や動物が感じる苦痛の大きさを数値で表す技術を完成させていた。最も苦痛を感じない生き物、すなわち最も倫理的な食材も既に特定している。


 しかしそれを公開するわけにはいかない。あの討論会を中止させたのも、この技術の開発に、そして最も倫理的な食材の特定に繋がりかねないからだ。


 そう。最も苦痛を感じない生き物を食べよう、なんて言われたら困ってしまうのだ。



「人間を食うべき、なんて言いだす奴が出てきたら大変だからなぁ……」

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