耳かきSF

 猛烈に耳かきがしたい。しかしそれは出来ない。私に耳の穴はないのだから。


 思えば全身をサイボーグ化してもう20年になる。今の私の体は、中枢神経系の一部以外は全て機械となっている。


 サイボーグ化して後悔したことは今まで一度たりともなかった。何日も食事をせず充電だけで生活することもできれば、太る心配をせずサイボーグ食を好きなだけ味わうこともできる。私の年齢なら当然来て然るべき体の不具合も、機械の体なら存在しない。サイボーグ化の利点を挙げればキリがない。


 しかし、おいしいだけの話など無いということだろうか。伏兵は意外なところに潜んでいた。


 私の体のパーツは全体的に安めの価格帯のもので、所々に妥協したつくりの部分がある。例えば、髪をかき分けてよく見ると頭皮が非常に安っぽい肌色をしているのがわかる。眉毛も髪も自然ではありえないほど規則的に等間隔で生えている。顎の裏を見ると首パーツとの継ぎ目がしっかり見える。


 そして、耳の穴はごく浅いところまでしか作りこまれていない。これでは耳かきをしようにも、浅い部分を撫でるだけで終わってしまう。


 よし。ここは妻に頼もう。


「なぁ。ちょっと耳を貸してくれないか」


「別にいいけど、なんの話?」


妻は誤解しているようだ。これは完全に言い方を間違えた。


「いや、そうじゃないんだ。実は今すごく耳かきがしたくてな。でも俺の耳はこんなだろ?だから―――」


「ああ、パーツ交換したいの。別にいいけど、すぐ返してね?あんま良いことじゃないんだから」


そう言って妻は自分の耳パーツを取り外した。私も自分の耳を外して妻に渡す。形は合わないが、端子の規格は同じだから神経は繋ぐことができる。


妻の耳パーツはちゃんと細部まで作ってあるもので、当然しっかりと穴もあった。これで耳かきができる。私は安堵した。


「で、耳かきってどこやったっけ?」


「あ」


そう。よく考えたら耳かきなど、20年間全く使っていない。


確かに妻の耳パーツは耳かきのできる形をしている。しかしこのご時世、体のパーツなど取り外して水洗いするのが当然だ。耳を洗うにしても、わざわざ耳かきなどという面倒なことをする必要はない。


当然、耳かきなど常備していない。当たり前のことを失念していた。


「どうするの?耳かきなんて今じゃどこにも売ってないんじゃない?」


私の耳パーツを装着した妻が問うてくる。なんだかちょっと面白い見た目だが、しかし私はそれどころではなかった。


「ちょっと一時間くらい外に出るよ。これは一旦返しとく」


妻に耳を返して、配車サービスのアプリを起動する。確か車で30分くらいの場所にサイボーグ化を拒む人々のコミュニティがあるはずだ。そこなら耳かきも売っているだろう。


人々が機械の体を手に入れて、車が空を走るようになっても、耳かきはしたいときに限って無いもんだな。


次に耳パーツを買い替えるときは安物はやめておこう。そう決意して車を待った。

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