交通事故SF
俺は初めて交通事故というものをやらかした。今まさに車体から投げ出されて、宙を舞っているところだ。
非合法なもの専門の運送屋として生計を立ててもう15年にもなる。自動運転に任せていたら非合法なものなどすぐ見つかってしまうから、そこにまだ人間の運び屋の需要があるのだ。
自動運転の台頭に対抗するための苦肉の策だったが、妙に上手くいって随分と長い間続けてしまった。俺ももう手慣れたもので、特に足がつかないようにする工夫はこの業界でも一番の手際だと自負していた。しかし―――いまさらただの事故などやらかすとは。
走馬灯のように今までの仕事が脳裏をよぎる。大量の培養人工臓器、電脳麻薬が入ったメモリ。お得意さんが抗争で死にかけて、人体用の接着剤を急ぎで運んでくれなんて言われたこともあったっけ。そして今日運んでいたのは、ガタガタと震える50kgばかりのスーツケースだった。
運悪くここは高速道路、時速150キロで事故ったのだ。死は避けられないだろう。
ああ、もっと世のため人のためになるようなことをしておくんだった―――
地面に激しく叩きつけられ、俺の意識は途絶えた。
僕はとうとう死ぬときが来たようだ。わけもわからぬまま宙に投げ出される。
なぜこんなことになったのか。走馬灯が脳裏をよぎる。
何年も真面目に生きてきたが、身持ちを崩すのは一瞬だった。電脳麻薬にハマって貯金を使い果たし、金もないのに麻薬を欲しがって売人から強奪しようとしてあえなく失敗。怖いお兄さんたちに捕らえられてしまった。
そのままスーツケースに詰め込まれ、どうやら車に運びこまれたようだった。始めのうちはじたばたしてみたが、もう動く気力もなかった。
何かの間違いでケースが開かないか待っていたが―――まさか、こんな開き方だとは。
いままで真面目に生きてきたのに。たった一度の間違いで―――
地面に激しく叩きつけられ、僕の意識は途絶えた。
私は病院で目覚めた。
なんでも交通事故でひどく怪我をしたらしい。記憶が混濁して自分の名前も思い出せないまま、目覚めてもう一か月は経っていた。
どうやら事故の前、私は身分を隠していたようだ。身分証も見つからず、高速道路入口の監視カメラにも鮮明な映像は無かった。男が一人で乗っていたことぐらいしか分からなかったらしい。
ナンバープレートから割り出した車の持ち主も認知症を患う老人で、私について聞いても何も聞き出せなかったそうだ。ここまで完璧だと、事故の前の自分は何やら犯罪でもしていて、足がつかないように隠れていたのではないかと自分で疑ってしまうほどだ。
このご時世、自分で車を運転するなんて褒められた趣味じゃないですからね―――と、調査に来た警察の人は言っていた。何かのつながりで老人から車を譲り受けたあと、趣味でコソコソと運転していたのだろう、と。
そんなわけで、今も名無しのまま病院のお世話になっていたのだった。退院が近づいて、それもそろそろ終わりだが。
「その後、いかがですか?何か痛みや違和感などは」
「いえ、特には。最近の技術って凄いんですね。アレな話ですが、私って脳みそボロボロになってたんでしょ?」
そうなんですよ、と医者は誇らしげに言う。
事故直後の自分はとにかくひどい有様だったようだ。体がパズルのピースのようにバラバラになって、監視カメラの映像で確かめるまで元々何人いたのかもわからない有様だったらしい。
それぞれの部位を拾い集めて病院に運び込んで、全身をつなぎあわせて培養パーツで隙間を埋める。前代未聞の手術だったそうだが無事成功し、最新の医療技術は私を蘇らせてくれた。
少し話したあと、先生は部屋から出て行った。
さて、そろそろ退院だ。退院したら何をしようか。
まぁ、せっかく拾った命だ。何か世のため人のためになるようなことでもしようではないか。事故の前の自分は真面目に生きていたような気もするし。
死ななかっただけ自分は恵まれているというものだ。
生まれ変わったような気分で、大きく伸びをした。
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