超監視社会SF
本日も、私の担当地区は平穏無事そのものであった。
全ての空間を視線で埋め尽くすように大量に設置された監視カメラ。そこから送り込まれてくるこれまた大量の情報を、党の技術によって拡張された視覚野で受け止める。そして担当の地区を一分の隙も無く監視するのが、監視官である私の仕事だ。
私はこの仕事を気に入っていた。監視されているとわかっている以上は、怪しい動きをする住民はほとんどいない。ごく少数の犯罪または犯罪的思考を発見したら、あとは愛情省に伝えれば処理してくれる。現場を駆け回ることなく、自分の住む地域から不穏分子を駆除して安全を確保できる。党は私に素晴らしい仕事を与えてくれた。
後続の担当者と交代する。後続は既に隣の席でヘッドマウント・ディスプレイ《HMD》を被って仕事に入っていた。彼が部屋に入ってくるときは私もHMDを被っているし、私が退勤するときはこうして彼がHMDを被っている。そんなわけで、実は直接には互いの顔も見たことがないのだ。
しかし、信頼できる同志であることは知っている。私も彼も、まさに我々が仕事をしているこの建物が存在する地区―――451番地区を任されているのだ。この監視施設だけではなく各省庁の支部も立ち並ぶこの地域の監視を任されているのだ。きっと信頼できる。
荷物をまとめて退勤しようとすると、部屋の壁に設置されているスピーカーからザーっという音がした。そしてこんな放送が流れる。
「451番地区・第三シフトの担当監視官は上長室に来なさい。繰り返します。451番地区・第三シフトの担当監視官は上長室に来なさい」
呼び出されたのはまさに自分だった。理由は分からないが、党の上司に逆らうのは犯罪だ。素直に上長室に向かう。
上長室をノックする。入れ、という返事。扉を開けて入室する。
入室して気づく。おかしい。上長席に人がいない。室内を見回しながら数歩前に歩み出て―――そして、背後で扉が閉まる音が聞こえた。
「―――!!!」
まずい。振り返ろうとしたその瞬間、背後から屈強な手が伸びてきて首を締めあげられた。そのまま持ち上げられる。酸素が欠乏し、だんだん意識が遠のいていく。
嫌だ。嫌だ。自分が処理されるなんておかしい。犯罪も犯罪的思考もしていないはずだ。
監視官が処理される理由はあるとしたら2つだ。自分が犯罪または犯罪的思考をしたか、自分が担当する地区でのそれを見逃したかだ。
どちらもしていないはずだ。絶対に。しかし党が間違えるはずはなく、よって私は何か失態を犯したのだ。何だ。何がいけなかったのだ。
意識が混濁していく。
次に目覚めるのは、愛情省の地下室だろうか―――
……
そして、451番地区・第三シフト担当監視官だった彼は蒸発した。
……
「……どうだ。危険は無いか」
「そのようだ。彼には悪いが……」
「あぁ、これも党を打倒するための必要な犠牲だ……」
小声でひそひそと話す彼らは、本物の反逆者たちだ。
党は既に、451番地区で反逆者が密会しているのは突き止めていた。そして、それを見逃しているはずの担当監視官の彼を処理した。しかし肝心の反逆者本人たちは、もうしばらく見つかることはないだろう。彼らは監視を逃れて密会できる場所を見つけたのだから。
彼らはこの監視を逃れられるただ一つの場所―――つまりHMDを被って仕事をしている監視官の、まさにその目の前で、今日も秘密の作戦会議を続けるのであった―――
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