FワードSF
「Fuckってなんなんだ……」
彼は、深く深く悩んでいた。
事の起こりは数日前、彼の初出勤に
"大断絶"以前の歴史を調べるのは、非常に名誉ある仕事だ。同じ遺伝子から作られた兄であるPNR-000~450たちの激励を受け、彼は意気込んで職場に向かった。
職場では新しい上司が待っていた。自己紹介もそこそこに、仕事の説明が始まる。
「知ってのとおり、いまと大断絶以前では全く社会の在り方が違う。
たとえば現代では、人間は6037種類のクローンのうちどれかに分類されるが、大断絶以前は80億もの人間がそれぞれ異なる遺伝子を持っていた。
あるいは言語だ。今は言語は一種類のみだが、大断絶以前は数百から数千の言語があったようだ。現代の言語は、そのうちの一種類である英語から派生したものにすぎない。
こんな違いが山ほどある。しかも大断絶以前の文献や資料はほとんど残っていない。研究をするにあたっては、どうか想像力を最大限に発揮して臨んでほしい」
そんなわけで初仕事。任されたのは、「Fuck」という言葉の意味の特定であった。現代の言語に最も近い言語である英語の調査なら初仕事にちょうどいい、との上司の判断によるものだ。
罵倒語としては今も使われているが、どうやら別の意味もあったようだ。それを調べてほしい―――というのが、彼の仕事であった。
しかしこの仕事、思った以上に難しかった。
ここで話は冒頭に戻るのである。
「Fuck……Fuck……」
問題の単語を繰り返し呟くことでひらめきを得ようとしているようでもあり、単に悪態をついているようでもある。
基本的には、大断絶以前から残っている文献を調査するのが正攻法である。しかしそんな文献はただでさえ数が少なく、さらに断片的である。しかも罵倒語であるからか、その語が出てくる文章はなかなか見つからなかった。そんなこんなで、すでに初出勤から何の成果もないまま一週間が過ぎようとしていた。
それでも各文献に丁寧にあたっていくしかない。
そして、そんな彼にとうとう光明が差す瞬間が来た。
ある文献曰く―――「FuckはThe F-wordとも呼ばれる。また、××××等の書き方で伏せられることもあり、……」
そう、どうやら汚い言葉であるが故に、文章に書くときは様々な書き方でぼかされているようなのだ。研究が遅々として進まない理由の一つはそこにあったのだ。
さらに、別の文献にはこうあった。「F-wordは、本来はSexを意味するが……」
つまり、FuckとはSexだ。
そして彼は、すっきりとした表情で上司への報告書の作成に取り掛かったのであった―――。
「……以上の文献を参考に考えまして」
そして次の日。彼は上司に報告を上げていた。
「つまり―――Fuckとは罵倒語であるだけでなく、『性別』という意味があると考えられるんです!」
晴れ晴れとした顔で報告する。一週間かけて初仕事を成し遂げた彼は、実に誇りに満ちていた。
「なるほど、よくやってくれた。しかし、『性別!』と叫ぶのが罵倒語になるとは。大断絶以前の文化は本当に不思議だな」
「えぇ、本当に不思議ですね……」
彼らはクローンでのみ増える人々。性交云々という発想には、至れるはずもなかった。
古代言語である英語の復元がもう少し進むまで、由緒正しい罵倒語がその意味を取り戻すには、研究の進歩を待たねばならないだろう―――
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